アルフ12歳その4
取り敢えず、学園はそれほど問題なく生活出来ていた。
そして週末、アガサとトミーを連れて王都の邸に帰った。
「あの、僕まで良かったの?」
「構わないよ」
馬車に同乗したアガサが恐縮している。
俺だって乗りなれていない馬車だし、そんなにかしこまらなくていいのに。
「妹が何か考えているから、ちょっと付き合ってもらうんだし」
週末に帰ると母さんから聞いたミアが、わざわざ手紙を送ってきた。
一般人に聞きたいことがあるって。
これ、駄菓子屋に関することだろうね。いや、父さんは本当に大丈夫なんだろうか?
「ミアちゃん、何の話をしてくるって?」
「駄菓子屋……いや、菓子屋か?駄菓子はないだろうし。それを普通の人にも食べて欲しいみたいなんだよ」
「う~ん、そりゃ難しいな。俺達におやつを食う余裕があるかって言ったらさあ」
「……そうなんだろうけど」
「店の維持費だなんだってかかるんだし、無理じゃないの?」
「ト、トミー」
トミーがはっきり言うと、アガサがわたわたと慌てる。
「店じゃなく、か」
「屋台をやるのは、サザランド伯爵家としてどう?」
「……店舗があっても商人あがりって言われてるからなあ」
しかも、サザランド家の特産品が外交に使われたりしている現状を妬んだ者も多い。
「あの、ね。僕達は毎日お菓子は食べられないよ?」
「やっぱりそうだよな」
「でも、月に何度かなら。定期市があるでしょ?ああいうのなら……」
「市か。確かに店はいらないな」
販売をどうするって問題はあるし、売り上げなんて微々たるものでほとんどボランティア━━。
「あ」
「ん?どうした」
「ボランティアって手があったか」
「ボランティア?」
首を傾げる二人に、俺は軽く頷いた。
「後でまとめて話すよ」
悪い案ではないと思うんだけどね。
「ただいま」
「おかえりなさい」
玄関開けたらミアが飛び付いてきた。
まだまだ子供だなぁ。取り敢えず頭を撫でておく。
「ミア。お客様もいらっしゃるのだから、そんなところで足止めしては駄目よ」
「はい」
母さんに返事をして離れるミアは、少し残念そうだ。
「わざわざ寄ってもらってごめんなさいね。用意させるから、サロンでお茶でも飲んでいて」
「い、いいえ」
アガサが緊張のあまり首を左右に振り続けるという、おかしなことになっている。
俺は肩をすくめ、母さんを見た。
「母さんがそんな喋り方するからだよ」
「まあまあ。今、持ってこさせるから、サロンに行って」
「分かった」
俺は二人を「こっち」とサロンに案内する。ミアは当然の如く俺の隣を歩いていた。
背後からトミーの笑いを堪えきれなかった声にはならないものが漏れている。
サロンのテーブルにつくと、すぐに侍女がお茶と菓子を持ってきた。
菓子はクッキーと、多分ミアが試作したと思われるラスクらしきものがあった。
俺がお茶と菓子をすべて一口ずつ食べ、二人にもすすめる。
「食パンのみみとマカロンの皮だっけ?」
「うん。マカロンの皮は、膨らみ方が製品に出来なかったものなの。
食パンのみみは揚げてもいいんだけど、わざわざこのために揚げる道具をお店に置くのもどうかなって」
「カレーパンを揚げるなら一緒じゃない?」
「うん。カレーパンを作ることになるって思ってなかったから」
「カレーパンは最近なんだ?俺って運がいい」
トミーはカレーパンとの運命を喜んでいるみたいだ。
「店に設置を考えていたってことは、作るのは今の店の厨房のつもりか?」
「うん。お店は販売だけにしようかなって」
「いくらで売るつもりか分からないけど、一般人は、高い菓子を買う余裕なんてないよ?」
「え?」
「虹の鈴のパンや食堂はちょっと高い値段設定だから、俺の家だって家族四人で食堂なんてそうそう使えない」
「それは……」
「普通のところが50G。虹の鈴は60G 。
一人あたり10G違う。四人家族だから、もう10G足せば本来ならもう一人食べられる値段だ。
この菓子はいくら?」
「……まだ値段は……」
「たかだか10Gって考えなら、店なんて出さない方がいいよ」
辛辣なトミーの言葉に、みるみる涙を溜めていくミア。
奥歯を食いしばっている。
「俺もトミーに賛成だ」
「お兄ちゃん?!」
ミアが目を見開いた。
そこで俺は、馬車の中で考えていた案を話すつもりだったのだが━━
「っく。うわわああん」
突然ミアが泣き出すとは、思わなかった。
「何妹泣かせてるのよ!」
