断章 夢の懸け橋《ドリーミン・ワンダー》 ➀
みらいのベッドに入ろうとして――あたしは一瞬迷う。
制服ブラウスの襟元に指をかけ、着替えるかどうか考えて結局やめた。
なんかもうめんどいし、どうでもいいや。
羽織ってたカーディガンだけ脱いで適当に放る。
【夢の懸け橋】
さっきそのスキルの効果状態を完全な形にしてきた。
そのための条件はその……アレだ。
わかるでしょ……⁉
あたしには『夢魔』の称号がついてる。
これはいきなり勝手に付けられた称号で、あたしが望んだわけでも、ましてやそれに相応しい行動をしたから与えられたものでもない。
称号っていうかこんなの根も葉もない悪口じゃん!
夢魔っていうのは要するにサキュバス的な悪魔のことで。
なんかえっちな感じのナニカだ。
だからこれはれっきとした誹謗中傷であり、あたしはえっちでも悪魔でもない。
だけど、その称号に紐づいてくるスキルはやっぱりなんかえっちな感じになる。
スキルを使うために、それっぽいえっちなことを要求されるのだ。
マジで許さない……!
例えば弥堂に使った魔力吸収。
あれも相手に触れるって条件があるんだけど、普通にちょっと触っただけだと効果はいまいち。
ちゃんと効果を出すためにはさっきやったみたいに、なんというかこうゴニョゴニョっとなる。
そして【夢の懸け橋】の完全版もそうだ。
手で触れるだけのマーキングでは不完全な状態での繋がりになる。
それを完全にするためにはさっきやったみたいに、なんというかその粘膜同士のゴニョゴニョな感じのことをするか。もしくはもっと言えないようなことをする必要がある。
だから――
今日あたしが弥堂にバトルを挑んだ目的は、この【夢の懸け橋】を完全にするためだ。
弥堂をなんとなくボコボコにすることなんかじゃない。
もちろん、あたしがあいつにその、なんというかゴニョゴニョってしたのも!
決してあたしの頭がおかしくなったわけでも。
称号のせいでえっちになったわけでも。
あいつのことを好きになったわけでもない。
だから勘違いしないでよね。
というわけで。
無事に目的を達成してきたあたしがこれから何をするかっていうと。
それはあいつの記憶をちゃんと確かめることだ。
これまで見てきたのは、ある程度誘導したとはいえ、向こうから出された断片的な記憶になる。
切り抜き動画みたいなそれじゃなくって。
ちゃんと全部を確かめたい。
それまでは――
愛苗がもう死んじゃっただなんて、ゼッタイに信じたくない!
だから――
こっそり仕掛けておいた【仮初の絆】で弥堂の現在地を見る。
ここは……、教室? 保健室行きなさいよ。ま、そんなヤツじゃないか。
動きが止まってて、2時間目の授業も始まってるから大丈夫よね。
睡眠誘導を仕掛ける。
手応えがあって、睡眠薬なしであたしもすぐに眠くなってきた。
こんなに違うんだ。すごい。
ベッドに入って、目を閉じる。
さぁ。夢の劇場の開幕だ。
4/25の港へ――
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【称号:夢魔】
【EXスキル:夢の懸け橋】
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――夢に入った感覚がする。
この状態でスキルを使うのは初めて。
キスしなきゃだから当たり前だけど。
や。ちがう。キスじゃない。
アレはあくまでもスキルというか、そう――魔術的なアレをアレするための儀式的なアレなの。キスじゃない。キスじゃないからセーフ。
まぁ。
もしも愛苗が本当に――なら。
そんなこともうどうでもいいけど。
ともかく。
不完全な状態だった時は一回意識が途切れて、夢なのか現実なのかだけじゃなくって、あたしという自意識みたいなのも曖昧な感じで始まっていた。
それがスムーズというかシームレスになってる。
前の時よりも“あたし”っていう感覚がハッキリしてる気がする。
結構変わるもんなのね。
意識したら見たいものがすぐに見れるのかしら。
試しに――
4/25の港の戦いの始まりを――
すると、すぐに映像が始まった。
んと……?
視界が激しく揺れてる。
エンジン音みたいなのもすごい。
なんか運転してる?
車内にはレバーがいっぱい。
あたしが乗ったことある普通の自動車と違う。
これって工事現場にあるような特殊車両なのかな?
