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立太子

翌日から俺は多忙を極めることになった。立太子の儀式までに、習得するべきことをすべてを身に付けねばならないと言われて、それこそ朝から晩まで分刻みのスケジュールを入れられて、担当官が入れ替わり立ち替わり現れて付きっきりになった。極端な話だが、俺の体が俺の自由になるのは、寝るときと手洗いに入っているときくらいだと言っても過言ではなかった。


一番苦労したのが、マナーと字だった。マナーは侍従長のヤエノスが付きっきりで教えてくれるのだが、この人、稽古になると人格が一変する。ニコニコとした好々爺はどこへやら、恐ろしい形相になって怒鳴り散らすのだ。


「それでは見た目が美しくありませぬ! あなた様の一挙手一投足が見られるのです! わが国の格が、品が見られるのです! それでよろしいのか! そんなことでどうやって家来たちに命を懸けろと言えるのです!」


……とにかく怖い。もう、震えあがるほどに怖い。言葉遣いなども徹底的に直されている。下卑た言葉を使うと人格も下卑たものになると言われてしまい、俺の心はズタズタだ。


さらに、俺を苦しめているのは、字だ。これは両親が教えてくれたので、それなりのものを書けると思っていたのだが、いわゆる王族らしい字、国王らしい字、国王しか使ってならない字体などがあり、それを覚えるのに苦労した。教師は初老の女性だが、毎日千字書いて稽古しろと、これまた無茶なことをいわれた。


その他、歴史、戦史、経済などがあり、頭が爆発しそうになる。ただ、体を動かすこともあり、剣術や馬術など、俺が得意とするものもあった。特に剣術は、まったく俺の相手にならなかった。ダンド流の師範だと言っていたが、木刀で三回手合わせをして、三回ともに俺が勝った。ただ、それがために、剣術は必要ないとされて、翌日からそれはなくなってしまったのだが。


そんなこんなで、王宮に入ってから二週間が過ぎてしまった。あの日以来、国王はもちろん、大上王にも大上王妃にも会っていない。会うだけの時間がないというのが正しいか。


俺の王太子就任、いわゆる立太子の儀は、それから一週間後に行われた。美々しい衣装をまとった貴族たちが犇めく中、重いマントを着せられた俺が国王の前に膝まづく。その俺に国王が大きなネックレスのようなものを首にかける。それで終わりだった。時間にして三十分もなく、俺は拍子抜けしてしまう程だった。


ただ、その儀式が済んだ後、部屋が変わった。これまで使っていた部屋よりもさらに広い部屋を宛がわれ、兵士が部屋を警備するようになった。後宮にも自由に行けるらしいが、日々の生活が忙しすぎて、部屋に帰って食事を摂ると、すぐに寝てしまう。


この部屋は、国軍の総司令部に近いのか、軍人がやって来てこの国の軍制について講義する時間が増えた。元帥・オルヴァック、総司令官のリーベック、参謀総長・デルフリルというのが主な講師だ。こういっては何だが、軍人は声は大きいが、人に教えるというのには向いていない人種だなと思う。元帥などは、老齢のためか、何を言っているのかがよくわからないことがよくある。まあ、こうしたときは、ヤエノスが授けてくれた、「表情を変えず微動だにせず、話を聞く」という姿勢で乗り切るのだが。


そうそう、王太子に就任してすぐに、二人の兄に会った。会ったというより、兄たちから就任の祝いの挨拶を受けたのだが、こう言っては何だが、二人とも、ロクでもない男だった。


まず、エルファスという男。コイツは喋ることができなかった。ガリガリに痩せ、目の下にクマを作り、その目でじっと俺を睨みつけたままで、隣に控えたフルクという乳母がすべて通辞した。


「殿下は、シェン王太子殿下のご即位を、心からお祝い申し上げております……ね?」


コクコクと頷くエルファス。万事この通りで、俺は操り人形が来たのかと思ったほどだ。続いて、その弟であるコルシェルという男も、胡散臭い男だった。俺に会うなり、


「余は、殿下にはない知識を身に着けております。即ち、帝王学! これからはこの、余が殿下に帝王学を授けましょうぞ。余をお側においてくだされ。殿下の手となり足となりましょう。余と殿下で、この国を隆盛に導いて参りましょう!」


青白い顔で、コイツも痩せている。性格の悪さが顔に出てしまっている。コイツにも乳母が隣に控えていて、彼女は男の言うことにすべて頷き、その通りですと言わんばかりに目をキラキラさせていた。バカじゃねぇのか。なるほど、この男たちでは、国の行く末を託そうとは思わないなと妙に納得してしまった。


要は、二人とも王太子にはなれなかったが、俺に取り入って高位高官を得よう、面倒を見てもらおうと考えているらしい。正直言って、俺には関係のない、知らないことだ。自分のことは、自分でやってくれぃ。


気が付くと、俺がこの城に来て二か月、王太子になって一か月の時が過ぎようとしていた。そんな俺に、国王から避暑に出てもよいという許可が出た。これは俺が待ちに待っていた知らせだった……。

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