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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章15 綺リ衆ヲ邪ニ濁シ五ツ頸並ブ夜ノ果テニ澄マス心、ハ害 ④


 二年生校舎の屋上で、弥堂と希咲は対峙している。



 この屋上の空間には現在結界が張られている。


 人払いの効果によって屋上には近づきがたくなり、さらに術に干渉するか破るかしないと結界内には侵入が出来ない。


 そして結界内のことは外には漏れないし、二階建ての屋上より高い場所から覗くことも不可能だ。



 さらに現在のこの場は元の屋上の空間とは別空間――異界と化している。


 術を解除すれば、結界内で起こった破壊なども元の状態に戻る。



 この結界術は郭宮の先祖が昔に開発したもので、清祓の際に陰陽師たちの間で広く使用されている。


 その中でも、希咲が今回使った呪符のように異界化までするのは最上級のものだ。



 そこまでの知識は当然弥堂にはないが――



(――そっくりだな)



――屋上の扉に貼られた呪符と周囲の空間を視て、魔素の様子からそのように感じた。



 愛苗の使う魔法少女の結界に似ていると。



 ズキリとコメカミが痛み、弥堂は魔眼を希咲の方へ向ける。



 彼女の姿もさっきの制服姿から変わっている。


 異世界で見た女盗賊を思わせるような装い。


 だが、あちこちに余計な装飾もついていて、コスプレのようにも見える。



 しかし、それは別に問題ではない。



 重要なのは――


 呪文のようなものを唱えたら一瞬で服装が変わったこと。


 そしてこの結界。



(こいつ魔法少女だったのか……?)



 以前から彼女には何やら特殊な力があるのではと思ってはいた。


 今挙げた特徴からするとそう考えることが出来るし。


 仮にそうであるのなら、彼女のほとんどのことに説明がつく。



(あの指輪が変身アイテムか? それに――)



 チューブトップに包まれた希咲の左胸に注目する。


 あの下――あの奥に、“生まれ孵る卵(リバースエンブリオ)”が寄生しているのだろうか。



(だが――)



 弥堂は魔眼に魔力を送って、希咲の“魂の設計図(アニマグラム)”を視る。


 その魂のカタチ。


 そして輝きの強さ。


 それは――



(水無瀬ほどじゃない……)



 あのステラ・フィオーレのような、圧倒的なモノまでは感じない。


 他にも説明のつかない点がいくつかある。



 希咲自身が魔法少女なら、愛苗の抱える事情がわからないわけがない。


 あの魔法少女事件の時の希咲の狼狽えようが嘘だったとは思えないし、またそうするメリットもない。



 それに、郭宮や清祓課の連中にも恐らく魔法少女に関する知識がない。


 希咲は紅月の関係者だ。


 紅月家に魔法少女の知識があるのなら、その元締めとなる郭宮や清祓課が把握していないわけがないのだ。


 で、あるなら――



(魔法少女が特別なわけじゃなく、“こっちの世界”ではそういう系統の魔法技術が一般的なだけか)



 そう考えておいた方が自然だと思えた。



 しかし、そうすると別の疑問が浮かび上がる。


 弥堂は希咲の“魂の設計図(アニマグラム)”を映したままで眼を細めた。



(こいつ……、“魂の強度”が上がっている……?)



 弥堂の記憶に記録された最後に見た希咲のそれよりも、今の彼女の魂は存在の強さを増しているように感じられる。


 魔法少女である愛苗ほど圧倒的なものではなく、以前と比べて劇的と謂えるほどの変化でもないが。


 確かに誤差では済まず、視てわかるくらいにその強度が上がっていた。



 それもまた通常ありえないことなのだが、しかし――



(――どうでもいいか)



――どうせ考えたところで判然とするものもない。


 それに、どうせ殺すのならその答えはもはやどうでもいいことだ。



 弥堂は観察や考察を切り上げ、戦闘思考に全てを割り振った。




 チカラを強めた弥堂の瞳の蒼銀の輝きを見て――



(あの目――)



――希咲も警戒を高める。



 表情や感情がほとんど見て取れない彼の姿。


 だがあの蒼い焔から伝わる冷たい熱の正体を希咲は既に知っている。



(――コワイ……)



 その恐ろしさも。


 今こうして目の前に立つ彼の姿を夢で見たわけではないが。


 この弥堂の前に立った者たちがどうなったのかを、希咲はもう知っていた。



(あの目……ッ。あいつは今、どうやってあたしを殺そうか考えてる……)



 肌で感じるこの空気が戦場のものであること。


 心臓を圧迫してくるようなこの重圧が、相手の殺意であること。


 ここ最近の体験で希咲は理解していた。



 こうして対峙しているだけで、身が竦み膝が震えそうにもなる。



(だけど――)



 希咲は瞳に熱をこめて、弥堂を睨み返した。



(――逃げない……ッ!)



