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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
1章 俺は普通の高校生なので、魔法少女とは出逢わない
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1章15 舞い降りた幻想 ⑦


――あの後、



『今日も散々だった』と思いながら足を進めていると、気が付いたら目的地に設定していた新美景の駅前に辿り着いており、とりあえず適当な路地を曲がって路地裏に侵入しながら『どうして自分がこんな目に』と考えていると、その答えが出るよりも先に複数人の男たちに行く手を阻まれた。



「イギャアアァァァァ――っ⁉ イダイっ……、イダイィィィっ!」



 そして今、その内の一人の耳障りな悲鳴を聴きながら、『まぁ、この程度のことならいつものことか』と俺は納得を得ていた。




 ここいらをナワバリにして追い剥ぎのようなことを生業にしている連中だろう。


 路地裏に入って一つ目の角を曲がると待ち受けていた様に進路を塞いでおり、月並な台詞を吐いて恐喝をしてきたのだ。



 最後まで話を聞くのが面倒だったので、とりあえず一番手近な者の鼻と耳朶を繋ぐ、何のために装備しているのかわからない細い鎖を掴んで引き千切ってやったところだ。


 悲鳴をあげた男が上体を折って顔を両手で抑えて蹲るのを見て、奴の仲間たちが遅れて事態を呑み込み口汚い罵声を叫びながら殴りかかってくる。



 遅い。素人め。



 不格好に右を振り回しながら突っ込んできた男の腕を首を捻って潜り、合わせるだけの掌底を相手の顎に当てて叩き割る。



 先鋒があっさりと沈められたのを見て、次の男は思わず足を止める。


 その体重が乗った前足の膝を横から踏みつけ圧し折る。



 この連中に呼び止められたのと同時に、退路を塞ぐように背後から現れていた男が踵を返して逃げ出したのが視界の端に映ったが、あえて見逃すことにする。



 無事な敵はあと一人。



 あっという間に全滅した仲間たちに茫然としながら、緩慢な動きでズボンの後ろポケットへ手を回すのが視えた。



 最初から抜いておけ、間抜けが。



 無防備にガードを空けた腹に前蹴りを叩き込んでやるとあっさりと白目を剥いて倒れる。


 その身体の脇には玩具のようなチャチな折り畳みナイフが転がっている。



 そのナイフを爪先で奥へ蹴り飛ばしながら、未だに悲鳴をあげている最初に無力化した男の髪を掴んで無理矢理顔を上げさせた。



「おい」


「イダあぁぁぁぃい……っ! イデェよぉぉぉ……っ!」


「無視してんじゃねえよテメェ。殺されたいのか?」


「だっでぇぇぇ……だっでぇぇぇぇ……っ! 鼻がぁぁぁぁっ、オデの鼻と耳ぃぃ、とれちゃっだぁぁぁぁあっ!」


「とれてねえよ」


「だっでぇぇぇ。血ぃぃぃっ。血ぃいっぱいででるぅぅぅっ!」


「それは鼻水だ」



 自らの鼻を指差しながら出血を訴えてくるクズにそう言ってやると、男は手で確かめるように顔を触ってその手に付着したものを見る。



「やっぱり血ぃぃぃっ⁉ 血ぃ出てるぅぅぅっ⁉」


「そうか。それが出てるということはお前は生きているということだ。出なくなったら死ぬ。よかったな」


