第630話 肉を削がれながら
「でっ、すわぁ!」
ガツンと大きな音を立て、ティアさんの拳が敵の女の手甲で防がれる。【身体補強】でパワーと反応速度こそ上がってはいるものの、やっぱりちょっと荒いか。
だけど彼女は一人ではない。ペアを組んでいるメーラさんが堅実な防御を担当しながらも、自身の長剣で牽制もしてくれている。
それもあって、ティアさんはヒットアンドアウェイに集中できているようだ。本当にいいコンビだよ。
六時方面の敵は残り一人だから、あちらから飛んでくる弓への警戒を緩めることができるので俺たちも助かっている。
倒し切れば大通りへの退路を開く形にもなるけれど、ブリャ・ルミヴに背中を見せるのはマズい。撤退は本当に最後の手段だ。
「ティアさん、メーラさん……」
二人を送り出したバッファーの奉谷さんが祈るように呟く。
聖法国が『勇者』と判定していない二人だけが離脱して戦うなんて、本当だったら使いたくない手段だった。だが、あんな気概を見せつけられたからには……。
頼むから大怪我だけはしないでほしい。それは全員に対する思いでもあるけれど。
「がっ……」
後方の戦況から視線を戻したその瞬間、ミアの放った矢が九時方向のうしろに控えていた敵のヒーラーの太ももに突き立ちった。ソイツはその場で崩れ落ちる。
剛弓を使ったワリには軽傷に見えるが、何も俺たちだって敵を殺し尽くしたいわけじゃない。だけど矢が当たった敵は【聖術】使いなだけに、意識を失ってさえいなければ回復されるのが問題だ。敵の魔力を消費させたってことだけでも立派な成果ではあるが。
いや待て。刺さった矢の軸の部分が木製? もしかしてアレって敵の使ってる矢じゃ?
ミアめ、俺がティアさんの奮戦をチェックしているあいだに倒した敵が持っていた矢を拾っていたのか。
まあ、上手くいったからいいのだけど。というか、むしろよくやってくれた。
「ほ~ら、ほらぁ~。ブッスリやっちゃうよ~」
向かって右側では右手にムチ、左手にはこれまた敵の短剣を持った疋さんが相手を牽制している。
こっちも俺の視界が切れたタイミングで抜き取ったのか。意識して俺の目を盗む理由があるわけでもないので偶然だろうが、何とも手癖が悪い二人だ。
「ぼ、僕は素人だからね。どうなるかわからないよ?」
ここで疋さんのセリフが持つ意味に気付いたメガネな草間も、拘束した敵の腰にあった短剣を抜いて相手を脅す。やたら引け腰ではあるが、それでもアイツなりに勇気を振り絞っているんだ。
「ナイスだ、ミア。そのまま──」
「まぐれデス。バランスが悪くて速い的は狙えまセン。ワタシたちに大怪我をさせないように、弱い弓用デスね」
俺の声を遮り、ミアはポイっと矢を捨てた。
あちらの毒矢が使えるならばラッキーだったのだが、ミアが普段使いしているのは重量のある鉄矢だ。重量配分も違うので慣れも必要か。
センスに溢れるミアならばとも思うが、今の彼女は本調子ではない。敵と味方の距離も近いし、誤射をしたら最悪だ。ミアの判断で使えないということは、それはそのまま受け入れるしかない。
なんにせよ、これで敵のヒーラーを全て潰すことに成功した。
「八津さぁ」
「疋さん?」
「ソイツ、解毒薬持ってるかなぁ~って、ちょっと漁ってみたけど、ダメだったっしょ」
敵を威嚇しながらこっちに声を掛けてきた疋さんの言葉に俺は頭を殴られた気分になる。
手癖とかそんなんじゃなく、疋さんはそこまで気を回してくれていたのか。全く思い付かなかった。こんなの物語の定番じゃないか。
「あるとしたら……」
「親玉辺りなんだろうねぇ~」
もしも解毒薬があるとすれば、持っているのはブリャってことか。
アイツを先に倒すことができれば戦況も……。いや、だからこそブリャは距離を保っている。
いちいちこちらをイラつかせるヤツだ──。
「ぐあっ!」
「海藤くんっ!」
装備していた最後の短槍を投げるモーションに入っていた海藤に矢が突き立ち、野来が大慌てで自陣内へと運び込んでくる。ブリャに対して腹を立てている場合じゃない。
よりにもよって手のひらかよ。ピッチャーの命だろうがっ!
