アルフ12歳その3
入寮の翌日、入学式には母さんが来た。父さんは未だに人手不足の領地と商会の仕事に忙殺されている。
伯父さん達が帰ってきて一年以上たつのだが、増える人手は増える仕事との関係で、忙しさはあまり変わってないようだ。
ミアは保護者じゃないので、元々留守番だ。
いじけていたが、社交界がオフではあるものの、今はジョシア達も王都に滞在していて、二人で勉強やダンスをしていることだろう。
入学式前にクラスを確認すれば、俺とトミーとアガサは同じクラスだった。
一年目は基礎学習と言って、貴族や国の機関で働くなら知っておくべき事柄をどの学科を選択しても、学ばなくてはならない。そこのクラスが一緒だった。
学科で言えば、トミーは魔術、アガサは文官、俺は領地運営なので、全くバラバラだ。
二年からは基礎学習はないので、一年生のうちに色々交遊関係を築けという事だろうか。
入学式は退屈に滞りなく進み、俺が壇上で挨拶をすれば、トミーから聞いていた例のアーネストとかいうヤツが睨んで来た。
いや、お前が満点なら、爵位的にも俺が挨拶することはなかったんだよ。自分の足りない頭脳を恨め。
そして、俺はぶくぶくと言ったトミーの言葉を思い出す。駄目だな、あれじゃあ戦えない。動きも鈍そうだ。
式はあっという間に終わり、俺は母さんの元へ向かった。
これから乙女ゲーの世界でよく出てきた場所の点検だ。
ゲームを良く知っているのは母さんとカトリーナさんだが、今年は俺を理由に母さんが見て回ることになった。
問題になりそうな場所は、陛下が公務で訪れた時に、ブルーノさんがこっそり手入れするらしい。
前世で言うところの防犯カメラや、魔法が学園内で発動した記録など、死角がないように設置したとか。
中庭のじめじめした場所が死角のようだ。
母さんがノートを取りだし、メモを始める。
「そうだ。ちょっと頼みたいんだけど…」
周りに人がいないことを確認する。
それから、こそこそとトミーとアガサの家族のパンをお願いした。一般人の友人が出来て良かったと安心したように母さんが笑う。
「ミアには同い年の子達がいたけど、アルフはそういう相手が王都に来てからいなかったじゃない?
アルフは気にしてなさそうだったけど、この時期の友達って大切よ?これから学園で作りなさいね」
「サザランドって名前が面倒くさいけどね」
「まあ、貴族じゃないところから友達が出来るっていうのがアルフらしいわ」
そうかな?
たまに騎士団の訓練に参加させてもらっているから、そんな気はしてなかった━━ああ、騎士団ってみんな年上か。
「そろそろ精神年齢も合うでしょ」
こそっと母さんが笑って言う。
確かに今までは、同い年って子供過ぎてまともに会話が成り立たなかったしなあ。
たまに賢い子供がいても、自分の賢さに傲慢になって周りを見下していたりして、近づきたくなかった。
賢い子供と言っても、ミアと変わらない頭脳だし。
「他にはないのね?」
「あ、あと。寮で食べるパンがもっと欲しい」
「……なんとなく察したわ。まあ、まだ王城の段階だからね。学園のパンまでは変わってないわよね」
「……二年後までにはなんとかしておかないと、ミアもジョシアも、それに王子も大変だよ?きっと」
食いしん坊のタイラーはきっと耐えきれないだろうな。
旨い食事のためにミアを兄ザックリーの嫁に望んだくらいなんだから。
「それも話しておくわね」
「食パンのレシピはそろそろいいんじゃない?」
「食パンかコッペパンかバターロールってところかしら?」
「食事自体がさあ。パンが一番あれなんだけど」
母さんが眉を寄せる。
「近いんだし、毎週末帰って来なさいよ。ミアが泣くし」
「……考えておくよ」
「週末くらい好きなもの食べなさい」
「うん、分かった」
「そうそう。働かざる者食うべからずだから」
商会の仕事を手伝えってことか。
領地を継ぐし、色々覚えなきゃならないから構わないけど。
昨日の今日で何があったんだ。
「人手不足がより深刻になってない?」
