3章17 5月12日 ➂
少し時間が経って――
「そもそも――」
話し合いが出来るくらいに希咲が落ち着いてから望莱は質疑を開始する。
「せんぱいが水無瀬先輩の身体に特殊な器具を挿入したシーンって、場所はどこなんです?」
「……港。つか、その言い方やめろ」
希咲はスンスンと鼻を鳴らしてから、望莱へ軽蔑の目を向けた。
「港ってことは4/25である可能性が高いですよね。でも、それを見る前に5/5の水無瀬先輩が病室にいるシーンを見ているわけですから……」
「うっ」
何を言われるのかを察して希咲はばつの悪そうな顔をする。
「ショッキングな出来事ではあるものの。その後無事だったってわかるはずです」
「それは……、そうなんだけど! つか、今ならあたしもそうだってわかるんだけど……っ!」
お手てをギュッとして弁明する彼女に、みらいさんは生温い目をした。
希咲はそれに「むっ」とするが、息を吐いて冷静に説明する。
「でも、あいつの剣ってさ。触れるだけで必ず切断するって“権能”があるのよ。だから……」
「まぁ。そんな凶悪な武器なんですね」
「それに……。先にそれで実際に殺されちゃった人を見たから……」
「ふむ……」
愛苗のシーンの直前に、プァナが全く同じ形で殺されるところを見せられた。
聖剣の性能の解説も他のシーンでされていた。
それによって希咲には、あれで助かるはずがないという先入観が出来ていた。
魔王や魔王の娘ですら殺せる剣であると。
「まぁ、わからないでもないですね」
異世界の魔王やプァナの話まで聞いているわけではないが、望莱はその構造に理解を示した。
「わたしも、七海ちゃんが刃物で刺されるなんて場面を見たら、冷静ではいられないかもしれません」
少し前に、彼女がこの部屋で様子がおかしくなった出来事が脳裡にチラつく。
「実際それで、その後に一命を取り留めたとしても。危害を加えた人間のことはただでは済まさないでしょう」
自分のことに照らし合わせてみても。
今回の希咲の行動を暴走だとは一概には言えないと思った。
少なくともそうなる理由も、そうする理由も十分にある。
「だから、そうなっちゃう気持ちはわかります」
立場が違えば自分も同じことをした可能性が高いと。
だからこそ――
「――でも、安心しました」
「え?」
目を丸くする希咲に望莱は苦笑いをする。
「わたしてっきり、七海ちゃんが必殺の“R・D・R”をぶちこんで、弥堂せんぱいを殺めてしまったのかと……」
先程希咲が酷い顔色でこの部屋に現れ、「やらかした」的なことを呟いた時に、その“最悪の事態”を望莱は想像した。
「“R・D・R”? なにそれ?」
「なにって、七海ちゃんの超必殺技ですよ」
「あー……ね……」
望莱が人差し指を立てて強調すると、希咲もようやく何のことか思い当たる。
それを使うシーンを頭に浮かべた希咲は、少し乾いた笑みを漏らし微妙な表情をした。
「勝手に略すな。つか、あんなの使うわけないじゃん。そもそも人間相手にキメるのムズイし。成功したらオーバーキルもいいとこだし」
「はい。ですから、わたし死体と目撃者の処理方法を咄嗟に考えちゃいました」
「考えるな! 弥堂じゃあるまいし」
「でも七海ちゃん。今回かなり――というか、本気で殺る気じゃありませんでした?」
「…………」
望莱の指摘に希咲は真剣な表情になる。
もう一度息を吐いて気を落ち着けてから答えた。
「……うん。ホンキだった。少なくともそのつもりでやらないと、殺されるだけだって……」
「殺すことが目的ではないけど、結果的にそうなってもおかしくなかったと?」
「……そうね」
弥堂との戦いを思い出して、希咲は自身の二の腕を抱くようにして僅かに身震いをした。
「実際戦ってきてどうでした? 無傷で帰ってきたので、わたしから見ると余裕だったのかなって」
「ぜんぜん」
苦笑いをしながら頭を振り、希咲は正直に話す。
「事前に手の内を完璧に押さえて、そんでほぼ完璧な準備をしたからどうにかなったってだけよ。次にあたしの予期しないタイミングで始まったら、ゼッタイ勝てるとは言えない」
「ふむふむ。装備もスキルも全開放したんですよね?」
