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わたしが忘れた紅い花  作者: 出原ミサ
きせつの入口に出会う
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4/23

ー4ー

 ペットボトルの水を飲み干したわたしを見て、佐倉《さくら》さんが「おぉ」と手を叩いた。

「すごいね。今日、何本目?」

「外売り場に出てみなよ。屋根はあるだけで、風は通らないんだから」

「大型扇風機、あるじゃん」

「あれはもう、ただの熱風拡散機」

 気温だけじゃない。あの出来事は、一晩寝て忘れられるようなことじゃなかった。分かっちゃいたけど、思ってた以上にキツイ。

 よく冷えた空気で、熱を逃がす。すぐさま靴下を脱いで、畳の小上がりに足を投げ出した。それだけで、午前中の疲れが半分取れる。本当は四六時中、直に土を踏みしめていたいくらいなんだけど。

「昨日のこと、聞いたよ」

 ぶらぶらさせていた足が止まる。

「何のこと?」

「やっぱり熱中症だったんじゃない? わたし、言ったじゃん。顔色悪いって」

「あぁ……」

 わたしは息を吐いた。狭いコミュニティの中では、噂話が拡散するスピードも早い。

「そうだよね、うん、きっとそうだよ。だって、クラっとしただけだし、一瞬」

 佐倉さんはテーブルの上に頰杖をついて、右の眉を上げてみせた。

「そもそも、夏と冬は地獄なのに、よく園芸希望したよね。わたしはレジ打ちで正解だったと思う」

「植物が好きなんだよ」

「植物も村主《すぐり》さんのこと好きだもんね」

「そう、両思いなの」

「人間に対しても、それだけ積極的にいけたらねぇ」

 何も言えなくなったわたしを、フフンと鼻で笑って、佐倉さんは残り物を雑多に詰め込んだ弁当を広げた。そして、わたしの真っ白な昼食の中に、卵焼きと唐揚げをひとつずつ分けてくれた。

「いいの?」

 おずおず尋ねるわたしに、肩をすくめる。

「日々、白飯一択じゃ、栄養偏るでしょ」

 まず、【栄養】を考えてくるところが、さすがママだ。炊飯ジャーと電子レンジだけの台所を脳裏に浮かべる。ガスコンロは、今の家に引っ越した当日、耐えられなくなって撤去した。

「村主さんって、全く料理したことないんだっけ」

「うん。学校ってコンロしかなかったから、家庭科の授業ですら無理だったし。今度、簡単な料理教えてもらおうかな」

「大丈夫なの?」

「もちろん、火を使わなくていいやつ」

 佐倉さんは、傷ましそうな顔つきで微笑んだ。この反応にはもう慣れっこだけど、どんなリアクションをとるのが正解なのかは未だに分からない。

「ところで、架純《かすみ》ちゃん元気?」

 こんな時、子どもの話題はわざとらしくならなくて良い。

「元気、元気。うるさいくらい」

「毎日、顔合わせてたらうるさいのかな。わたしは小学校に上がって、あまり会えてないから寂しいけど」

「何日かホームステイさせようか。きっと、分かるから」

 本気の目つきに、口を閉じる。

「ま、架純も会いたがってたから両思いだ。そうだ。来月休みが被る日あったよね。一緒にランチでもどう?」

「行きたい!」

 わたしは、半ば被せ気味に返事をした。何ならこっちは、シフト表を見た瞬間に誘おうかどうか考えていたんだから。

「架純がいるからチェーン店しか無理だけど。ほら、いつもの駅前のファミレス」

「それがさ。良さそうな店、見つけたんだよね」

 昨夜、スマホを見ていた時に、ふっと引き寄せられるように目についたレストランだった。なるべく美味しそうな写真を選んで、佐倉さんのスマホに送る。

「店から徒歩圏内じゃん」

「そうなの。わたしも知らなかった」

「ファミレスと逆方向だから、気づかなかったのかな。ま、ここで決定だね」

 どれも美味しそう、と、料理の写真をスライドさせる佐倉さんを満足げに見た時。

「村主さーん、お客さまからのお問い合わせでーす」

 壁の掛け時計が、急に存在感を増した。「はーい」とだけ答えて、残りのご飯をかき込む。同じ動作をし始めた佐倉さんと目線で笑い合って、空になった弁当箱をミニサイズのトートバックに押し込んだ。

 今日はとっとと仕事を済ませて、真っ直ぐ家に帰ろう。何のストレスもない状態で、早く寝る、それが一番。

 わたしは急いで靴下を履き直した。

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