22.徐庶、劉備と関羽の和解を勧める
その頃、新野城の劉備は――
「バカな?!関羽が単独で曹操軍を撃退しただと?」
「ええ、事実らしいですね」
「信じられん!一体どうやって……」
「瓦版は大袈裟に書き立てますから、逐一信用することはできません。
私が推測するに、関羽殿は唐県の兵三千の一部を繰り出して隘路に誘い込み、兵五百ずつを伏兵に置いて挟撃、敵先鋒を撃退することに成功したものかと」
最近、新たに劉備に仕官した徐庶が、関羽の執ったであろう作戦を説明する。
「兵法を学んでおらぬ関羽殿が立てたにしては、なかなか見事な作戦かと思います。ですが、私なら敵を誘い込んだ時点で大胆に火計を用い、我が軍に損害を出すことなく敵を戦闘不能に陥らせたでありましょう」
「なるほど。徐庶よ、あなたの見立ては素晴らしい」
劉備は徐庶に感心する。
「だが、そうであれば俺もその戦いに参戦し、劉表めに戦勝の褒美をせびってやりたかったわ!」
「そのことですが、唐県の住民によると、伏兵を置いた高台には趙雲殿と陳到殿がいたらしいとの噂が流れているそうです」
徐庶が、襄陽都城に勤務する幹部候補生の友人にこっそり聞いた内容を、劉備に報告する。
「そんなはずがない。趙雲も陳到も、この新野で籠城の準備をしておった」
「ところが関羽殿は、先日劉表様に招かれた際にその噂を肯定し、自分は劉備将軍の立てた作戦に従って動いただけで、手柄はすべて劉備将軍にあると述べ、自分ではなく劉備将軍を褒賞して欲しいと、討逆将軍号の授与を辞退したそうです」
「当然だ。俺が突き放してやったおかげで、あいつも少しは身の程をわきまえることを覚えたようだ」
劉備は得意げに、そして満更でもないような顔をする。
「それに俺を立てるとは、なかなか見どころがあるではないか」
「私の推測では、関羽殿は、冷え込んでいる劉備将軍との仲を改善したいとの思いがあるのではないでしょうか?」
徐庶は劉備に関羽との和解を勧める。その時、襄陽都城から使者が訪れた。
「劉表様から劉備将軍に言伝です。こたびの戦、大儀であった。褒美に金一千銭を授ける。配下の者に厚く褒賞せよ」
「ははっ。ありがたく頂戴します」
労せず大金を手に入れた劉備は、後ろを振り返って徐庶にニヤリと笑い、
「関羽にご苦労であったと伝えてくれ。おまえの気持ちはよく分かった、と添えてな」
◇◆◇◆◇
オレはべつに劉備と和解しなくてもいいと思うんだがなあ。
しかし関羽のおっさんは律義にも、曹操に言われたとおり劉備のそばで動向を監視するため、劉備に詫びを入れたのだ。
その時の劉備の得意げな顔ったら、あー今思い出しても腹が立つ!
劉備の奴、曹操軍にビビッて新野で籠城していたくせに、
「なあ坊主。おまえの父ちゃんの武勇もすごいが、俺の作戦も神ワザだろ?」
とか言いやがって!あの作戦を思いついたのはオレだっつーの!!
