3章20 a lull in the grump ⑦
「――そういえば午前中さぁ」
希咲は一緒に昼食中の友人たちに、おもむろに話題を振る。
ここまでは野崎さんたちに、弥堂とのことを聞かれていた。
だが、食事をしながらということもあって、その質問は散発的なものになりがちで。
一つ一つの話題もそんなに長続きをしなかった。
「屋上で“Layla”聴いてたの」
そして各々の食事も大体終わり、これから質問攻めが本格化しようかという頃合いで。
希咲は話題を他の方向へ展開させることを試みた。
ちょうど一つ前の話で、「そういえば教室戻らないでなにしてたの?」と訊かれたのでそんなに大きく外してはいない。
「新曲出てたのに気付いて。みんなもう知ってた?」
“Layla”は同じくらいの年代の子にはある程度知名度のあるアーティストだ。
ほとんどインターネット上でしか活動していないので、音楽系インフルエンサーというカテゴリーの職業になるのかもしれない。
「あ、うん。もちろん」
案の定“Layla”ファンである日下部さんが喰いついた。
「よしよしいい流れ」と、希咲は内心で手応えを感じる。
狙い通りに話題を変えられそうだ。
日下部さんが“Layla”のファンであることは連休前のお喋りで知っていたし、何より――
「『✗'s MARIA』でしょ? 七海も聴くんだ?」
「聴く聴く。もう一通りは聴いたかな。っても、あたしの場合、友達が好きだからって影響が大きいけど」
「へぇー。その子気が合いそう」
――弥堂の夢で、彼女たちがつい最近この話をしていたことも希咲は知っていたのだ。
(ちょっとカンニングっぽいけど)
悪いことをしてるわけじゃないし別にいいよねと、心の中で「うんうん」と頷く。
また、これは話題を変えるだけの目的でなく、彼女らの記憶の整合性の把握も兼ねている。
以前に“Layla”の話をこの教室で彼女たちとした際、その話題のきっかけを作ったのは愛苗だった。
その愛苗のことに関する記憶がみんなから消えたことで、最初の時の会話の記憶がどのような内容に変わったのかを確認する。
正確な事実の流れとしては――
元々は希咲が愛苗に“Layla”の存在を教えた。それなりに流行っていて名前を覚えていたから、彼女との話のタネにと話題にあげたのだ。
そうしたら愛苗の方がハマってしまい、彼女に合わせて希咲もちゃんと聴くようになった。
――こういうことなのだが。
(う~ん……。前に話したこと忘れてる感じ?)
日下部さんたちの反応からするとそんな印象を受ける。
愛苗の存在が欠落した何もかもの記憶箇所の全てを、何が何でも強引に誰かのことに置き換えるわけではないようだ。
(こういう他の大きなことに影響しない小さなトピックは、忘れたことにしちゃえばいいってこと?)
そもそもの話、このような怪奇現象も規則性を求めるのが間違いなのかもしれない。
それに、これくらいの話なら前にもしたことがあるのを忘れるなんて――
――そんなことはいくらだってある。
だからそういった観点では、希咲の目論見はあまり成功しなかったわけだが。
しかし――
「あ、“Layla”といえば。前に言ってたフェス? 今週末だね」
(お)
――話題の変化という観点では大成功したようだ。
話にノってきた野崎さんが日下部さんに質問を振った。
(そういや、この話もしてたっけ?)
