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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第三部・荊州争乱編
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54.関羽、関興の生まれ変わりを疑う

お待たせしました。『三国志の関興に転生してしまった』の第三部を再開します。

引き続き、ご愛読をよろしくお願いします。


語り手は、関羽のおっさんです。


(関羽のつぶやき)



興がまた俺の元からいなくなってしまった。


――父上へ 揚州で大乱のきざしが見えました。鎮めなければなりません。しばらく唐県を留守にします。ごめんなさい。 興


と簡単に記された書き置きを残して。

揚州?ここは荊州だぞ。

興、おまえはいったい何と戦っているんだ?五歳にして厨二病か!



思えば、不思議な子だ。

生まれた時から興は俺になついてくれるが、たぶん、というか絶対に俺の子ではない。

()妃とは一度身体を重ねただけなので、俺の子のはずがない。俺に似ずとても賢いのは、きっと曹操閣下のたねなのだろう。

そう考えて、曹操閣下の呼出しに応じて許都に旅立った興を、俺は黙って見送るしかなかった。


俺が客分として世話になっている劉荊州殿と曹操閣下は敵同士。これが今生の別れとなるやもしれぬ。しかし興の将来を考えれば、不器用な生き方しかできない俺の子として育てるより、栄華を極める曹操閣下の子として育った方が幸せに違いないと思ったからだ。


にもかかわらず、興はかわいらしい笑顔で「ただいま」と帰って来てくれた。「オレは父上の子です」と嬉しいセリフを告げて。俺は泣いた。嬉しくて涙が出た。



興はまだ五歳というのに、大人顔負けの機転でピンチをチャンスに変えてくれる。曹操閣下に命じられた劉備将軍への“埋伏の毒”作戦がいい例だ。俺は自分の首を差し出す代わりに唐県の安堵を願い出るつもりだった。だが、当意即妙に答えた興の嘘も方便を曹操閣下が大いに気に入り、俺はこうして生き長らえ、愛する家族と仲睦まじく暮らせている。


それだけじゃない。

唐県県令に任命された俺が「今の世の塗炭の苦しみから領民を救い出し、戦乱のない平穏な暮らしを実現したい」と願いを語ったら、興は見事にそれを実現してくれた。


灌漑事業と屯田を実施して、食うに困らぬどころか蔵があふれ返るほどの兵糧を蓄え、密売で金銭を荒稼ぎした。

戦乱を避けて流民になっていた者も、今では喜んで唐県に帰服し、各自仕事に汗を流している。まるで昔の偉人・西門豹のようだ。


その一方で、決して褒められた手法ではないが興は贋金(にせがね)作りに励み、それを元手に兵を整え、武器や船を調達し、隣国とは秘かに不可侵の約定を結んだ。

俺は兵を率いて戦いに出陣したが、いまだ唐県の兵で命を落とした者はいない。それで敵を退却させているのだから、まさに奇跡だ。きっと将来、興は「戦わずして勝つ」という孫子の兵法の極意を体現した名将になるに違いない。


それが証拠に、興を慕って甘寧・鄧艾・潘濬はんしゅん・劉巴が配下に加えて欲しいと集まって来た。ひと癖ある者たちだが、みな文武に秀でる有能な部将だ。

それに曹操閣下をはじめ、閣下の配下で俺が一目置く部将――張遼・荀彧・田豫、それに興は嫌がるかもしれないが賈詡(かく)すらも、興の優れた才能を買っている。



――もしや。

俺の頭にある考えがぎる。


もしや興は、劉和様の()()()()()()なのではないか?と。

塩賊としてお尋ね者だった俺を救ってくれた劉和様。その後の俺の生き方を導いてくださった大恩ある御方。

俺の過ちのせいで命を落とした劉和様が、悲嘆に暮れる俺をあわれんで、再びこの世に戻って来てくれたのかもしれない。


まさか、な。

自分で言っておきながら、俺は一笑に付す。


仁者のような劉和様と異なり、興は悪事にも平気で手を染める。

密売・贋金作り・斥候・マネーロンダリング・商家の乗っ取り。

盗人・掏摸すりなど裏稼業に手を染めた者や、空を飛べる軽業師とか声帯模写の達人あるいは旅芸人のような得体の知れない者を好んで手下に雇い、詐欺師まがいのテクニックで相手をだまし、敵を翻弄する。


