敵か味方か
「存在しない? バカなことを言うな! ここに俺の家、道場があったはずだ! 村人たちの家はどうした! どうして跡形もなくなくなっている? 何をした! 親父やおふくろはどうした! 村のみんなはどこに行った!」
シェイスは相変わらず表情を変えずに俺を見つめている。弟のクレストは、頭を下げ続けている。もう、最初から俺と喋る気はないと言わんばかりの態度だ。
「お鎮まりください、殿下。先にも申しました通り、ユアザライ村、などという村は、元々からございません」
「ふ……ふざけるな。親父は、親父はどこに行ったのだ! 剣聖・ジサはどこに行った! 村人たちはどこに行ったんだ! まさか……全員殺したというんじゃないだろうな!」
「繰り返し申し上げますが、そのような村はございませんし、ジサという者も存在し……ツ」
俺は剣を抜きはらい、横一線に払ってシェイスを斬っていた。だが彼は、体を反らせて俺の剣を躱した。しかし、さすがに躱しきれなかったようで、胸から肩にかけて傷を受けていた。じわじわと傷口から血が出ている。
彼は片膝をついた姿勢のまま、後ずさりをした。クレストも同様だ。目を丸くして驚いている。まさか俺が斬るとは思っていなかったのだろう。いや、村を消され、さらに親父のことを蔑ろにされては、許しておくことなどできるはずはない。気が付けば、俺は腰の剣を抜いていた。
ただ、このシェイスという男はかなりの手練れだ。うすうすそうではないかとは思っていたが、俺の全力の剣を受け流した。間違いなくこの男の首を狙ったのだ。肩に剣を受けたとはいえ、それだけの傷しか与えることはできなかった。
怒りに任せて、感情に任せて剣を振るった結果だ。親父が口を酸っぱくして言っていた。剣を振るうときには、心を無にしろ。決して感情に任せて剣を振るってはいけない。それをしては、斬れるものも斬れなくなると。まさに、親父の言う通りになった。
シェイスは素早く腰に差している剣を外し、それを自分の前に置いた。クレストもそれに倣う。つまりこれは、俺に敵対する気持ちはないという表れだ。
「どういうつもりだ」
俺の問いかけにシェイスらは答えない。不気味な静寂が訪れたが、ややあってシェイスが、
「私の首を刎ねるというのであれば、喜んでこの首を差し上げます。ただ……」
そう言って大きく息を吸い込んだ。
「ただ、なんだ」
「私どもは、殿下の味方でございます」
「どういう意味だ」
「故あって、詳しいことは申し上げられません。誠に恐れ多きことでございますが、いましばらくの間。我らに騙されていて下されば、幸甚でございます」
「殿下……。申し訳ございません。ですが、兄の言葉は真実でございます。なにとぞ……」
普段無口なクレストまでが、そんなことを言いながら平伏した。シェイスの顔を見る。その目は、嘘を言っているそれではなかった。俺は静かに剣を鞘にしまう。
「恐れ入りますが殿下、すぐに、離宮にお戻りください」
シェイスがあらぬ方向に向かって大きく頷く。すると、どこからともなく馬車が二台現れた。ずいぶん用意がいい。もしかしてこいつらは、わざと俺をこの村に向かわせたのではないか。こうなることを狙って俺を泳がせたのではないか。シェイスらを欺いたと思っていたが、結果的に俺は彼の掌の上で踊らされていただけだったのではないか。そう考えると、必死でユアザライ村を目指していた自分が馬鹿らしくなってきた。何とも言えない悔しさが込み上げてくる。
周囲は陽が落ちていて、薄暗くなり始めている。それでも俺はぐるりと村を見回す。見事に何もない。俺を育ててくれた景色が無になっていた。人々の住んでいた家も、牛小屋も、井戸も、何もかもがなくなっていた。一体なぜ。どうして村を丸ごと消す必要があるのだ。俺はただ、呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。
「さ、殿下」
シェイスが馬車に乗るように促す。傷が深いのか、斬られた左腕はだらりと下げられて、右手のみを使っている。俺はその様子を見ながら、まるで抜け殻のようになりながら、馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出す。町に向かって伸びている坂の方向ではなく、まったく違う方向に進んだ。その先には何もないはずだが、車は坂を下りていく。山を切り開いて道を作ったのだろう。なぜ、そんなことをする必要があるのか。俺にはまったくわからなかった。
親父はおふくろはどうなったのだろう。シェイスの話ぶりでは、二人は生きているように思えるが、確信はない。何としても、両親に会いたかった。妹に会いたかった。言葉を交わせないのであればそれでもかまわない。二人の無事を確認したかった。だが、今の俺にはどうすることもできなかった。
久しぶりに人を斬ったせいか、手が震えている。十二歳のとき、盗賊たちを斬ったときも、同じように震えていたことを思い出した。あのときは……俺の背中を親父が守っていてくれた。広くて、温かい背中だった。
「お父さん……おかあさん……」
二人の名を呼んでみるが、返事はない。いつしか目からは涙が溢れてきていた。俺はしばらくの間、声を殺して泣いた……。




