EP 9
親父の愛、息子の涙
「……これは、どういうことか、説明してもらえるか?」
ポポロ・マート(偽装王宮)のバルコニー。
竜王ドラゴラスの低く、地響きのような声が俺を真っ直ぐに貫いた。
広場では、帝国最強の将軍が、反乱軍の蹴り一発で白目を剥いて転がっている。
弁解の余地はない。皇帝たる俺の采配ミス、いや、キャスティングの完全な失敗だ。
「えーと、これはですね……我がポポロ帝国の、その……『実戦を想定した究極の抜き打ちテスト』でありまして……」
俺は必死に顔の筋肉を硬直させ、深夜のクレーム対応で培った『意味不明な言い訳で煙に巻くスキル』を発動させた。
「ふむ。抜き打ちテスト、だと?」
「左様です! 将軍といえど、慢心すれば足元をすくわれる! それを彼に身を以て教えるための、愛のムチ……」
――グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~ッ。
俺が必死に口八丁で誤魔化そうとした、その時だった。
バルコニーの隅から、雷鳴のような『腹の虫の音』が響き渡った。
「あぅ……。わたくし、限界ですわ……魔力もカロリーも、スッカラカンですの……」
ルナだった。
昨晩から『世界樹の建築魔法』と『純金の錬金術』、さらに『3万人の幻影コピー』という規格外の魔法を維持し続けていたエルフの王女が、ついにガス欠を起こして床にへたり込んだのだ。
「おいルナ!? 今ここで魔力が切れたら——」
俺が叫ぶより早く、眼下の『ポポロ帝国』に異変が起きた。
ポンッ、ポンッ、ポンッ!
広場を埋め尽くしていた『3万の精鋭(幻影)』たちが、シャボン玉のように次々と弾けて消えていく。
残されたのは、竹槍を持ってオロオロしている30人の村人たちだけ。
さらに。
パラパラと音を立てて、豪華絢爛な大理石の壁が枯れ落ち、元の素朴なレンガ造りの『ポポロ・マート』の看板がこんにちはと顔を出した。
そして極めつけは、広場の中央でギラギラと輝いていた『100メートルの純金イグニス像』だ。
ボフンッ!!
鈍い音と共に純金のメッキが剥がれ落ち、元の『廃材と鉄クズで作られた不格好な骨組み』へと戻ってしまった。
「…………」
「…………」
ドラゴラス夫妻は、一瞬にして『ド田舎の村』へと戻った景色を、無言で見下ろしていた。
終わった。
魔法が解けた。ハリボテ国家が、完全に崩壊した。
ニャングルはすでにバルコニーからロープを垂らして逃げようとしている。
「あ、いってて……顎が外れるかと……ん?」
広場で気絶していたイグニスが、ようやく目を覚ました。
彼は周囲の景色を見て、そしてバルコニーから見下ろすドラゴラスと目が合い――全てを悟った。
「ヒッ……!!」
イグニスは悲鳴を上げ、猛ダッシュでバルコニーへと駆け上がってきた。
そして、俺とドラゴラスの間に滑り込み、額を床に激しく擦り付ける見事な土下座を決めた。
「お、親父ィィィ! 違うんだ! これは……その……!」
「……何が違うのだ、イグニス」
ドラゴラスの声は、氷のように冷たかった。
イグニスはガタガタと震え、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ついに白状した。
「ご、ごめんなさいィィィ!! 全部、俺様の嘘だぁぁぁ!!」
イグニスの絶叫が響く。
「帝国なんてねぇ! 将軍でもねぇ! 3万の部下も純金の像も、全部ハリボテだ!! 俺様は昨日まで、公園の隣のボロ小屋に住んでるただのホームレスで……そこにいる兄貴に拾われて、村の自警団の団長をやってるだけの、ただのトカゲ野郎だぁぁぁっ!!」
隠し事なしの、完全な自白。