 弥堂の圧を跳ね返せるだけのモノが、今日の彼女にはあった。



 今日夢で見たこと。


 それを思い出してグッと足に力を入れた。



「どうして呼び出されたか、わかってる?」


「さぁな。だが、どうでもいいだろう」


「どうでもいいわけないでしょ……ッ!」



 真っ直ぐ射貫くように向けてくる希咲の視線を、弥堂は適当に受け流す。


 すると、彼女の瞳にさらなる力がこもった。


 それはハッキリとした怒りだった。



「それより。今日は帽子を被ってなくていいのか?」


「は?」


「今日は男のフリをしなくていいのかと聴いているんだ。“ウェアキャット”――」


「――ッ⁉」



 弥堂がさらなる挑発をしかけると、希咲の目が驚きに見開かれる。



「……いつから、気付いてたの……?」


「最初からだ」



 弥堂はそのままいつものように相手を激昂させるために畳み掛けようとするが――



「――あぁ、そっか……」



――希咲の表情はすぐに元に戻った。


 さらに――



「“魂の設計図(アニマグラム)”――それを見たんでしょ?」


「なんだと?」



 逆に弥堂の方が驚かされることになる。


 希咲は自分の右目を人差し指で示した。



「【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】――あんたのその瞳には魂が映る。一応スキルであたしだってわかんないようにしてたんだけど。そもそもあたしの姿じゃなくって魂を視てるんなら。あんたには事務所で最初に会った時から普通にあたしに視えてたってわけね」


「ちっ」



 手玉にとってやったつもりだったのに、弥堂の方が舌打ちをすることになる。



「そういえば、ミラーとの面談中のやりとりも全部見聞きしていたんだったな」



 少し喋りすぎたようだと認める。


 しかし――



「霊子、だっけ? 普通じゃ視えないそれで“魂の設計図(アニマグラム)”は出来てるんでしょ? 糸だか線だかが複雑に絡まったみたいなの。あんたは自分のそれが視える。その中に記憶があるんなら、それも視える。あんたが何回か言ってた、記憶を正確に思い出せるって、自分の記憶を視ることなんでしょ?」


「――っ!」



 今度は弥堂が驚きに眼を見開くことになった。


 今希咲が言ったことは通常は知り得ない知識だ。


 弥堂も自身以外では二代目以外にそれを知る人間に会ったことがない。


 また、そこまでのことを彼女に喋った記憶もなかった。



「ふぅん? 当たりね」


「貴様……」



 弥堂は希咲を強く睨む。


 希咲はその視線を受け流しながら――



(――さすが、みらい)



――今の疑似的な完全記憶能力に関することは望莱がしていた予想だ。


 それが当たっていたことになる。



(ゴメン……)



 散々力を貸してくれていた彼女が組み上げていた予定を、台無しにするようなことをこれからする。


 だから心中で望莱に詫びた。


 だがそれでも、もう止まることはできない。



 希咲はさらに表情を落とす。



「そっか。ウェアキャットがバレてるんなら、遠慮する必要もないわね……」



 どこか昏い瞳で弥堂を見た。



「……どうして殺したの?」


「あ?」



 静かな声で問う希咲に、弥堂は眉を顰める。



「なんでミラーさんを殺したの?」


「なんのことだ?」


「ムダよ。港で博士を攫った犯人たちをやっつけた後、あんたは“G.H.O.S.T(ゴースト)”を裏切った。ミラーさんも、他の隊員たちも殺して。傭兵たちと手を組んで博士を自分のモノにした」