「もちろん。それでも2回は殺されかけたわ。例えとかじゃなくって、ガチで」
「それは……。七海ちゃんは前に、『スペックはこっちが上だけど、勝てる気がしない』って言ってましたけど。今は?」
「正直に言うと、もう戦いたくない。コワすぎ。しかもよ? あいつ聖剣もクスリもなしでこれよ? ナイフ1本持ってただけで、ほぼ素手で。それに……」
さっき夢で見た、勇者のチカラ。
あの圧倒的な戦闘力を彼は使わなかった。
(使わないでくれたの? でも……)
あの時の屋上で、彼は自分のことを完全に敵と見做していた。
先日ホテルで対峙したテロリストたちとは比べ物にならないくらいに鋭くて純度の高い殺意を向けられた。
そんな状態の弥堂が敵に手心を加えるなんてありえない。
「七海ちゃん?」
「あ、ううん。なんでもない。あいつキモいなって」
「まぁ、それだけのハンデがあって七海ちゃんを殺しかけるって、確かにキモいですね」
「ん。だから、あたしが勝てたのは運がよかっただけ」
「運が……」
果たしてそうだろうか――と、望莱は疑問を持つ。
この『運がよかった』は、希咲の『勘の良さ』に置き換えることも出来る。
たまたま弥堂が弱体化していて、且つ誰も――望莱すら――予期せぬタイミング。
今なら絶対に勝てるというタイミングを彼女の勘が嗅ぎつけたと、謂えなくもない。
(ですが、少々……)
最大の武器である聖剣。
生命線とも云える魔力増強薬。
それがどちらもないハンデ。
それに、誰も予想のつかない不意打ち。
希咲の方は完全な情報と準備がある。
これではいくらなんでもお膳立てが過ぎるとも感じた。
確実に希咲に勝たせるための。
(せんぱいに言わせるなら、これも“魂の強度”の格差ということになるんでしょうか……)
希咲が勝ち、彼女が無事だったので、結果に文句はない。
しかし、望莱はこの運命に少々気持ちの悪さを感じた。
「まぁ、考え過ぎてもよくないですし」
「え?」
「いえいえ。では、ここからは少し実務的な話をしましょう。今後のために」
「あ、うん。その、ホントにゴメン」
「いいんですよ。むしろありがとうございます」
「は? なんで?」
「ごちそうさまです」
「なにが⁉」
七海ちゃんを揶揄うことによって望莱は気持ちを切り替えた。
「ではまず、事実確認から――」
完全版の【夢の懸け橋】によってわかったことだ。
4月25日に起きた大規模な龍脈暴走事件の真相――
「龍脈暴走の首謀者は悪魔だったと」
「うん。愛苗はそれに利用された被害者だったの」
「悪魔が計画だって軍を編成して行うような目的があって、魔法少女もその一部だったということでいいんですかね」
「そういうことなんだと思うけど……。あたしは聞けたのは、悪魔のエライ人っぽいヤツが喋ってた一部の情報だけで……」
「それが例の銀髪執事さんですね。ふむ。大悪魔級ってところでしょうか」
「多分弥堂が全部を知ってると思う」
そこで一旦区切り次の問題へ。
「門も――」
「ん。港がマジでヤバイことになった時に、門もあった。あたしたちの知ってるアレで間違いないと思う」
「しかも、銀髪執事さんが呼び出したんですね?」
「ハックしたとか言ってたわ。あんなモノ自由に動かせるなんて冗談じゃないし」
「それでその門から災厄の龍だけじゃなくって、魔王まで出てきたと」
「そうそう。映像だけでもスゴイ迫力だった」
希咲は前のめりでコクコクと頷くが――
「――で、それも全部弥堂せんぱいがやっつけたと」
「う、うん……」
望莱がまとめた結論を聞くと、七海ちゃんはお行儀よく座り直してお目めをキョドキョドさせた。
「魔王を斃し、門を押し還し、おまけに水無瀬先輩も救った――と。そんな“せんぱい”に……?」
「う、うぐっ……」
みらいさんがチラリと意味ありげな目線を送ると、七海ちゃんはまたお顔を真っ赤&真っ青にしてダラダラと汗を流す。
「なんというか。前に言ったじゃないですか?」
「え?」
「ほら、“せんぱい”が無実になるには『魔王殺しの勇者様ルート』しかないって」
「あー……」
「予想ですらない冗談だったのに、まさかガチでそうなるとは思いませんよね」
「まぁね……」
お互いに苦笑いしあう。
「あ、そうだ――」
