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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章04 Home Room ②


 最悪の空気感の中、希咲は頭痛を堪えながら他の生徒達の様子を窺う。


 当然ながらほとんどの者が何かしらのネガティブな感情で表情を歪ませていた。



 怒りに震える者もいるが、それよりもやはり恐怖に震える者の方が多いようだ。



(あ、あいつってば……っ! まともに感情表現できないくせに、何でこういう空気つくるのだけは上手なのよ…………っ!)



 問題の無表情野郎は無言のまま生徒一人一人をジロジロと無遠慮に眺め、多くの者にプレッシャーをかけている。完全に手馴れている者のやり口であった。



 希咲はふと自身の親友がどうしているか心配になり彼女の方へ視線を動かそうとする。



 すると、教室の廊下側にある希咲の席と、窓際にある水無瀬の席との途中にある中央の列の席に座る女生徒が先に目に入り、その様子が気に掛かった。


 水無瀬とは逆側の弥堂の右隣の席の空井(そらい)さん、そしてその彼女の後ろの席に座る暗尹(くらい)さんの二人だ。



 彼女たちはこのクラスの中でも特に大人しい女の子たちだ。大人しいだけでなく――希咲としては好ましい表現ではないが――内気で気が弱く暗い性格の子たちである。



 そのような性格の子たちがいくら出席番号順だからといって、よりにもよって風紀の狂犬と呼ばれる弥堂や、今は停学中で不在だが学園最強の不良などと認知されている蛭子(ひるこ)の隣の席に配置されるなんてあんまりにもあんまりだと、希咲は常日頃から心を痛めていた。


(早く席替えしてあげて……!)



 そんな彼女たちであるから、現在も外から見てもはっきりわかるほどに可哀想なくらい怯えている。疚しいことがあって恐怖しているのではない。シンプルに弥堂が恐いだけであろう。



 特に暗尹さんはその様子が顕著だ。



 膝の上でギュッと手を握り、顔を俯けて必死に目立たないようにしようと震えている。


 だがそれではダメなのだ。



 希咲はハラハラとしながら彼女を見る。



(あぁ…………っ! 暗尹さん、ダメっ……! あの手のクズはそうやって弱いところを見せた子に絡むし、そういうの絶対に見逃さないのよ……!)



 嫌な予感がしてサッと弥堂の方へ視線を回すと、ちょうど彼は暗尹さんに気付いたのか、何の感情も窺えない冷酷な眼で彼女をジッと見ていた。


 彼女が心配で堪らない希咲は『こういうタイプの子には絶対に絡むんじゃないわよ……!』と、そんな強い意志を瞳にこめてギンッと弥堂を睨みつけた。



 しかし、空気は壊すものであり読むものではないという理念でも掲げているに違いないコミュ障男には伝わらない。



「出席番号14番 暗尹冬憂(くらいふゆ)



 ご丁寧にフルネームで呼ばれ暗尹さんはビクっと肩を跳ねさせた。


 顔を下に向けていても頭上で彼が自分をジッと直視していることがわかってしまい、彼女はカチカチと歯を鳴らした。



「14番 暗尹冬憂。聞こえないのか?」


「……………………は、はい……」


(クラスメイトを番号付きで呼ぶんじゃないわよ……!)



 希咲は心中で憤りつつ、蚊の鳴くような声でどうにか返事を絞り出した暗尹さんに弥堂が無茶をしそうならすぐに止めに入れるよう準備をする。



 あんな大人しい子に、ヤツが昨日自分や法廷院たちに対していた時のような極悪発言をすることを許せば、下手したら気の弱い彼女は自殺してしまうかもしれない。



 自身の所属するクラスから絶対に死者は出させないという正義感を熱く燃やし、机に腕をのせて上体を低くしたまま椅子からお尻を浮かせて、いつでも馬鹿男へ飛び蹴りを放つためのスタートを切れるようにする。


 クラウチングスタートのような姿勢なので後ろから見たら短いスカートの中のお尻がまる見えなのだが、幸い彼女の席は最後尾にあるし周囲の者たちは今はそれどころではなく彼女の姿勢になど気付かなかったので、乙女的に事無きを得た。



「…………」



 そんな希咲の殺気だった様子を、前の席に座る天津 真刀錵(あまつ まどか)が首だけで振り返り肩越しに見ていた。怪訝そうに眉を傾ける。



「どうした? 14番 暗尹冬憂。何故ビクビクしている?」


「あ、あの…………私……ご、ごめんなさい……」


「何故謝る?」


「ひっ……! ご、ごめんなさい……」



 言いたいことをはっきりと言えない、そんな気の弱い子をネチネチと詰め倒している。完全にそんな構図になっていく。だが、それではダメなのだ。



(ダメよ暗尹さん……! その手のクズには謝っちゃダメ……!)