「……お前」



 強く断定的な口調で話す希咲のことを、弥堂は訝しんだ。


 さっきのようなカマかけではない。



 “魂の設計図(アニマグラム)”や【根源を覗く魔眼(ルートヴィジョン)】のこと。


 今話したアムリタ事件の顛末も。



 単語を断片的に知っただけで彼女は喋っているわけではない。


 どれも、『どういうことなのか』を知った上で言っている。


 さらに希咲の口からありえない言葉が出る。



「答えないの? じゃあ、プァナちゃんは?」


「プァナだと?」


「あんなにいい子だったのに……っ。ミラーさんだって、あんたに優しかったじゃない……っ!」


「…………」



 やはり何かが決定的におかしいと、弥堂は気付いた。


 ミラーのことならともかく。


 プァナの話など、他人にしたことはない。


 日本に帰ってきてからだけではなく、異世界に居た時でも。


 一度も。



 自分の口からではないのなら、記憶を、情報を、直接抜き取られているとしか説明が付かない。



「……そうか」



 そこで一つ思い当たる。



「お前、さっきもおかしなことを言っていたな?」


「答えなさいよ」


「なんて言った? 俺が。何だって?」


「……フン。異世界帰りの勇者でしょ? なに? 知られたくなかったってわけ?」



 ドクンと――心臓に火が入る。


 弥堂は反射的に襲い掛かりそうになるのを自制した。



「……最近、夢をよく見る」


「だから?」


「昔の記憶ばかりを。あれはお前の仕業か?」


「そうよ」



 意外にも希咲はあっさりとそれを認める。


 腕をまっすぐ前に伸ばして、弥堂の胸を指差した。



「【夢の懸け橋(ドリーミン・ワンダー)】――あたしのスキルよ」


「…………」



 弥堂は希咲の指先にも、それが指し示す自身の胸にも視線を動かさず、黙って彼女を視続ける。



「マーキングを打ち込んだ対象に、あたしの知りたいことに関する記憶を夢で見させる。あたしはそれを覗く。あんたのこと、全部夢であんたに教えてもらったの」


「そうか」



 それを訊かされても、弥堂は適当な返事をするのみ。


 ちょっと訊いただけで相当厄介な能力だとは思ったが、タネが割れたのならそれはそれでいい。



 もっと重要なことがある。


 希咲がそれをこの場であっさりと白状したことだ。


 それの意味するところは――



 弥堂は無言で【身体強化】の刻印をアイドリング状態にした。



「あたしは答えたわよ」


「だから?」


「どうして殺したの?」


「邪魔だったからだ」


「――ッ!」



 希咲の瞳の怒りが強まる。


 だが、彼女もその怒りのままに飛び込んでくることはなかった。



「それで? 正義感だかなんだかで、俺が許せないと? そんなつまらないことで、今日仕掛けることにしたのか?」


「つまらない、ですって……?」


「そうだ。お前らは何かしらの準備をしていたんじゃないのか? 詳細は知らんが、だが下手に俺に仕掛けないようにしていただろう? それとも、こんなことの為に時間をかけていたのか?」


「…………」



 希咲は答えない。


 一度顔を俯けて、すぐに上げる。


 目線を戻したその瞳にはさらなる怒りがあった。



「……愛苗はどうしたの?」



 そして、最初の質問に戻った。


 弥堂は胸の内で「あぁ、なるほどな」と頷く。


 そういえば元々そういう話だったと。



「知らんな」


「そんなわけないでしょ。こっちはもう知ってんのよ」


「だったら――」



『いちいち訊いてくるな』と――そう言いかけた弥堂の口が止まる。


 ふと違和感を覚えたのだ。



 希咲の言った彼女のスキル。


 夢で何でも知れる。



 だったら、4月にあった愛苗に纏わる一連の出来事をもう知っているはずだ。


 なのに――



(何故いちいち訊いてくる……?)



 先程そのスキルの絡繰りを聞かされた時に、最早隠しても無駄だと悟ったのだが。


 どうもそうでもなさそうだ。



(そうか……)



 夢で相手の記憶を見る。


 知れるのは夢に出てきたことだけで、いつでも好きに情報を抜けるわけではない。



(何を見た……)



 そして、何を見ていないのか。



 弥堂は記憶の中に記録された、最近夢で見たことを思い出そうとする。


 だが、上手くいかない。


 普通の記憶と記載は異なるのか、すぐに見つけることが出来ない。



(病室での会話があったはずだ……)



