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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-162.May 2026
307/307

(2) 天獄と地獄

【お題】楽園、憂鬱、捻じれ

「──ようこそ、安息の地へ! 貴方がたは見事選ばれました!」

「生前、前世、前々世。努めて善行を積まれ、より善い魂の持ち主として天寿を全うされた

皆さんには、何一つ不自由のないこの地で、永久とわの安息を得ることが許されます。これは正

当な報酬なのです」

「おめでとう、おめでとう──」

 時間に応じて、ゆっくりと虹色に変わりゆく天空。無数の清水と、緑豊かな浮島。

 期せずしてこの《楽園》に招待された人々は、程度の差こそあれ、若く全盛期に近い姿を

取り戻していました。いまいち状況が呑み込めず、唖然としている彼らに、緩くウェーブし

た金髪と背中の白い翼を揺らし、そう整った中性的な少年? 少女らは仰々しく告げます。

「報酬……?」

「私は、死んでしまったのか?」

「何て事だ。まさか、本当に死後の世界があるなんて……」

 しかし当の本人達は、総じて戸惑いが前面に出ているようでした。或いは尚も信じ難く、

自分の頬を引っ張ってみてようやく、この目の前の光景が幻ではないと確認している者もい

ました。中世的な少年・少女──天使達も、そんな個々の反応に対してはイマイチ無関心な

ままで続けます。

「それでは、皆さんそれぞれのお家へご案内しますね?」

「招待させていただいた際、既に番号札がお手元にあるかと存じますが、その順にお呼びし

ますので付いて来て下さいね~?」

「え~、先ずは……。番号札101番の方~?」


 予めそう在ることが当然かのように、設えてあったかのように、浮島のあちこちには住居

区が在りました。小振りながらも小奇麗に整えられた、皆同じような外見や内装の一軒家が

規則正しく建てられています。

 天使達に案されるがまま、彼らはその住居一つ一つに入って行きました。中には既に生活

に必要な家具や小物、衣類の替えや食料などが一式収まっており、すぐにでも不自由なく暮

らせそうです。実際天使達も、都度「何の心配も無いと」繰り返し強調していました。

「では皆さん、良き《楽園》生活を」

「何かご要望などございましたら、最寄の詰め所をお訪ねくださ~い」

 懇切丁寧。だけども言ってしまえば、それ以降は丸投げ。

 各々に宛がわれた家の中で、彼らは暫くぼうっとしたまま座り込んでいました。或いはふ

かふかのベッドに寝転がって天井を眺めていたり、外の景色を眺めたり。とにかく浮世離れ

した目下の状況にまだ、付いてゆけないといった状態の面々が殆どだったのです。

(──好きなように、と言われてもなあ)

(自分が死んだとか楽園とか、急に言われても実感が湧かない。何をすれば良いのか分から

ない……)

