5話︰ダンジョン学
ボーナスポイントを使い切り、自室から1階の居間に移動する。
学校から帰ってきて、すぐに強化を施していたが思ったより時間が掛かっていたようで居間には本日の営業を終えて、店を閉めた父親が寛いでいた。
「おう、今日はダンジョンに行かなかったみたいだな」
「まあね、母さんが来たら話すよ」
「そうか」
家族の会話としてはぶっきらぼうに感じるかもしれないがこれでも俺は思春期であり、男同士の会話などこんなものだ。
また父親も今日、学校で何があったのか経験者として察しているようで余計なことは言わない。
程なくして夕食の準備が整い、話題的に家族団欒という雰囲気にはならなかったが事の顛末を語った。両親も学生時代に道具士の境遇に覚えがあるようで納得していたので明日からダンジョンを変えると報告した。
食後、ソロで探索することを心配する母親からダンジョン探索の心得を再度叩き込まれ、椅子でグッタリしていると父親が徐ろにアイテムボックスから巻き物を取り出して俺の前に置く。
「これは罠のスクロールだ」
話には聞いたことがあったが実物を見るのは初めてだった。
「先日、買い取ったんだが需要は少ないし、規制が厳しくてどうせ買い手がつかないからお前が護身用に持っていけ。一応、中身は中位の『大地の棘』が刻まれてる」
それだけ言うと父親はそっぽを向くが僅かに耳の先が紅くなった夫を母親は隣の席から笑顔で見つめていた。
俺も恥ずかしそうな父親のために言葉にはしないが巻き物を一度軽く持ち上げて、感謝を表してからアイテムボックスにしまう。
というのも父親は「どうせ買い手がつかないから」なんて言ったがこれは嘘だ。
なぜなら罠のスクロールはそれなりに需要がある。
基本的に使用すると誰彼構わずに発動する罠スクロールは協会から使用を厳しく制限されているがある特定の戦闘、階層の主フロアボス戦においては重宝されている。
一定のダメージを与えることが出来て、尚且つ任意の場所に設置することが出来ることから戦術に組み込みやすく、トップクランや上を目指しているパーティーなどに飛ぶように売れていると聞く。
俺が初めて見たというのも常に引き合いがあり、入ったら直ぐに売れていたからだ。
父親からの餞別を貰い、明日は1人で探索なんだから早く寝なさいと母親に口煩く言われながらもお風呂が沸くまでの間、テレビをつけて何気なく父親と見ていると今、若手で勢いのあるイケメン探索者なんかを紹介する番組が放送されていた。
この番組は何気に長寿番組だったりする。
『なんと!今回、ご紹介する探索者は17歳の現役男子高校生で〜す!』
新人と思われる女性アナウンサーが嬉しそうに紹介している。
この17歳の男子高校生は実力が認められて今年から大手クランと契約を交わした、いわゆるプロ探索者だ。
プロとアマの違いは単にクラン(スポンサー)から給料もしくは契約料が貰えるか貰えないかとランキングが表示されたかだけなのだが探索者は基本実力がモノをいう世界なので実力がなければ、クランには入れない。(その実力を示すものがランキングとされている)
中には探索の配信が人気でクランから勧誘を受ける探索者もいるらしいが本当に稀だ。
この17歳の探索者については地元が近いこともあって、俺も噂を幾つか聞いたことがある程の実力者と小耳に挟んでいる。
なんでも初めてのダンジョンで潜った時に運良く『雷魔法の宝珠』を得て、初めてのソロ探索で地下10階まで潜ったとか、そのまま階層ボスを苦戦することなく倒したとか。
レアな職業についているとか多くの噂があり、これらの経歴から伝説の探索者『陣内 陽輝』の再来なんて言われている。
初めての探索からトントン拍子でトップランナーへと駆け昇り、世界でも希少な雷魔法の使い手。
そんな彼、御神 健士が嫉妬混じりに付けられた異名は確か『東洋の雷神』。
その通り名や実際に戦闘を見た者が少ないことから妬み嫉みを受けて、最近ではネット上で詐称なんてよく叩かれているのを見かける。
ランキングは現在886位のCランクとテレビ画面の縁に表示されているが今年中にはBランクでもある500番台を切るのは確実と言われており、将来的には『Sランク』と言われる30位内にもいけると言われている探索者界隈の超新星だ。
相手はバリバリの戦闘職、それに対して俺はバリバリの補助職。比べること自体、お門違いだが歳が近いだけに意識してしまうのは若さの証だろう。
「颯夜、気にするな。お前にはお前の探索がある」
どうやらテレビで見ていた俺の顔が険しくなっていたことに気付いた父親が気を利かしてくれたが…。
「べ、別に気になんてしてないしっ!」
何回も言うが俺は思春期真っ盛りの男子高校生だから強さに憧れがある。口にはしないが…。
「ほら!お風呂沸いたからさっさと入って来なさい!」
思春期だろうと母親には敵わないと再認識すると俺は大人しくお風呂に向かうのであった。
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翌日、学校であった友人達はまだ負い目があるのか少し余所余所しかったが昼までには関係は戻っていた。
午後からの授業は週に一度のダンジョン学の日。ダンジョンが日常の当たり前となってから高校の授業に追加された学科だ。
他にも魔導学なんてものが増えて、大学の入試にも出る。その代わりに割を食ったのが英語の授業だ。
まあ、今の時代同時翻訳機なんて当たり前になってしまったからわざわざ覚える必要がなくなったとも言える。
さて、ダンジョン学ではどのような内容を勉強するかと言えば、ダンジョンの仕組みや歴史だ。
ダンジョンが出来てから50年。色々な事が解ってきている。
例えば、ダンジョンにダンジョンマスターは存在して居るのかなんてね。
答えは存在するだ。
「このようにダンジョンにはダンジョンマスターなる者が存在している。そして、この地方で最も有名なダンジョンマスターは誰だ?藤君、答えてくれるか?」
「はい。この地方で最も有名なダンジョンマスターは名古屋城をダンジョン化した『御影優斗』です!」
「そうだ。座っていいぞ」
御影優斗、約50年程昔に人類で初めてダンジョンコアを手にしたこの地方出身の人物。
彼の人生は順風満帆とは言えなかったと伝えられている。
ダンジョン黎明期に両親を失い、それでも懸命に探索者として活動していたという。
しかし、ダンジョン歴がフェイズ2に移行してから激動の時代、各地にダンジョンがいくつも発生し彼を取り巻く環境に変化が起こる。
失意の中、彼は親しい仲間を守る為、ダンジョンコアを使い自らをダンジョンマスターに変えたと言われている。
そして、その力で持って地域を平定した。だがその力に目を付けた政府関係者と揉めて、人々の前から消えた。
正確には自身がダンジョンに変えた名古屋城から出て来なくなったという。
その後、名古屋城は探索者を拒む難攻不落のダンジョンとしてこの地に名を馳せる。
「今、日本にはダンジョンマスターになった者達が50人以上いる。中でも危険なダンジョンは東京ならスカイツリーダンジョンや大阪の大阪城ダンジョン、そして藤君が言った名古屋城ダンジョン、他にも各地域、北海道、東北、関東周辺、中部、近畿、中国、四国、九州などにも危険なダンジョンはある。危険とされるダンジョンには間違っても入らないように!」
「「はいっ!!」」
ダンジョンの歴史はまだまだ浅いが一つ一つのダンジョンマスターには物語がある。




