52.劉備、荊州乗っ取りの野心を露わにする
※昨今の国際情勢を匂わせるような話題を一部題材にしていますが、筆者はロシアの侵攻を憎み、戦争で亡くなったウクライナの方々を悼むとともに、ウクライナ国民の平和と安寧を祈念いたします。
また、ウクライナの主権と平和を踏みにじった戦争犯罪人のプーチンには強い憤りを感じますが、だからと言ってゼレンスキーを救国の英雄と賛美する風潮には疑問を感じます。
「悪いかよ!?この乱世、俺にとってはチャンスなんだ!
皇族の血を引くったって、あの頃の俺はしがない莚売り。そんな糞みてえな人生が一発逆転、天下が取れるかもしれないんだぞ!
それなのに俺は、いまだ一州どころか一郡さえ手にすることができねえ。兵だって借り物の五千人だ。これでどうやって六州を掌中に収めた曹操に対抗できる?
劉表の荊州を乗っ取るしか俺には道がないだろう?!」
顔を真っ赤にしてまくし立てる劉備。ついに本性を現しやがったな!
「――べつに悪くありません。ただし、今の貴公のやり方で荊州乗っ取りが成功する可能性は、ゼロです」
「「!!」」
女神様こと諸葛孔明の返事に驚いたのは劉備だけじゃない、オレも大いに驚いた。
オレが良からぬことを謀んだら天罰を下すと言いやがった女神様なら、乗っ取りのような卑怯な手段を嫌うと思っていたし、北伐に際し長安を一気に狙う魏延の策を捨てて常に慎重策を採る諸葛亮なら、ただの客将が荊州牧の地位を乗っ取るような起死回生を狙ったバクチには見向きもしないだろうと思っていたからだ。
まさか諸葛孔明が、荊州乗っ取りは「べつに悪くない」と言っちゃうとはな。爆弾発言だ。
「劉備将軍は、関羽殿が貴公に嫉妬していると言いました。でも本当は、嫉妬しているのは貴公の方。貴公が関羽殿に嫉妬しているのです」
「違う!俺はアイツなんか歯牙にもかけてねぇっ!」
「いいえ。貴公は今の関羽殿の立場が羨ましくてたまらないのです。
関羽殿は地道に領内の富国強兵に努め、四年かけて兵1万を集めた。兵糧を山のように貯え、強弩を揃え、楼船を有し、敵である曹操も一目置く存在に成長した。だからこそ荊州牧の劉表も、関羽殿を味方につけた方が得だと判断し、自分の娘を関平に嫁がせて縁戚関係を結んだ。
劉表が今、領内で最も頼りにしている将軍が関羽殿なのです。万が一劉表が亡くなった場合、おそらく関羽殿を新しい領主の後見役に据えるよう遺言するでしょう。
分かりますか?
四年前、貴公と関羽殿がこの荊州に逃れて来た時、二人は同じスタートラインに立っていた。
その後、地道に努力して唐県を統治した関羽殿と、彼を内心バカにし、ただ闇雲に荊州乗っ取りをたくらんで謀略にうつつを抜かしていた貴公とは、今の立場にこれほどまでの差が開いてしまったのです」
「ちくしょう!俺はこの先どうすれば……」
劉備は悔し涙を流す。孔明は優しく微笑んで、
「大丈夫。天下の趨勢はまだ定まったわけではありません。貴公が一発逆転して成功する方法はまだ残っています」
「頼む!臥龍先生、その方法を教えてくれ」
孔明の言葉に縋るように、劉備は頭を下げる。
ちょっと待って、女神様!こんなクソ野郎にまだ、第三勢力の盟主に立つチャンスを与えてやるんですか?
……まあ、劉備は女神様の推しだからな。しかたあるまい。
「初心に帰ることです」
「初心?」
「そう。貴公が幽州で義勇軍を立ち上げた時に誓った言葉です。漢の天子様のご正道をお助け申し、力の限り戦って再び天下に大義を打ち立てる。
つまり、劉備玄徳のスローガンとして、
――漢室の復興。
を掲げるのです」
どういうことだろう?
「曹操・袁尚/袁譚・孫権・劉表 それに 劉璋・公孫度・涼州勢。いま天下に割拠する群雄は、ほぼこの七雄に絞られてきましたが、誰一人として「漢室の復興」を掲げる者はおりません。
無理もないことです。漢の衰亡を憂え、洛陽の都を追われた主上を憐れむ者は大勢いるにもかかわらず、漢室の復興を本気で志す者は、この広い中州といえどもたった一人、荀彧しかいないからです。ですが荀彧は曹操の一家臣にすぎず、いずれ曹操と対立して道半ばで果てるでしょう。
劉備将軍。貴公が漢室の復興を唱えて、ここ荊州から立ち上がりなさい!」
やられた!!