「デメェェェェっ! どこのモンじゃゴラァァァっ! オレにこんなことしてタダですむと思うなよ⁉」


「そうか。それは恐いな。で? 誰が俺をタダで済まさないんだ?」


「アァっ⁉ そんなの決まってんだろ! ここには俺の仲間ダヂが……」



 周囲に目を遣りながら息を巻く男の声が尻すぼみに消えていく。



「仲間? どこにいるんだ?」


「……嘘だろ…………一瞬で全員ヤったってのか……?」


「ようやく状況がわかったか。ところで、これからお前の鎖骨を圧し折ろうと考えているんだが問題ないな?」


「まままま、まってくれっ! やめてくれ! どうしてこんな……っ!」


「どうして?」



 打って変わって命乞いをする男を睨みつける。



「ケンカを売ってきたのはお前らの方だろう? 金を置いていけとか言ってなかったか?」


「ち、ちがうっ! あれは違うんだ……っ!」


「そうか。違うのか」


「そ、そうなんだ……! だから、な……? カンベンしてくれよ」


「許して欲しいのか?」


「……えっ?」


「許して欲しいのか、と訊いている」



 ふと、これまでに何度こいつらみたいな連中と、このようなやりとりをしただろうかと思いつく。


 全ては記憶の中に記録されているので、やろうと思えば一つ一つの出来事を掘り起こして数えることも出来るのだが、そんなことをしても意味はないので考えを振り払う。


 うんざりするほど繰り返していようが、必要があるのならば俺はこれからも何度でも繰り返すからだ。



「ゆ、許してぇ……っ! 許してくれぇ!」


「そうか。じゃあ、許してやる」


「えっ……? あっ……、えっ?」



 ルビアに習ったチンピラを痛めつける時の作法のようなものの一つだが、俺自身としてはどんな意味があるのかということは実はよくわかっていない。だが一定の再現性と効果があるのも事実だ。


 そして今目の前にいるこいつも、これまでの大多数と大体同じ反応をしている。



「許してやると言ったんだ。不服なのか?」


「いっ、いや、そんな……とんでもねぇ……っ!」



 しかし、どうせ追加で痛めつけるのならば最初に全部やってしまった方が効率がいいように俺には思えるが、そういう問題でもないのだろう。



 そういえば、別の話だが、エルフィーネから拷問のやり方を教わった際に、初っ端で生存を諦めてしまうような大怪我をさせてはいけないと習った。



「どうだ? 俺は優しいだろう?」


「……あ、あぁ……っ」



 対象に生還の希望を抱かせたまま、情報が出てこなくなるまで少しずつ人間としての機能を奪っていけと言われた。



「笑ってんじゃねえよクズ」


「ウボェェっ……⁉ ヴェェェっ! ウゲェェェっ!」



 それも加味して考えれば、やはり手順というものは大事で、最初に総ての結果を持ってきてはいけないということなのだろうなと考えた。



「……ん?」



 思考を切って足元を見れば会話をしていたはずの男が悶えている。



 いかんな。



 こういった場面でまで集中力が散漫になっている。



 いくら実力差があろうと、こういった油断一つであっさりと殺されてしまうこともある。


 ここのところ何度もそうしているように、気を引き締めねばとは思うが、結局のところそうしてまで達成しなければならないような目的がもうないので、きっとどうにも変わないのだろう。