 故に程なくして、少なからぬ者がふらふらと外に出てみたのは必然の反応だったのかもし

れません。此処が死後の世界だというのなら、直前までの自分はどうだったのか? 本当に

天使達かれらが言うように自分が“善い魂”なのか? 悶々としながら、或いは戸惑いながら、そ

うした一部は軒先ではたと再会します。

「あっ……。さっきの」

「ど、どうも。何か……妙なことになりましたね」

「ええ。天寿を全う、つまり死んだってことなんでしょうが、イマイチその記憶が曖昧で」

 自分一人では分からないことだらけなら、先ず他人、第三者を介してみる。

 彼らの多くは、最期辺りの記憶を失っていました。思い出そうとしても、どうにもぼやっ

として明確ではないのです。加えて肉体もそれぞれが、おそらく全盛期と思われる若い姿に

なっている。死後の世界だというのなら、何でもありというのは確かにそうかもしれません

が、それと実際の“納得”は別問題だと改めて体感した現在進行形。一縷の望みで相手に自

分のことを訊いてみても、案の定こちらのことを知っている筈もなく……。

「誰か何人かに看取られながら、意識が遠退いていった──ような覚えはありますね。ただ

家族だったかどうかと言われるとちょっと……。白衣ばかりの、お医者さんや看護婦さんだ

ったのかもしれませんし」

「嗚呼、それは私も似たような感じですねえ。うん、うん……。そうだ。私は結局、施設に

入れられた後、子供達は碌に会いに来なかったんだ。そうだった……」

 どれだけ見た目が若く戻っても、精神こころまでは戻らない。中には少しずつ輪郭が蘇ってきた

記憶の断片に、フッと悲しそうな表情かおをする者も少なくありませんでした。一生の最後など

そんなもの──嘯いてしまえばそうなのかもしれませんが、改めて“終わった後”に振り返

る余裕を与えられてしまえば、何てことはない。虚しいものです。

「死んだらこう……何も無くなるモンだと思っていたんだけども」

「ああ。貴方は、そういうのを信じないタイプだったんです?」

「どうでしたかね。今こうして此処に居るから、そう思っただけかもしれないですし、元々

そうだったのかもしれません」

 色々な事があって疲れてしまった。宛がわれて眠り始めた者がいる一方で、そうしてこの

現実味の無い《楽園》の景色を眺めながら、何とか生前きおくを取り戻そうと試みる者達もいます。

「死んだのに暮らさなきゃいけないなんて……。じゃあ、何の為に死んだんだか」



 天使たちの言う通り、《楽園》での暮らしは快適そのものでした。衣食住は始めからセッ

トで用意され、特に何か義務が発生しているでもない。欲しいものがあれば、最寄の彼・彼

女らが交替で詰めている小屋へ連絡すれば良い。

 荒れた天気が来るでもなく、周囲はいつも穏やかで静か。いつ寝ても良いし、起きていて

も良いし、食事も摂り放題──というより寧ろ、睡眠も食欲も、今の身体ではそもそも必要

ではないらしいと気付いたのは、彼らが過ごし始めて暫く経った頃でした。此処が既に死後

の世界であるなら、当然と言えば当然だったのです。

 生命維持には水や食料、清潔な住環境が必要。

 だけども生前は、それらは他の誰かが日々汗水を垂らし、維持管理や供給をしてくれてい

るからこそ成り立っていました。故にそういった恩恵を受ける為には、お金を支払わなけれ

ばなりません。お金を稼がなければなりません。そもそも生きているというだけで、お金と

いう形で何かと巻き上げてくる者達ばかりなのが常なのです。だからこそ、生前はお互いが

お互いに、汗水を──しばしば心身を削ってまで捻出させるのが当たり前でした。一方だけ

が楽をすることは、悪でした。生きる為に、生きることを、少しずつ捨ててゆかねばならな

かったのです。


(……暇だ。本当に、やることが無い)

 宛がわれた自分の家の中で、彼らはぼうっと一日を過ごす生活を長らく送っていました。

送らざるを得ない、と表現した方が正しいでしょうか。

 義務も無い。必要もない。加えて生前のような、娯楽も無い。

 一応各家にはたくさんの書籍やボードゲーム、紙やペンなどのアナログな趣味になりそう

なものは用意されていたものの、いわゆるデジタルなそれ──PCやスマートフォンなどの

類は一切無かったのです。

 世界が違うのだから当然と言えば当然だったのかもしれませんが、こと件の技術にどっぷ

りと浸かり切っていたであろう世代の生前だった人々は、そう長くはもたずにこの退屈さ加

減に苦しめられ始めたのです。

 ネットが無い、交流が無い、調べることも出来ない──。

 それはさながら、この《楽園》自体が、彼ら一人一人に孤独を望んでいたかのような。孤

独の中に沈み、永劫にも思える日々を“生きる”。それは始め、天使達が仰々しく語ってい

たような安息とは、少なくとも彼らのようなタイプには思えず……。

(うぅん、どうなんかねえ……? 何だかんだ外にゃあ、スローライフ的なこれを楽しんで

る奴らも居るっちゃあ居るけども……)

 窓の外から見下ろす景色。虹色のグラデーションの空の下、近隣の“住人”達はお互いに

軒先や道端で顔を合わせ、お喋りに興じていました。或いは家の中からテーブルを持ち出し

てお茶をし、のんびりと変わらぬ日々を過ごしている者達もいます。

(……やっぱり生前まえも、俺はこういうのが下手だったんだろうなあ)

