第20話 アンドロイドと狐憑き(1)
「あなたが桜ちゃん?」
カウンター席でいつものメンバーで飲んでいると、オレンジ色のロングヘアを頭の上で可愛らしくお団子にした女の子が話しかけてきた。
「お、撫子さん久しぶりだね」
榊が挨拶する。
「榊さん久しぶり〜。
桜ちゃん、初めまして。統合失調症の撫子だよ。
製菓部門で働いてるの」
「初めまして。でも、どうして私の事を?」
「噂の妖怪絵師だもん。やっと会えたね!」
「噂の妖怪絵師?噂になってるんですか?」
確かに桜は幻覚さんの絵をポストカードにして何枚も売っている。
『平成の幻覚さん妖怪』シリーズは売れ行きも好調だ。
三脚お化け、羽根目玉、龍烏、数珠毛玉などなど、作品は数十枚になった。
「ウチら、あなたのファンなの。
暖かい色遣いでおどろおどろしくも可愛らしく新しい、なのに何処か懐かしい……そんな幻覚さん達。
勿論全部買ってるよ」
「そ、それはどうも。
お買い上げありがとうございます」
笑顔で桜は礼を言った。
ファンなんて言われたのは初めてで、少し照れ臭い。
「あれ?ウチら、ですか?」
よく見ると、百四十センチ台だろう背の低い女の子が撫子の後ろに居た。
「り、り、り、林檎です。
わ、わ、私はア、アクセサリー部門で、は、働いてます。
わ、私も統合です」
「よろしくお願いしますね、林檎さん」
桜が笑いかけると林檎は赤くなって撫子の後ろに隠れてしまった。
余程恥ずかしがり屋らしい。
「ウチはさせられ体験と妄想がメインの統合だから、あんなに可愛らしい幻覚さんを描ける桜ちゃんが少し羨ましいな。
本気で苦労してる桜ちゃんにこんな事を言うのは失礼かもしれないけどね」
「そう言って頂けると光栄です。
ところで、させられ体験と妄想ってどんな感じなのか訊いても良いですか?」
撫子はくすくす笑った。
「自分の事をアンドロイドだと思い込んだの。
まるで誰かに身体や思考を操られているみたいに感じて……。
ウチの両親は本当はウチの親じゃなくて、何処かに居る博士の作品を預かって、人間世界に馴染ませる実験をしているんだって思ったの」
その場に居る皆から笑いが起こった。
「マリオネットみたいに身体に糸がついたように勝手にグイグイ動いて、動くままに身体を動かしたら晴れの日なのに雨傘を持ってマンションの階段を上っていってね、屋上に出たの。
そこであっちにフラフラ、こっちにフラフラ。
博士からの電波を受信し易いように傘を差したの。
パラボラアンテナみたいに逆さまにしてね。
チューニングしてるんだと思って。
マンションの管理人に見つかって不審者が居るって警察に通報されちゃった」
撫子が舌を出して笑った。
「あとはサトラレ。あれは辛かったなー」
「サトラレ?」
「自分の考えてる事が他の人にバレてるって感じちゃう事。
『この人太ってるなー』とか考えて、後で失礼だったなって『ごめんなさい』って心の中で謝るの」
「心が読まれてると思い込むのも統合失調症にはよくある症状だね。
実際にはそんな事無いんだけどね」
「いやホント、妄想治って良かったよー。
あ、林檎の話も中々詩的で面白いよ」
話を振られた林檎がおずおずと口を開いた。
「あ、ある日突然、男の人の良い声で『会いたい』って聞こえてきて、直感的に何処かの誰かと魂が双子だと思ったんです。
『生まれ別れの双子』で運命の人だって」
「『生まれ別れ』?