そもそもあの戦いは、曹操と関羽のおっさんが仕組んだ茶番劇。劉備の出番はなかったんだよ。それなのに、劉表からもらった褒美はちゃっかり自分の懐に入れたらしい。なんてケチくさい男なんだ。
「わーすごい(棒)。次の戦いでは、劉備将軍がどんな神ワザ作戦を立てるのか、期待していまーす(白目)」
徐庶の目の前で、思わずオレは煽っちまったぜ。
一週間後。
荊州牧の劉表から、襄陽都城で楼船を引き渡すので取りに来るようにとの文書が届いた。関羽のおっさんは、自分の代理としてオレと県尉の潘濬を遣わした。関平兄ちゃんも行きたがっていたが、重臣の蔡瑁一派が良からぬことを企んでいるに違いないので、御曹司に危ない橋を渡らせることなんてできないんだよ。
褒美として引き渡される楼船は、思ったとおりボロボロの廃船寸前の状態だった。先月、斥候の蝙蝠から、孫権が江夏城を猛攻して敗れ撤退したという情報を聞いた。この楼船は、たぶんその時に大破した味方の船なんだろう。
潘濬は劉表(というか蔡瑁だろうな)の不誠実な対応に不愉快そうな顔をしたが、オレはまあまあ分かり切っていたことだからと宥め、
「このような立派な楼船を褒美にいただき、ありがとうございます。
しかしながら、この楼船は少々傷んでいる様子。修理が必要かと思いますので、船大工をご紹介いただけないでしょうか?もちろん、修理費用については全額我が方で負担いたします」
襄陽の役人の張允は、修繕費用は唐県持ちでよいのならと、いつも使っている腕の良い船大工の謝玄を紹介してくれた。オレたちはその足で謝玄の店に向かった。
「いくらなんでもあの船が褒美とはひどすぎます!廃船寸前ではありませんか。興坊ちゃまは腹が立たないのですか?」
と潘濬が憤慨する。
「潘濬殿は気に入りませんか?」
「当たり前です」
「オレはラッキーだと思いますよ。船大工を公然と襄陽から引き抜けるチャンスです。うまく行けば、自前で楼船を造ることができるじゃないですか!」
「自前で楼船を造る?費用はどうするのです?莫大な金が必要ですよ!」
「そうでしょうね」
「唐県は豊かとはいえ、新しく興したばかりで十分なインフラが整っていません。住民は最近移住して来た者が多く、税の取り立てを厳しくすれば、再び離れて行ってしまう恐れがあります。まずは内政を固める時です。不要不急のものにお金を費やすべきではありません!」
潘濬は有能だし理屈は正しいんだが、頭が固いんだよなあ。
「あ、着きました。謝玄の店はここですね」
オレはこれ幸いと話を切り上げた。
「船大工の謝玄殿にお会いしたい。当方は唐県県尉の潘濬と申す」
「これはようこそ。謝玄は私ですが、何用でしょうか?」
「実は、劉表様から下げ渡された楼船の修理を依頼したく伺った次第」
「左様ですか。して、その楼船は?」
「港に停泊しておる」
「拝見しても?」
「もちろんでござる」
そこでオレと潘濬は、ボロボロの楼船を見せに船大工の謝玄を連れて港に戻った。
「これは……状態が悪すぎますな」
開口一番、謝玄はそう告げた。敵の艨衝に突撃され、楼船の外板に大穴が開いたのを、応急的に当て板をして処置している状態らしい。オレは謝玄に修理ができないか聞いてみた。
「できないことはありませんが……かなりの出費になりますぞ」
「如何ほど掛かりますか?」
「五万銭はいただくことになろうかと」
五万銭か……まあ、裏金なら余裕で出せる金額だな。
「分かりました。謝玄殿には倍の十万銭お支払いいたします。その代わり、修理は我が唐県にて行なうこと、船大工の中に我が唐県の者を加えて勉強させること。この二点をお願いしたいのですが」
「へっ?ああ、それは構いませぬが……よろしいので?」
県尉の潘濬ではなく子供のオレが即決したことに、謝玄は戸惑って潘濬の方をチラと見る。
「申し遅れました。オレは唐県県令・関羽が次子の関興です。お見知りおきを」
「ああ、そうでしたか。失礼いたしました。そういうことなら早速契約を」
と言って契約を交わした。劉表から屯田兵への褒美でもらった三万銭をそのまま手付金として支払うと、謝玄は喜んで、
「修理の期間は三か月ほど掛かります。今ある修理をちゃちゃっと片付けて、来月にでも大工を唐県に派遣します」
ということになった。
後日、三千の兵たちには、手付金に流用してしまった劉表の褒美3万銭に加え、関羽のおっさんからの臨時ボーナスを付けて、ちゃんと渡しました。
次回。関興と潘濬はオンボロ楼船に乗って唐県に帰ります。その途中、河賊に襲われて、劉表お付きの役人を人質に捕らえられてしまいます。関興はいったいどうやって危機を乗り切る?!お楽しみに!




