ぼくと最強の剣
ぼくはいつものようにお祖母ちゃんの家に上がり込むと、ゲームの画面を見せて質問を投げた。
「このさ、『エクスカリバー』っていろんなゲームに出てくる剣なんだけどさ、元ネタってなんかあるの?」
お祖母ちゃんは手に持っていた文庫本を机に置くと、腕を組んで考え込む。
置かれた本の帯には「恋に落ちました」とか「運命の人」とか書かれている。お祖母ちゃん、恋愛ものも読むんだ……そりゃそうか、なんでも読むものね。
勝手に納得しているぼくを放って、お祖母ちゃんはブツブツいいながら本棚の前をうろうろし始めた。
「これは『アーサー王物語』を渡せば正解なのかしら。ちくま文庫にするか、偕成社文庫の方が……いえ、アーサー王伝説を俯瞰して説明するなら物語よりも資料的な方が」
「元ネタになる本があるんだね? そっちでも強い剣だったりするの?」
お祖母ちゃんが脳内検索モードになって帰ってこなくなったので、IHの湯沸かしポットに水を入れてボタンを押す。しばらく待つと沸騰したので、急須に新しい茶葉を入れて少し蒸らす。湯呑を二つ出して、持ってきた一口羊羹と一緒にサイドテーブルに並べた。
「お祖母ちゃん、お茶入れたよ」
呼びかけるとようやく意識が戻ってきたようだ。おばあちゃんに本の話を振ってしまうと、よくこうなる。
「天ちゃん、とりあえずこれだけあるんだけれど」
ドサドサと本を積み上げる。五冊、三冊、一冊、大判のを一冊。どんどん増える。
「待って、待ってお祖母ちゃん。いったんストップ。ストーップ!」
ぴたりと止まる。
「エクスカリバーって、このアーサー王っていうシリーズが元ネタなの? それで、いっぱいあるっていう事?」
「そうね、伝説……神話に近いわね。物語としてもかなり古いから、派生した物語も多いし色々な話の元ネタになっていたりするの。だからゲームや漫画でも見かけるのかも」
「エクスカリバー以外にも?」
「聖杯とか、円卓の騎士とか、ここをモチーフの元にしている作品は多いと思うわ。大元っていう訳でもないし、モチーフのモチーフみたいに孫引きになっているケースもあると思うけど」
「へぇ~」
積み上げられた本の中に、架空の武器の解説本があったので手に取る。ページをめくってみるとエクスカリバーの出展元、由来や来歴、能力。そして作中に登場する作品の一覧などが出てくる。
「うん、これでいいや。こういうのが見たかったんだ」
「あら、アーサー王の物語じゃなくて剣の背景情報が知りたかったのね」
「よく聞く名前の剣だったから」
羊羹を楊枝で刺して口に放り込みモグモグする。
「おばあちゃん、つい物語優先で考えちゃってたわ」
「こんなにいっぱいあるとは思わなかったよ」
とりあえず、アーサー王っていう人が使ってた剣なんだな。謂れだけなら一ページにまとまっているからこれでいいや。
「そのゲームには、ほかにどういう剣が出てくるの?」
「これ、これもあった。ムラマサ」
「徳川家に仇なすと謂われてる妖刀ね。美術館で見たことがあるわ」
ぼくの広げた本に、お祖母ちゃんが横からのぞき込んで来る。え、実在している剣もあるの?
「あと、これと、これもあった」
「それも神話モチーフね」
「攻撃力は最強じゃないんだけど、この相手のヒットポイントを吸収する剣が強くて好き。自分の回復ができちゃうから、うまく状況がハマれば相手を完封できるのがいい」
「吸収して回復? それはなんていう名前の剣なの?」
「うん、『ストームブリンガー』っていうんだ」
剣の名前を教えると、おばあちゃんはピタリと羊羹を食べる手が止まった。
「そんなエグいものまでゲームに登場するのね。怖い。使った人はその後、平気なの?」
「……呪われている武器、とかなの? 一応ゲームでは普通に使えるけど」
「呪いというか、自分の大切な人を自分の手で殺す羽目になるわね」
軽々しく装備していい武器じゃなかった!
