5 暴力はしつけではなかったらしい
次の週、休みに2人で出かけることにした。
出かけたいかどうかや、どこに行きたいかを聞かれたのは初めてだ。実家では、出かけるからついてこいという感じで、行く前に行き先がわかることすらなかった。
貴族の視察ではなく、お忍びで街に溶けこむような外出がしたいと言ったら、それも楽しそうだと笑って手配してくれた。
ブランチを終えて、さて出かけようという時に、知らない青年がやってくる。10人いれば1人くらいはいそうな、よく見るような顔だ。
「えっと……、どなたですか?」
「私ですよ、ノア」
「え、シルヴァン様?!」
「様はいりません」
「すみません。驚くとつい。お顔を初めて拝見するのと、髪の色や長さも違うのでまったく気づきませんでした」
今までは仮面に隠れていたとはいえ、顔立ちも口元もだいぶ違う気がするけれど、うまく表現できない。心なしか背も低くなっている気がする。
「仮面をつけていると目立ちすぎますから。容姿を変える魔法道具を使っています」
そう言って腕輪を見せてくれる。
(容姿を変える魔法道具……)
かなり珍しいものだと思っていたけれど、彼ほどの立場になれば手に入るのだろう。
「この姿の私と出かけるのはイヤですか?」
「いいえ。不思議と親しみを感じます」
「それは……、喜んでいいのか難しいところですね」
「ふふ。いつものシルヴァンの方がもっと好きですよ」
何気なく言って、言ってから言ったことに気づいて恥ずかしくなる。
ちらりと見ると彼も気恥ずかしそうだ。仮面がないぶん、表情がわかりやすい。
「……行きましょうか」
「はい……」
差し出された手に手を重ねる。嬉しいような恥ずかしいような、あたたかさと熱さが同時にあるような、なんだか幸せな感覚だ。
王都の繁華街は活気があって賑わっていた。祖国とは空気感が違う。誰もが楽しく生きているような笑顔だ。
「これはなんですか?」
「ああ、それは……」
そんなやりとりも多い。果物も軽食も小物も、見たことがないものばかりで楽しい。
「時々視線を感じるのは気のせいでしょうか」
シルヴァン様が容姿を変えているとはいえ、貴族だというのが伝わってしまっているのではないかと思って尋ねた。
「それは……、ノアがとてもキレイだからだと思いますよ」
「なるほど……」
(この容姿なら確かにそうかもしれないわね)
祖国の王宮でも感じていた視線だ。あそことここは違うと思っていたけれど、変わらないこともあるのだろう。
「嬉しくなさそうですね?」
「……そう、ですね。表面だけを見られるのはあまり好きではありません」
せいいっぱい言葉を選んで答えた。
「なるほど?」
受けた彼がどことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。
次の瞬間、彼がハッとしたように顔を動かす。視線を追うと、ボロを着た子どもの背が見える。小さくて細く、まだ6、7歳くらいの大きさだ。
「追います。すみませんが、このあたりで待っていてください」
「え」
突然のことに、何が起きたのかわからない。
駆け出した彼の背を一度は見送って、それから思い直し、見えなくなる前に追いかける。
細い路地を何本か入り、曲がって、ひと気がなくなったところで足が止まる。
シルヴァン様が魔法で子どもを拘束していた。鈍く光っていた魔法の縄が、普通の縄の見た目になっていく。
「放せ! 人さらい!!」
彼の背がわずかに震えた気がした。それが気のせいだと思うような、落ちついた声が続く。
「財布をスりましたよね。私はあなたを警備隊まで連れて行かなくてはなりません」
「なんの証拠があって!」
「あなたの持ち物を改めてもらえばすぐにわかるでしょう」
「貧乏人が金持ちから分けてもらって何が悪いんだ!」
「それはあなたにそうさせている大人の言葉ですか?」
静かに尋ねているのに、断固として許さないというように聞こえた。
「うちの息子に何しとんや?」
古びたドアが開いてツンとしたゴミの臭いがした。出てきたのは赤ら顔の男だ。やや大柄で、シルヴァン様を見下ろしながら指をポキポキと鳴らしてくる。
(お酒が入ってる……?)
少し離れた位置からでもそう見える。
シルヴァン様が一切怯まずに答える。
「窃盗の現行犯です。警備隊に連れて行きます」
「アァ?」
ガラの悪さが全面に出た表情になってから、
「何ヘマしとんじゃワレ!」
男が怒鳴りながら子どもを蹴飛ばした。子どもの体が跳ねて、口から血が出る。
「なっ……」
自分の声とシルヴァン様の声が重なる。
「ワシがよう言うて聞かすんでここは見逃し……」
「大地の癒し。拘束する蛇の縄」
男が言い終わる前にシルヴァン様が魔法を唱え、子どもを回復して、男を拘束した。
「ワレ魔法師かっ! なんでワシまで!」
「暴行の現行犯です」
何事かと、ガヤガヤと人が集まってくる。
「暴行やない! しつけや!」
「いいえ。それはしつけではありません。暴力に子どもへの教育効果がないことは証明されています。支配して親の奴隷にするだけです」
(ぁ……)
腑に落ちすぎてゾワッとした。
親が正しくて子どもは間違っているから一方的に言うことを聞かせる。それ以外の理由で手を挙げられた記憶がない。そして、素直に、自分が間違っていると思ってきた。
(しつけじゃなくて、支配……)
あれもこれもそれも全部。ぶわっと記憶と感覚がつながる。
「我が国はそれを禁止しています。どうやらその子に必要なのは連行ではなく保護のようですね」
「一介の魔法師が偉そうに」
シルヴァン様が深くため息をついて、姿を変える腕輪を外す。
わずかな光に包まれて、いつものシルヴァン様の姿に戻る。仮面や服装も魔法道具で変えていたようだ。
「シルヴァン・ドゥ・オージェンタムが、公爵家と魔法師団長の名の下にここに宣言します。
不適切な養育環境にあるすべての子どもを国の庇護下に置き、本来の能力が発揮される未来を作り出すことを」
(シルヴァン様、カァッコイイ!!!)




