09.悪魔(1/2)
カインは、壇上のレイチェルを見て、にっこりと微笑んだ。
「まさか、ここで同族に会うとはね」
レイチェルが、口が裂けんばかりに口角を上げた。
彼女のピンク色の目が、血のように赤く染まる。
彼女はニヤリと笑うと、隣のパーカーに囁いた。
パーカーが虚ろな目でうなずくと、大声で叫んだ。
「王族である私からの命令だ! 全員、建物内に入れ!」
人々は戸惑いの表情を浮かべた。
一体どういうことだ、という声が上がる。
しかし、どことなく虚ろな表情で移動し始める人々が出始めたのを見て、彼らも渋々それに従い始めた。
アイリーンは、傍にいた7人を「先に行っていて」と避難させた。
壇上のレイチェルから目を離さないカインの横に立つと、小さな声で尋ねる。
「これはどういうことですの?」
「あの女は悪魔です。もう隠す気がなさそうなので、今のお嬢様なら見て分かるのではありませんか?」
そう言われて壇上を見て、アイリーンは思わず息を呑んだ。
彼女を取り囲む何かは、カインと同じ黒色だ。
「こ、これからどうなるの?」
「相反する悪魔が会った時の選択肢は1つしかありません。食うか食われるか、です」
レイチェルを見ながら、カインが冷静に答える。
アイリーンは目を見開いた。
脳裏をよぎるのは、エルミナスの言葉だ。
『契約を結ばなければ、アイツは損なわれていくはずだ』
『今の状態で、アイツは長くは生きられない』
カインはこっちに来てもう3か月以上経つ。
その間損なわれたものが多いとするなら、とてもまずい状況なのではないだろうか。
(……それに、あっちの悪魔の方が、黒色が濃い気がするわ)
もしも黒の濃さが強さを表すなら……。
アイリーンは頭から冷や水を浴びせられたように立ちすくんだ。
カインが負けてしまうかもしれないと思うと、これ以上ないほどの恐怖を覚える。
周囲の人が疎らになる中、アイリーンは必死にカインの腕にしがみついた。
「カイン、わたくしと契約しましょう! 先生から聞きましたわ! 契約を結んで初めて、悪魔は本来の力を発揮できるって!」
悪魔が目を細めた。
「……お嬢様は、契約の意味が分かっているのですか?」
「もちろん分かっているわ!」
悪魔との契約の対価は、己の魂のみだ。
「でも、わたくし、あなたに死んで欲しくないの!」
必死で言いすがるアイリーンの髪を、カインが優しく撫でた。
その頭にそっと口づける。
「では、絶対に捕まらない場所に避難してください。契約者であろうあなたは一番狙われやすいですから」
「で、でも……」
「1度くらい私のお願いも聞いてもらえませんか。私も……、あなたに死んで欲しくないのです」
真剣な赤い瞳に見つめられ、アイリーンはのろのろとカインから手を離した。
自分がここで頑張る方が、彼の邪魔になると悟ったからだ。
彼女は「絶対に勝つのよ」と言うと、急ぎ建物の中に入った。
すぐに人混みに紛れると、テラスに鈴なりになっている人々の隙間から裏庭をのぞく。
彼女の視線の先で、レイチェルが壇上から飛び降りる。
口角を上げながら悠然とカインに近づくと、一気に襲い掛かった。
ガキンッ
鈍い音が裏庭に重く響く。
観客から悲鳴が上がった。
「あれ、爪が伸びてるわ!」
「なんて力なんだ!」
「あの姿、まるで悪魔じゃないか!」
2人の悪魔の激しい打ち合いをながめながら、アイリーンは必死に頭を働かせた。
カインに死んで欲しくない、自分は何かできないのか、と懸命に考える。
そして、彼女はひらめいた。
カインは、契約者が狙われやすいと言っていた。
エルミナスは、カインがぐるぐる巻きになった契約者を連れて来たと言っていた。
(つまり、契約者を探し出してグルグル巻きにすればいいということですわ!)
アイリーンはスカートをたくし上げると、駆け出した。
1階の会場を出て、地下の物置に行くと、何度も体当たりして鍵を壊して中に入る。
そして、丈夫そうな綱の束を手に持つと、走って会場に戻った。
(あっちの悪魔の契約者は誰なのかしら)
ここにいない可能性ももちろんあるが、何となくいる気がする。
(……もしかして、ネビル辺境伯かしら)
そうは思い当たるものの、辺境伯を実際に見たことがないため、中年の男性であること以外分からない。
(もう、あの方法で探すしかないわ)
エルミナスの契約印は、手袋の上からでも不思議な光を放っていた。
あの光を放っている人を探そう。
アイリーンは、会場の端から注意深く人々を観察し始めた。
裏庭では、悪魔たちが凄い音を立てて戦っており、テーブルや椅子が吹き飛んでいる。
人々に逃げられたらどうしようと思うが、王子がどうやら逃げた方が危ないと引き留めたようで、逃げたそうにしている人は多いが、実際に逃げている人はいない。
(好都合だわ、殿下もたまにはいいことするわね)
目を皿のようにして、契約者を探すアイリーン。
裏庭では、カインとレイチェルの戦いがどんどん激しさを増している。
(急がないと!)
アイリーンは、焦る気持ちを押さえつつ、冷静に探し続けた。
隅々までくまなく探すが、それらしき人物が見つからない。
(……もしかして、ここにはいないのかもしれない)
自分だったらたくさんの人々に紛れようと考えるが、辺境伯はどこかに隠れることを選択したのかもしれない。
早く探さなければと、アイリーンは部屋を飛び出した。




