ユアザライ村ふたたび
翌日、朝食を済ませてすぐ、俺は遠乗りに出かけた。
ちなみに、食事はあまり美味くはない。それは王宮の食事も同じで、理由は基本的に温かい料理が出てこないからだ。俺のところに出てくる段階で、かなりの毒見がなされていて、せっかく作った温かい料理も、冷めてしまうのだ。さすがにそれはやめてくれと言って、多少は改善されるようになったが、気休め程度だ。今は、最後の毒見が終わると、熱湯を張ったプレートに皿を漬けて温めなおしている。冷たくはないがぬるい、というものだが、それだけでも多少はマシにはなる。
今朝の朝食は、無理を言って俺が自分でゆで卵を作り、パンを焼いた。もちろん、毒見はされた。それでも久しぶりに温かい食事が摂れて、俺は大満足だった。
馬に乗ってゆったりと離宮を見て回る。もちろん一人ではない。シェイスと四人の男たち、そして、何故か妹婿のクレストも付いてきていた。親父や妹のことを聞きたかったが、話したくはないのだろう。彼は少し俺から離れたところから付いてきた。命令して呼びつけることもできたが、それをしたところで、シェイスらが口を挟んでくることは目に見えていたので、敢えて何も聞かずにおく。
離宮自体は、どこも整備されていて美しかった。とりわけ庭が素晴らしい。あちこちに池が配置され、それらが川でつながっているようだ。
「この川はあの滝の水が流れているのかな?」
俺の問いかけに、シェイスが口を開く。
「左様です」
「ということは、あの滝を下ってくれば、易々とこの離宮に入ることができるな」
「そ……そのようなことは……」
「滝山の頂上はどうなっている?」
「それは……」
「見に行ってみよう」
俺はそう言って馬首を裏山の方向に向けた。
山は予想以上に急斜面だったが、馬で登れないことはない。俺も他の者たちも帯剣しているので、その状態で馬を操るのは難しいはずなのだが、さすがというべきか、皆、楽々と山を登って来る。
「殿下! あまり先走られると、お危のうございます!」
シェイスが大声を出した。そのくらい俺はスイスイと山を登って行っていた。
彼らは知らないだろう。俺が何度か馬を駆ってこの離宮の裏山まで来ていたことを。
まだ成人する前、村の若い者に馬に乗せられて、この辺りまで来たのが最初だった。そう。この裏山には抜け道があったのだ。しかもこの辺りには、人に荒らされていないためか、割合大きな鳥が羽を休めていることが多い。そのため、年に一度か二度、俺はこの辺りまで馬を飛ばして鳥を狩っていたのだ。いわばこの辺りは、俺の勝手知ったる場所なのだ。
シェイスらの姿が見えなくなったことを確認した俺は、馬を速めた。後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきたが、やがてそれも聞こえなくなった。行先はもちろん、ユアザライ村だ。
この日のために、この瞬間のために、王宮での訓練や稽古に耐えてきたと言って過言ではなかった。それだけ俺は、両親に会いたかった。会ってまずは礼を言いたかった。できればフィリアにも会いたいが、まずは両親だ。ユアザライ村だ。故郷に帰るのだ。
きっとシェイスたちに追いつかれることはない。俺は近道を知っているからだ。そこが狙いだ。彼らとの距離をできるだけ多く取ることができれば、それだけ村に滞在する時間が稼げる。両親に会って、村人に会って礼を言って戻ってくればいい。途中で彼らに見つけてもらって、道に迷ったとか何とか適当な理由を拵えて、離宮に戻ればいいのだ。
途中に沢があり、そこで馬を休ませて水を飲ませる。俺も少し休憩をする。その沢の水は飲んでも腹を下さないことを知っていたので、存分に飲んで渇きを癒す。美味かった。これまで飲んだどんな水よりも美味かった。そして空気も美味かった。水を飲み、空気を腹いっぱい吸っていると、なんだか自分の体が再生されていくような感覚を覚えた。
しばらくして俺は立ち上がり、再び馬を走らせた。途中、道が崩れている個所があり、さすがに馬乗って通ることができずに歩いて行かねばならず、少し時間を取ってしまったが、それでもシェイスたちは追いついてこなかった。そうして馬を駆ること数時間。俺はようやくのことで、ユアザライ村のすぐ近くまでたどり着くことができた。辺りはすでに、夕暮れになろうとしていた。
急な坂になっているので、さすがに馬に乗っては降りられない。馬から降りて、轡を曳きながら坂道を降りる。ここを降りきると、家のすぐ裏に出てくるのだ。もうすぐだ。もうすぐ親父やおふくろに会える。
ようやく坂を下り切った。この竹藪を抜けると、家だ。馬を曳く手に力が入る。足が小走りになる。
「……」
だが、そこには、あるはずの村がなかった。ただ、だだっ広い野原が広がるばかりだった。……村は、家はどうしたんだ?
「やはり、こちらにおいででしたか」
突然男の声が聞こえて、体が震える。見ると、すぐ近くにシェイスとクレストが立っていた。彼らは俺のすぐ近くまで来ると、スッと片膝をついた。
「殿下、勝手なことをされては困ります。馬車を用意します。すぐに離宮にお戻りください」
「おい……」
「……」
「村は、どうした?」
「村?」
「とぼけるな。村はどうした? ユアザライ村はどうした? ここに家が、道場があったはずだ! どうして何もなくなっているんだ! 親父は? おふくろは? 村人たちはどうした! どうして何もなくなっているんだぁ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。いやでも、確かに、確かに、ここに俺の家があったはずだ。村があったはずだ。どうして何もなくなっているんだ!
混乱する俺に、シェイスは静かに口を開いた。
「……ユアザライ村? そのような村は、存在いたしません」




