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第21話 アンドロイドと狐憑き(2)

桜が話し始めた。


「私は最初は内科に掛かったんです。

突然心臓がバクバクして、でも脈拍は弱くて。

呼吸が苦しくなって一晩眠れなかったんです。

一日中ゴーッて低い音の耳鳴りがして。

病院で測ったら血圧が百四十を超えてました」

「高っ」


撫子(なでしこ)が問う。


「桜さん、歳幾つなの?」

「二十四です」

「二十四で血圧百四十はヤバイですね」


菜種が頷く。


「血液検査、エコー、心電図。

様々な検査を受けると、甲状腺の数値に異常が出ていました。

二週間後の再検査では異常無し。

ストレスが原因だろうって言われました。

でも、心臓のバクバクは二カ月治らなくて。

ある時、丸三日間眠れない日が続いたんです。

目を閉じるとカラフルで恐ろしい壊れた顔の幻覚さんが見えて、怖くて余計眠れなくて。

こう、カチャポコカチャポコみたいな動きをするんです」

「カチャポコ?」

「目玉だけが何個もある顔とか、人の顔なのに上から口、目玉、鼻の順に並んだ舌を出したブリキの首振り人形みたいな物がぐるんぐるん首を振ってるのが見えました」

「何それ怖い」

「このままだと狂ってしまう。

きっと、狂って自殺してしまう。

死にたくない、死にたくない。

そんな不安と闘いながらほんの一瞬、微睡んだんです。

もしかしたら疲れ切って気絶したのかもしれません。

三日後、ピタリと幻覚さんは収まりました。

心臓の痛みも治りました。

けれど、今度は不思議な感覚に襲われたんです。

まず、身体が羽根のように軽い。

世界が子供の頃のようにキラキラ輝いて見えて、五感が研ぎ澄まされて。

全能感というか、万能感というか……不思議な力に突然目覚めた気がしたんです。

まるで、急に真理を悟ったかのような感覚でした。

パチパチパチッとパズルのピースが一瞬で嵌っていくような感覚。

直感的に私、『呪術師』だ!って思ったんです」

「呪術師」

「発展途上国には統合失調症の患者は少ないらしいね。

実際には世界のどの地域でも発症率は一%なんだが、『風の声が聞こえる』だとか、長老の『シャーマン』なんかが統合失調症だそうだよ。

先進国の幻聴さんは不機嫌な事が多いらしい」


(さかき)が言った。

桜が話を続ける。


「カチカチカチッと運命の歯車の回る音を聞きました。

幻聴さんに『世界を救って』って言われて、折角授かった能力を世の為人の為に使わなくてはいけない、そんな使命感に燃えました」

「ウチもあったよ、謎の使命感。今は無いけど」


撫子(なでしこ)が笑顔で言った。

桜が頷く。


「でも、呪術師なんて科学の発達した現代では胡散臭い。

きっと誰も相手にしないだろう。

頭の冷静な部分でそう分かっていたので誰にも不思議な力の事は言いませんでした。

一秒一秒、一瞬一瞬、全てが美しくて、眠るのも息をするのも勿体無いと感じました。

呼吸に意識を集中させないと死ぬと思うくらい、脳が激しく回転して酷く疲れました」


桜は烏龍茶を飲んで喉を潤す。


「家のおトイレにゴルフスイングしているドナルドダックのタペストリーが飾ってあるんですけど、おトイレを済ませてふと見上げると、そのドナルドダックが般若のような恐ろしい顔で私を見下ろしていたんです。

