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第1話 レモン

『また鷹乃つめ炎上してる』

『博覧会コス女、逆ギレお気持ち表明』

『鷹乃つめ、謝罪文で“でも”使用し再炎上』

『囲いとアンチで地獄みたいなレスバ発生』

『問題児コスプレイヤー・鷹野つめ今度はクラウドファ……』


スマホを見る手を止めて振り向く。


――また、見られてる。


そんな気がした。

イベント会場から駅へ向かう人混みの中、鷹乃つめはマスクの内側で小さく息を吐く。


別に誰もこちらなんか見ていない。

頭では分かっている。


でも、一度でも“大勢から叩かれる側”になった人間は、視線を忘れられない。


笑い声が、自分の悪口に聞こえる。

スマホを向けられるだけで、勝手に心臓が縮む。


鷹乃つめは、まだ着たままの衣装に目を向ける。


今日のコスプレはエルフ。

編み込んだ金髪ウィッグに、木でできた杖、青いローブに緑がかったケープ。そして尖った耳。


イベント中は楽しかった。

写真を撮ってもらっている時だけは、嫌なことを忘れられる。

でも帰り道になると、現実が戻ってくる。


スマホの通知欄。


『また変なことしてる』

『空気読めよ』

『承認欲求モンスター』

『次は現地で分からせるか』


最後の一文を見て、つめはそっと画面を閉じた。


「……はぁ」


疲れた。

本当に。

やめればいいのに、と何度も思った。

でも、やめた瞬間、自分の中が空っぽになる気もした。


だから続けてしまう。

私にはこれしか無いから。

ただ、それだけで。


駅の階段を降りる。

人混み。

ざわざわした空気。

その時だった。

ふと見覚えのある顔が見えた気がした。


「……あれ、あの人確か……」


すると何かが、階段の下から転がってきた。


黄色い球体。

金属っぽい光沢。

細長い突起。


――爆弾。


そう思った。

考えるより先に身体が動く。

近くにいた小さな子供を庇うように、つめは“それ”を掴んだ。


「危な――」


次の瞬間。

ぐらり、と視界が傾く。


「あ」


足を踏み外した。

階段。

        回転する景色。

    誰かの悲鳴。

後頭部に衝撃。

        そして。

  静寂。


――目を開ける。


「……え?」


真っ白な空間だった。

床も。

 空も。

  何もない。


「ここ……」


「死後の世界です」


「ひゃっ!?」


突然聞こえた声に、つめは飛び上がった。

振り向く。


そこには、女がいた。


長い白髪。

眠そうな目。

神様っぽい服。

神様っぽい輪っか。

どう見ても神様だった。


「えっ、えっ!?なに!?死んだ!?私!?」


「はい」


「うそでしょ!?」


「本当です」


淡々としている。

つめは口をぱくぱくさせた。


「いやいやいや待って!?爆弾!?それにあれは私を嫌っているアンチの……、テロ!?」


「レモンです」


「……え?」


「スーパーの袋から落ちたレモンです」


「…………」


沈黙。


「…………え?」


「レモンです」


「いやでも金属っぽく……」


「ワックスです」


「……」


「あと突起はヘタです」


「……」


つめはその場にしゃがみ込んだ。


「うわぁ……」


人生最後がそれ?

レモン誤認?

SNSでバズったら終わるタイプの死に方じゃん。


「なんでそんな勘違いを?」


「だ、だって……」


つめは俯いた。


「最近、怖かったし……」


女神は何も言わない。


「なんかずっと、見られてる気がしてたし……。いつか刺されるんじゃないかとか……爆破されるんじゃないかとか……」


「なるほど」


「……被害妄想ですよね」


「半分は」


「半分?」


「実際、かなり嫌われています」


「やめてくださいよぉ!」


死後の世界で再確認したくない。

つめは顔を覆った。

女神は静かに続ける。


「ですが問題はそこではありません」


「え?」


「あなたの魂です」


空気が変わった。

女神はつめをまっすぐ見る。


「汚れています」


「そんな言い方あります!?」


「正確には、“付着している”」


女神が指を鳴らす。

すると、つめの身体から黒い煙のようなものが浮かび上がった。


「うわっ、なにこれ!?」


「他者の感情です」


「感情?」


「誹謗、中傷、執着、悪意、嘲笑、憐憫。あなたは長期間、大量の感情を向けられ続けた」


黒い煙は、べったりと身体に絡みついていた。

気持ち悪い。


「普通、人はここまで他人に“観測”されません」


「観測……」


「あなたの魂は、他者の感情に晒されすぎた。このままでは輪廻に入れません」


「えっ」


「重すぎて沈みます」


「そんなゴミみたいな言い方ある!?」


「なので異世界へ送ります」


「急!」


つめのツッコミを無視して、女神は説明を続ける。


「そこで徳を積み、魂を浄化してください」


「いやいやいや無理ですって! 私そんなサバイバル能力ないし!」


「大丈夫です」


「何が!?」


「あなたには適性があります」


女神が、つめの胸元へ触れる。


熱。

黒い煙が渦巻く。


『観測変換:マイナス』


頭の中に、言葉が流れ込んできた。


「これは……?」


「他者から向けられた感情を魔力へ変換する能力です」


「感情を?」


「特に負の感情への変換効率が高い」


女神はさらっと言った。


「つまり、嫌われるほど強くなります」


「最悪の能力じゃん!」


「相性は良いですよ」


「良くないです!」


つめは叫ぶ。


「私、平和に暮らしたいんですけど!?」


「諦めてください」


「神様!?」


女神は少しだけ笑った。

初めて人間っぽい表情だった。


「ですが」


「……?」


「あなたは悪人ではありません」


その言葉に、つめは少し目を見開く。


「空気を読むのが下手で、不器用で、面倒を起こしやすいだけです」


「フォローになってます?」


「だからこそ、あなたは向いている」


「何に……?」


女神は静かに言った。


「“世界の外れ者”に」


次の瞬間。

視界が白く染まった。


「えっ、ちょっ――」


落下感。

風。

身体が浮く。


「いやああああああっ!?」


森。

巨大な木々。

眩しい光。

そして。


「――古代耳族だ!!」


「王族様だぞ!!」


「なんだぁ!?」


知らない美形集団に囲まれた。


つめはぽかんとする。

その視線の先。

自分の耳。

エルフ耳。


「あ」


嫌な予感がした。

挿絵(By みてみん)

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