1話 後悔
この世に生を受けて30年。ごく普通のサラリーマンとして生きる俺は今日も仕事に赴く。
何気ない日常。そんな当たり前のような日常を退屈に感じていた。
30歳、独身で彼女はいない。これまで彼女がいた事はあるが、今は仕事に追われて出会いもない。
最近では周りの友人から2人目だの3人目だの子宝に恵まれる報告が増えた。
かつては俺も同じように結婚し、家庭を持ち、子供ができて家族に囲まれて過ごす幸せな日々を想像していた。
このまま天涯孤独....。
頭をよぎるのも無理はない――。
夏の日差しが照りつける8月。俺、斎藤涼介は地元の不動産会社に勤務している。今日も営業の外回り。
暑さを凌ぐ為、日陰で休んでいたその時――電話が鳴った。
《涼介、今大丈夫か?》
幼馴染で親友の浩一だ。
松井浩一。幼い頃から仲が良く、親同士も交流があり、よく家族で一緒に遊びに行っていた。
4年前に結婚し、子宝に恵まれ、今は2児の父だ。
「大丈夫だけど、どうした?」
《来週の土曜日、行くだろ?》
浩一に言われ思い出した。その日は高校の同窓会の日だ。
「忘れてたわ、予定もないし顔出すつもりだよ。」
正直、乗り気ではなかった。久しぶりに集まれるとあって大勢参加するようだが、俺には気になる事があるからだ。
「彩花も来るんだよな?」
橋本彩花。俺が高校生の頃、付き合っていた彼女だ。
当時、校内でもダントツに可愛かった。
入学当初から気になっていた俺は、高一の夏休み前に告白し付き合うことになった。
《やっぱり気まずいか?》
浩一の一言に俺は黙り込んでしまった。
俺と彩花は3年間付き合っていたが、高校卒業のタイミングで別れた。
それからはお互い別々の人生を歩んだが、今でもこの時の事を俺は後悔していた。
《すべて涼介が悪い訳ではないだろ。》
当時の俺は彩花と共に大学に進学しようとしていたが、野球をやっていた俺は社会人野球のオファーを受けていた為迷っていた。
結局、社会人野球のオファーを快諾。彩花には何も相談をしていなかった。
後にその事を知った彩花は激怒し、そのまま別れてしまった。
「あれは俺がいけないんだよ。彩花の怒りは当然だった。」
あの時ちゃんと彩花にも相談をしていれば、自分1人で考えて決断すべきではなかった...。
*
――同窓会当日。
浩一と一緒に居酒屋へと向かった。懐かしい顔ぶれがすでに揃っていた。
俺は空いている席に座った。
「久しぶりーー」
聞き覚えのある声に俺はすぐにその声の方を向いた。
俺より少し遅れて彩花がやって来た。あの頃から何も変わっていない。本当に美人だ。
彩花は目線をそらさずにいた俺を一瞬見てすぐに目をそらした。
やはり気まずい。この場から今すぐ立ち去りたい。
そんな気持ちでいっぱいだった。
久しぶりの同窓会なのにテンションが上がらない。
同窓会が始まって2時間ほど経過した頃、みんなだいぶ出来上がってきていた。
酒のおかげか俺もいい気分になっていた。
近くに座っていた当時の野球部仲間と思い出話で盛り上がっていた。
「涼介って、まだ独身?」
隣に座っていた倉橋美咲が唐突に聞いてきた。
美咲も校内で可愛いと評判の1人だった。年齢を重ねてさらに磨きがかかり美人になっていた。
「独身だけど?そういう美咲はどうなんだよ。」
美咲は下を向いて黙り込んだ。
俺なんかまずいこと言ったかも...。
「最近彼と別れたんだ...。」
話を聞くと、年上の彼と付き合っていたが相手は既婚者だった。
居酒屋で声をかけられ話も弾みそのまま関係を持ってしまったと...。
独身だと思っていた為、結婚も考えていたが、ばったり家族でいるところを目撃し不倫相手だということが明らかになり破局したそうだ。
「大変だったんだな。俺なんてしばらく彼女いないし、もう恋愛の仕方なんて忘れたよ。」
美咲ほどの美人でも中々うまくいかないんだな。
「そういえば彩花、子供産まれてもう1歳になるんだって!昔涼介と付き合ってたよね、懐かしいな~」
そんな情報与えるなよ...。
ふと彩花の方に目を向けると彩花がこちらをジーッと見つめていた。
俺は不意に目が合ってしまい目をそらしてしまった。
その後、同窓会は一旦お開きとなりそれぞれ2次会に向かっていった。
俺は神経を尖らせていたせいか、疲れていたので帰宅することにした。
浩一に一言伝え駅に向かって歩いていると後ろから美咲が追いかけて来ていた。
「涼介もう帰っちゃうの?」
「悪いな、なんか疲れちゃって」
久しぶりに彩花の姿を見て懐かしいと共にやはり後悔の念が押し寄せていた。
美咲もそのまま帰ると言うので一緒に駅に向かって歩いた。
「美咲って彩花と仲良かったよな?」
「仲良かったよ!いっつも一緒にいたもん、親友だし!」
高校時代、2人が一緒にいることで同級生の男子生徒はもちろんのこと、他学年の男子生徒もすれ違えば必ず振り向いていた。
そんな彩花と付き合っていた俺は、その光景を見て浮かれていたのを覚えている。
「涼介達が別れたって聞いて本当にびっくりしたんだから!」
「俺の身勝手で彩花には本当にひどいことをしたと思ってるよ...。」
美咲は彩花から話は聞いていた。俺の気持ちも理解しつつ彩花をなだめたが、その頃の彩花は聞く耳を持たずだったらしい...。
「本当はあの時、彩花は別れるつもりはなかったんだと思う。怒りながらも涼介のこと心配はしてたから。」
社会人野球の世界に飛び込んだ俺だったが、度重なるケガで選手生命を絶たれ3年という短い期間で野球部を退部、結局野球が出来なくなった事が精神的にもダメージとなり会社も退職した。
その後は地元に戻り知り合いの紹介で今の会社に入社した。
「私が近くにいないとってずっと話してた。大学だったら近くだったから一緒に暮らすつもりだったみたい。涼介に話そうとしてた矢先の事だったから結局話せないままだったって。」
そんな事を彩花が思ってくれていたなんて...。
きちんと彩花に相談していれば違う選択肢もあったかもしれないのに。
今更思っても遅いよな。
後悔だけが重くのしかかり家路についた。
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