タペストリーに悪霊が取り憑いたと思いました。

ゴルフクラブで頭をカチ割られる!と思って動けなくなりました。

何か除霊出来る物は無いかと目を走らせると、おトイレの掃除用のミントの除菌スプレーが目に入ったんです。

それをドナルドダックの顔目掛けて掛けました」


皆笑った。


「あはは、タペストリーは動かないよ」

「動くと思ったんです!本当に怖かったんですからね!」

「桜ちゃん、いくらなんでも除菌スプレーで除霊は無理だって!」

「ミントが効くと思ったんです!」


桜がムキになると余計に皆が腹を抱えて笑った。


「敵じゃない、成仏して下さい、大丈夫だよって語りかけながらドナルドダックをナデナデしたらすうっと優しい顔になりました。

すると今度は顔に見える壁の染みが気になる。

そこにも除菌スプレーをシュー。ナデナデ。

シュー。ナデナデ。

壁中泡だらけにして満足した私は、いざおトイレを出ようとした。

なんと、扉が開かない。

おトイレに閉じ込められたんです。

どうしよう!って思って扉に何度も体当たりしました。

鍵、閉まってただけなんですけどね」


ドッと笑いが起こる。


「ふと、おトイレにある鏡を見たら自分の顔が歪んで見えて、鏡の向こうから狐目の私がこっちを睨んでいました。

岸田劉生(りゅうせい)の麗子像にそっくりでした。

そしたら、『呪い殺してやる』って声が聞こえて。

私、狐が憑いたんだと思ったんです」

「そりゃまたレトロな妄想だな」


(ずみ)が笑った。

菜種が首を傾げる。


「こっくりさんですか?」

「そんな感じです」


(なつめ)がニヤッと笑いながら言う。


「今時珍しいよな。

最近は電波とか電磁波妄想がメジャーなのに」

「昔は精神障害者の事を『狐憑き』と呼んでいたからあながち間違いじゃないんですけどね。

家中にお清めの塩を撒いて、玄関に盛り塩をしました。

家中塩だらけにしたので後で母に叱られました」


皆がまた笑った。


「掃除大変そー」

「はい。フローリングにも毛足の長い絨毯にも撒いてしまったので母には本当に悪いことをしました」


桜がバツが悪そうに頭を掻いた。


「お祓いだ!と思って神社に行きました。

歩いていると後ろからドロドロした黒い(もや)みたいな妖怪が追いかけて来て、急いで神社に逃げ込みました。

妖怪は結界になっている神社の鳥居の前で止まって、私を待ってるんです。

今度は社務所の前のおみくじが気になる。

心惹かれたおみくじを引きました。

トンボ玉みくじです。

『空クジ』でした。あ、貧乏くじ引いたなって思いました」

「空クジ!?」

「空クジなんてあるの!?」

「逆に運良いね」

「神社の人に訊いたら、近所の子供が悪戯で抜いてくそうです」

「罰当たりな子供がいるもんだねー」


紫苑(しおん)が笑った。


「もう一回引いて良いよって神社の人に言われたんですけど、さっきのは縁が無かったんだと思ってお金を入れ直してもう一度引きました。

今度は小吉でした。『病の芽あり』。

トンボ玉だから神様に『止まれ』って言われている気がしました。

けれど『後にも退けない』んだって」

「トンボ玉だから止まれ?」

「この指止まれってこと?」

「はい」

「じゃあ、『後にも退けない』っていうのは?」


皆が不思議そうな顔をした。

桜が解説する。


「勝ち虫ってご存知です?

蜻蛉(とんぼ)の別名の縁起物の事で、蜻蛉(とんぼ)は素早く飛び回って害虫を食べ、前にしか進まず退かない所から『不退転(ふたいてん)』、決して退却しないとして昔の武士がよく好んだんです。

戦国時代には兜や鎧、刀の鍔の装飾、陣羽織や印籠なんかに蜻蛉(とんぼ)模様が使われたんですよ。

古事記の雄略天皇のエピソードにも登場する位、昔から日本人に親しまれているんです」

「へー、だから後には退けないかー」


冬夜(とうや)が納得して頷く。

花純(かすみ)が人差し指を立てて口を開いた。


「逆にヨーロッパでは蜻蛉(とんぼ)は不吉な虫なのよ。

英語でdragonfly(ドラゴンフライ)。ドラゴンは不吉だからね。

『魔女の針』なんて呼ばれたり、(はね)に触れると切り裂かれる、嘘吐きの口や耳を縫い付けるなんて言われているわ」

「へー、勉強になりますね」


菜種が感心した。


「話を戻しますね。

これはいけないと思って神社でお守りをごっそり買い込んでお祓いして貰って、御神酒を買って。

それでも妖怪も幻聴さんも消えなくて。

家にアレを連れ帰ってはいけない。

災いを持ち込む訳にはいかない。

私の家族は、私が守る。

そう思って当てもなく街を逃げました。

魔除けにお守りの鈴をシャンシャン鳴らして御神酒を飲みながら何日も歩き続けて……夜、雨の中裸足でかごめかごめを歌いながら街を彷徨っていた所を警察に保護されて。

その間に病は悪化していて、支離滅裂な話をする私からなんとか名前を聞き出したお巡りさんが捜索願を出していた家族に連絡してくれて……翌日病院に連れて行かれて、医療保護入院でした」