 魔法少女姿の愛苗のことや、港での悪魔との戦いもあった気がする。


 しかし、異世界のことも含めて多くの出来事が断片的にあって、何を言って言っていないかという細かいところまではパッと思い出せなかった。



「……まぁ、同じことか」


「は?」



 現時点で全てを知られていなかったとしても、それはどうせ時間の問題だ。



 自分が夢で見ているように、あの映像を希咲も見ているのだとしたら――


――このまま放っておけばいずれは必ず全てを知られることになる。



 だったらやはり、考えるだけ無駄なことだと斬り捨てた。



「どうして……」



 希咲は息をひとつ、長く吐いて。


 それから怒りを低い位置で押さえつけるように声を震わせる。



「どうしてお弁当捨てたの?」


「なに?」



 何を訊かれているのか理解出来ずに弥堂は眉を顰めた。



「愛苗が……、一生懸命作ったのに……っ!」


「あぁ」



 そういうこともあったなと思い出す。


 そんなどうでもいい情報まで抜かれるのかと、弥堂は嘆息する。


 その仕草は希咲には挑発的に見えた。



「あんな風にっ! いらないんなら、そう言えばよかったじゃない!」


「それを許さなかったのはお前だろ」


「なんですって……⁉」


「人の記憶を盗んでばかりで、自分の記憶はどっかにやったのか? お前が逃れられないように仕向けたんだろ?」


「それは……っ」


「お前が言ったんだ。『嘘でもいいから美味いと言え』と。俺とお前は共犯者だ」


「そういう意味じゃない……ッ! だって……! 捨てることないじゃん……ッ!」


「悪いが。何を言われても無駄だ。不味いモノは口に入れたくないんだ。誰だってそうだろう?」


「弥堂――ッ!」



 そこが我慢の限界だった。


 希咲は怒りのままに叫び――



「――っ⁉」



――そして次の瞬間には弥堂の目の前で足を振り上げていた。


 弥堂は【身体強化ドライヴド・リィンフォース】を起動した。


 その反応は僅かに遅れた。



 だが――彼女のこの瞬足の接近も、この蹴りの軌道も、既に視たものだ。


 これまでに何度かあった希咲との小競り合いでの戦いを、弥堂は正確に思い出すことが出来る。



「――ぐっ……⁉」



 だが、受け止めた蹴り足は記憶にあるものよりも強力だった。


 上段から落とされるハイキックを受けると、身体が沈みそうになる。


 その力に抗うことに精一杯で、次の反応も遅れる。



「こんのぉ……ッ!」



 希咲はその場で反転して、後ろ回し蹴りを放ってきた。


 しかし、圧倒的な速度で先手をとられ続けることも既に経験済みだ。


 弥堂は両腕を胸の前で構えて直線軌道の蹴りをガードし、ヒットした瞬間に自分で後ろに跳ぶ。



 その蹴りの威力や速度も前回までよりも上がっていた。


 弥堂はその威力を殺すことに少し失敗した。


 目に見えた傷はないが、身体の芯にダメージを残した。



 希咲は追撃にこなかった。


 蹴りを放った場所で立ったまま、弥堂を睨んでいる。


 弥堂を警戒しているというだけではない。



「――どうして?」



 まだ彼に訊かねばならないことがあるからだ。


