第75話 歪んだ愛
黒瀬宗一郎は奇跡を目にしたあの瞬間から、あの奇跡を追い求めていた。天才的な頭脳であの現象を考え、どういう原理なのか、彼女だけなのか、黒瀬宗一郎はあらゆる可能性を考えた。
黒瀬宗一郎は高校生になり、国内屈指の学校に通い、そこでもトップの成績だった。大学は国内一の脳研究をしている大学へ。当時脳研究のトップとされていた、穴巻仁の元で研究を行い、その後に自身の研究室を持ち、そこに穴巻仁も参入していった。
幼少期の奇跡以降、あの少女には出会えていない。あの衝撃をもう一度味わうため、脳の研究に没頭していた。
大学生活をしていたある日、研究をしている最中、脳の中にある、特殊な回路を発見する。それが[スペス回路]だった。スペス回路は人間の持つ可能性を引き出すための回路であり、俗にいう火事場の馬鹿力などがこれに含まれる。黒瀬宗一郎はあの当時の彼女の力はこれによるものだとはっきり断定する。
自分にも開くのとはできないだろうか。そんなことを研究していると、神経系の天才と呼ばれている女性が、研究室に入ってくる。名前は神城望。あの日の少女と同じ名前でだった、流石に他人だろうと、黒瀬宗一郎はその辺りの有象無象と変わらないと思っていた。
しかし、二人が研究室に揃ってから、スペス回路についての研究はみるみる進み、黒瀬宗一郎と神城望は親密な関係になっていく。
「望、ここなんだか…」
資料を見せながら黒瀬は問いかける。
「ここね。結構苦しいわよねこれ」
コーヒーを片手に資料を見ながら、二人で研究に励む。
そのまま何年かが経ち、黒瀬と神城望は結婚し、子供を授かる。学生ではあったが、黒瀬は天才的な研究家として、かなりのお金を稼いでいた為、苦労はなかった。
そして、黒瀬透——後に神城透となる子が産まれる。透は産まれた時からかなり弱っており、危篤状態になることもしばしばあった。
宗一郎は研究にしか興味がなく、透がどうなろうと、何も思わなかった。望は透を大事に育てて、宗一郎にも愛を持って接していた。
そんなある日、透がまだ小さい時、透が生命の危機に陥る。医者からすればあと一日持つかも怪しい状態だという。宗一郎は生命とはこんなに儚いものなのかと思っていたが、望は違った。宗一郎に全ての面会を遮断し、病室に透と二人にして欲しいと言ってきたのだ。宗一郎は興味がなかったが、生命が終わる瞬間を観察できるかもしれないと思い、同席をする。
望は透を抱き、黒瀬に向けて一言。
「宗一郎さん。これは誰にも言っちゃダメですよ」
懐かしい。とても懐かしい記憶が宗一郎に蘇る。
次の瞬間、望と透は白い光に包まれ、呼吸の細かった透は、正常に戻っていく。望は逆に、吐血し、呼吸が細くなっている。
宗一郎はこの瞬間に、人生で最も興奮していた。自身が探していた彼女が、自分の妻に、そして力を見せてくれたことに。
そこから、望は回復ができないまま、弱っていった。病院での生活に嫌気がさし、最終的には研究室に通いながら、回復を待った。周りには心配をかけまいと、透を実家に預け、宗一郎と二人で暮らしていた。宗一郎はとても優しく、全てをサポートした。しかし、宗一郎の助力があり、病院での治療をしても望は一向によくならなかった。透が大きくなる前に、望の希望により、宗一郎は望の脳だけを生かす処置を施した。
宗一郎は、この瞬間を待ち続けていた。かつて自身の感情を動かしてくれた力。それを持つ人物を研究できる、この瞬間を!
そこから宗一郎は望を水槽に入れ、身体が朽ちないように保存した。研究室の最奥にて、極秘に研究を行っていた。
宗一郎はそこで、スペス回路の正体、そしてそれに付随した能力の覚醒。これらにより、このつまらない世界を支配する計画までを考える。最終的に望を媒体とした、仮スペス回路覚醒装置を考案し、[Spes]と名づける。その開発が完了する前に、鷹見に研究がバレる。宗一郎は急遽自身を仮覚醒させ、その場を乗り切り、潜伏し、[Spes]、レクトルを完成させていく。
——語りを終えた黒瀬。透に説得するように話す。
「私は望を救いたかった。しかし、透に能力を使い、弱っていく望をこうして生かしてやることしかできなかった」
「透。すまなかった。私では、望を救えなかったんだ」
派手に涙を流し、後悔をするような表情を見せている。
俺はそれが真実であろうが、母を使い、ここまで世界を巻き込み、混乱を起こした黒瀬を許すことは出来なかった。
「それでも、俺はあんたを許さない」
「そうか…どうしても私を殺すのか。透」
「殺すんじゃない。母さんからあんたを止めて欲しいと言われたからここまで来たんだ」
「望が。そうか。なら私はお前を望と同じところに送り、この馬鹿げた世界を壊そう」
——世界の命運を賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。




