53.諸葛孔明、三顧の礼で劉備の軍師となる
注 この物語はハッピーエンドです。
劉備が帰った後、オレは女神様に詰め寄った。
「どういうつもりだよ?!あんた、何万という荊州の民を犠牲にして劉備に天下三分の計を実現させる気か?」
「そうよ。でも勘違いしないで。
私が何万という荊州の民を犠牲にするよう誘導したわけじゃなく、それが歴史上実際に起こった史実なんだから」
孔明に扮する女神様はそう正論を述べる。
「曹操軍は20万の大軍で荊州に侵攻して来るのよ。ただの客将にすぎない劉備単独の力では曹操軍に対抗できない。孫権と同盟を結び、彼の力を借りて曹操軍を撃退するしか劉備が助かる道はない。違う?」
「……オレは、あんたが推しの劉備を援助したいって気持ちをどうこう言うつもりはない。この世界のクソみたいな劉備を助ける価値が本当にあるのか、オレには大いに疑問なのだが、それもオレと女神様の価値観の相違にすぎないから、あんたにオレの意見を押し付けるつもりもない」
「へえー、意外。『なんであんなクソ野郎の劉備を第三勢力の盟主に立てるんだよ?!』って激怒すると思ってたのに。どうせ盟主に立てるなら、あんたの父親?っていうか推し?の関羽のおっさんの方がふさわしい、と五歳児らしく駄々をこねたり」
「茶化すんじゃねえよ!
オレが言いたいのは、史実どおりに荊州の民を生贄にしなくても、曹操の追撃から劉備を逃がす方法は他にあるはずだろ!?あんた神様なんだから!」
「まあ呆れた、前にも言ったでしょ。
所詮この世界は、バーチャルリアリティ・歴史シミュレーションゲーム。大衆や兵士なんて、数字でしかカウントされないただの消耗品じゃない!
あんた、やっぱり荀彧の“仁”にかぶれて、ヒューマニズムに目覚めちゃった偽善者だったのねぇ」
と言って、女神様はクスクス笑う。
「孫権だって分かってるはずよ、荊州の次は揚州が狙われる。だけど、揚州単独で天下八州を領有する曹操に対抗するのは厳しい。魯粛が主張するように同盟軍が必要だ。
そこで軍師たる私の役割は、劉備将軍こそがその同盟の相手にふさわしいと孫呉に認識させること。
史実では赤壁前夜、江夏に逃れた劉備の持つ戦力は、船で夏口に向かった関羽の兵1万と江夏太守として赴任した劉琦の護衛1万の、計2万。
ところがこの世界の孫権は、なぜだか分からないけど史実よりも好戦的で、長江を渡って徐州の広陵郡に侵攻し占領してしまった。
同盟相手に求める条件として、たぶん2万の戦力だけじゃ物足りないの。プラスアルファが絶対に必要。最も簡単なのは軍資金の提供だけど……莫大な金を貯め込んだあんたは素直に出してくれないわよね?!」
「当たり前だ!誰が劉備なんかに」
「じゃあ、大衆にお金を供出してもらいましょうか。
荊州で支持率90パーセント超の絶大な人気を誇る劉備将軍だもん、きっと荊州の人口120万人×90%×1人あたり十銭=約1千万銭(約百億円)は見込めるわね。
それと同時に、曹操に対抗するために“漢室の復興”のスローガンを掲げて中州全土に寄付を募る。寄付金だけじゃない、兵糧も武器も面白いように集まるでしょう」
「……」
「あっ、そうだ。劉備将軍が大衆をぞろぞろ引き連れて南に逃げる時に、曹操軍の軽騎兵に襲われて、無差別殺戮が起こるんだったわよね?
そんな“残虐な曹操軍”のイメージを中州全土に発すれば、同情心が湧いて反曹操軍の世論が高まり、劉備将軍のもとに義勇兵が多数集まるかも」
「そのために荊州の民を劉備に引率させるなんて……」
青ざめるオレに女神様は妖艶に微笑み、
「でも仕方ないわよね、大衆は自ら望んで劉備将軍について来たんだもん。曹操軍に蹴散らされて死傷者が積み上がるのは気の毒だけど、兵士として役に立たない大衆は、はっきり言って足手まとい。途中で切り捨てられるのもやむを得ないと思うわ」
「あんたは女神なんかじゃねえ!悪魔だ!」
オレは吐き捨てるように女神孔明を罵った。
「だから、勘違いしないでって言ってるでしょ!