生き別れじゃなくてです?」
桜が聞き慣れない単語に聞き返す。
「はい。ほ、本来なら一緒に双子として生まれるはずが、生まれる前に魂が離れてしまって別々の場所に生まれた、魂の兄妹がいる……そんな妄想があったんです」
「そんな人が居たら、とてもドラマチックですね」
「そ、そうですね。実際はそんな人、居なかったんですけど。
相手は歳上の男性で寒さに震える白熊みたいな人。
色は黄色のイメージで、私は青。
混ざって緑になったんです。
だから、スピッツのシロクマを聴きながら緑色の青林檎のグミを食べつつ『彼』を捜して住んでいたマンションをウロウロしたんです。
彼は海で、私は空。
星空と、青空。
お菓子と、煙草。
左回りと、右回り。
そんな風に相反するイメージが膨らんで。
『彼』と一緒に食べようとコンビニでお菓子を2人分買って、誰も居ないマンションの中を歩いている内に、幻覚の世界にさまよい込んだんです」
「幻覚さんだって自覚があったんですか?」
統合失調症の幻聴さんや幻覚さんは本物と見分けがつかないと言われている。
慣れれば幻聴さんや幻覚さんだと自覚出来るようになるが、最初は鑑別が難しい。
「いいえ。
げ、現実世界を幻覚だと思い込んだんです。
誰も居ない薄暗いマンションの廊下が、病院みたいに見えてきて、段々怖くなって。
フ、フワフワと夢を見ているような、不思議な感覚でした。
GOALって書いてある倉庫の鍵が出口だと思って何度もガチャガチャ開けようとしました。
か、鍵も持ってないし、どうしよう……って思ってそうだ、呪文だ!って思ったんです。
マ、マンションの廊下で『封印解除!』って叫んじゃいました」
「カードキャプターさくらじゃん」
その場に居た女性陣が笑った。
「当然、鍵は開かなくて。
今度は手当たり次第にチャイムを鳴らしても、昼間だから誰も居なくて。
なんとか誰も居ない世界から出ようとしました。
『彼』が居る部屋が現実世界への出口だと思って。
そ、そしたらスマホの電池が、無くなってきて。
スマホの電源が切れたら、一連托生で相手も私も死ぬと思い込んで……。
部屋番号の数字の語呂合わせを頼りにして、ピンポン連打してたら一軒の部屋からお爺さんが出てきて。
『彼』じゃない事に驚いて『間違えました、迷子になったんです』って言ったんですけど、私の事を不審者か訪問販売か何かだと思ったんでしょうね、『出てけ!』って怒鳴って追い出されたんです」
「怖かっただろうな」
桷の言葉に林檎がこくん、と頷く。
紫苑が口を開く。
「統合は数字に特別な意味付けをする人も多いよね。
ゾロ目のナンバープレートの車に追い回されてるだとか、八でハッピー、二一八でニア、近くにいるとか」
「確かに七一七で無いな、とか私も考えてました。
マ、マンションのエレベーターまで引っ張って行かれて、エレベーターを降りて外に出るまでその人にずっと監視されてて。
家に帰ろうとしたらそのお爺さんに怒鳴られてまた摘み出されて。
もう家に帰れないなと思って母に『助けて』って電話して、今までの話をしたら病院に連れて行かれて、そのまま入院でした」
「林檎さん、辛かったですね」
「でも、入院中も寂しくなかったですよ。
いつも幻聴さんが『独りじゃないよ』とか、『愛してるよ』って囁いてくれていたから」
林檎が目を伏せ、愛おしそうに笑った。
「私、幻聴さんに恋をしたんです」
冬夜が微笑んだ。
「なんか、じーんときたな」
「林檎さんの幻聴さんは優しいんですね。
羨ましいです」
桜の幻聴は桜に厳しい。
最近は減ってきたが、悪口ばかりだ。
花純が誇らしげに笑った。
「私の幻聴さんも中々優秀よ。
夏場に運動しててクラッときた時、五百ミリリットルの水に砂糖大さじ二と三分の一杯と塩小さじ四分の一杯を入れて、経口補水液を作りなさいってアドバイスしてくれたわ」
「何それ凄い」
「他にも夕飯の献立の相談にも乗ってくれるわ。
今日はハンバーグ作りなさいとか、ガパオライスが良いよとか。
榊ったら、何食べたい?って訊いても、いつも何でも良いしか言わないんだもの」
「だって、君の料理は何を食べても美味しいんだから仕方ないじゃないか」
「でも、何でも良いって一番困るのよ」
「惚気?」
仲良く喧嘩する二人に皆くすくす笑った。
榊が笑顔で話し始めた。
「僕は電波攻撃妄想だったな。
エレクトロニック・ハラスメントに遭って音声送信とマインドコントロールの被害に遭っていると思い込んだんだ。
頭痛や腹痛、目の痛みなんかの些細な体調不良まで電波攻撃が原因だと思ってね。
僕は創価学会に電波で攻撃されていると思い込んで、電波防止に家中の壁にアルミホイルを貼ったんだ。
それでも電波攻撃は止まらない。
道行く人々が僕を監視していて、僕しか知らないはずの噂話をする。