いつの間にか来ていた母さんにバシッ、と後頭部を叩かれた。
「いや、本題はこれから……」
「だってみんなに食べてほしかったんだもん」
ミアは母さんにすがり付きながら喚いている。すっかり悪者だ。
「いや、だからさ。店は経費がかかるから無理じゃないか」
「それは……」
泣くミアの頭を撫でつつ、母さんは言葉を濁す。
いくらミアが考えても、採算がとれなくては商売には出来ない。
「でもさ。商売じゃないなら、経費は多少かかってもいいんじゃない?」
「は?」
まだ泣いているミア以外は、俺が何を言い出したのか分からず、ポカンと口を開けている。いや、ミアも聞いてくれないと困るんだけど。
「貴族って、奉仕活動をするんだろ?」
「まあね。ウチは前日の余ったパンを孤児院に渡しているわね」
本当はきちんとしたパンを贈りたいのだが、品薄とされるパンをそのまま贈るのは孤児院が困るかもしれない。
そのため、食堂や領地の残りだという形にしている。
実際前日の残りだが、時間を止める魔道具に入れてあるので、学園で俺が食べているのと変わらない。
「定期市に孤児院は参加していないの?」
「薬草を売っていたと思います」
アガサの肯定に、俺は頷くと話をすすめる。
「ならさ。サザランド伯爵家が、孤児院が売る品物を一部提供するってしたらどうかと思って。
販売経費はいらないし、貴族としての奉仕活動にもなるし。孤児院もそんなに高い値段はつけないだろうから、割りと手にしやすい値段になるんじゃないかな?」
「作るのはお店の厨房ね。それなら大丈夫かしら?相手にも聞いてみましょうか」
母さんは「ミアはどう思うの?」といつになく優しい声色で聞いている。
こんなに泣くミアは、珍しいからかもしれない。
ミアは前世で妹がいたからか、我が儘も少ない、いわゆるいい子だった。
「……お兄ちゃんの言うとおりにする」
「分かったわ。後でお父さんに相談しましょうね」
「うん」
ミアは母さんに促されて、顔を洗いに行った。「うるさくしてごめんなさい」とトミーとアガサにペコリと頭を下げて。
「珍しく泣き虫だったな」
「アルフが学園に行っていないからね。シロは領地でマイラといるし、精神的に不安定だからね」
「え?俺が父さんと一緒に商会について行った時もあったよね?」
「ムーニー男爵領の時ね?
あの時は毎晩私と一緒に寝ていたけど、今はそこまで子供じゃないしねえ」
マイラは従兄弟の子供で、シロが領地に来た頃はまだ赤ちゃんだった。
物心つく前からシロを見ているからか、蛇だからと嫌がったりしない。
熱を出してぐずる時もシロが側にいれば大人しく寝ているくらいにはマイラはシロを好きみたいだ。
「だから、毎週帰って来なさいよ」
「ああ、うん。そういうことか」
「返事は?」
「はい」
可愛いけど、ちょっとブラコンに育ち過ぎたか、と反省する。
「で、これがお土産ね」
「ありがとうございます」
母さんがトミーとアガサにトートバッグを渡す。食パンとバターロール、クッキーが入っているそうだ。
「あの、こんなにいただいて、いいんでしょうか?」
「子供が遠慮しないの」
母さんは笑いながら手を振るけど、一般人には少し高い値段だ。アガサが躊躇うのは仕方がない。
「母さん、パンってもう少し安くならない?」
「値段を下げても問題はないんだけど、そうすると供給がもっと間に合わなくなるのよ」
母さんは困ったと眉尻を下げ、「今、相談しているのよ」と苦笑した。
「二人をあまり引き留めても駄目でしょ。御家族が待っているでしょ。街まで送っていかせるわね」
「あ、あの。僕達はここで━━」
「一応、貴族の区画で広いから、無駄に時間がかかるわよ?夫の帰宅に馬車を向かわせるんだし、商会までついでに乗っていきなさいね」
母さんは面倒見がいいよな。
それでも遠慮しそうなアガサだが、俺がだめ押しする。
「俺も行くよ。父さんと話もあるし」
ソファーから立つと、二人を促した。
俺が行くついでに乗せると言えば、アガサはおどおどしながらも、馬車に同乗した。
ついでだからと、学園へ帰る時も商会の前で待ち合わせて、馬車に乗ることを提案する。
トミーがアガサが何か言う前に、承諾すれば、アガサも頭を下げて仕方なく承諾する。
時間を決めて、二人と別れた。
商会の人が混乱しないようにと、二人と毎週待ち合わせることを知らせる。
それから父さんのいるという部屋へ入ると、大量の紙が机の上に積まれていた。
顔がひきつったのは仕方がないじゃないか。




