剣聖・ジサ
親父、剣聖・ジサは、一言でいえば、福徳円満な人だ。
童顔短躯で、一見すると剣士には見えない。そのため、町で荒くれたちに絡まれることもあるのだが、必ず一瞬で倒してしまう。
親父は先代ノジァ流総帥・ガンヤの長男として生まれた。長男として生まれながら、ノジヤ流を継げずに、別家してダンド流という流派を拵えた。ちなみに、ノジア流は国王の剣術指南を勤める程の流派で、実際、ガンヤは先代王の剣術指南役だった。
親父は子供のころから不器用であったらしい。対して、腹違いの弟であるトラマは神童と呼ばれるほどの才能を見せていた。見かねたノジアは親父を別流派である、ダリマ流のジガンの許に預けた。このジガンは亡くなっているが、今では大剣聖と呼ばれている伝説的な剣士で、親父は十歳の頃から五年間、このジガンの屋敷に住み込みで修業をしたのだった。
ジガンの稽古は変わっていて、毎日ダリマ流の三十ある型を順にやらせるというものだったそうだ。ただ、ジガンが気に入らなければ最初からやり直し。それを何度も繰り返すというものだったそうだ。ジガンの奥様がこれまた厳しく、毎日毎日父は怒られ通しだったそうだ。
一方のジガンはノホホンとした性格で、「やり直しだよ」、「もう一度だよ」と最初からやり直しを命じるが、奥さんが怒ると、「また怒られた」と言ってニコニコ笑う人だったらしい。この二人、何がどうダメなのかを教えてくれず、父は大変に苦労したようだ。あるときなど、あまりにも怒られるので、ジガンが、
「ジサ坊、今度怒られずにできたら、この、金塊をあげるよ」
と言って大きな金の塊を出してきたそうだが、やはりあるところまで来ると怒られる。ジガンは、
「やっぱり怒られたぁ。ウフフ」
と言って笑っていたのだそうだ。結局親父は成人する間まで、ダリマ流の型を八つまでしか習得できなかった。ただし、この八つの型を完ぺきに身に着けたおかげで、ノジア流の技はすぐに習得できたらしい。
だが、親父はそのノジア流を継げなかった。継母が自分の生んだ子で、神童の呼び声高かったトラマを強引に後継者にしてしまった。親父には一代限りで、との約束をしたというが、それが単なる慰みであることは誰の目にも明らかだった。
しかし親父はおふくろと共に粛々と王都を退いてここ、ユアザライ村にやって来て、道場を開いた。新たにダンド流という流派を立ち上げて、子弟の育成に努めた。丁寧な教え方と温厚篤実な性格もあって弟子は増えていき、現在の状態にまでなった。親父は誰に対しても敬語でしゃべり、奢った姿を見せることは一度もない。息子の俺にすら、敬語でしゃべる。そのため俺も、親父をはじめ両親と喋るときは、自然と敬語になった。子供の頃はそれが当たり前だと思っていたが、町などで子供が親を罵倒している場面に出くわして驚いたことを今でも覚えている。
俺は、そんな強くて優しい親父が、大好きだった。