 それに、死んではいけない理由も特にないので別に構わないか。



 そんなことを考えつつ、そういえばこの男に追撃は与えただろうかと目線を宙空に遣る。



 ルーティンのように流れで対応してしまったのでそのあたりが定かではない。


 それに鼻血が溢れて顔を抑えていたので、こいつが笑っていたかどうかもちゃんと見ていなかった。



 記憶を探れば確認は出来るが、その工程すら面倒なので念の為蹴っておくかと、悶絶する男のケツに一発ぶちこんでやるとエビ反りになって地を転がった。



 運がなくて可哀想な奴だと思うが、まだ気絶してもらうわけにはいかない。



 俺の用件はここからだ。



 複数の男の呻き声や泣き声が響く路地裏を見渡し、どいつでもよかったのだが一番近くに落ちていたので、今しがた蹴った男の髪を掴んで顔を上げさせる。



「ヤベデっ……! もうヤベデくだざい……っ!」


「ふざけるな。俺の用件は済んでいない」


「よっ、用件……っ?」



 涙を流して懇願する汚い顏に近づきしっかり目を合わせて視線で拘束する。



「そうだ。用もないのにお前のようなゴキブリしかいない汚い場所に来ると思うのか?」


「グッ……! じゃ、じゃあ、オレ達に何の……?」



 歯を噛み締めながらも男は下手に出る。ここで激昂しない程度の知能はあるようだ。


 まぁ、最終的には同じ結果になるのだが。


 とっとと過程を消化してその結果へ辿り着くことにしよう。



「おい、お前ら。誰に断ってここでデカいツラしてる?」


「はっ……? え? いや、ここはオレたちの……」


「ここは佐城さんのシマだ。お前らギャング気取りのゴキブリはとっとと出ていくか、さもなくばショバ代を払え。そうすれば存在することは目溢ししてやる」


「さ、佐城だと……? テッ、テメェっダイコーか! 佐城んとこのモンかよ⁉ こんなことしてタダで済むと――」


「――タダで済まさねえって言ってんのは俺だよ。マヌケが」


「ち、ちくしょう……っ! なんで……、なんでこんなことに……っ」


「なんで? 簡単なことだ――」



 掴んだ髪を引っ張ってしっかりと俺の眼を見えるように男の頭を調節し、逆の手で拳を握る。



「――運がなかったのさ」


「ギャヒィェっ⁉」



 必要なことは言ったので男を昏倒させる。



「おい。とっととこいつを連れて消えろ。お前らの飼い主に伝えるといい。ここらは外人街の領地になり、そしてそれを管理するのは佐城さんだとな」



 残った連中にデマを吹き込んで追い払う。



 奴らはヨタヨタとしながら呪いの言葉を吐いて逃げて行った。



 とりあえず、ここでのタスクは終了だ。



 こうして適当な奴の名前を出しながら目に付いた全ての勢力の連中を片っ端から殴っていく。


 それにより各勢力は疑心暗鬼になり、あちこちで小競り合いが起きるだろう。元々仲がいいわけではない連中だ。そうなるのは容易に想像が出来る。


 俺の正体に気付かれる前に、どこの勢力とどこの勢力が出会っても抗争が起きるくらいの地獄が出来上がればまぁ上々といったところだろう。



 こんな嘘はすぐにバレるだろうが、しかしだからといって、それまでの間に自分が殴られたことを奴らは忘れない。


 怨恨はいつまでも燻り各勢力の関係性は必ず悪化するだろう。



 その後のことはそれから考えればいい。



 どうにかして例の新種のクスリとやらの出所と、出来ればその製法にまで辿り着きたい。


 それまでせいぜい不安定なこの街の路地裏の情勢を利用させてもらうこととしよう。




 さて、これからどうするかと辺りを見渡す。



 引き返して別の路地裏に入ってもいいし、このまま進んでもいい。



 ここらの路地裏ならどこに入ってもさっきの連中のようなギャングどもに会えるだろう。奴らはこの辺をナワバリにして、各所に10人以下で組ませたチームをうろつかせている。



 この美景市の街では様々な理由があり大体15年ほど前から、ここらの闇社会を仕切っていた地回りのヤクザの力が落ちていっている。


 暴力団に対する取り締まりを強化したことが最も大きな要因だが、奴らの影響力が削がれるに連れて別の勢力が幅を利かせるようになった。



 その一つが不法入国者や不法滞在者などが多くを占める、この駅の反対側の北口の奥をスラム化して根城にしている外人街の連中であり、もう一つがさっきの連中のような昔のままだったらそのままヤクザの手下になっていたはずの不良のまま大人になっちまって行き場を失くした所謂半グレどもだ。



 悪を一つ消したところで別の悪がそこに住み着くだけだ。



 人間が一定数いればそこには必ず犯罪がある。



 それを解決しようとは全く思わないし、何なら俺自身はある程度は必要だとも考えている。


 それを誰かと議論するつもりもなければ、その命題に対する答えにも興味はない。


 ただ、そこにあるのなら利用させてもらうし、必要性があればいくらか滅ぼすことも時にはあるだろう。




 路地裏の奥へ眼を遣る。



 後にして考えてみればきっとここからの選択が誤りであったのかもしれない。



 昨日新美景駅の南口の繁華街の路地裏の入り口を視て、酷く空気が汚れていると感じた。



 今居る場所の奥はさらに汚く視える。



 引き返してもいいし、奥に進んでもいい。



 この時点で俺に未来を予測することは出来ないし、結果はどっちに転がる可能性もあっただろう。



 だから、結論としてはただ運が悪かっただけのことであり、そしてだからこそ救いようがない。


 さらに言うのならば、だからこそ俺という――弥堂 優輝という人間に非常に相応しいと云える。



 俺は路地の奥へと進むことを選択した。



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