美景で開催されるイベントに“Layla”が出演するというものだ。
これも弥堂の夢で彼女たちが話しているのを見た気がする。
(あたしもフツーに忘れてるし)
怪奇現象など関係なく、記憶なんて元々誰でもいい加減なんだなと。
希咲は自分に呆れて苦笑いをしてしまった。
その時――
「え? フェス?」
「あれ?」
――日下部さんと野崎さんのやりとりに違和感を覚えて、彼女らの会話に引き戻された。
「“Layla”が出演するから行きたいって、この間言ってなかった?」
「そうだったっけ?」
野崎さんが不思議そうに首を傾げると、日下部さんも同様の仕草をする。
二人の認識は噛み合ってない。
そして、野崎さんは舞鶴に、日下部さんは早乙女に顔を向けた。
「どうだったかしらね? そういえばそんなことも言ってたような?」
「ののかは何にも覚えてないんだよ」
どうやらみんな記憶が曖昧なようだ。
「ていうか、え……⁉ 出るの⁉ “Layla”、美景に⁉」
日下部さんは慌ててスマホを触り出した。
そして――
「――あれっ……?」
またも不思議そうに首を傾げてしまう。
「ないよ?」
彼女は全員に見えるようにスマホの画面を向けてきた。
そこに表示されているのは件のイベントの特設サイトで。
並んでいるテキストはライブステージの出演者一覧だ。
「んー……?」
「あ、本当だ」
「ないんだよ」
そこに“Layla”の名前は載っていなかった。
「ごめんなさい。私が勘違いしてたかも……」
野崎さんが申し訳なさそうに眉を下げると、
「あ、ううん。全然」
日下部さんは慌てて手を振った。
「むしろよかったかも? 今週末でしょこれ? 急に参加しなきゃってなると、それはそれで色々大変だし」
「お金のこととかもあるしね」
日下部さんのフォローに便乗するように、舞鶴も苦笑いを浮かべながらそう言った。
「お? でもでも。これって市のイベントだから入場料とかないみたいだぞ? 金なら心配いらないんだよ!」
「バカね、ののか。ライブステージのエリアに入るには入場チケットの購入が必要って書いてあるでしょ」
余計なことを言う早乙女を舞鶴が冷たくあしらう。
「あー……、うん、でも。今月はまだおサイフに余裕あるから……」
そうしたら日下部さんがその話に釣られてしまった。
話を混ぜっ返すようなイタズラをした早乙女に舞鶴がジト目を向ける。
「何故か今月はまだお小遣い全然使ってないのよね」
「お? じゃあ行けるじゃんマホマホ」
「行けるじゃんって。“Layla”出ないのに行っても」
「せっかくイベントあるんだから行ってみるのもいいんだよ」
「あのね。私が“色々”って言ったのはお金の問題じゃなくって。アンタと週末遊ぶ約束してたからでしょ」
「なるほど。というわけで、ののかの分もよろしくな?」
「バカののか。もう遊んであげない」
「それは待って欲しいんだよー!」
顔色を変えて取り縋る早乙女にみんなが笑った。
(このグループ平和でいいなあ……)
一連のやりとりに七海ちゃんがほっこりしていると――
(――ハァッ⁉ 出ない……ッ⁉)
――それらの裏で、桃川 由彩が血相を変えてスマホを操作していた。
桃川の席は希咲たちの居る場所のすぐ近くにある。
今しがたの彼女らの会話が聴こえていたようだ。
(え……っ? マジで名前消えてる……。ホントに“Layla”出ないの⁉)
桃川が見ているのも日下部さんが開いたものと同じサイトだ。
血眼になって“Layla”の名前を探すがやはり見つけられない。
(どういうこと……?)
昼食も食べ終わったので、桃川はマスクを付け直して表情を隠した。
そして怪訝な目で、もう一度イベントサイトを見てみる。
今度は新着ニュースに目を通すが――
(出演キャンセルになったってお報せもない……?)
彼女は愛苗ちゃんや日下部さんに劣らない“Layla”ガチ勢だ。
“Layla”は“edge”の彼女のCHに曲をアップするばかりで、こういった公の場に姿を現すことはまずない。
そんな“Layla”が出るとあって。
ファンの間ではちょっとした騒ぎにもなり、だから桃川も今回のフェスのチケットの前売りを買ったのだ。
そもそも。
“Layla”はこのイベントの開催告知が出た最初の段階では出演予定になかった。
初報から日が経ってから彼女の出演が発表され。その時は電撃参戦という見出しだった。
(え……? 出演もそうなら取り消しも電撃ってこと……?)
だとしても――
(いくらなんでも告知なしってありえなくない?)