 彼女にとって最も重要なことを。


 だが――



「どうして――ッ!」



――それを口にすることが出来ず。


 希咲はまた弥堂へと襲いかかる。



 先程と同様――


 超速で接近して上段からの蹴り落とし。



 しかし、弥堂はもうそのタイミングを覚えている。


 既に修正済みだ。



 希咲の蹴り足を今度は受けない。


 弥堂は希咲の軸足となっている左足のすぐ隣に自身の右足を置いて半身になる。


 そして振るわれた希咲の右足の脛に右手を横から当てて、その威力を受け流した。



 同時に、その衝撃を利用して右足を軸に身体を左に回転させる。


 背中を希咲の身体にほぼくっつけるようにして彼女の周囲を回り、背後をとった。


 即座に彼女の脾臓を拳で狙う。



 だが、攻撃が躱されたとみるや、希咲も追撃は諦めた。


 素早く短いステップを踏む。


 ほぼ当てずっぽうだが、弥堂の反撃を空かした。


 そしてその隙に体勢を整えて、半ば飛び蹴りを繰り出すようにして再び距離を詰めた。



「チッ――」



 弥堂は身体を僅かに横にずらして希咲の前蹴りを躱す。


 自然と二人は擦れ違うことになった。


 弥堂は希咲の着地際の隙を狙って飛び込もうとするが、それよりも早く身体を回転させた希咲の後ろ蹴りに止められる。


 その攻撃は両腕でガードせざるを得ず、弥堂は押し戻された。



 逆に希咲がそれを追ってくる。


 彼女は今度はパンチを繰り出してきた。



「――どうして……ッ!」



 一撃、二撃まではそれを回避するが、三撃目で弥堂は捕まる。


 だがガードと同時に、繰り出してきた希咲の右手の手首を掴んだ。


 身体強化の魔術の出力を上げて力尽くで彼女の動きを封じ、右拳で彼女の顔面を狙う。


 その時――



「――どうして愛苗を殺したの⁉」


「なんだと?」



――思いもよらぬことを言われ、反射的に攻撃の手を止めてしまう。



「どうして――」



 その隙を逃さず――


 希咲は自身の手を掴んでいる弥堂の左手を空いている手で掴み、地を蹴る。


 そして飛びつき十字のように弥堂の腕を絡めとろうとすると、弥堂は希咲の手を離して逃れようとした。



 それと同時に希咲は空中で身体を捩じって、弥堂の顔面に回し蹴りを当てた。



「ぐ――っ……!」



 呻き声をあげた弥堂は衝撃に逆らわずにまたも自分から跳んで、そして地面を転がって威力を殺した。


 すぐに立ち上がり、ベッと唾を吐く。


 今度は希咲も追ってこずに体勢を整えた。



 自然と立ち合いに間隙が生まれた。



(こいつは何を言っている……?)



 弥堂は表情を変えぬように、希咲の顔を視た。


 彼女はなおも強い敵意を向けている。


 その敵意の正体が先程の彼女の言葉なのだろう。



(水無瀬を殺した? 俺が?)



 意味がわからないが、彼女はそう思っているということだ。



(あぁ……、聖剣であいつを刺したとこを見たのか)



 そういえば今朝の夢でその記憶を見たような気がする。


 確かにあの部分だけを見たならそう思うしかないだろう。



 なんとなく予想はついたが、だが――



(別にどうでもいいな)



