8 [シルヴァン] 遠征で初めて反撃を受ける
愛妻から預かった手紙と指輪は、翌日、職場の自室の金庫にしまった。魔力認証がかかっているから、考え得る限りもっとも安全な場所だ。
(卑劣なことを……)
どうにも怒りが収まらないのは、自分が狙われたからではない。彼女は気づいていなさそうだったけれど、彼女が捨てゴマになる計画だからだ。
手紙の最後には、手紙を燃やすようにと書かれているそうだ。証拠を消して、彼女の単独犯として罪を被せるつもりだったのだろう。
そうでなかったとしても、実行犯の彼女が極刑を免れる手段はない。
実家からの指示に従わず、自分を守ってくれたことは、結果として彼女自身を守ったことになっている。
彼女から渡された証拠をもって彼女の実家を取り潰すことはできる。けれど、それはきっと彼女を傷つける。
(他の方向からほこりが出るといいのでしょうね)
証拠はいったん保存して、別の糾弾理由を探せるのがベストか。その方向で動くことにする。
屋敷に届くものへのチェックはより入念にさせることにした。彼女宛てだけでなく、彼女の付き人たちに宛てたものもだ。
害意から彼女を守るためにも必要だと判断した。
部屋がノックされる。入室を許可すると、副団長が入ってくる。
「シルヴァン、次の遠征だが……」
気がつけば、ノアが来てからひと月以上経っている。下準備は整った。頃合いだ。
「行ってらっしゃいませ」
「はい。できるだけ早く帰ってきますね」
そっと彼女にキスをする。離れがたいけれど、今は離れた方が彼女は気を抜けるだろうか。
「今回の遠征先なのですが」
「はい」
「5人目の花嫁を私に取られた、老いたヒキガエルを降してきます」
冗談まじりに言ったら、ノアがクスッと笑った。
「はい。あなたの花嫁になれて、とても幸せです」
屈託のない笑顔を向けられると、全力で行きたくなくなりそうだ。もう一度だけ思いを重ねて、後ろ髪を引かれながら出発した。
手筈はいつも通りだ。いつも通りに片づくと思っていた。
「今から私の力を示します。この地を更地にされて占領されるのと、平和的に我が国に降るのと、どうぞお好きな方をお選びください」
慣れた言葉を拡声魔法で伝え、王宮から見える位置にある魔物の領域の一部を消滅させる。これで自分の仕事は終わる、はずだった。
「囲め! 怯むな!」
王宮付近から複数の魔法師が飛んできて、指揮官らしき男が叫んだ。
「あいつはもうほぼ魔法が使えないはずだ!」
「っ……!!!」
向けられる複数の攻撃魔法をかわしながら考える。
(どこから……)
そのことは付きあいが長く信頼を置いている一部の部下しか知らないはずだ。それも、任務の遂行上必要だから明かしているに過ぎない。外に漏らして妨害するメリットがない。
(ノア……?)
そんなはずはないと思うけれど、ここしばらくで新しく話したのは彼女だけだ。2人きりの密室だった。
「本当に反撃されないな、いけるぞ!」
避けることに専念していたら、そう認識された。ため息が出る。
「空に輝く一番星」
強力な閃光を発する魔法を打ち上げる。
「ただの威嚇だ! 気にせず追いつめろ!」
(この程度の実力でよく言ったものですね)
新たに魔法を使うまでもない。苦もなくかわせるのに、追いつめられるはずがないとは思わないのか。
避けつつ王宮から離れていく。調子に乗って追ってきた1人が、こちらの後ろから放たれた魔法で捕らえられた。
「やっと俺たちの出番だな」
「はい。お願いしますね」
副団長をはじめ、部下たちがずらりと並ぶ。敵国の魔法師たちが衝撃を受けたように固まった。
「どこから何を勘違いしたのかわかりませんが。私は魔法師団長です。本来的には指揮官なんですよ」
敵方に告げてから、味方に宣言する。
「魔法師団長シルヴァン・ドゥ・オージェンタムが許可します。交戦の意思がある者に対しては、好きなだけ暴れてください」
部下たちが嬉々として飛びだして、次々に相手を血祭りにあげていく。戦局を俯瞰して、乱戦になりそうなところには指示を出す。
部下たちが楽しそうなのはいいが、どうあってもお互いに無傷とはいかない。
「まったく……。こうなるから戦いは避けたかったんです」
ため息ばかりだ。
予定より平定に時間がかかったことで、帰宅が一晩遅くなった。
(今回は疲れましたね……)
宿題もある。どこから自分の魔法の話が漏れたのかを確かめないといけない。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさいっ!」
ノアが飛びついてきて、すり寄られる。一瞬で、心を覆っていた暗雲が霧散した。
「帰りが遅くなるという連絡を受けて、何かよくないことが起きたのではないかと心配していました。無事でよかったです」
そう言う彼女は心底嬉しそうだ。もし犬のしっぽが生えていたら、全力で振られている気がする。
よしよしと頭を撫でる。幸せそうに目を細めるのがかわいい。
「初めて反撃を受けまして」
「え」
彼女の瞳が心配そうに揺れる。
「おケガはありませんか?」
「はい。私は特には」
「よかったです。あ、でも、『私は』ということはケガをした人もいるのですか?」
「そうですね。抵抗を受けたので、今回は無血開城とはいきませんでした」
「シルヴァンのあの魔法を見て、戦おうだなんてあまりに命知らずですね。驚きました」
そう言う彼女にはなんの気負いもない。
(間違いなく、ノアではなさそうですね)




