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7 幸せな日々に浸食する害意


 あの日からシルヴァンが目に見えて甘くなった。

 おはようも行ってきますもただいまもおやすみも、ぜんぶ必ずどこかにキスをくれる。

 昼休みも飛んで帰ってくるようになった。文字通り、空を飛んで最短で帰っているらしい。

 休みの日はずっと一緒だ。

 初めから大事にされていたけれど、今は愛されていると思う。

(こんなに幸せでいいのかしら……)


 お前は幸せだ。衣食住に何も困らない、一国の姫なのだから。

 そう言われていた時には「幸せ」がわからなかった。わからない自分がおかしいと思っていた。

 誰かからお前は幸せだろうと言われるのが幸せではないのだろう。


 今は、すべてが満たされている。

 だからこそ、やっぱり怖いとも思う。


「私は貴女を信じます」

 シルヴァンはそう言ってすべてを明かしてくれた。


 自分はどうなのかというと、むしろ怖くなっている。

 彼を信じられないわけではない。けれど、ほんの少しでも彼を失う可能性が怖い。

 ふとした瞬間に、自分には愛される価値がないことを思いだしては、必死に振り払っている。


 右手の小指のヘビのような指輪。

 これは祝福でもあって呪いでもあるのだろう。



「そういえば、あまり遠征には行かれないのですね」

 いくらか経ったころに、不思議に思って尋ねた。2人きり、夜のむつみごとの後だ。


「行ってほしいですか?」

「いえ。わたしは行かれない方が嬉しいですが」

 離さないようにぎゅっとして、尋ねた理由を加える。

わたしの国(アウラム)に来られた時は一瞬で片がついたので。あの調子なら、あっという間に世界征服ができるのにって」


「そうですね。くだらせるだけではなく、その先があるので。後処理と、次への下調べと準備で、最低1ヶ月はかかります。

 それと……、これは本当に信頼している部下しか知らないのですが。

 実は、あれほど大規模な魔法を使うと、完全に回復するのに1ヶ月くらいかかるんです。もちろん、すぐに使える魔法はかなり限られます」

「え」


 思いもよらない告白だった。

「軽々使っていたものとばかり」

「はい。そう見せていますから」

「けど、そうすると、反撃されたら戦えませんよね?」

「どんな生き物でも、威嚇いかくというのは戦いをけるためにすることです。私は戦いは嫌いですし、できるだけ血を見たくありません。そのために全力で威嚇しているんです」

「そうだったんですね」


 なんとも彼らしくて、愛おしい。

 そのおかげで完全な無血開城だった。何ひとつ被害が出なかったのは彼が彼だったからだ。



 幸せで平和な日が続くと思っていた。


「姫様」

「わたしはもう姫様ではありません、エミリー」

「ご実家からお手紙です。プレゼントも添えられています」


 ゾワッとした。

 すごくイヤな予感がする。


 先に手紙を開ける。自国の古語で書かれているのは、検閲があっても簡単には内容を知られないようにするためだろう。


 意味を読み取って倒れそうになる。踏みとどまりながら、慌ててエミリーが持っている小箱を開ける。

 中には手紙で言われたとおりのものが入っている。足が震えて、そのまま崩れ落ちた。



 仕事から帰ったシルヴァンを迎える。


「ノア? 真っ青ですよ。何かありましたか?」


 心配そうに尋ねられて、涙があふれるのを止められなかった。

「ノア……?」

「ごめ、なさい……。ごめんなさい……っ」

 彼の腕にすがって泣きじゃくる。


「……何があったのですか?」

 尋ねる声は自分ではなく、使用人たちに向けられたようだ。どことなく怒っているようにも聞こえる。


「いつもと違うことがあるとすれば、ノア様のご実家からのお手紙と宝飾品をノア様の付き人に渡したことくらいでしょうか」

 執事が思い出すようにしながら言った。

「私には読めない言葉と、珍しいデザインの指輪でした」


 シルヴァンの視線が戻ってくる。

「ノア……?」

「シルヴァン……」

 彼を裏切りたくない。

 けれど、実家を裏切るわけにもいかない。

 いっそ自分がいなければ、彼に危険が及ぶこともないのにと思ってしまう。


「……なんと書いてあったのですか?」

 首を横に振る。言えるはずがない。


 うまく取り入って籠絡ろうらくしたことだろうという下卑げびた言葉に、彼の暗殺指示(・・・・・・)が続いていたなんて。

 添えられていた指輪には、知らないとわからない形で毒針が仕込まれていた。


「……わかりました」

 シルヴァンが肩を落としてそう言った。

 隠せる場所なんてそんなにない。捜索されて見つかって、内容が解読されたら、こんな危険な女は置いておけないと実家に帰されるだろう。

 彼のためにはその方がいい。帰ってから自分に指輪を使うのがいいだろう。生きる喜びを知った自分はもう、あの場所では生きられない。


「貴女が話したくなったら教えてください」

「え……」

 続いた彼の言葉が予想外すぎた。

「隠していて、いいのですか……?」

「言いたくないことのひとつやふたつ、誰にでもあるでしょう。貴女の様子は心配ですが、私は私にできることで貴女を安心させられたらと思います」


 再び涙があふれる。冷たかったさっきまでと違って、とても暖かい。



 2人きりになってから、彼に手紙と指輪を渡してすべて話した。


「なるほど……」

 受け取った彼が指輪のギミックを確認して顔をしかめる。

「ごめんなさい……」

「貴女が謝ることではありません。このくらいは想定内です」

「え」


「本来なら貴女宛のものを執事が改めるのはいいとは思いません。が、私の身の安全のためだと言われると止められないのです。

 私は命を狙われて当然な立場にいますから。貴女の祖国に限らず、私さえいなければと思っている人は多いでしょう」

 それはきっと事実だ。否定できない。


「むしろ……、貴女を引き裂くような、辛い思いをさせてしまってすみません」

「それこそシルヴァンのせいではないじゃないですか……」

 彼が目を細めて、そっと撫でてくれる。


「これは私が預からせてもらっても?」

「はい。それはもちろん」

 彼に話すと決めた時点で、そのつもりでいた。自分のところにあっても持て余すだけだ。


「ありがとうございます。貴女が貴女の意思で、こうしてくれたことに感謝します」


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