俺は無言で、手元にある『絶対破壊不能』のノートPCを構えた。
ドラゴラスが怒りでブレスを吐いた瞬間、俺が盾になってキャルルたちだけでも守る。その覚悟を決めた。
ドラゴラスは、土下座して泣きじゃくる息子の頭を、静かに見下ろしていた。
「……イグニス」
「ひぃぃぃっ! ご、ごめんなさ――」
「――ガッハッハッハッハッ!!!」
突如、ドラゴラスが天を仰ぎ、バルコニーが揺れるほどの豪快な笑い声を上げた。
「え?」
イグニスが間抜けな声を漏らす。俺も、逃げかけていたニャングルも目を丸くした。
「バカ者め。親が息子の『嘘』に気づかんとでも思ったか」
ドラゴラスは、目尻に浮かんだ涙を拭いながら笑い続けた。
「お前が手紙に書いた『部下3万人』の時点で、腹を抱えて笑ったわ。お前は昔から、自分の小遣いの計算すら満足にできんかっただろうが」
「あらあら、本当にねぇ。それに純金の像なんて、あの村一番のケチだったイグニスちゃんが建てるわけないもの」
母親も、コロコロと上品に笑っている。
バレていた。最初から、完全にバレていたのだ。
「お、親父……お袋……。じゃあ、なんでわざわざ、こんな辺境まで……」
呆然とするイグニスに、ドラゴラスは優しく、しかし力強い眼差しを向けた。
「お前がどんな馬鹿な暮らしをしているか、この目で確かめてやろうと思ってな。だが……まさかこれほど大掛かりな『馬鹿』をやらかすとは予想外だった」
ドラゴラスは視線を上げ、俺たちを見た。
そして、広場でオロオロしている村人たちへと視線を移す。
「……イグニスよ。お前は将軍でも、英雄でもなかった。ただの見栄っ張りの馬鹿息子だ。だがな」
ドラゴラスは、イグニスの肩にドン、と大きな手を置いた。
「お前の一つの『見栄』を守るために、これだけの人間が、エルフが、ウサギ耳の娘が、そして『皇帝』を演じた異郷の男が……一丸となって、ここまで本気で馬鹿をやってくれた。お前のためにな」
ドラゴラスの言葉に、俺たちは息を呑んだ。
「数万の兵を従える王など、この大陸にはいくらでもいる。だが、お前のためなら『一日だけの帝国』を本気で作ってくれる……そんな狂った、いや、愛すべき『友』を持つ男は、世界中を探してもお前だけだ」
「親父……」
「誇りに思え、イグニス。お前は国よりも、黄金よりも価値のある『最高の宝物』を手に入れたのだ。……立派になったな、我が息子よ」
竜王の、深く温かい声。
イグニスの目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁん!! 親父いいぃぃぃぃ!!」
イグニスは子供のように声を上げて泣きじゃくり、ドラゴラスの大きな胸に飛び込んだ。
ドラゴラスも、我が子の背中を優しく撫でている。
母親もハンカチで目頭を押さえていた。
……なんてこった。
ただのドタバタ偽装工作が、こんなにも美しい家族の感動巨編にすり替わってしまうなんて。
「ダイチさん……よかったですね」
キャルルが、俺の袖を引っ張りながら嬉しそうに微笑んだ。彼女の目にも涙が光っている。
ニャングルも「なんや、調子狂うわ」と照れくさそうに鼻をすぱすぱと擦っていた。
「ああ、そうだな。……まあ、色々と寿命は縮んだがな」
俺も、柄にもなく心が温かくなるのを感じていた。
村人たちからも、安堵の歓声と拍手が沸き起こる。
こうして、ポポロ村の偽装帝国事件は、竜王の寛大な親心によって、誰も傷つくことなく(イグニスの顎以外は)、美しく幕を閉じたのである。
……そう。
この直後、あの『強欲な女神』から、絶望的な請求書が届くことなど、感動に包まれた俺たちは知る由もなかったのだ。