「海藤も、ここまでだ」
「八津くん……」
海藤を目の前まで連れてきてくれた野来に、俺は残酷なセリフを言い放つ。野来の目じりに涙が浮かぶが、指示を変えることはできない。
すぐ傍から白石さんのすすり泣く声まで聞こえてきたけれど、それでもだ。
ボールと短槍を使い果たした海藤にできるのは盾役だけになる。そして海藤の盾は本職メンバーから一段落ちると言わざるを得ない。
ここからの展開で騎士とアタッカーが一気に動くことになる。そうなれば絶対に【聖導術】が必要になるだろう。申し訳ないけど海藤の順位は低いんだ。
「上杉さん、手の傷だけでも。海藤、矢を抜く。【痛覚軽減】を強めにしてくれ」
【聖導術】で解毒込みの治療は無理だとしても、せめてそれくらいはしてやりたい。
「だ、め……、だ。抜、く、だけ……」
掠れる声と共に小さく首を横に揺らした海藤が、その瞳で俺に訴えかけてくる。そうかよ。お前は【聖術】まで拒むんだな。
「……わかった」
俺は海藤の左手を貫通した矢を半分に折り、両側から一気に引き抜く。
【痛覚軽減】を使っていたとしても痛みが走ったのだろう。海藤の顔が歪むが、俺は目をつむったりはしない。
ここは戦場だ。俺が目を閉じるのは自身がやられた時だけ。それまでは絶対に【観察】を続ける。
仲間たちの奮闘から、目を逸らしたりはしない。
「痛くもないし、苦しいわけでもねえ。目だって見える。麻痺毒みたいなもんだ。だけどなぁ……」
「みんなが頑張ってるのに自分だけって……、キツいよね」
さっき実際に毒を食らった田村が複雑そうな表情で野来を慰めている。人を治すことにこだわる田村がこの状況を歯がゆく思っていないはずがないのに。
野来もまた、古韮や海藤の状況を自分に置き換えて悲しそうにしている。仲間と一緒に戦えないことこそが、俺たちにとっては本当に悔しいことなんだ。
悲しくて腹の立つ状況だよな。
こんなのにさっさとカタをつけて、みんなで拠点に戻りたい。
「くっそっ!」
上から降ってきた敵の矢を俺はメイスで叩き落とす。ほんの短い会話であっても、相手が容赦をしてくれるはずもないか。
「野来、海藤がいたポジションを埋めてくれ。だけど──」
「僕らしく動き回れ、だよね」
風をまとって飛び去る野来は、ちゃんと自分の持ち味をわかっている。
頼んだぞ、前線メンバー。こっちも全力を尽くすからさ。
◇◇◇
「八津くん、そろそろ……」
奉谷さんに【身体補強】を掛け直してもらうために滑るように後退してきた中宮さんが、前を向いたままで小さく呟く。
中宮さんの視線は最前線で何とか事態を打開しようとしつつも、戦列を崩さないために現状維持に努めてくれている滝沢先生に向けられている。
ここまでの戦闘で先生は至近距離から飛んでくるブリャの指弾を最小限の動きで受けていた。しかも二発。中宮さんも一発を捌いていたが、二人だからこそできる芸当だ。
そんな凄さを讃えるよりも、今は先生の放つ気の方か。中宮さんはそのことを言っている。
俺にも見えて、というか、感じてはいたんだ。
先生の背中から、何かが立ち昇っている。昇子先生だからなどという冗談すら一瞬で頭から吹っ飛ぶようなその威圧は、古韮が役目を果たし終えた辺りからその濃度を増していた。海藤のリタイアでさらに一段と。
まるでミアが剛弓を力の限界まで引き絞っているかのようだ。
先生が鬼と化せば、決着までは一直線だろう。優しくて恐ろしい獣が解き放たれるのを待っている。
「やるぞ、中宮さん」
「やっとね。待ってたわ」
俺のセリフを置き去りにして中宮さんは一足飛びに前線に駆け戻っていった。