――だからどうしたという感想しかなかった。



 一応それは誤解ではあるが、例えその誤解を解いたところで何が変わるわけでもない。


 愛苗のことに彼女らを関わらせる気はないのだから。


 むしろ、誤解が解けてこの戦いが終わってしまう方が困る。


 だから――



「ウソばっかついて……! 人を殺して……っ! あんたは何をしたいのよ……ッ!」


「ハッ――」



 怒りと悲痛を叫ぶ希咲を弥堂は嘲笑った。



「なにがおかしいの!」


「別に。バカな女だと思っただけだ」


「あんた……っ!」


「それに、俺は嘘など吐いていない」


「は?」



 口の端に滲んだ血を舐めとって、もう一度唾を吐く。



「俺は水無瀬 愛苗など知らない」


「まだそんなことを――」


「存在しないヤツのことなんか知らない」


「なんですって?」



 愛苗を殺した人間の、愛苗を軽視するような口ぶりに、希咲はますます頭に血を昇らせた。



「人は死んだらそれで終わりだ。魂も消える」


「なっ――」


「俺が水無瀬を殺した。お前が見たとおりだ。死んだからもう存在しない。そんなヤツのことは知らない。ほら、嘘じゃないだろう?」


「弥堂……ッ!」



 希咲は怒りのままにまた飛び出そうして、止まった。


 弥堂の瞳の奥から滲み出る蒼い焔が力を増したからだ。


 それに比例して、彼から伝わる殺意がより濃くなる。



「お前がさっき言ってたことが理由だ」


「なんのこと……?」



 訝しむ希咲に、弥堂は当たり前のことのように告げる。



「異世界、勇者」


「……?」


「ミラーを殺した理由だ」



 それは先ほどの問いの答えだ。



「敵視や危険視をされるのは別に構わないんだが。重要視されるのは困るんだ」


「ミラーさんがそれに気づいたってこと?」


「さぁな。だが、俺が持っていた麻薬――“馬鹿に付ける薬(ドープ・ダーヴ)”と、あの“アムリタ”がほぼ同じモノだと気付かれた」



 福市博士がそれを口にしたことで。


 そしてこれは望莱の予想通りだった。



「そこから異世界と勇者に繋がるかもしれない」


「普通はそんなこと考えない」


「かもな。だが“普通じゃない”俺はあの時それを頭に浮かべた」


「……そうか。サイコメトリー……!」


「あの女にそれを読まれた可能性がある。生かしておくわけにはいかない」



 正確には、愛苗を守る上で魔法少女や魔王以外にも世の中から目を付けられるような材料を増やしたくないということなのだが。


 そこまでは口にしない。



「そんな……、そんな自分の都合で……っ!」


「自分の都合以外の殺しなどない」


「それは屁理屈よ! それで正当化できると思ってんの⁉」


「思ってない。正しさなど必要ないからな」


「ふざけんな!」



 希咲は逆上しかけている。


 もう一押しだと弥堂は睨んだ。



「あたしは……、あたしはあんたが許せない……っ!」


「だろうな。それは正しいと思うぞ。だが意味はない」


「愛苗を殺したあんたのことが……!」


「だったらどうする? お前も俺を殺せばいい。許せないというお前の都合で」


「プァナちゃんは……! こんなことさせるために死んだんじゃない!」


「チ――」



 だが逆に、弥堂が彼女の言葉に苛つく。


 プァナの名前を他人から聞くことは初めてだが、酷く不愉快だった。



「彼女がなんの関係がある」


「そうよ! 関係ない! あたしに言われたってどうにも出来ないわよ!」


「なに?」



 希咲の言葉に違和感を覚えて眉を顰める。


 しかし彼女はそれを説明などしてくれない。



「そんなこと言われたって! 愛苗が殺されて、どうしようもないわよ!」


「お前は何を言っている?」


「どれだけ想ったって……、あんた自身が自分を諦めちゃってる! 変わる気がないのに、どうにもなんないじゃない! せっかく帰ってこれたのに……! なんでまた続けるのよ……⁉」


「目的のために手段は選ばない」


「だからそれはあんたの都合でしょ! なんでそのために誰かが死ななきゃならないの!」


「うるさい黙れ」



 彼女が何を言っているのかわからない。


 なのに、希咲の口にする全ての言葉が癇に障る。


 腹の奥から怨嗟の焔が湧き上がってきた。



「死の一つ一つに必然性などない。俺の都合が気に入らないというのなら、他の理由をくれてやる」


「あんたにそんな資格はない!」


「運がなかったのさ――ミラーも。プァナも。水無瀬も」


「ルビアさんはそんな使い方させるために、あんたにその言葉を教えてくれたわけじゃない!」


「ルビア――? お前に何がわかる」


「わかんないわよ!」



 希咲の理性に罅が入り、弥堂の憎しみにも火が入る。



「愛苗を殺したあんたのことなんて……!」


「他人事じゃないぞ」


「なんですって……⁉」



 ここに至ってはもう別にどうでもいいかと、弥堂は先ほどの違和感を放り出した。


 これ以上の無駄な会話も放棄する。



 ここはもう戦場だ。


 目の前には敵。


 他に重要なことなどない。



「ミラーを殺した理由。それはそのままお前にも当て嵌まる」


「うっさい!」


「俺の秘密を知る者の存在は許さない。だったらそれを消してしまえばいい」


「愛苗もそうだったっていうの⁉」


「さぁ? どうだったかな。存在しないヤツのことなんて知らないな」


「弥堂――ッ!」


「次はお前の番だ――」



 二人の敵意はもはや修復不可能なレベルにまで高まってしまった。


 弥堂は今までにそうしてきた者にしてきたのと同じ眼を希咲へと向ける。



「――希咲 七海。お前を殺す」



 お互いに止める理由はもう一つも無く。


 行き着くところまで行くしかなくなった。


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― 新着の感想 ―
弥堂のコミュニケーション能力は、もはや悲劇としか言いようがありませんね。最後のあの一言は、まさに久々の撃墜宣告というか、某ガンダムの名シーンを彷彿とさせます……。この後、弥堂はまた堂々とあんな台詞を吐…
愛苗の視点は弥堂の良い部分に偏り、七海が見ているのは弥堂の劣悪な部分だ。大切な人を失った状態にある七海が何をするか。そういえば、第三章の第一話「断章 fragment films ➀」の中でまだ示され…
相変わらず誤解が酷いけど、真実もあるから始末に置けないですね
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