「大変だったねえ」

「夜中にかごめかごめとか怖過ぎるでしょ」

「何故そのチョイス」

「諸説あるんですが、かごめかごめには『囲め囲め』が語源だっていう説があるんです。

本来の意味とは違うんですけど、悪い物から自分を鳥籠のような結界で囲んで守ろうとしたんです。

実際、見えていた妖怪は鈴と、かごめかごめのお陰で近付いて来ませんでした」


桜がニヤッと笑った。


「でも、あの時飲んだ御神酒の味、今まで飲んだどのお酒よりも美味しかったです。

甘くてとろりとした舌触りで……世の中にこんな美味しい物があるなんてって感動したのを覚えてます。

退院祝いに一度だけ飲んだんですけど、同じ御神酒なのに普通のお酒で。

あれ、なんだったんでしょうね」

「感覚が研ぎ澄まされていたせいじゃないかな」

「でも、珍しいわね。

桜ちゃんが自分の事を話すなんて」


桃花が色っぽく笑う。


「今まで、幻覚や幻聴や妄想は恥ずかしいって思ってたんです。

でも、ここでは皆当たり前のように受け入れてくれる。

それに、ここの皆は『よくある事』って言わないから。

だから、話してみたくなったんです」


桜が微笑みながら目を伏せた。

本当は今でも怖かった。

話したら引くんじゃないかって、不安だった。

けれど皆は笑ってくれた。

受け止めてくれて心が軽くなった。


「あー、『よくある事』ね」

「言われた言われた」

「んな事誰に言われたんだ?」


(ずみ)が問う。


「病院の看護師さん」


桜が答える。


「どこの看護師さんも言うのかな」

「辛いんです、こんな症状が出てるんですって訴えるじゃん?

そしたら『よくある事だから大丈夫よ』って。

あたしは漠然とした不安があるんですって言ったら『若い内は皆そんなものよ』って言われた。

あたし不安障害なんだけど」

「私、入院中味覚障害になったんです。

何を食べても味が全く分からない。

砂でも噛んでいるようで美味しくない。

それが何日も続いて、看護師さんに相談したら『よくある事だから大丈夫』って言われて凄く悲しかったです」


桜の言葉に紫苑(しおん)が頷く。


「あるあ……ねーよ!っていうね」

「看護師さん達は慣れっこなんだろうけれど、何しろ僕らにとっては初めての経験だからね。

不安になって相談してしても、『皆そうだから』ってね」

「『皆同じだから大丈夫、心配要らないよ。

その内治るから』って事を言いたいんだと思うけれど、なんだか適当に軽〜く流されたように感じちゃうのよね」

「個人差があるから『治る』って明言出来ない部分もあるのかもしれないわ」

「でも、わかるなあ。

『普通』と違う、『普段』と違う。

治るのか?一生このままなのか?

俺達はそういう不安と闘ってる。

『皆』じゃなくて、今苦しんでいる『俺』を見て欲しいんだよね」

「はい、真正面から受け止めて欲しいんです」


『辛いね』とたった一言で良いから、心の底から共感して欲しい。

わかって欲しい。肯定して欲しい。

ただ、それだけなのだ。

それが一番難しいと分かっていたとしても。

ここまで読んで頂きありがとうございました。


三日眠れなかったら精神科へ行くべきだと精神看護専門看護師さんが仰ってました。

三日眠れないのは身体のSOSのサインだそうで。



入院当時、ノートに創作に使えそうだからと妄想を書き溜めていたので一部抜粋。


チョコレートの原材料カカオの学名はテオブロマ・カカオ。

テオブロマとはギリシャ語で『神の食べ物』という意味だからお供えしてから大事に食べる。


美容師は刃物を持って背後から近付き身体の一部(髪)を切り裂く。アサシンかよ。

散髪は身体の一部を切除する医療行為だから外科医の流れをくむ理容室で髪を切るべき。

(妄想が治ってから美容室行きました)



また、デイルームで日記を書いてると他の人に覗き込まれる事が多いので自分にしかわからない暗号もよく書いてました。


『ピクニック計画順調、トムは調子が良いらしい』

ヨーロッパピクニック計画…ベルリンの壁崩壊へと繋がる事件。西ドイツへの亡命者千人

トム…映画『大脱走』で使われた脱走用トンネルの愛称

映画内では『トムは元気かい?』=『トンネル工事は順調か?』といった具合。


これは院内感染の風邪で三十九度の高熱が出ているので、内科の先生に診てもらいたいというお願いをしたのですが、忙しさからか忘れちゃった看護師さんが数人いたんです。

なんとか病院から逃げ出したいと思って外出届を受理してもらおうと微熱だと嘘吐いた時の暗号です。

家に帰った時、病院に帰りたくないあまり過呼吸になりました。


私は時々当時の日記を読み返して笑います。

今は妄想も幻覚さん幻聴さんも無くなっちゃったので楽にはなったんですけど、ある意味ちょっと寂しいです。

辛くないのが一番ですけどね。

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