先生のキマりっぷりに言及した中宮さんだって、まとう雰囲気は似たようなものだ。ここまで溜めて溜めて、攻勢に出る機会を待ち望んでいたのが背中から伝わってくる。
仲間たちが倒れていく光景を見てもなお我慢を続けていたんだ。悔しくて苦しかったのは当然だよな。
さあ、魔力の残量も敵との位置関係も、ここが決め所だ。
「綿原さん、夏樹っ、全力だ!」
「行きなさい!」
「うんっ!」
俺の叫びに合わせて綿原さんと夏樹が遠慮なしの全開で魔術を行使した。
【魔術補強】で速度を増した四つの石がらせんを描くように飛翔し、こちらもパワーアップした双頭の白いサメが、その巨体でもって敵そのものを呑み込むかのように宙を舞う。
そんな魔術の奔流を見たブリャがさらに一歩後退し、八人の敵が小さく体を震わせた。深山さんが生み出した思い付きの吹雪とも、まだまだ熟練が足りていない古韮の霧とも違う。
百日を掛けて磨き続けてきた本物の魔術が敵を翻弄する。
「前進! 全員だ!」
俺のコールに合わせ、動くことのできる全員がゆっくりと前に進み出た。前衛と後衛の区別無しに。
すでに敵は前後に分断されている。うしろに一人で、前はブリャを入れて九人。
この形を作るために背後の敵をティアさんとメーラさんに任せ、左右の『尻尾』を正面側に寄せていたんだ。
置き去りにしてしまう古韮と海藤には申し訳ないが、ちゃんと勝ってくるからな。
「しっ!」
「ですわぁぁ!」
俺たちが二歩目を踏み込んだタイミングで背後からドズンという音と共に雄叫びが聞こえてきた。
一瞬だけ視線をうしろに向けると、ティアさんの拳が敵の腹にめりこみ、メーラさんの剣が肩を貫いているのが見える。やってくれたか。
崩れ落ちていく敵は女の人なのに、なんていう同情は浮かんでこない。これで背後の憂いはほぼ解消された。
だがそれよりも──。
「手こずりましたわ。けれども、間に合ったようですわね」
地に伏せた敵には目もくれず、ティアさんとメーラさんが俺の近くに駆け寄ってくる。
だよな。ティアさんなら最前線に参加できないなんて、許せるはずがない。こちらに合わせて丸くなった部分も多いけど、彼女は出会ってからずっと自分に正直な悪役令嬢なんだから。
「さあ、コウシ。わたくしとメーラにも指示をお出しなさい。タカシとユズルの敵討ちですわ!」
そう叫ぶティアさんの瞳には、先生や中宮さんにも劣らない激情が込められている。海藤と古韮の受けた仕打ちに心から怒っていることを隠しもしていない。
「メーラさんは委員長と佩丘のあいだ。ティアさんは左で野来の隣に」
「わかりました」
「よろしくてよ!」
二人をペアとして扱わない俺の言葉だったのに、彼女たちはためらいなく頷いてくれた。
古韮と海藤が脱落してしまい、ウチの盾役は五人しか残されていない。しかも佩丘は毒の影響で本調子の一歩手前だ。
ブリャに対する中央の盾は左から馬那、藍城委員長、メーラさんに任せる。佩丘のプライドに障るかもしれないが、アイツは自分の意地と全体の勝ちを切り分けることができる男だ。
左右に散っていくティアさんとメーラさんの背中を見やり、俺は息を吸う。
「行けぇっ!」
俺の叫びと共に頼りになる騎士とアタッカーたちが一気に、そして力強く大きな一歩を踏み込んだ。
◇◇◇
「あぁぁいぃっ!」
先生の咆哮が真夜中のペルマ=タに響き渡る。
本来ならば騎士たちの列がひと当てしてから、満を持して登場してもらうはずの近接アタッカーが先手というのは褒められたものではないが、本気モードの先生ならば話は別だ。