テレビから僕の悪口が聞こえてくる。
なんて巨大な物を敵に回してしまったんだろうと恐怖したよ。
家の中にも盗聴器が仕掛けられていると思い込んだ僕は、盗聴器を捜して貰おうと探偵を呼んだんだ」
「統合は盗聴・盗撮の被害妄想って多いよな」
「せ、精神看護専門看護師さんが言ってました。
テレビで自分の事を言っているって感じる患者さんって凄く多いって」
「だって、アナウンサーと目が合うんだもん」
撫子の言葉に皆笑った。
桷が突っ込みを入れる。
「そりゃそうだろ、カメラ目線なんだから」
「私、思うんですけど、テレビは『皆』に向けて放送していることが大きいと思います」
桜の意見に皆が耳を傾ける。
「『皆』に向けて?」
「はい。
そもそも、テレビって言うのは出来るだけ多くの人に見て貰いたくて番組作りをしていますよね。
言ってみれば『国民全員向けのメッセージ』です。
だから、『あなたへ』とか『視聴者の皆様』とか、自分の事を指すフレーズが多いでしょう?」
「あーね。自分が言われてるってより強く感じるのね」
紫苑が頷く。
榊も感心した様子で唸った。
「うーん、その発想は無かったな。
新しい発見かもしれない。
……まあ、それでだね。
結果、当然盗聴器なんて見つからない。
幻聴さんは酷くなる一方。
そこで僕はこう思ったんだ。
実はあの探偵達こそ創価の手先で、新たに盗聴器とカメラを家中に仕掛けたに違いないと。
ネットで盗聴器について調べた僕はパソコンやスマホのカメラをガムテープで塞ぎ、電化製品という電化製品のコンセントを抜き、時計やリモコンの電池を抜いた。
お陰で冷蔵庫の中身を腐らせてしまったよ」
「あはは、そりゃ腐るわ」
「お腹壊したのも電波のせい?」
皆笑った。
榊がニヤッと笑った。
「流石に腐った物は食べなかったよ。
壁も壊して隠しカメラが無いか探した。
それでも見つからない。
そこで別な業者に盗聴器撤去を依頼したんだ。
家の中の尋常じゃない様子で察したらしい。
車に乗せられて病院に連れて行かれてね。
……その業者を恨んだよ。
妄想が消えるまでの数週間、病院の公衆電話から毎日業者にクレーム電話を入れていた。
『僕はおかしくなんかない!キチガイはあんたらみたいな創価の手先の悪魔だ!』ってね。
正しいのは彼らだった。
結局退院後菓子折りを持って謝りに行ったよ。
彼らには本当に感謝している」
「統合失調症患者を食い物にしている盗聴器撤去業者も居るんだってな。
盗聴器撤去依頼の大半は統合失調症の妄想らしいよ。
逆に医療に繋ぐ試みをしている探偵業者も居るとか」
「さ、最初の業者が良くない業者だったんですね。
アルミホイルが部屋中に貼られているなんて統合失調症だって一目瞭然ですもの」
「単に関わりたく無かっただけかもしれないけどな」
棗が言った。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
ブクマ・評価ありがとうございます!とっても元気でました♪
ネットを見る限り、創価学会や暴力団、警察、在日、同和などが集団ストーカーや電波攻撃、盗聴の犯人だという妄想を抱く患者さんが多いようで。
私はアップル社にスマホの内容を監視されてると思い込んでスマホの電源を切ってました。
siriの内容って録音されてるのである意味監視されてるんですけどね(笑)
ツイッターで安倍首相やトランプ大統領に助けを求めるリプやメールを送っている患者さんをよく見かけます。
通っている精神科病院の先生が北海道胆振東部地震を人工的に起こした闇の組織の一員という妄想を抱く患者さんも見た事があります。
今回初登場の林檎は吃音症。
言い方は良くありませんが、所謂『どもり』。
吃音症も百人に一人です。
統合失調症で抱く妄想は千差万別。
一つ一つ紹介するとキリがないせいなのか、医学系サイトをネットで探しても具体的な妄想例が少ないので今回は幻覚妄想大会。
こんな不思議な事を言う方が身近にいたらどうか医療に繋いで下さい。
統合失調症は治る病気です。
『Dr 林のこころと脳の相談室』には患者さんからのメールが原文で載っているので症状の良い参考になるかと。
私は『こんな奇妙な話をしたら頭おかしいと思われる』と思って医師にも妄想は伝えませんでした。
ただ、私の場合入院前に奇行をとった自覚は有りました。
『こんな変な行動をしている所を他人に見られたら気狂いだと思われる』とドキドキしながら行動してました。
精神科病院内で患者同士自分の妄想は持ちネタとして笑い話にして盛り上がっていました。
これが皆さん話し上手で面白い!
私の家族も爆笑しながら私の妄想話を聞いてくれたのですが、笑ってくれたお陰で心が軽くなりました。