 日に日にぼんやりとしてくる意識、気怠さの中で、暇を持て余しつつあった者達は痛感す

るようになっていました。

 ズキリと時折、ぶり返すように襲ってくる断片的な映像イメージ

 例えばこの彼は、《楽園》に来た際の自分の姿に違和感がありませんでした。思えば理由

など簡単で、享年時の姿がイコールだったからです。毎日朝早くから満員電車に揺られ、と

っくに日が落ちようと夜遅くまで働く。帰宅した頃にはすっかり疲れ果てており、碌に家の

事などできず、ベッドの上へ倒れ込んで泥のように眠る──気付けばこんな場所に招かれて

いたということは、おそらく何処かの時点でそのまま亡くなったのでしょう。

 皆が皆、善い魂のまま死んだから恵まれていた訳ではありません。

 中には彼のような──少なからずそのような前世けいれきの者も、今回の招待には混じっていたよ

うでした。

 たとえ過酷でも、その攻撃性を表に出さない。出す余裕もなく、次の瞬間にはつい“他人

の為”を優先して働く。たとえ本人が摩耗し続け、気付けば家と職場を往復するだけの半生

であったとしても。

 人々全体からすれば、彼は確かに“都合の良い人よきひと”であったのですから。



 歳月は流れてゆきます。知らぬ内に、少しずつ崩れてゆきます。

 《楽園》の各所でその管理を担っている天使達が、その日詰め所の一つに居ました。同僚

からもたらされたある情報に、室内で書類と格闘していた側が思わず驚きの声を上げます。

「──また“下層堕ち”だって!?」

「ええ。支部長筋からの話だそうだから、間違いないわ」

「今期だけでもう十人目だぞ? 流石に矢継ぎ早過ぎやしないか?」

 軽くウェーブのかかった金髪に、背中の白い翼、白を基調とした皆同じの制服。

 それでも住人らの居ない状態では、彼・彼女らも本来の感情を出すことが出来ました。尤

も厳蜜には、なるべくフラットな方が良いものの……実際問題それは不可能に近いのです。

「そう言われても。事実だし。何より奇妙な点は」

「“自ら希望した上で”堕ちてるんだろう? 最初に聞いた時は耳を疑ったよ。違反を犯し

て落とされる例はあるけど、そういうのも特になくなんだからさ」

 目下、彼らが対応に頭を悩まされていたのは、こちら側《楽園》に招かれた住民の一部が

自ら志願してあちら側──《下層》へ移りたいと申し出てくるケースでした。

 確かに要望があれば何でも言ってくれと、初期案内チュートリアルの段階で告げてはいるものの、そのよ

うな希望は此処での安寧を自ら投げ棄てるようなものです。放棄したいと言っているのと同

義です。

 天使達かれらには理解出来ませんでした。どうしてそんな、自分で自分の首を絞めるような道を

選ぶのか? 苦行ばかりの方へ行きたがるのか?