他のザコ群雄との差別化を図り、中州に散在する忠勤の臣の結集を呼びかける。天下の士が劉備の唱える尊王の虚名を親い、こぞってその下に集う道を開くわけだ。
関羽のおっさんが漢帝を快く思っていないことを放置していたオレの隙をあざ笑うかのように、女神孔明は劉備に起死回生の妙手を授けやがった!
「幸い、刺史の劉表殿が劉姓のため、荊州には漢室贔屓の者も少なくありません。まずは彼らを取り込むことから始めましょう。
これで荊州における貴公の支持率は、0パーセントから10パーセントに上がります」
「分かりました。それから?」
「漢室復興の尊王思想と君子や仁義を尊ぶ儒家思想は親和性が高い。貴公は「仁義のかけらもないようなクソ野郎」から聖人君子を目指すのです。元ワルだった男が過去の悪行を悔い改めて、仁義に篤い男に更生する。そういう涙がホロリ的なストーリーは大衆受けがいい。
これで荊州における貴公の支持率は、20パーセントに上がります」
「なるほど」
劉備が身を乗り出して作戦の続きを欲する。
「ま、四年間ではここまでが限度でしょうね」
「そんな……臥龍先生。支持率たかが20パーセントでは、俺の荊州の乗っ取りは成功しないではありませんか!」
チッチッチと孔明は人差し指を横に振る。
「誰が荊州の乗っ取りで終わる方法だと言いましたか?私が目指しているのは天下取りです!」
「天下取り?」
劉備は驚愕して、孔明に聞き返した。
「そう、天下取り。
残念ですが、シナリオによると四年後の建安十三年(208)には劉表が死んで、曹操が荊州に侵攻する。跡を継いだ劉琮は抵抗を諦め、さっさと曹操に降伏してしまいます。
だから、支持率20パーセントしかない劉備将軍には、どだい荊州の乗っ取りは無理。
なので、悪いけど荊州は捨て石にする」
「!」
駄目だ!女神様扮する諸葛孔明は、史実と同じように、荊州の民を地獄に叩き落す悪魔の手法を使おうとする気だ。
「関興は理解したようね。そう、大衆の愛国心を利用するのよ!
U国では、経済の不振と外交の失敗で政権支持率20パーセント台に落ち込んでいたZ大統領が、R国の侵攻に立ち向かうと表明したとたん、救国の英雄として支持率が90パーセント超にまで大幅アップしたわ。
分かる?それに倣って、貴公は曹操軍の荊州侵攻にあたり、大衆に「劉備将軍こそ救国の英雄」と認識してもらえるように振る舞えばいい」
「U?Z?R?何の話だ?」
劉備はちんぷんかんぷんな様子だ。
「貴公には分からなくてもいいわ。この偽善者の関興に言い聞かせただけだから」
孔明は、キッと睨むオレの髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。
くそっ!国を戦火に巻き込んでなにが支持率90%だ!泥水を啜ってでも戦いを回避し、国民の命を守るのが上に立つ者の仕事じゃないのかよ!?
「しかし荊州を継いだ劉表の息子(劉琮)が曹操に降伏すると分かってるのに、荊州における俺の支持率が所詮90パーセントに上がったところで、いったいどうやって事態を打開するのですか?」
と劉備が問うたところで孔明は、
「……今日はここまでにしましょう。
劉備将軍。貴公が貴公のやり方で荊州を乗っ取ることを諦めて、(1)漢室の復興(2)聖人君子を目指す という私のやり方に全面的に従うのなら、私は貴公の天下取りに協力を惜しみません。
貴公にその覚悟がありますか?
もしその覚悟ができたのなら、再び私を訪ねて来なさい。その時は、貴公の義兄弟である一騎当千の関羽殿も連れて来るように。天下取りには彼の武力が必要です。貴公の決意を関羽殿の前で宣誓することによって、関係がこじれた彼に改めて協力を求めましょう」
「分かった。俺も頭を冷やして一晩じっくりと考えてみる」
劉備は諸葛孔明に一礼して庵を辞した。
>まさか諸葛孔明が、荊州乗っ取りは「べつに悪くない」と言っちゃうとはな。爆弾発言だ。
正史『三国志』には、「[劉琮のいる]襄陽を通過するとき、諸葛亮が劉備に劉琮を攻撃すれば荊州を支配できると進言した」(蜀志先主伝)と記されており、史実の諸葛亮も荊州乗っ取りは「べつに悪くない」と捉えています。
爆弾発言とは、諸葛亮を仁者と思い込んでいる秦朗の勘違いです。




