1章08 Let's study ④
「言い忘れていたが……この札を売ることが出来る権利は『会員様限定』なんだ」
「かっ、会員……っ⁉」
ここでまた出てきた『会員』という言葉に彼らは混乱する。
「そうだ。これをこのまま売ってもすぐに真似をする奴が出るとは思わんか? なにせ素晴らしいビジネスだからな」
「た、たしかに……っ!」
「ビジネスだもんな!」
「おお。オレなら偽造するぜ!」
「そうだろう。そこで、だ。おい、ちょっとそいつの胸の札を手で覆って暗くして覗いてみろ」
「あん……? 一体なんだって……あっ! これは――⁉」
「何が見える?」
「『会』って!『会』って字が白く光ってる!」
「えっ⁉」
「マジかよ、モっちゃん、オレにも見せてくれ!」
彼らはスゲースゲー言いながらサトル君に胸に顔を近づける。
「そうだ。すごいだろう。これが『当社独自製法』だ」
「どく、じ……」
なにか凄そうな技術の結晶に触れ、不良たちはゴクリと喉を鳴らした。
「この札は特殊な製法により作られている。こうやって真贋を見極めるのだ」
「おお。スゲーな。ハンパねーよ」
「そうだ。だが、ハンパないが故にその分生産量には限界がある。それはわかるな?」
「あぁ! ハンパねーからな! それはしょうがねーよ!」
「だからこれを卸してやれるのは会員様にだけ、ということになる」
「そ、そっか……で? 会員になるにはどうすればいいんだ⁉」
前のめりに詰め寄る彼らに弥堂は満足気に頷き、懐から新たな書類を出す。
「会員になるにはこちらの『登録書』にサインをすればいい」
「え? サイン?」
「待ってくれよ。また何か契約するのか?」
「契約ではない。これはあくまでただの登録だ。登録だから大丈夫だ」
「ん? そう、なのか……?」
「契約じゃないって言ってるし、大丈夫じゃねーか?」
「そうだよな。登録だもんな」
「DVD借りるのだって会員登録するもんな!」
お客様方は利用規約に同意をし気持ちよくサインをする。
彼らがサインを終えたら即座に書類を奪い取るため、弥堂はその様子を目を細めて監視する。
「では登録をしたな。これでお前らは会員様だ。それにより初回登録料と月額会費が発生する」
「え⁉」
「そんなの聞いてねーぞ⁉」
弥堂は声を荒げる会員様を手で制する。
「まぁ、落ち着け。お前らはただの会員ではない。当サービス最初の会員様だからな。つまりVIP会員ということになる」
「VIP⁉」
「な、なんだかすごそうだぜ……」
「あぁ。VIP会員はすごいぞ。なにせ登録料が無料になる上に月額会費も初月分の千円だけ払えばあとは無料になる」
「マジかよ⁉」
「スゲー! VIPスゲー!」
「どうだ? とってもお得だろ? これなら払えるだろ?」
「あぁ!」
「ということで一人千円だ。とっとと出せオラっ」
「あいてっ!」
「だ、だすから……っ、蹴らねえでくれよ……」
「オ、オレ200円しかねえよ……」
「しょうがねーな。オレが貸しといてやるよサトル!」
弥堂は4000円を手に入れた。
「そして晴れてVIP会員様になったお前らにはこの商品をやろう」
弥堂は百均で購入した単語帳と安全ピンを彼らに渡してやった。
「受け取ったな。では、この商品の卸値が200万円だ。これでお前らの負債は合計600万円になった」
「なんだってーーーーっ⁉」
恐るべきコストパフォーマンスにVIP会員様方は驚きを禁じえない。
「なんでだよ!」
「どんどん増えるじゃねーか!」
口々にレビューコメントを述べる彼らに弥堂は当たり前のことを教えてやる。
「何を驚く。商品を用意するのにはコストがかかる。その費用が200万円だ。難しい話ではないだろう?」
「そ、そうかもしんねーけどよぉ……」
「でも高すぎるだろ!」
「これモールの百均で売ってるやつじゃねーのか……?」