私が何万という荊州の大衆を強制的に戦いに参加するように誘導したわけじゃなく、これは歴史上実際に起こった史実なんだから。
関羽を担いで劉表亡き後の荊州に割拠しようと史実改変を謀むあんたと、史実をありのままに受け入れようとする私。どちらの方が真摯に歴史に向き合っていると言えるかしら?」
くそっ!反論の言葉が思いつかねえ。
「劉備将軍が三度目の訪問をしたら、“三顧の礼”のイベントは達成。ようやく私が思い描く「天下三分の計」を披露して、めでたく玄徳様の軍師に就任できる。
と言っても、史実と変わり映えしないんだけどね。
江陵の水軍は曹操を釣る餌。人は強力な武器を手にしたとたん、使ってみたくなる衝動に駆られるものよ。
だから荊州を下した時点で謀臣の賈詡が、
――私は孫呉を攻撃するのは反対です。曹操閣下の威名は遠方まで輝き、卓越した軍事力は天下に轟いています。降伏した荊楚の豊かさを利用しつつ、兵士をねぎらい民衆を慰撫すれば、大軍を煩わせるまでもなく、孫呉は頭を下げて帰服するでしょう。
と進言したところで、江陵の水軍を手に入れた曹操は、必ず孫呉に侵攻して船で戦う道を選ぶ。
いくら偽善者のあんたが、荀彧や張遼を説得したのと同じ論法で水戦の不可を曹操に説いたって無駄。賭けてもいいわ。
赤壁の戦いは起こるべくして起こるの!
あんたが望むまいと、荊州の水軍兵が長江の藻屑と消えるのは、史実で定められた運命なの。あんたが陰で面白くもない「天下三分の計(改)」を仕組んでいたのも、すべて水泡に帰すわけ。残念だったわね」
「……だったらこれ以上、オレが諸葛孔明の童子役でここに残る必要はないだろ。オレは今すぐ許都に出発して、鴻杏のピンチを救うために動く。文句はないよな?」
オレは苛立ちを堪え、女神様に命令解除を申請する。
「ええ、ご苦労さま。
あー待って!劉備を更生させ、荊州の支持率20パーセントを得るようになるまでには、少し時間が必要なの。だから曹操の荊州侵攻開始は、史実どおり建安十三年(208)に引き延ばしなさい!
曹操の華北平定が思いのほか順調で、全体工程が1年前倒しになるんじゃないかと焦ったけど、幸い、孫権が徐州の広陵に侵攻してくれたおかげでそっちの対処に追われて、なんとか元どおり建安十三年(208)になりそうね。
唐県侯にして虎賁中郎将の秦朗君は、曹操軍にちょっとは顔が利くんでしょ?
いい?これは次の命令よ!」
「ふん、分かったよ。所詮、オレはあんたの下僕だからな」
オレは苦々しげに吐き捨て、許都に向かって旅立った。
◇◆◇◆◇
翌日、劉備は樊城にいる関羽のおっさんを誘って、隆中の諸葛孔明の庵を訪れた。そして、漢室の復興と仁義に篤い君子を目指すことを誓い、諸葛孔明に軍師として天下取りに協力して欲しいと要請した。
孔明は快諾し、劉備・関羽・張飛に天下三分の計を説いた。
「曹操は百万の大軍を有し、漢の主上を擁立して諸侯に命令を発しており、対等に張り合える相手ではありません。
孫権は江東を支配して大衆に三代の恩顧を与えており、軍隊は強く将・相は股肱の臣として働いている。これは味方とすべきであって、敵対してはならない相手であります。
荊州は四方に道が通じ、中州の臍とも言える要衝の地。物産は豊かで人口も多い。これこそ覇者として拠るべき国であるのに、領主の劉表は惰弱で頼りなく、このままでは曹操・孫権に抗して国を保つことができますまい。
また益州は堅固な要害の地で千里の沃野が広がり、天の庫とも称される地。漢の劉邦はここを基に帝業を完成しました。ところが領主の劉璋は暗愚で統治の能力がなく、叛逆の徒が命令を無視して勝手に暴れ回っているとか。
このような状況を踏まえ、これから劉備将軍が取るべき策を申し上げます。
荊州と益州の二州を領有してその要害を保ち、外では孫呉とよしみを結び、内では政治を修めなさい!
天下にいったん変事があれば、関羽殿に命じて荊州の軍を宛・洛陽に向かわせ、劉備将軍ご自身は益州の軍勢を率いて隴・長安に出撃すれば、天下の万民も喝采し、忠勤の士はこぞって将軍の元に馳せ参じましょう。曹操なにするものぞ!
真にこのようになれば、将軍の覇業は成功し、漢室の復興も成就いたしましょう」
劉備は感嘆し、関羽・張飛も喜んで従ったらしいと、許都に向かう途上のオレは風の便りで聞いた。
三顧の礼を書き上げた時点でストックが尽きました。現在、赤壁の戦いに向けて執筆中です。次回投稿まで、少々お時間をいただきたいと思います。申し訳ありません。