「……参ったなあ。このペースだとまた、天使長チーフにどやされちまう」

 何より、彼らにとって都合が悪かったのは、《楽園》の住民がその分減ってしまうという

ことでした。即ちわざわざこちらで“招待”までした、良質な状態で残っていた魂を、一つ

また一つ手放してしまう結果を意味します。


 彼ら天使達、《楽園》の従事者には大きな使命がありました。

 それは招き入れた良質な魂、死者達のリソースを、可能な限り“漂白”すること。その上

で再利用する工程へ出荷すること。

 その為に彼らを軟禁──衣食住を過保護なほどに担保し、刺激の乏しい時間経過をたっぷ

りと与える。そうすれば高確率で、彼らは段々と何も考えられなくなります。何も感じなく

なります。生前の余計な付着物を徹底的に洗い流し、出荷の水準に叶う真っ新な状態にまで

もってゆくのです。

 一方で極卒達、《下層》の従事者にも共通した使命があります。

 それは《楽園》行きに及ばない、凡庸だったり粗悪な魂、死者達のリソースを、可能な限

り“洗浄”すること。幾つもの苦行、役務を長い時間課して償いとすることで、その頑固な

汚れを取り除く──同時に《楽園》で支給される、各種物資の生産も兼ねています。

 足りなければまた一巡、二巡、何巡も。

 そうして再利用に耐えうる水準にまで回復すれば、同じく随時出荷されてゆくのです。


「……供給ばかり増えても、消費する側が居なくなれば意味がないのにね」

「それは別にいいんじゃねえの? あくまで向こうの労役の“ついで”な訳だし」

 報告をもたらされた側の天使は片眉を上げました。もたらした側、同僚の彼女が心配した

点はそこまで重要ではないと言います。寧ろその動機、それらが仮に蔓延した結果、こちら

が直面する事態こそが本質なのです。

「要はさあ、俺達が《楽園こっち》で満たしてやってても、足りねえ足りねえって言ってる奴らが

一定層いるってことだろ? 今は一部でも、どんどん割合が増えていけば、満たされて何も

考えなくなる──素直に“漂白”される招待者ってやり方自体が通じなくなるってことじゃ

あねえか」

 書類の山もそこそこに、彼は言いました。考え過ぎだろうか? しかし少なくとも、これ

まで永らく繰り返されてきた《楽園》と《下層》の体制に、何かしらの異変が起きているこ

とは間違いないと思えてならなかったのです。

「それは……拙いわね」

 同僚の方の天使が言いました。

 ぽつり。一言ややって彼の言わんとする懸念ことを理解して呟きますが、直後すぐ頭に疑問符

を浮かべます。

「でも変ね。基本こちらの住人には、《下層》の存在なんて教えていない筈だけど。雑念に

なるし、必要な情報でもないし」

「……」

 言われて、彼は暫く何やら考え込んでいるようでした。口元に手を当て、ちらっちらと、

時折その眼球が視線を落とす先を変えて。

「もしかしたら、聞かれてたのかも」

「え?」

「いや、ほら。この前、向こうとの定例会があったじゃん? 通信繋いで、余所の進捗やら

要望やら色々出し合ったり足並み揃えたり。……その時、一回誰かの気配がしたんだよ。離

席して探してみたんだけど、結局それらしい誰かは見つからなくてさ……。もしかしたらあ

の時、招待者の誰かが盗み聞きしてたのかも」

「……」

 彼女の側も、思わず黙ってしまっていました。実際当の彼自身、思い出して話しながら少

しずつ青褪めていった程です。もしこの心当たりが正解ドンピシャであったならば、即ち大元の責任は

自分にある訳で──。

『北2‐7詰め所、北2‐7詰め所、応答せよ』

『現在、同管区四番街にて、招待者同士の諍いが発生。至急“調整”に向かわれたし。繰り

返す──』

 ちょうど、そんな時でした。ある意味で二人にとっては、救いの一声でした。

 通信器越しの他の天使どうりょうから、トラブル対処の要請が上がりました。これを幸いと、彼らは

スッとそれまでの雑談を切り上げます。各々に首元の、制服の襟に隠れている小さなボタン

を押すと、文字通りその表情が満面の“笑顔”になったのです。肉体に直接仕込まれている

その凸が、天使としての活動体ボディに役割を強制するのです。声色から何からが、予め規定され

た通りに出力されるのです。

「は~い! 喜んで~」

「直ちに現場へ向かいま~す」


 ***


 《楽園》とは違い、招待者の大多数が送られる《下層》は、終わりの見えない苦痛と共に

歳月を過ごすことを強制される場所でした。

 煮え滾る大鍋に粘液をくべ、汗だくになりながら、何から作られたかも知れないそんな原

料を数人かがりで混ぜる。そんな光景が横一列にずらりと並ぶ。かと思えばその眼下では、

重くて赤黒いレンガのような何かを各々の背負子に乗せ、長い距離を歩かされます。

 ペースが遅れたり、転んだりすれば、獄卒達が容赦なく鞭を撃って怒鳴ってきますし、そ

うした最早名も知らぬ同胞に助け舟を出すことすらも叶わない。精々ちらりと僅かな視線を

やりながら、自身は自身で延々と、巨大で重い石製の人力回転器を回し続けることを強いら

れるばかりです。都度割り振られる他の面々と共に、頭上の大釜と幾つかの歯車で連動して

いるらしい、でもよく分からないこの装置から生える棒を握って、ただひたすらに前へ前へ