その時、希咲はあることを思い出す。
「みらい。その『勇者』なんだけど」
「はい?」
「その既成事実的な意味だけじゃなくって、あいつマジの勇者さまなのよ」
「えっと?」
「ほら、こないだ言ったじゃん。異世界って」
「あぁ、はいはい」
先日作戦会議をしていた時の話だ。
弥堂の夢で見る世界の光景がこの世界のものではないんじゃないかと、希咲は話したのだが――
「つまり、ガチモンの『異世界帰りの勇者さま』だったってわけですね?」
「うん。こっちに還されるとこも、最初にあっちに飛ばされちゃうとこも両方見たし」
「それは、なんというか申し訳ありません」
望莱は自身のミスを素直に認めて希咲に頭を下げた。
「わたしが未熟だったと言うしかありません」
「や。それはあたしも一緒だし」
「いくらなんでも『それはないだろう』って思っちゃいまして」
「あたしも自分で見てなきゃそう思っちゃうわ。でも冷静にというか、公平に?考えると、ありえないことじゃないのよね」
「まったく奇異なこともあったもんですね」
「ねー」
荒唐無稽に荒唐無稽が重なったような話に、二人はまた顔を見合わせて苦笑いをするしかなかった。
「ということは、弥堂せんぱいは異世界をお救いして帰ってこられたのでしょうか? キャラ的に解釈違いですけど」
「あー……、うーん……?」
続いた望莱の問いに希咲は答えに迷う。
望莱の表現に合わせるのなら、やり過ぎて追い出されたと――そうとも謂えるし、それなら解釈通りでもある。
だが、全てを知っているわけではないが、あれはもっと複雑な問題なように思える。
その一部分を見ただけに過ぎないが、希咲もまた弥堂の異世界の物語に複雑な思いを浮かべた。
「その……、多分そういうことじゃないと思う」
「え?」
「少なくとも。弥堂自身は多分、『自分は失敗した』って思ってる。かも」
「ふむ……」
言葉少なで曖昧な希咲の物言い。
望莱は僅かに目を細めた。
(だいぶ感情移入しちゃってますね……)
希咲の性格と【夢の懸け橋】に対しての懸念が当たっていたことを知った。
少し話題を変えることにする。
「そういえば港での“せんぱい”の戦いってどうだったんですか?」
「え? えっと……、スゴかった……?」
「そこはかとなくエッチですね」
「なんでよ」
「その“せんぱい”と、全力のわたしたちが戦ったらどうなります? 周囲の被害などは一切考慮しないとして」
「あー、ムリムリ。あれはムリよ」
存外に軽い調子で希咲はパタパタと手を振った。
考えるまでもないという程の即答ぶりに、望莱は意外そうに目を丸くする。
「あれはちょっと次元が違うと思う」
「そんなに、ですか。どういうスタイルなんです?」
「んと、基本的には聖人っぽいのかな……? 剣が光って伸びて。それプラス強力で大規模な魔法も連発する感じ?」
「リィゼちゃんの魔法と比べると?」
「比べるのムズイけど、弥堂かな? 3発くらいまでしか撃ち合えないと思う」
「それはまた」
「でも種類が違う感じなのよね。ウチらでいう魔法ってさ、火とか水とか属性あるけど、基本それって色違いってだけじゃん? その上でどんだけ威力出せるかっていう」
「まぁ、そうですね」
「あいつが使った魔法ってそういうんじゃなくって。なんか新しい現象とか法則を創ってるっていうか……。多分魔法とかの専門の人が見たらもっとちゃんと説明できるんだと思うけど……」
「なるほど……」
望莱は希咲の話から想像する。
弥堂の魔法は自分たちの使う“魔法スキル”とは違う。
それはどちらかというと、この世界の魔術学で定義されている悪魔や天使の使う魔法に近いものなのではないかと。
「兄さんでも敵いませんか?」
「あー……」
比較対象を聖人に絞ると、希咲は難解そうに眉間を歪める。
「ぶっちゃけさ?」
「はい」
「聖人がマジで限界ギリギリまで追い込まれたとこって見たことないじゃん?」
「そうですね」
「どっちも負けるイメージが湧かないんだけど、でもう~ん……、あれはムリじゃないかなぁ……」
「なるほど」
ハッキリと断言はできない希咲の回答に頷きながら――
(――答えが変わりましたね)
望莱は内心で分析をする。