「パンが売れ過ぎるのよ。それに、食堂と居酒屋と色々あって。服も売れるし外国との取引もあるし。領地に移住したいって問い合わせもあるし」
「それは前からじゃ……父さん、大丈夫?」
「あの人もねえ。もっと色々丸投げしたらいいのに」
領地では一年間食事の支給をしていたが、それが終わる時に、お金を払うから支給して欲しいとの要望が主に独身男性からあがり、それを知った女性陣からも声があがった。
元々料理人志望だったコメットさんがやる気になり、毎月決まった金額を支払えば食堂で食事が出来る仕組みを作った。
王都の食堂よりも値段は安いし領民は必ず食べられる。
それを知って領民になりたがる人があとを絶たない。
冒険者もそうだ。ケントさん達の噂が広がったようで、すでに他にも四組の元冒険者パーティーが領民になっている。
その内二組に簡単な治癒魔法を使える人がいて、大怪我でなければ治るので有難い。
ようやく教会から人が来たけど、まだまだ新しい領地で捨て子もなく、孤児院はスペースを確保してあるだけ。
代わりに小さな子供を預かる保育所を作ったけど、チェスター博士夫人のマーガレットさんに、簡単な読み書きと計算を教えて欲しいとお願いすると、暇をもて余していたらしいマーガレットさんに、快く受け入れてもらえた。
しかも、大人達も習いたいと言い出し、教えている。
洗濯や食事にかかる時間がほとんどない分、勉強にまわしているようだ。
そうした領地に来たがる人達が増えたのは分かるが、食堂や居酒屋はなんだろう。
「食堂は何かあったの?」
「う~ん。商会と化粧品の工房の側に作ったでしょう?針子さん達のところにも作ることになっちゃってね。
それに、飲みたい(呑みたい)って言い出した人達がいて。じゃあ居酒屋もやろうってなって。
それで料理人を増やすために鍛えてメニューを考えないとねって」
昨日だけでそんな話になっているのか。本当に父さんは大丈夫なんだろうか。
新たな事業を凍結してもいいと思うんだけどね。
「まあ、仕事は手伝うけど」
「そうねえ。若いうちからやっておいた方がいいわよね」
「カフェまで始めないよな?」
「スイーツ店にイートインコーナーがすでにあるじゃない」
ああ、確かに。
他にも何か始めそうだと母さんを見ると、肩をすくめる。
「私ももうないわよ」
「ミアは?」
「駄菓子屋をやりたいって」
母さんが俺から視線を反らした。
「王都のお菓子が、どうしても高級品になっちゃうでしょ?一般の人が手軽に買えるスイーツを作りたいみたいなのよ」
「……ああ」
店を視察に行くと、甘い匂いにこちらを見ながら過ぎ去る人達を何回も見ている。
食べたそうにする子供を抱えて去る姿に、ミアはしょんぼりしていたな。
「金平糖はそのつもりだったんだろう?」
「思いの外、高額になって落ち込んでいたわね」
人気が出てしまい、更に外国との貿易品にも入っている金平糖は、お手軽とはいかない。
「食パンのみみとマカロンの皮の失敗したので、ラスクを作るつもりみたいよ?今まで畑の肥料にしてきたけど」
「廃品利用ってこと?」
「食パンのみみは、商会や工房の人達が欲しがったから譲っていたけどね。
それでも普段食堂を使えるから、持っていく人達も多くなかったし。余っていたわ」
前世で妹がいたからか、ミアは小さな子供に弱い。
従兄弟の子供、コーディとマイラとよく一緒にいるようになってから、更にその傾向がある。
コーディとマイラが我慢せず口にしている菓子を食べられない子供達を泣きそうな顔で見ていた。
色々と考えそうだな。いや、ミアの気持ちは分かるが、俺まで関わるのはどうだろうか。
「この話はここまでにしておこうよ」
「どうしたの?」
「……父さんが倒れないかと思って」
「……そうね。もう少し落ち着いてからでいいわよね」
母さんは、どこか遠くを見ながら言った。
本当に父さんは大丈夫なんだろうか?
週末くらい手伝わないと、と考えて俺はため息をついた。
今年もよろしくお願いいたします。