味方であればこの上なく頼もしいが、敵に回れば恐ろしい男だ。

興、パパはおまえの将来が心配だぞ(笑)。



うん、ないない。これじゃまるでブラック関興だ。いったい誰に似たのやら。あっ、俺か(苦笑)。

しかし、俺は知っている。


「劉備のクソ野郎なんか大嫌いだ」

「オレは悪事に手を染めることもいとわない」


などと時には憎まれ口を叩くが、興は悪人ぶっているだけで、本当は心根の優しい子だ。危機に陥った領民や友軍を見捨てておけない。

事実、興の知略のおかげで何人も絶体絶命のピンチから救われた。俺や劉備将軍はもちろん、曹操軍の侵攻で蹂躙される恐れのあった荊州の領民や兵士だってそうだ。


今の世の塗炭の苦しみから領民を救い出し、戦乱のない平穏な暮らしを実現したい。

そんな俺の理想を叶えてくれる英傑。

  ――やっと見つけた。興、おまえだ!


惜しいことに、おまえはまだ幼い。中州全土に飛躍するまであと十年は必要だ。

それに俺の戦力はせいぜい兵一万と少し。まだまだ曹操閣下や呉の孫権に伍して行けるほど整っているとは言いがたい。


先日、劉備軍の軍師に招かれた諸葛孔明とかいう美女が「天下三分の計」を語った。

かつて楚漢戦争の折に、謀士の蒯通かいとうが斉王韓信に授けた策に倣い、三国鼎立(ていりつ)を図って第三勢力の盟主に立ち、孫権と組んで巨大な曹操閣下に対抗する作戦。なるほど、俺の現状に即しても魅力的な提案だ。


だが、その第三勢力の盟主とやらに、英雄気取りの劉備将軍を据えるのは駄目だ。

諸葛孔明に諭されてようやく改心したように見えるが、“漢室の復興”とは掛け声倒れで、本音はあい変わらず我が皇帝陛下になりたい野望が見え隠れしている。しかもあの悪ガキの興に「クソ野郎」とののしられる劉備将軍が、“聖人君子を目指す”など片腹痛い。どうせポーズだけに違いない。


あっ、そうだ。

興は諸葛孔明の「天下三分の計」をどう思ったのだろう?


あいつの意見を聞いてみたい。

だが、興が姿を消すまで隆中で一緒にいた鄧艾が言うには、興と諸葛孔明の二人は喧嘩ケンカして話合いが決裂し、興は怒って出奔したらしい。


それが残された書き置きの真相なのか?

だが、なぜ揚州?うーむ、よく分からん。


まあ、ほとぼりが冷めた頃、興は再びかわいい笑顔で「ただいま」と帰って来てくれるだろう。


されば、しばらくは劉備将軍にも曹操閣下にも面従腹背で対応し、おまえが成長するまで雌伏して時間を稼ぎ、荊州を足掛かりに戦力を養っておこう。


興、そしておまえが第三勢力の盟主に立つんだ!

俺も平も、おまえが曹操閣下に負けぬ英傑として天下に君臨することを、心待ちにしている。俺たちでよければ、おまえのためにいつでも命を投げ出そう。


興、早く一人前になれ!

そして、この乱世を終わらせ、皆が笑顔で生きててよかったと思えるような戦乱のない平和な暮らしを実現してくれ!


次回。女神様が扮する諸葛孔明と決裂した関興は、文をもらっていた曹沖に会うため許都に向かった。曹沖から相談された内容は、袁家・孫呉のどちらを先にやっつけるべきかという単純な問題にとどまらず、曹操の後継者争いにまで飛び火するものだった。関興の出した結論は?!お楽しみに!

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