――って!
進む先にはゾンビの群れだ。
多分何千もいて、右から左に進んでる。
弥堂はその先頭の列に横から躊躇なく突っ込んだ。
ぎゃぁーーーっ⁉
途端にスプラッシュする血潮と肉片。
それがビチャビチャとフロントガラスを塗りたくる。
なんでこいつの戦いってこんなにグロいのばっかなの⁉
あたしこういうグロい系の妖苦手なんだからやめてよ!
ゾンビさんたちを轢き殺しながら進んでいくと、そう時間はかからずに前方に見覚えのある人影が――
――あれは愛苗だ。
魔法少女じゃなくって、見慣れた制服姿でこのゾンビの大軍と一人で向き合ってる。
弥堂も真っ直ぐに愛苗を視ながら、アクセルを踏み込んだ。
そして――
「――手を伸ばせ!」
「弥堂くん――っ!」
ん?
――弥堂は運転席から外に身体を出して腕を伸ばし、車を走らせながら愛苗を引っ張り上げる。
まるでアクション映画でヒロインを助ける時みたいに。
車はゾンビさんたちをグチャグチャにしながら走る。
愛苗もさっきのあたしみたいにビックリしてた。
そうなるわよね。
「私、お父さんとお母さんが……、どうしたらいいかわかんなくなっちゃって……っ!」
どうも、パパとママを人質にとられて魔法少女に変身しちゃダメって言われたらしい。
悪魔ってそんなこともすんだ。弥堂みたいなヤツらね。
愛苗がとっても悲しそうな顔をしてる。それだけであたしはまたぶちギレそう。
「も、もうダメかと思って……、そしたら弥堂くんが……っ!」
愛苗が弥堂の首に抱き着く。そして――
「び、弥堂くん……、どうして……、来ちゃ危ないって言ったのに……っ!」
その言葉で少し状況が読めた。
先に悪魔と戦ってたのは愛苗の方? それはきっと魔法少女としてってことでいいのかな。
すると――
「行くぞ」
弥堂は車体の進路を変えてゾンビの大軍に突っ込んだ。
「親を助けるんだろ?」
んん? どういうつもり?
「がんばるってこと?」
「あぁ。今日はいっぱい頑張ろうと思ってな」
弥堂の胡散臭い説明に愛苗は大喜びだ。
「いいか? 俺がお前の親を回収してくる」
「えっ? ど、どうやって?」
「それは気にするな。とにかく、俺が成功したらお前はすぐに変身をしろよ」
「う、うん、わかった……!」
そういうことらしい。ホントにー?
あたしは「あの弥堂が?」って懐疑的だったけど、弥堂はショベルカーをなんかやたらデッカイ人に突っ込ませた。
てか、また新キャラ?
ライオンみたいな雰囲気の強そうな悪魔。
そのクルードってヤツは片手で暴走車輛を止めた。
すると――
「――【falso héroe】」
弥堂は愛苗に指示を出して『世界』から姿を消した。
次に戻った場所は銀髪執事の背後。
執事さんを追い払って弥堂は愛苗のご両親を助け出す。
んむむ? 大分荒っぽいけど、なんかめっちゃ活躍してる?
い、いやいや。まだ安心できない。弥堂だし。
なんかこうやって騙そうとしてんでしょ。
弥堂はショベルカーに戻って、愛苗とご両親を連れて逃げていく。
それから距離をとったところで車から降りて、でっかい鳥籠みたいな牢屋の檻を壊した。
愛苗はパパとママをその中から助け出す。
「お父さん! お母さん!」
でも、この時ってもう……
「少し時間を稼いでやる」
弥堂は愛苗が変身してご両親を逃がすまでの時間を稼ぐって言ってる。
愛苗はそれを心配するけど――
「時間が無い。俺はもうやることをやる。俺はそれをやると決めた。だから後は勝手にやる。お前は?」
いつもの弥堂って感じ。
愛苗の返事なんてろくに聞かないで勝手に行動を開始する。
「それに――」
でも、何かを言いかけた。
結局言わずに愛苗たちを置いていく。
車に乗って、少ししてから――
「……別れの言葉を交わす機会があるのは、とても運のいいことだ」
ポツリと、そう言った。
誰にも聞かせるつもりのない言葉を。
そして弥堂はライオンみたいな人と戦う。
周囲をゾンビに囲まれながら。
これは愛苗のための戦いだ。
なんか、思ってたのと全然違う。
ここからどうやってあのシーン――弥堂が愛苗を聖剣で刺すところまでいくの?