と押し続けるのです。


「──ちょっとお、ガヴちゃん。最近そっちからうちに降りてくる子多くない? 何で上澄

みの筈の子達が、こんなにポンポンだだ堕ちさがりする訳?」

 まさに“地獄”のような赤黒さ、熱気に満ちる《下層》の風景をのんびり眺めながら、巨

大な管理塔の中央にデスクを構える彼は言いました。通話筒をちょんと指で挟み、相手方に

そうしなを作るようなゴツい撫で声で苦情を述べます。外見は明らかに筋骨隆々の、黒い髭

をもっさり蓄えた大男です。

『そう言われても……。仕方ないでしょう? 本人達が望んで離れたがるんだから。引き留

めても何度も泣き付いてくるし、初期案内チュートリアルで“どんな望みでも”って謳っている以上、積極

的に反故にする訳にもいかないし……』

 通信の相手は、《楽園》と天使達を統括する責任者、天使長ガヴリエルでした。

 長い金髪と豪奢な貫頭衣チュニック、本来勝気で威圧感のある面持ちを、彼女はこの日ばかりはダウ

ナーさに押し負けて崩しています。通信を掛けてきた元、同じく《下層》と極卒達を統括す

るもう一人の責任者・閻魔に対し、彼女はそう不本意といった様子で言い訳します。

「う~ん、まあそうだけどねえ……。でも極卒うちのこ達も気味悪がってるのよねえ。降りてきた子

が皆、取り憑かれたように『労働タノシイ、労働タノシイ』ってぶつぶつ呟きながらこっち

の労役をこなしてるの。あれじゃあまるで罰になっていないみたいだ~って。まあその内、

他の子達みたいに心が折れて大人しくなるとは思うんだけど……」

 彼──いや彼女もまた、理解は示しつつも、目下の状況が少なくとも自分達に良くない傾

向であることは認めていました。一応は楽観的に──どのみちリソースの回収という目的に

は辿り着くだろうとしつつも、現場から上がってくる声を全く無視する訳にもいかないとい

った様子です。

『罰に、贖いにならないと“洗浄”出来ないんじゃない? 原因をそっちに送り出している

側が言うのもあれだけどさ?』

「だからよ。今はまだ一部でも、もしこれが大勢を占めちゃったらシステムが根っこからひ

っくり返っちゃうでしょう? 基本的に一人当たりの時間が掛かりがちなこっちと比べて、

ガヴちゃんの方は少数精鋭型だから……。おかしくなるとしたら、多分そっちが先よ?」

 外見上の不一致はともかく、閻魔かのじょからの指摘は極めて冷静で的確でした。

 数をとにかく回して、マイナスから可能な限りゼロ──フラットに戻す担当の《下層》に

対して、始めから良質になり得る魂を選別してから出荷する担当の《楽園》においては、そ

の母数が崩れること自体が致命的です。

 天使長ガヴリエルは、暫し口元に手を当てて考え込んでいました。自身の記憶の引き出しを引っ張り

出すように、通話筒の向こうからガサゴソと手元の資料を漁る音がします。

『……もしかしてこれかしらね? 何期か前にこっちで、うちの天使が招待者に内情を盗み

聞きされたかもしれないって密告。私も今の今まで、確認も何も取れていないものを一々憶

えてはいなかったから、完全に頭から抜けていたけれど……。はあ、何で隠すかなあ? 回

り回って何かあった時は、全部私の責任になるのよ……?』

 通話の向こう、書類の山から抜き出したメモレベルの紙面と、彼女は睨めっこしながら嘆

息を吐いていました。もし件の天使ほんにんが目の前に居たらば、きっと生きた心地がしなかったで

しょう。

「ガヴちゃん怖いから~。あたしみたいに、もっとキュートに愛嬌を振り撒くことも覚えな

きゃ。飴と鞭、じゃないけど、管理の秘訣よん♪」

『あ~あ。もしこんなこと、創造主あるじ様に知られたら……。というか、苦役の方が充実するな

んて考え、どうやったら身に付くのよ。現世あっちでよほど質の悪い輩が湧いてるんじゃないの?

一度、ごっそり“掃除”した方が……』

「駄目よ? 他の子達ならまだしも、あたし達二人が直接干渉なんてしようものなら。壊れ

ちゃう。何の為の培養池リソースプールだって話になっちゃうし……。やるんならせめて、《楽園そっち》に呼ん

だ状態で強制漂白でしょ」

『……あんたもあんたで大概よ?』

 末端には末端なりの、管理者側には管理者側の悩みがあります。それは外側であろうが内

側であろうが同じです。皆、誰もが逃れられない運命さだめなのかもしれません。

 天使長ガヴリエルが若干引き気味に言い、当の閻魔かのじょは何処吹く風といった様子で受け流していました。

用件・案件としては深刻ですが、かといって何から何までを全てひっくり返して“無かった

ことにする”訳にもいかないのです。詰まる所、誠実さの放棄に他ならないのです。

『ともかく……。暫くこちらも、彼らを引き留めるよう努めてみるわ。場合によっては《楽

園》側でも、希望者達に何か仕事を与えることも選択肢になるのかもしれない』

「ん。好い報告待ってるわ。あたしも極卒うちのこ達に、もっとビシバシ扱き使って圧し折らせてお

くから♪」

                                      (了)

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