 一度非を認めるようなことを言ってしまえば言質はとったとばかりにその部分を責め立ててくるのだ。昨日もそうだった。

 どうせ「何か疚しい事でもあるのか? どうなんだ?」とこの後続けるに決まっている。



「キミには何も疚しいことなどないだろう。キミは実に品行方正で模範的な生徒だ」


「…………え?」


(んん……っ⁉)



 しかし続いて弥堂の口から出た言葉は思っていたものとは真逆のものだった。



「ならばキミは謝るべきではない。自分の名を誇り、もっと堂々としているべきだ。わかるな? 14番 暗尹冬憂」


「え……? は、はい…………?」



 困惑する暗尹さんを置き去りに弥堂は目線を逸らし彼女を解放する。



(な、なんだったの……今の…………っ⁉)



 弥堂の顔面に爪先を捩じり込む気まんまんだった希咲さんも大困惑だ。



 朝っぱらから突然クラスメイト全員をクズ呼ばわりし、気の弱い子に絡みだしたと思ったら謎の励ましの言葉のようなものを脈絡なくかける。


 地獄のような空気だった教室はまた別の方向におかしな空気になる。



 弥堂 優輝という男に着いていける者は誰一人としていなかった。



 その弥堂はまた教室中を視線で嘗め回すようにして、怪しい態度をとる生徒を探している。



 それに倣って、とうわけでもないが希咲も周囲に目を向けてみることにした。



 すると――



「こ、こいつら…………っ!」



『校則違反に心当たりがあるだろ』という弥堂の言葉に、あからさまに狼狽えた者たちが居たのはわかってはいた。



 しかし――



 目玉をギョロギョロ動かして追い詰められた犯人のように息を荒げる男子たち。



 机の下に隠しながらスマホを操作し慌ててどこかに連絡をしている風の女子。



 チラっチラっと不自然に目配せし合っているヤンキーたち。



「ウチらカンケーねーし?」みたいな態度で興味なさそうに窓の外を見ているが、やばいくらいに顔面蒼白になっているギャルたち。



 パっとみただけでもクラスの約半数ほどが挙動不審になっていた。



(もうっ……! このクラスはホントにっ……もう…………っ!)



 どうやら校則違反に心当たりのある者が多すぎるようだ。



「我々はいつでも貴様らを監視している。気付かれていないなどと思うなよ? ただ泳がせているだけだ。なぁ、鮫島?」


「テッ、テメェ……! どこまで知ってやがる……っ⁉」


「ん? なんだ? 自白でもしたいのか?」


「グっ…………! な、なんでも、ねぇ…………っ!」


「そうか。聞いてほしくなったらいつでも言ってくるがいい。それなりの態度でお願いをすれば多少は覚えがよくなるかもな」



 聞こえてくるクズとクズの会話を聴きたくないと耳を閉ざす。



 希咲はこんな連中とクラスメイトでいることが猛烈に恥ずかしくなり、無意識に癒しを求めて自身の親友の方を見た。



 すると、水無瀬は何故か汗をダラダラと流しおめめをグルグルしていた。彼女にも何か心当たりがあるのだろうか。



(いや……あんたは絶対だいじょぶでしょうが……!)



 彼女は頭のてっぺんにお花がピコンと咲いているようなぽやぽやした女の子だ。


 悪いことをするしない以前に、彼女にはそもそも悪事を発想することすら出来ないだろう。精々が昨夜ちょっと夜更かししちゃっただとか、晩御飯のピーマンが食べられなかっただとかその程度のことであろうと予測をし、心中で彼女へツッコミを入れる。


 だが、かわいい。



 らぶりーな愛苗ちゃんに癒された希咲はもうどうでもよくなり、適当に時間が過ぎるのを待とうと頬杖をついた。



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