あたしが見たあの凄惨な映像がウソだったんじゃないかってほど。
それはもしかしたら、あたしがそう思いたいだけなのかもしれない。
ちゃんと見なきゃ。
とはいっても。
これ全部通しで観たらどれだけ時間かかるかわかんないわね。
フルは改めて観直すとして、先にポイントだけ押さえたいな。
シーンスキップとか出来ないのかな?
なんて思ったら――わっ。
この夢の世界にあたしの主観が出来た。
また身体あるし。
そして場面は、首から血を流す弥堂が倒れてるシーン。
うわ、スキップ出来るんだ。
つか、一気に飛んだわね。この間ってどれくらいの時間あったんだろ。
さっきのクルードとかってヤツいなくなってるし。銀髪執事はマッチョになってるし。
なんかあの二人が合体したみたいに見える。
え? 悪魔ってそういうのもアリなの? キモいな。
行ったり来たりしてもしょうがないし、とりあえずこのまま観ていくことにする。
弥堂が自殺して、魔法少女姿の愛苗が可哀想なくらいショックを受けて。
そして、暴走――からの変容。
天まで届くような巨大な樹。
それと愛苗が一つになったみたいに。
だけど。
それでも、愛苗は愛苗だった。
殺到してくる肉人形の悪魔たちから、弥堂と銀髪の女の子を守ってる。多分一体化してしまった大樹の根っこを使って。
こんな姿になってもまだ。
でも、これってなんなの? 魔法少女のチカラが暴走したとか?
「これは、これらは、これこそが――アナタです」
銀髪マッチョが嬉しそうに語る。
「素晴らしい……、これほどの威容、その御姿――御見それ致しました。初めまして新たな王よ。私は魔王ファウストが眷属、アスと申します。以後御見知り置きを。我らはアナタの御誕生を歓迎し、僭越ながら私が先だってお祝い申し上げます」
は?
新たな王……? 愛苗が?
それって、愛苗が魔王ってこと?
「そんなこと……! それより弥堂くんを! 弥堂くんを病院に連れていかせて……っ!」
だけど愛苗は自分のことよりも弥堂を心配してる。
弥堂は生き返るのに。それを知らないから。
てゆーか、あれ?
なんか長くない? 弥堂が死に戻るまで。
これまで見たのはもっと速かったような。
まるで本当に――
「――死んでますよ? もうこれ」
銀髪マッチョが弥堂の死体を使って遊んで、愛苗を挑発してる。
愛苗に見せつけるみたいに――
「――俺なら問題ない。気にするな。何故なら俺はもう死んでいる。既に死んでいる人間の無事を気にしても無駄だ。とっくに死んでるんだからな。もっと効率を考えろ。そんなのは馬鹿のすることだ」
弥堂の死体を辱める。
つーかさ。
コイツマジでムカつくわね。
「あああああっぁぁっぁあああぁぁぁっ!」
あの愛苗があんな風に。激昂したみたいに叫んだのなんて見たことない。
愛苗は弥堂と女の子を連れて逃げようとする。
銀髪マッチョはそれを邪魔して、愛苗をもっと追い詰めるようにネチネチと嫌味ったらしく――
――ダメだ。
少し飛ばそう。このまま観てたら怒りでどうにかなっちゃいそう。
コイツ許せない。
多分コイツのせいだ。
愛苗がこうなったのは全部コイツが――
――いや、飛ばしちゃダメだ。
あたしはこれを見なきゃいけない。
だって、あたしがもし天使を瞬殺してここに間に合ってたら――
あたしが最初からずっと美景に残ってれば――
こんなヒドイこと、許さなかったのに。
でも、あたしは失敗した。
弥堂の言うとおり。
だからあたしは、これらから目を背けちゃいけない。
「裏切者が今度はこちらを裏切るのか? 意思が弱い。自分が無い。だから貴様はクズなのだ」
「イッ――⁉ アアァァァァ……ッ!」
銀髪は、愛苗を庇おうとする女の子まで痛めつける。
「メロちゃん⁉ やめて! メロちゃんにヒドイことしないで!」
ん? メロ? どういうこと?