「おぉ。オレ見たことあんぜ」
「お前ら大事なことを忘れてないか? これがどうやって作られているかを」
「あぁ……?」
「あっ! そうだ! モっちゃん! ドクジセーホーだ!」
「そういえばそうだった……」
「くそ、ドクジセーホーならしょうがねえか……」
カスタマーサポートの明瞭な説明によりVIP会員様たちはご納得した。
「でもよぉ、これ以上の借金はキチーよ……」
「なにか勘違いをしているな」
「えっ?」
「俺はこれをお前らに貸し付けたのではない。これは『投資』だ」
「とーし⁉」
不安そうにするVIP会員様に、弥堂は聞き覚えのある単語をお聞かせしてご安心頂けるよう試みる。
「あぁ。お前らは商売がしたい。だが、商品もなければ資金もアイデアもない。先立つ物が何一つないわけだ。そうだな?」
「あ、ああ。お前の言うとおりだぜ」
「うむ。そこでだな。お前らが開業するのを俺が『お手伝い』してやろうと、そういう話だ」
「お手伝い?」
馬鹿のように言われたことにオウム返しするVIP会員様に弥堂は頷いてやる。
「そうだ。『お手伝い』だ。俺が開業に必要な物を代わりに用意してやることによって、お前らは事業を始め、そして成功することができる。それは素晴らしいことだとは思わんか?」
「おぉ……た、たしかに……!」
「ビトー君やさしいぜ!」
「あぁ! シビィな!」
「で、でもよ……」
「どうしたんだ? タケシ」
粗方共感を示した不良たちだが、タケシ君にはなにやら懸念点があるようだ。
「わざわざオレらにそんなことしなくてもよぉ、なんでビトー君が最初から自分でやんねーんだ……?」
「あ……っ!」
「そういえば……っ!」
他人の言うことでいちいち右へ左へと顏の向きを振り回す愚か者どもに弥堂はわざわざ説明してやる。
「その疑問はもっともだ。だが、なにも複雑な理由があるわけではない。俺は風紀委員だからな。開業をすることは認められていない。だが、確実に儲かるとわかっているアイデアを腐らせておくのは勿体ない。だからそれを実現可能な者へと提供する。そういうことだ」
「なるほど……?」
「よくわかんねーけど、そうなのか……?」
「それに、だ。貴様。モっちゃんといったか? 以前から貴様には見込みがあると俺は評価していた。いずれこの学園をシメる男になるであろうとな」
「お……おぉ……⁉」
「スゲーよ、モっちゃん! あの風紀の狂犬に認められたぜ!」
「そうなんだよビトー君! モっちゃんはスゲーんだ!」
「ビト―君、やっぱアンタわかってるな!」
わかりやすく褒められた彼らはわかりやすく気をよくした。
「つまり、見込みのある者に見込みのある事業をさせる為の援助をする。これが『投資』だ」
「そ、そうだったのか……」
「モっちゃん! そういや社会のセンコーが言ってたぜ!『とーし』はやべーって! ガチだってよ!」
「マジかよ……ガチなのか……そりゃヤベーな……」
理解を見せた多重債務者たちの様子に弥堂も満足をする。
「どうだ? やれそうな気がしたきただろう?」
「おぉっ! で、でもオレらでも大丈夫かな……?」
「大丈夫だ。なにせ確実に儲かる仕事だからな」
「確実……? 確実なら大丈夫か!」
「あぁ。大丈夫だ。確実だからな」
他人様に迷惑をかけることでしか社会と関われないクズどもが働く意欲をみせ始め、弥堂は風紀委員としての自身の更生スキルに一定の自信を得た。
「なに、この投資分の200万円に関しては気長に返してくれればいい。『ロイヤリティ』という形でな」
「ろいやりてぃ……?」
「ま、また難しい言葉がでてきたぜ……!」
「どういうことなんだ、ビトー君!」
「あぁ。教えてくれよ……っ!」
どうしようもない不良だった彼らが学びの楽しさを知ったのか、前のめりになって話を聞こうとする。