「マイケル・ムアコックは第二書庫の手前の棚に全部並べてあったはず、ちょっと待っててね」
そう言うとおばあちゃんはスタスタと軽い足取りで本七冊持ってくる。だから多いってば。
「こっちが『エルリック・サーガ』というシリーズで、黒い剣に運命を翻弄される美貌の王子の物語よ」
「ストームブリンガーの?」
「そう。生まれながらに虚弱体質のアルビノの王子がなのだけど、従兄弟が裏切って薬を飲まないと自力で立つことすらできない彼を放置するのよ」
「酷い!」
「でも、生命力を敵から吸って持ち主に与える魔剣、ストームブリンガーを手にしたことで人並み以上の体力を得る」
「お、復讐だ! その従兄弟をやっつけられる!」
「けれど……」
おばあちゃんは一瞬、溜める。
「ストームブリンガーには邪悪な意思があるので……」
「あ、さっき言ってたやつ? 自分の手で大切な人をって」
「そう。恋人を手にかけてしまったことで、一度は剣を手放そうとするのだけど、捨てても戻ってきてしまうので手放すことを諦めるのよ」
もしかして。ピンときた。
「ゲームに出てくる呪われた剣とかを装備すると、手放せなくなったり、混乱して仲間を攻撃したりするんだけど、それが元ネタなのかな?」
「かもしれないわね。ゲームだと数字の上下だから、仲間に攻撃されても回復すればなんとかなるけれど。実際に仲間から斬られたら、信頼できなくなるもの。仲間は居なくなるわよね」
「確かに。そういう意味でも大切な人が身近にいなくなっていくのか。かなり悲劇的な話だね」
「斬った相手の魂を啜り飲み込む魔剣だから、少し斬られただけでも致命傷になるし」
「怖っ!」
とんでもない能力ついてた。ゲームで言ったら即死効果付きで仲間に攻撃するのか。強くても使いたくないなぁ。いや、ソロプレイなら強いのか。小説の主人公もそういう選択をしたのかな。
「あと、天ちゃんは確か、アメコミの映画をこの間見てたわよね?」
「うん。スパイダーマンとアイアンマン。それでアヴェンジャーズも順番に見てる」
「クロスオーバー物、好きよね?」
「うん。前作の登場人物が出てくるのとかも好き」
「この作者、エルリック・サーガの他にも、エレコーゼと、コルム、ホークムーンっていう主人公の作品を書いているのだけどね? 本編の中でこの四人が次元を超えて共闘する展開、あります!」
「同じ作者の別作品の主人公が?」
「そう。同じ魂を持つ、一なる四者の夢の競演。同じ本を読んでも栄養が得られない吸字鬼のお祖母ちゃんでも、ここは二度目読めたわ」
前提が変わると読めるのか。吸字鬼も大変だな。
「エルリックの話はこっちの六冊で一応完結して、こっちは外伝というか、間に挟まるエピソードなのだけど、興味深いのが、こっちのエレコーゼ」
エルリックサーガの六冊を机に置き、上に重ねた七冊目を隣に置く。エレコーゼ・サーガ。
「エルリックサーガの中で登場した時には、彼は『何度も転生し、その記憶を覚えている。かつてエルリックであった事もある』っていう事を言っているのよ」
何かややこしいこと言い始めたぞ?
「同じ魂を持つって、そういう事? エルリックが生まれ変わってエレコーゼになるの?」
「エレコーゼだけではなくて、多くの黒い剣に運命を翻弄される永遠の戦士たち、多分全部生まれ変わりね。エルリックもエレコーゼも、エターナル・チャンピオンっていうシリーズなのよ」
「作者さん、とんでもないことしてない?」
「してる」
別作品の主人公、全部転生した同一人物……?
ちょっと手塚治虫漫画のスターシステムのような印象もあるな。
「で、無数の転生を記憶しているエレコーゼは『それら全ての人生で最も幸せだった頃の記憶から、エレコーゼと名乗っている』って言ってたわね、確か」
「おお、じゃあエレコーゼサーガはハッピーエンドなんだ」
お祖母ちゃんの顔が曇った。え、なんで?
「だからね、これ、ちょっと読んで欲しいのよ。現代のアメリカ人のジョン・デイカーが異世界に召喚されて英雄として戦うのだけど、50年以上前に出ている本なのよ?」
「え、異世界召喚? そんなに昔で?」
「そう。ライトノベルで読み慣れている導入だから、ある意味とっつきやすいでしょう?」
「じゃ、エレコーゼ読んでからエルリック読んでみようかな。他にも強い魔法の剣とか出てくるのあったら教えてね」
「山ほどあるわよ?」
その日はとりあえず、エレコーゼサーガの第一巻を持ち帰って読んでみる。
「ちょっと待って、何度も転生してて、一番幸せな頃の記憶でエレコーゼを名乗るって言ってたよね。まって。これ、え、これが? ちょっとまって。どうして……」
二巻でとんでもなく強力な剣が出てきたけれど、ものすごく嫌な予感がする。エレコーゼはそこでいったん止めて、エルリックサーガを読み始める。
一週間後、お祖母ちゃんに無言で本を返す。
「天ちゃん、瞳からハイライトが消えてるわね……で、どうだった?」
「エレコーゼがエレコーゼって名乗る理由はわかった。エルリックとは名乗れない」
「それよ」
「あとさ、お祖母ちゃん?」
「なぁに?」
「強い剣の出てくる本でこれをお勧めするのは、ちょっとひどくない?」
「強かったでしょう?」
「強いけど!とんでもなく強い魔剣だったけど!」
小腹がすいたって言ったらフルコースだされるような。おやつが欲しかったのにちゃんこ鍋作り始めるような。なんていうか。
「ねぇ、一番強い魔法の剣ってなんだろうね?」
「こ、この子は……とんでもない爆弾をすぐそうやって投下する。悪魔の子だよ…」
「ぼくが悪魔の子ならおばあちゃんは悪魔の母親なんだよ」
なんにせよ、お祖母ちゃんは鬼だと思う。




