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ペットボトルの水を飲み干したわたしを見て、佐倉さんが「おぉ」と手を叩いた。
「すごいね。今日、何本目?」
「外売り場に出てみなよ。屋根はあるだけで、風は通らないんだから」
「大型扇風機、あるじゃん」
「あれはもう、ただの熱風拡散機」
気温だけじゃない。あの出来事は、一晩寝て忘れられるようなことじゃなかった。分かっちゃいたけど、思ってた以上にキツイ。
よく冷えた空気で、熱を逃がす。すぐさま靴下を脱いで、畳の小上がりに足を投げ出した。それだけで、午前中の疲れが半分取れる。本当は四六時中、直に土を踏みしめていたいくらいなんだけど。
「昨日のこと、聞いたよ」
ぶらぶらさせていた足が止まる。
「何のこと?」
「やっぱり熱中症だったんじゃない? わたし、言ったじゃん。顔色悪いって」
「あぁ……」
わたしは息を吐いた。狭いコミュニティの中では、噂話が拡散するスピードも早い。
「そうだよね、うん、きっとそうだよ。だって、クラっとしただけだし、一瞬」
佐倉さんはテーブルの上に頰杖をついて、右の眉を上げてみせた。
「そもそも、夏と冬は地獄なのに、よく園芸希望したよね。わたしはレジ打ちで正解だったと思う」
「植物が好きなんだよ」
「植物も村主さんのこと好きだもんね」
「そう、両思いなの」
「人間に対しても、それだけ積極的にいけたらねぇ」
何も言えなくなったわたしを、フフンと鼻で笑って、佐倉さんは残り物を雑多に詰め込んだ弁当を広げた。そして、わたしの真っ白な昼食の中に、卵焼きと唐揚げをひとつずつ分けてくれた。
「いいの?」
おずおず尋ねるわたしに、肩をすくめる。
「日々、白飯一択じゃ、栄養偏るでしょ」
まず、【栄養】を考えてくるところが、さすがママだ。炊飯ジャーと電子レンジだけの台所を脳裏に浮かべる。ガスコンロは、今の家に引っ越した当日、耐えられなくなって撤去した。
「村主さんって、全く料理したことないんだっけ」
「うん。学校ってコンロしかなかったから、家庭科の授業ですら無理だったし。今度、簡単な料理教えてもらおうかな」
「大丈夫なの?」
「もちろん、火を使わなくていいやつ」
佐倉さんは、傷ましそうな顔つきで微笑んだ。この反応にはもう慣れっこだけど、どんなリアクションをとるのが正解なのかは未だに分からない。
「ところで、架純ちゃん元気?」
こんな時、子どもの話題はわざとらしくならなくて良い。
「元気、元気。うるさいくらい」
「毎日、顔合わせてたらうるさいのかな。わたしは小学校に上がって、あまり会えてないから寂しいけど」
「何日かホームステイさせようか。きっと、分かるから」
本気の目つきに、口を閉じる。
「ま、架純も会いたがってたから両思いだ。そうだ。来月休みが被る日あったよね。一緒にランチでもどう?」
「行きたい!」
わたしは、半ば被せ気味に返事をした。何ならこっちは、シフト表を見た瞬間に誘おうかどうか考えていたんだから。
「架純がいるからチェーン店しか無理だけど。ほら、いつもの駅前のファミレス」
「それがさ。良さそうな店、見つけたんだよね」
昨夜、スマホを見ていた時に、ふっと引き寄せられるように目についたレストランだった。なるべく美味しそうな写真を選んで、佐倉さんのスマホに送る。
「店から徒歩圏内じゃん」
「そうなの。わたしも知らなかった」
「ファミレスと逆方向だから、気づかなかったのかな。ま、ここで決定だね」
どれも美味しそう、と、料理の写真をスライドさせる佐倉さんを満足げに見た時。
「村主さーん、お客さまからのお問い合わせでーす」
壁の掛け時計が、急に存在感を増した。「はーい」とだけ答えて、残りのご飯をかき込む。同じ動作をし始めた佐倉さんと目線で笑い合って、空になった弁当箱をミニサイズのトートバックに押し込んだ。
今日はとっとと仕事を済ませて、真っ直ぐ家に帰ろう。何のストレスもない状態で、早く寝る、それが一番。
わたしは急いで靴下を履き直した。