少なくとも、昨日までの希咲ならこうは答えなかったはずだ。
(そこまで、ですか……)
ちなみに、もしかしたらもっとヤバイかもしれない次元の違う子がもう一人いるのだが、現在の彼女たちはまだ知らない。
(でも……。であるのならば――)
おかしな話だと、望莱は疑問を浮かべる。
だが、一旦ここでは触れないことにした。
「あ、そうだ。勇者と言えばなんだけど」
「はい?」
「もうかたっぽの魔王――」
「ストップです」
「え――?」
希咲が言いかけたところで、望莱はその発言を遮る。
「んと。悪魔たちの目的とかにも関わることなんだけど……」
「今はそれを言わないで下さい」
「どゆこと?」
不自然な望莱の態度に希咲は首を傾げた。
「わたしは答えを持っています」
「え?」
「ですが。今はまだその答え合わせをしないで下さい」
「答え合わせ……?」
「この先のもしもの話をします」
望莱は真剣な顔で希咲に警鐘を鳴らす。
「もしも、弥堂せんぱいが公にご自身の功績と身分を明かした場合です。その時は紅月家としてご挨拶と御礼を申し上げねばならなくなる。その可能性があります」
「えっと……。こっちが居ない時に美景を守ってくれてありがとってこと?」
「大体そんな感じです」
察しのいい希咲に一度微笑みかけて、すぐに表情を改めた。
「ですが。その際に、『その答え』をわたしが持っているとマズイことになるかもしれません」
「え? なんで?」
「理由は複数あります。美景を守護する紅月家の娘としての立場。そして自分だけが得をしたいという個人的な理由……」
「2つ目は私利私欲じゃない!」
「うふふ」
眉をナナメにする希咲にみらいさんは悪どくほくそ笑む。
「それに。七海ちゃんが次にしたいこと。そのためにもわたしはまだ知らない方がいいです」
「え――」
希咲が驚きに目を丸くすると、望莱は悪戯げに目を細めた。
「何でそれがわかるの?」と、希咲は問いかけようとしてやめる。
口にしかけた言葉を飲み込み、顔を俯けた。
そのまま希咲は目を閉じる。
自分の底に深く潜り問いかけるように。
望莱はそれを待った。
やがて希咲は顔を上げる。
瞳には強い力がある。
先程までのヘタり具合は影もない。
「あたし……、あいつに謝りたい……っ」
彼女がそう言うことはわかっていたので、望莱はただ頷いて微笑んだ。
「“こっち側”とか、あたしたちとか……、そういうんじゃなくって。ただの女子高生のあたしとして、あいつに謝りたい」
それが今の彼女の純粋な気持ちで。
そして望莱の言った『希咲の次にしたいこと』だった。
望莱はそれを止めない。
良くも悪くも、今までの計画はおじゃんとなった。
様子見をする必要も、必ず弥堂と戦って勝たなければいけない理由も一旦はなくなった。
「そうですね。ひとまず、『美景を守る退魔師』も、『わたしたちというチーム』も忘れてください。七海ちゃんと“せんぱい”の一対一の関係だけで」
「うん」
「その為にも、今回の件で知り得たことをわたしに知らせない方がいいです」
「あ……、そういうことか」
「はい。仁義的な意味でもそうですし。仮に弥堂せんぱいにもこちらの情報を抜くような魔法があった場合、非常によくないです」
「そうね……、うん」
「答え合わせをしなければ、わたしが勝手に思ったことなので知らんぷりも出来ますし」
望莱が言っていたことの意味がわかって、希咲は強く頷く。
「あたし……、今回ヒドイ暴走しちゃったけど……。でも、それでわかったことがある」
「それを聞いてもらわなきゃですね」
「うん。それに、聞かなきゃ……」
「まぁ、ここまでやっちゃったらもう隠すものもないですし。わたしたちのことも全部言っちゃっていいですよ。それをするには危険な相手ですけど、こうなったらなるようになれです。というか、なんとかします」
「ありがと。頼りにしてるわ」
二人は目を合わせて笑いあう。
次にするべきことは決まった。
「『美景』とか『わたしたち』として弥堂せんぱいにどう対するかは、その結果次第で決めればいいんですけど。一応注意しなければいけないことだけ」
「あ、うん。わかった」
今後に関する修正点を二人は確認していく。




