アルフ12歳その2
俺は奨学生達の部屋に行かない方がいいという事で、食事が終わるとトミーがついてきた。
奨学生は三人部屋らしい。
「広いねー」
「掃除は面倒くさいだろうけどな」
「贅沢ものめが」
すすめる前にトミーは椅子に座る。
「アルフもやっぱりゲームしてたんだ?」
「いや、俺はやってない。妹がやってたんだよ」
「へー。じゃあ、アルフでラッキーとかアーネストじゃないのかよとか、ないんだ?」
「は?アルフはゲームキャラじゃないだろ?」
「へ?アルフとミアは、よく絡むキャラじゃん。パッケージにもチュートリアルにも出てるし」
「━━は?」
「チュートリアルを一緒に受けてさ。お互いに頑張ろうって言うじゃん?」
「乙女ゲーって、そんなチュートリアルなのか?」
「へ?乙女ゲー?何言ってるんだよ?ここは『Another Life』ってオンラインゲームだよ。RPGの」
トミーに言われ、俺は絶句した。
新たな要素が出てきたのか、今さら。
「って言うかさ、なんだよ乙女ゲーとか」
「いや、俺達の方はそっちかと思って。『あなた色の恋物語』ってヤツにそっくりで」
「そっちにもアルフがいた、と」
「いや、いない。だからイレギュラーだと思っていたんだけど……他のゲームか」
「乙女ゲーが混ざってても、関係ないんじゃない?」
「いや、妹の婚約者が攻略対象だから」
「わ~お!ライトノベルか?」
「本来なら、別の人と婚約するらしいんだけどね」
「もうずれてるわけね。オーケーオーケー」
他人事だからトミーの言動は腹がたつほど軽い。
「俺は自分のキャラになっているんだけどさ。母親がいなくなった時は泣いたよ」
「アガサのところとは逆か」
「そう。ただ、俺には弟妹がいるし、父親が文官でそこそこ稼ぎがいいから、苦労はしてないんだよね。家のことは、近所に住んでる叔母さんが色々してくれるし」
「勉強も簡単だしな」
「そうそう」
トミーは息を吐き、それから俺を見た。
「じゃあさ、アルフはそんなに強くないのか」
「いや?魔物退治に参加していたし、王都に来てからは、たまに騎士団の練習に参加させてもらってる」
「は?騎士団?」
トミーが瞬き、俺は苦笑する。
「本来のゲームだと、そこまで強くはないのか?」
「プレイヤーの攻略組くらいかな?アーネストはその先にいる、憧れる存在って感じ。勇者勇者してる」
「へえ」
「ちなみに同級生」
「は?」
「こっちの世界では、ロックハート侯爵家の長男。しかもぶくぶく」
「ぶくぶく?」
「あんなに肥えてたら、勇者にはなれないだろうって感じ」
なるほど。
しかも俺より爵位があるのに入学式の挨拶を頼まれていないのなら、満点でなかったのだろう。それなら、転生者じゃないのか。
「それにしても、転生者がゴロゴロいるな」
「そんなに?俺はアルフが初なんだけど」
「俺は母さんと妹のミアがそうだし」
「えっ?ミアが妹?恋人じゃないんだ?」
「……Another Lifeだとそうなのか?」
「プレイヤーにそう思われてるだけで、正確な描写はなかったかな?」
「ふ~ん。後は、ミアの嫁ぎ先の夫人と、領民に何人か」
「領民にまでいるのか」
「領民を募集した時のチラシに、ミアがおにぎりや卵焼きのイラストを描いたからかもしれない」
「なにその転生者ホイホイ」
「それから、これが一番の問題なんだけど、乙女ゲーのヒロインがそれっぽい」
「ますますラノベか」
ため息をつくトミーに、王都に来ることになった経緯や旅の話を簡単にした。
ちょっと過保護とか言いながら、トミーもかなりシスコンな発言をする。
二つ下のミアの婚約を「俺なら認めないね」と断言した。
魔術省に就職したいのも、王都で暮らせる上に高給取りだからだそうだ。
「ジョシアはいいヤツだからな。変なヤツには嫁がせないし、王都の邸が向かいなんだ」
「……向かいか。それは確かにいいな」
いや、その条件がいいって話ではないんだが。
「ああ、忘れてた。パンはどうする?」
俺はテーブルの上に並べていく。
バターロール、レーズンパン、コロッケパン、クリームチーズ入りクルミパン、焼きそばパン、カレーパン。
