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6 シルヴァンの仮面の下


 休みの日でもできる範囲の手配を終えて、シルヴァン様が帰ってきたのは暗くなってからだった。


「お疲れ様でした」

「はい。疲れました」

「ふふ。あとはゆっくりしましょう」

「すみませんでした。せっかくのデートだったのに」


(デート……!)

 その響きはどことなく甘い。彼がそのつもりだったことが嬉しい。


「またしましょうね、デート」


 少しの驚きの後に、シルヴァン様が「はい」とうなずいてくれる。それだけで十分だ。これから時間は十分にあるだろう。


 夕食を食べながらこれからの話をして、身支度を整えて寝室に入る。魔法道具の灯りがベッドの横で小さく揺れている。

 いつものようにぎゅっとして甘えたけれど、いつもより彼の元気がない気がする。


「あの、もし聞かれるのがイヤなら答えなくていいのですが」

「なんですか?」

「シルヴァンは『奴隷』という言葉をよく使いますよね。奴隷制を滅ぼしたいとも言っていましたし。何か理由があるのですか?」


 ぎゅっと、抱きしめてくれる腕に力がこもる。

 すぐに返事がないのは、やっぱり話したくないことなのだろうかと思っていると、彼が小さく息をついてから静かに続けた。


「貴女には話しておいた方がいいでしょうね。上の世代には知っている人も多いので、いずれ耳に入るでしょうし」


 彼が話してもいいと思ってくれたことが嬉しくて、そわそわと次の言葉を待つ。


「私は……、子どものころにかどわかされたことがあります」

「かどわか……、誘拐された、ということですか?」

「はい。ドゥ・オージェンタムの家は、代々優秀な魔法師を排出している家系です。そのため、公爵家の中でも最も権力を持っていて。それをこころよく思わない人はそれなりにいます」


「他の公爵家がシルヴァンを?」

「わかりません。犯人は未だに明るみに出ていないので。

 今伝えるべきはそこではなく……、かどわかされた私は身分や名を奪われ、他国の不法な奴隷商人に売られました。そして、6歳からの数年を奴隷として過ごしました」

「え……」


「両親があきらめずに探しだしてくれなければ、ここに私はいなかったでしょう。あれは人間が受ける扱いではありません。人としては扱われない世界です。

 私の顔の古傷も……、人の顔に硫酸をかけたらどんな反応をするのかを見たいと、笑いながらかけられたものです」

「そんな……っ」


 彼がいた場所に比べれば、自分はまだずっとマシだったと言えるだろう。せいぜいが、「役に立たない手はいらないな」と言われて火で焼かれたくらいだ。すぐに国付きの魔法師が治してくれたから傷は残らなかった。


(マシ……?)

 思ってから疑問が浮かぶ。程度の話なのだろうか。


「人と奴隷の差は、その自由意志が尊重されるかどうかです」

 最初の夜に、彼はそう言っていた。


(自由意志……)

 ふいに、その意味がわかった気がする。

 奴隷の時の彼も、自分も、そうされたくてされていたわけではない。自分が望んだものではない。今日会った子どももそうだ。


 今、なんとなく彼の元気がないのは、彼が滅ぼしたいものがまだこの国にさえ残っているのを目の当たりにしたからだろうか。


「シルヴァン……」


 この人が好きだ。

 その傷も痛みも気高さもぜんぶ。


 ゆっくりと動いて、彼の頭を胸に抱きこむ。いつもとは逆の体勢だ。今はこうして、彼を撫でたくなった。


 抵抗はない。むしろどこか甘えるように顔を寄せられる。


「……仮面があると冷たいでしょう」

「そうですね。少し」

 確かにそのとおりだから、小さく笑ってうなずいた。


「ノア」

 優しく呼ぶ声とともに、彼が少し身を起こす。


「私は貴女を信じます」


 決意の言葉とともに彼が仮面を外す。

 ひたいの広い範囲とそこから少し流れたようなヤケドの跡がケロイド状になっている。


みにくいでしょう?」


 尋ねる彼の傷にそっと触れて、優しく唇を触れさせる。


「いいえ。あなたの生き方は美しいと思います」


 彼の瞳が熱を帯びて、次の瞬間には唇が重ねられた。

「少しでもイヤだと思ったら抵抗してください」

 イヤなはずがないと思いながら彼に触れる。


 この晩、シルヴァンと本当の夫婦になった。



   ***



(なんだかすごくふわふわする……)

 寝て起きてもまだ夢の中にいるみたいだ。窓から差しこむ光がまぶしい。


「おはようございます、ノア」

「おはようございます、シルヴァン……?!」


 驚いた。

 彼が仮面を外していることに、ではない。それは昨夜ゆうべ、確かに外されて、素顔を見せてもらっている。

 見せてもらったはずだった。


 そこにいるシルヴァンは確かにシルヴァンなのに、誰もが振り向きそうなキレイな顔をしている。

 顔の傷がない(・・・・・・)


「えっと……、わたし、昨夜ゆうべは夢でも見たのでしょうか。それとも今、夢を見ているのでしょうか」

「いいえ? 貴女が見たのはコレでしょう?」


 そう言って、彼がいつもの金色の仮面をつける。それからそれを外すと、昨日見たのと同じ傷が戻っている。


「この仮面は魔法道具で。一時的に見た目を変える効果も付けています。

 通常、回復魔法や回復薬では古傷を直せないのですが。連れ帰られてから魔法と魔法薬と魔法道具を駆使して、元の傷は自分でなんとかしたんです」

「え」


 それならもう仮面は必要ないではないか。普段から仮面をつける必要も、傷がある顔を作る必要もないはずだ。

 そう思ったのが伝わったのか、彼が手で顔の傷を撫でて消しながら苦笑する。


「傷のある私を見た時と、治した顔を見せた時の周りの反応があまりに違ったのが気持ち悪すぎて。

 人間不信というか……、キレイな状態の私に寄ってくる人を信じられなくなったんです。それで、治したことをなかったことにしました。

 貴女を試したのは、すみません。ただ、私には必要なことで……。

 けれど、もう、貴女の前ではどちらの仮面も必要ないと思いました」


(そっか……)

 彼のその感覚は、とてもよくわかる(・・・・・・・・)

 

「あなたがもう痛くないなら、わたしは嬉しいです」


 へにゃっと笑ったら、ベッドに押し倒された。


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