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就寝

ようようのことで、俺は後宮から戻ってきた。最初こそいけ好かない感じだったロースマイも、大上王妃陛下があのように笑われたのはいつ以来でしょうと、遠い目をしていた。彼女は後宮の門の前で俺に剣を返しながら、いつでもお呼びくださいませと言って、頭を下げた。


後宮から出てくると、ヤエノスとシェイスが待っていた。二人とも表情は変えなかったが、よくぞ戻ってきたと言わんばかりの雰囲気を横溢させていた。彼らは別室に俺を連れ込むと、後宮で何があったのかを詳しく聞いてきたので、俺は丁寧に説明した。


「まさか! 供された餅を、お食べになりましたと!」


シェイスはそう言って立ち上がり、今すぐここで吐き出してくださいと、無理なことを言った。確かに食べるなと言われていたことは忘れていた。覚えていても、食べただろう。そうダメだと言うのであれば、行ってみるといい。


今のところ、俺には何の変化も見られないので、しばらく様子を見ようと言うことになった。それほど危険な女性なのだろうか、いや、実際はそうなのだろう。


それから二人は、俺と生みの母との話を始めた。


母、シェルネ王妃は、十八歳で俺を生んだ。彼女は一般家庭から王宮に働きに来た、洗濯女、と言われる女性だった。その母を大上王が見初めて、俺をお腹に宿した。通常であればお妃として蝶よ花よの生活になるのだが、あの大上王妃は恐ろしく焼きもちやきで、大抵の女性は生む前に殺されるか、生んだ後もしばらくして不可解な死を遂げていたらしい。


時の宰相であるラスケは、そうしたことに心を痛めていた。彼は当時の国王――今の大上王――の子供を宿した女性を匿ったり、王宮の外に逃がしたりしていたらしい。母もご多分に漏れずに、宰相の手で匿われていた。その警備を担当したのが、父であるジサと母・タルネであったというのだ。


母は俺を生んですぐに亡くなったそうで、殺されたわけではないようだ。ただ、俺は命を狙われたらしく、刺客を送られたこともあったのだという。そのため父と母は俺を連れて王都を出て、あの、ユアザライ村に逼塞したのだそうだ。


王都から離れているとはいえ、よく追手が来なかったなとは思うが、実際に追手は来たようで、それらをすべて父は撃退していた。さすがは親父だ。


ただそのために親父は、近衛兵長という職も、実家であるノジア流を継ぐこともできなくなった。村に逼塞する代わりに、すべてを捨てた。それを聞いた宰相がうまく計らってくれ、それ以降は特に王都から刺客が放たれることもなく、いつしか俺の存在は忘れ去られていたらしい。


ただ、大上王が病臥し、国王自身も不治の病を患ったことがわかると、そうも言っていられない状態となったらしい。そこで、俺に白羽の矢が立ったということだ。なんで俺なのか、他にも候補はいなかったのかと思ったが、それはそれで驚愕の理由があった。


俺を指名したのは国王で、ここに連れてこいと命令したのも国王自身なのだそうだ。その理由は、体が大きく丈夫であったからというもので、俺からすれば、そこ? というものだった。今日の対面は国王自身が本当に俺の体が大きいのかどうかを確認するためのものであったらしく、彼はすぐに俺を王太子に決めた。そういえば、大上王も俺の体をペタペタと触っていた。体の大きさと王位と何の関係があるのかがわからない。ただ、大上王も国王も、俺を気に入ったことには間違いないのだそうだ。


「殿下にあらせられましては、こちらのお部屋を今後はお使いください。何かあれば手を鳴らしていただければ、お側のものが参りますので、何なりとお申し付けください」


そう言うと、シェイスはパチパチと手を鳴らした。すると、またしてもエプロン姿の女性五人が失礼しますと言って部屋に入ってきた。


「本日以降は、この者たちが、殿下のお世話をいたします。どうぞお見知りおきを」


「アレオでございます」


「イリサルと申します」


「フロイルでございます」


「ピノーでございます」


「ケイプでございます」


女性たちは順番に名乗りを上げると、深々と一礼した。どれもきれいな人たちばかりだ。その中でひとり、見覚えのある女性がいた。


「あっ、あなたは……確か、俺の髭を剃ってくれた方ですよね?」


「は……はい。何か、お気に召さないことがございましたか……」


「いえ、そんなことはありません。ありがとうございます」


「は……はい。恐れ多いことでございます」


イリサルと名乗る女性は顔を真っ赤にして俯いた。その様子を見て、シェイスはオホンと咳払いをした。


「本日は、色々とございましたので、さぞお疲れかと存じます。どうぞこれよりはゆるりと休息いただきまして、また、明日からのことにお備えいただければと存じます」


ヤエノスとシェイスは立ち上がると、また、明日参りますと言って、部屋を出て行ってしまった。残ったのは俺と五人の女性たちだった。ええと、何をすればいいんだ?


「それでは、お食事の準備をいたしますが、よろしゅうございますか?」


確か、アレオを名乗った女性が口を開いた。俺は、お願いしますと言って頷くしかできなかった。


俺が通された部屋は、手洗い、バスルーム、ベッドルーム、居間、書斎が付いた広い部屋だった。供された食事は不味くはなかったが、あまり味はよくわからなかった。彼女らは服を脱がせ、バスルームで体を洗おうとしたが、それを断り、すべて俺一人が行った。ちなみに、手洗いにはやっぱり紙が備え付けられていなかった。


「すみませんが、ここに、紙を置いておいてもらえますか」


「あっ、あの……。私どもをお呼びいただければ、お手伝いを……」


「冗談でしょう? いや、紙を置いてもらえれば、大丈夫です」


どうにかこうにかベッドに入り、ようやく一息つくことができた。これから先、俺はどうなるのだろう? 王太子になれと言われたが、やっぱりユアザライ村に帰りたい。どうすればいいのだろうか。そんなことを考えながら天井を眺める。


ふと、大上王妃の部屋でのことを思い出した。まさかあの、ロースマイが化粧をしてベッドに入っては来やしまいな。さすがに冗談だというのはわかっているよな? そんなことを考えていたら、なかなか寝付くことができなかった。


結局俺は、その夜もほとんど眠ることができずに、朝を迎えた……。

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