それから、クッキーを一袋。同部屋や周りの奨学生達とお茶したらいい。
俺が持っていくと、向こうがリラックス出来ないだろうからな。
「カレーパン、だと?!」
「親戚が向こうで商会をしていたんだ。たたんで帰って来たんだけど、人脈があるからさ。スパイスが大量に仕入れられるんだ」
サザランド伯爵領が海沿いなのもいい点だった。港を作るのにブルーノさんを借りたが、代金は魔晶石の売上から引いたので、こちらの持ち出しはない。
漁に影響が少なく、領都に近い場所を港にして、サザランド伯爵領で取引できるようにすれば、他の領地に通行料を取られることもない。
あちらは魔晶石の御礼に、何度か香辛料を売ってくれるつもりだったはず。
しかし、父さんも伯父さんも爺さんも商人だ。このチャンスを逃す訳なく、あちらが興味をひかれて更に持続的に求めてくるものを提示した。そうすれば、あちらがまた香辛料を持って来るからだ。
ソレイユ王国に人気のあった練乳は、暑い盛りにかき氷と共に出したら、かき氷ごと持ち帰りたいと言い出す始末だ。
他にもワサビが人気だ。柚子こしょうや七味唐辛子もだ。調味料はどの国でも需要があるみたいだった。照り焼きもウケがいい。
惣菜パンも人気で、こちらに来た時にしか食べられないのを嘆いていたので、時間を止める魔道具を開発、提供すると、更に色々買っていってくれる。
学園に俺が持ってきたのは、その魔道具を小さくしたタイプだ。
結果的に父さん達の思惑通りに互いにいい商売になるので、年に数回船が来る。最近は布地の輸入も始めた。王都の針子が張り切っていて、買い取った古着だけでは足りなくなってきていたのだ。
パンや調味料のレシピは、販売の許可が宰相から出ないんだよね。貿易黒字になったとかで。
「今日はカレーパンにしておくか?」
「……」
「トミー?」
「……いや、俺だけ食うわけには……」
「他の奨学生とクッキーでも食べたら?」
「……週末に家に帰るんだけどさ」
「弟妹にお土産か?それなら帰る時に一度家に寄れよ。家族と叔母さん家の分を渡すから」
「いいのか?!」
「トミーのところだけじゃ問題になるだろ?後、アガサのところもか。全部で何人?」
「ウチと叔母さん家が四人ずつ。アガサは二人」
明日、入学式に来る母さんにお願いするか。母さんが整えてくれるだろう。
「何パンにする?」
「バターロールかなぁ。スタンダードな方がいいよな?」
「そうかも。じゃあ用意してもらっておくよ。で、これは奨学生のお茶うけに」
「サンキュー」
「トミーは魔術省に行くんだろ?これからもよろしく」
「……賄賂なのかよ」
「う~ん。ウチはミアがいるから、そこまで考えてないけどさ」
「何?妹の魔力量が多いのか?」
「さぁ?どうなんだろ。
俺も魔法陣を勉強したりして、少ない魔力でも色々使える魔道具にしてあるからな。両親や俺が無さすぎで、判断できないな」
「領地運営は大丈夫か?」
「はじめの開拓と港は魔術省のブルーノさんにも手伝ってもらったけどね。あとは人力でなんとかなる範囲でしか考えてない」
「へー。魔法でガンガンいかないのか」
「他は建築くらいかな?農業は完全に人力にした。なんでも魔晶石が不足ぎみらしいから」
「魔力のある人材が減ってるってさ」
「だから、トミーが優遇されるんだろ?」
「そうそう。パンもクッキーももらったし、多少は手伝ってもいいよ」
「まあ、何かあったら頼むよ」
あまり長居するとトミーが周りから浮くかもしれないと、今日はこの辺にしておくことになった。
学園は三年間とまだまだ長いので、互いにいい協力関係を築けたらいい。
単に友達で構わないけど、小うるさいヤツがいそうだからカモフラージュになるような関係をね。ああ、やっぱり身分が面倒くさいな。
ミアのことはまだ話せない。トミーを信用してもいいが、あまりあちこちに情報をばらまくのは得策ではないだろう。
特に今は、俺からサザランド伯爵家の秘密を得ようと、聞き耳をたてられているほどだ。
ああ、やっぱり面倒くさい。