「でも、ここはどかない! ジブンは悪魔で妖精で裏切者で……それが全部嘘で……! 全部嘘になっちまっても! でもマナの友達だけはやめないッ! ネコでも妖精でも悪魔でもなくなっても! それだけはジブンのまま……ッ、この手は離さない……ッ!」
「何を言っている、このバカがッ! その感情は我々が喰うモノだ! オマエが、悪魔がッ! ボラフといい! ニンゲンに感化され……! このクズがクズがクズが……ッ!」
気になったけど、そんなこと考えてられないくらいの暴力シーンが。
小さな女の子が悪魔に踏みつけられて。
そして――
「だ、だれか……」
酷く弱った様子の愛苗が、どこか――誰かへ向けて、そう願った。
あたしの胸が杭を打ち込まれたかのように痛んだ。
それから――
「どうして……、こんなことに……」
「アナタのせいですよ」
弱り切った愛苗に銀髪悪魔が無慈悲に告げる。
「アナタが巻き込み。アナタが死なせた。アナタのせいで」
ちがう。あたしだ。あたしのせいだ。
どれだけ悔やんでも、過去は取り戻せない。
「……ごめんね、弥堂くん。ごめんね……っ」
目の前で、愛苗が泣いてるのに。
「ごめんね……っ、守れなくって……! 私のせいで……ごめんね……っ!」
ゴメン、ゴメンね愛苗……ッ! あたしが……ッ!
声は届かない。
愛苗は自分を責めてる。
いつも人の笑顔のためにって笑ってた女の子が。
みんなを守るはずの魔法少女が。
自分のせいで酷い目に遭わせたって。
自分というモノが崩れていくよう――
「もうおわかりでしょう。アナタはナニモノですか?」
そんな愛苗にトドメを刺すように銀髪の悪魔が囁く。
壊れかけの心の罅に、何かを擦りこむように。
「これは“ナニ”ですか? これがアナタですよ。これはニンゲンですか? まだそう名乗れますか? 本当に心の底からそう思えますか?」
魔法で創り出した鏡で、変わり果てた愛苗の姿を映して。
そして悍ましい杖を使って、この場に門を召喚した。
あれは……
島の湖にあった門だ。間違いない。
「タイミングが難しかったので心配でしたが、上手くハックすることが出来ました」
ハック? これも全部悪魔の仕業だったってこと?
開きかけの門の奥から巨大な龍のカタチをしたエネルギー体のようなモノが突進してくる。
早く外に出せと暴れ狂っていた。
だけど――
その龍は、愛苗に気付くと途端に萎縮した。
まるで格上の存在に出遭ってしまって恐れるように。
それは、魔王――
あたしもそれで気がついてしまった。
魔王ってのはやっぱり愛苗のことなんだって。
悪魔、妖、魔法少女、卵、そして――魔王。
上手く理屈だてて説明できないけど。
これらは全部一つのことで。
愛苗は悪魔に騙されて、こうされてしまったんだ。
直感的にその答えだけはわかってしまった。
門の中からはさらに、既にいた肉人形たちよりももっと恐ろしげな悪魔たちが続々と出てくる。
まさにこの世の地獄のような光景だ。
だけどアレらは敵じゃなく――
「アレらはアナタの仲間。いえ、配下です」
「なか……ま……」
「アレらが、我らこそがアナタの同胞、同族です。我らが王よ」
「おう……さま……?」
――そういうことに、なってしまう。
傅く異形の群れたちと、大きな鏡の映し出す姿が、それを証明してしまう。
「さぁ新たなる我らの魔王。改めて問いましょう――その名を我らに聞かせてください」
銀髪の悪魔は忠実な僕のように、恭しく王に問うた。
「アナタは誰ですか?」
「わたしは……」
ダメっ! 愛苗答えちゃダメっ!
悪魔のその言葉に答えちゃったら。
きっともう戻れなくなっちゃう!
だけど――
「アナタは、ナニモノですか?」
お願いやめて! 誰か助けて!
「わたしは、まお――」
お願い! 弥堂――ッ!