クレームや炎上を恐れたのだとしても明確に運営の悪手だ。
おかしな話だとは思うが。
結局のところ出ないのなら仕方ない。
(うぅぅ……っ、くっそぉ……! こんなことってある⁉)
どんなに悔しがってもそれで彼女が出演するようになるわけではないので、受け入れるしかないのだ。
(あーだる。一気にサガった……)
桃川はスッと目から光を消すと、作業的にスマホの画面を弄る。
すると、希咲たちの集団の談笑する声が聴こえてきた。
(いいな……、“Layla”の話。ワタシもしたい……)
桃川は控えめに目線を動かして、彼女たちの方を見る。
だが厳密には、あの会話に混ざりたいというわけでもない。
彼女は自分の好きなもの――自分のしたい話をしたいだけだ。
決して他人の話を聞きたいわけではない。
だから目を逸らし、イヤホンで耳を塞ぎ。
好きな曲を鳴らして世界を閉じた。
「――ところで。弥堂くんと仲直りできたってことでいいんだよね?」
「あ、あはは……。まぁ……」
その頃こっちでは、結局元の話題に戻ってきてしまっていた。
善良な彼女たちを相手に「うっさい黙れ!」と問答無用で質問を封じるわけにもいかないので、希咲は曖昧にそれを認めるしかない。
相手が早乙女だけならまだそういった対応も視野には入るけれど。
今日は野崎さんがメインに質問をしてくる。
本来彼女はこういった他人の事情に踏み込んでくる性質ではないはずだが――
(まぁ、委員長だし。しょうがないわよね……)
――クラス内の人間関係にも関わることなので、野崎さんとしても把握しておきたいのだろう。
本当に噂どおりの内容で希咲と弥堂の関係が破綻したら、クラスの空気にも罅が入りぎくしゃくとしたものになる可能性はある。
(実際はそれよりも――や、待って? デマの方も別の意味でヤバすぎるわよね……)
どっちにしても自分は無傷ではいられないことに気が付き、希咲は己の境遇に激しく疑問を抱く。
しかしなんにせよ――
希咲と弥堂の関係が修復されたと思ったからこそのさっきのホクホク笑顔。
――そういうことなのだろうと希咲は部分的には納得した。
そもそも希咲にとってこの一連の噂のことは、あまり積極的にしたい話ではないのだが。
「ここのところ弥堂君はなんていうか、その……」
「やらかしまくってたかんな! 妊娠がどうとか!」
野崎さんが気を遣って濁したのに、早乙女が何故か嬉しそうに直接的なキーワードを口にする。
その新しく増えた不穏なキーワードも、希咲としては悩みの種の一つだ。
希咲と弥堂との間の話ではあるが、これが本格的におかしくなったのは愛苗の事情が絡んでからだ。
愛苗の代わりに希咲が弥堂に気があるのでは――という話になり。
それが付き合っている――という話になり。
さらには浮気をされた――とか。
「月曜に弥堂くん生徒会長に呼び出されてたけど。それって……」
「時期的に考えるとアウトなんだよ!」
「でも、その後も普通に登校しているのだから。処分は免れたんじゃないかしら?」
「あははー」
野崎さんだけはノーコメントを貫いたが、他の女子たちは興味津々だ。
それも仕方ない。
(ホント、あのバカ……)
希咲はコメカミを押さえる。
前述の噂に加えて。
弥堂が誰かを妊娠させただけでは飽き足らず、公衆の面前で堕胎を強要しただとか。
そんな話まで出回っているそうだ。
ここにさらに「聖人とはどうなっているんだ」だとか、そういった話まで絡まっている。
これでは、例えしたくなくとも。
世間的に自分が一体どういうことになっちゃってるのか――
希咲としてはそれを一度確認せねばならない。
愛苗の不思議現象だけでなく、あの男の虚言癖やアタオカムーブも合わさってとんでもないことになっていそうだ。
こんな人の彼女にされているなんてあんまりだと、七海ちゃんは泣きたくなった。
そんな時――
「――俺がなんだ?」
――“こんな人”がやってきた。