その時――
急に映像が暗転して真っ暗になって――
そして――
「――水無瀬 愛苗だ」
聞き慣れたその低い声音とともに。
あたしの目に映る世界が戻った――
「――お前の名前は水無瀬 愛苗。ごく普通の高校生だ。誕生日12月24日。年齢は16歳。性別は女。逮捕・犯罪歴はなし。小学校低学年時から心臓の病で入院、高校入学の半年ほど前に完治、退院。それ以降目立った病気の疾患はなし。現在健康体。結婚歴はなし。妊娠・出産の記録もない……」
さっきまでは宙に浮いて外から愛苗を観ていたのに。
今は近くで愛苗を見上げている。
まるで軍人かなんかが、被疑者のプロフィールを読み上げるように。
まるで予め用意して暗記してた文書を読み上げるように。
「――だが、俺からしてみたら『ふざけてるのか』と言いたくなるが、お前自身はいつも真剣で、直向きで、思い遣りに溢れ。俺は見てるとイライラするが、お前自身に一欠けらほどの悪意もなく、人格的に悪いところなど一つも無い。俺は引っ叩いてやりたくなるが、お前は何も悪くない」
そんな平淡だった声に少しだけ感情が籠って。
「底抜けのお人好しで、底抜けのバカ。それがお前だ――」
「――びとうくん……っ」
弥堂はそう言って。
そして愛苗の目から涙が零れる。
だけど、その顔は笑顔で輝いてもいた。
……グスっ、おっそいのよばか!
「――バ、バカな……⁉ 確かに絶命していたはず……ッ!」
ふん! そのクズがそう簡単に死ぬわけないでしょ! バカじゃん! 見てなさいよ。あんた今からそいつに死ぬほどヒドイめに遭わされるんだから!
なんて、ついナルシスト野郎を罵倒してたら――あれっ?
「ごべんなざあぁぁぁぁいっ!」
愛苗が弥堂にヒドイこと言われて泣いちゃった。
ちょっと! 空気読んでよ! 今そういう流れじゃないでしょ!
「これはなんかエッチなギャルが好むおぱんつだそうだ。ガキのくせにこんな黒いもん穿きやがって、希咲に怒られるぞ」
「あぅ、ご、ごめんなさい……」
しかもこんな時までセクハラしてるし。こういう時ばっかあたしの名前出すな。
でも――
「そういえばついでに思いだした」
弥堂は愛苗の前髪に雑にヘアピンをつける。
あ、これって……
「ななみちゃんがくれたの」
「なくなっちゃったと思って……、これまでなくなっちゃ……、よかったぁ……」
「あいたい……、ななみちゃんにあいたい……っ。もう一回、あいたいよぅ……っ」
あたしも……! あたしも愛苗に会いたい……っ!
「……“おあいこ”だったか」
「……え?」
……え?
「俺を下ろせ」
弥堂はいつも通りの様子で愛苗に要求する。
でも、愛苗は――
「あのね? 聞いて? 私ね、王さまなんだって」
「魔王とか言ってたか。それがどうした」
「だからね? 私がお願いすれば、きっと悪魔さんたちは街を攻撃するのをやめてくれると思うの」
「随分と都合のいい妄想だな」
「私が、いい王さまになれば、みんななかよしで、人間も悪魔も仲良くできるんじゃないかなって……」
こんな時でも愛苗らしい優しい発想。
だけど、そんなの――
「勝手にそんなバケモンにされて、いいように騙されて、使われて、それでいいのか?」
さっきのあたしの予想を裏付けるような二人のやりとり。
でもそれ以上に、この言葉には弥堂の実感がこもってたように感じた。
それの正体を少しだけ、あたしは知ってる。
あぁ、そっか……。だから――
「“おあいこ”だと言ったな?」
「え?」
「なんかやられたら、やり返すんだろ?」
「え、えっと、あのね? 仕返しとかじゃなくって」
そんな場合じゃないのに。
そんな場面じゃないのに。
あたしは笑ってしまいそうになった。
だって、弥堂だけじゃなくって愛苗も。
こんなこの世の終わりみたいな状況で、二人ともあんまりにもいつも通りだったから。
ここに来た目的を忘れてしまいそうになる。
この二人がこんな風にお喋りしてるところが見られて。
うれしいって――
あたしはそんな風に思ってしまった。