敵の眼前で低く沈み込み体を回転させて背中を晒しつつ、そこからさらに半回転しながら繰り出された、所謂後ろ回し蹴り。先生の左足は下段を狙っているかのように見えるだろうが、回転しながら上へと跳ね上がる。
先生がモットーとする相手に軌道を読ませない動作が存分に生かされたその蹴りは、敵の肩をほぼ直撃した。それでもあれに反応する敵も大したものだ。避けることも腕でのガードも諦め、最低限頭部だけを守ろうとしたのが見て取れる。
「ふっ!」
それでも先生は止まらない。短く息を吐きつつ体勢を崩した敵に背中を預けるという信じがたい行動の意味は、直後に理解させられた。
「あぁいっ!」
敵の右手、短剣を持った方の手首を両腕で拘束した先生は、掛け声と共に力を籠める。バキバキという音を立てて敵の手首と肘があり得ない形に折れ曲がった。
『【握力強化】です』
位置取り上こちらを向く形になった先生は獰猛な笑みを浮かべ、日本語を口にする。
『この件を片付ければ、【安眠】は後回しで十分ですから、ねっ!』
そのまま日本語で続けた先生は軽く体を落とし、グチャグチャになったままの敵の腕を引きながら一気に腰を前に折り畳んだ。
「かはっ!?」
そこから起きる結果は想定内だったが、威力は想像以上にヤバい。
折れた腕を引っ掴んでの一本背負い。敵の背中が落ちた先は石畳だ。あんなの鎖帷子が意味を成すはずもない。
先生お得意の衝撃を逃がさない攻撃は投げ技でも適用されるのか、二人分の体重が掛かった敵はバウンドすることもなく、そのまま地面に貼り付けられたように静止した。肩も外れているし、あれは【聖術】どころか【聖導術】が必要なんじゃ……。生きてるよな?
頭からじゃなかったのは先生の恩情なのか、ちょっとだけ残された理性なのか、判別が難しい。
「いぃっ!」
「むうっ!?」
倒れ伏す敵の上から素早く身を翻した先生は、石畳に落ちていた敵の短剣をブリャに向けて投げつける。相手を見てもいない当てずっぽうの攻撃だが、先生の背中に向けて指弾を放とうとしていたブリャはさらに一歩後退した。
「しゅーぅっ!」
ブリャを『尻尾』の戦列から遠ざけるという先生の狙いを中宮さんは的確に拾ってみせる。
これまで狂信的なムーブで一心不乱に動いていた敵が、ド派手で凄惨な先生の技を見て虚を突かれた隙に、中宮さんは一瞬で踏み込みを終えていた。
相手取ったのは正面にいた強敵ではなく、左斜め前で弓を構えていたヤツだ。ブリャの遠距離攻撃に対して死角を作るポジション取りも上手い。
「しゃぁうぅ!」
「がぁっ!」
確実に沈めることを狙ったのか、普段以上に深く低く敵の懐に入り込んだ中宮さんは、斜め下から木刀の柄を敵のこめかみに叩き込む。
相手が高階位であるからこそ致命傷にはなっていないが、俺が食らったら首の骨が折れそうなくらい遠慮の無い一撃だ。中宮さんもキレてるってことなんだろう。
これで残る敵は七人。
「中宮ぁ!」
「ここ、お願いね。馬那くん」
大声を張り上げながら前に出た馬那が中宮さんの背中を守るように盾を滑り込ませた。ほぼ同時に盾を削りながら敵の短剣が滑っていくが、馬那はさておき中宮さんに動揺はない。
そこまでは織り込み済みだとばかりに中宮さんは左側、ブリャから離れた敵に対して切り込んでいく。
「しゅぃぁぁっ。ティアっ!」
「お任せですわ!」
そちら側に残った敵は九時方向から押し上げた四人……、今さっき中宮さんが一人墜としたので、残りは三人なのだがそれでも一番の人数だ。中宮さんはそちらを一気に片付けるつもりか。混戦状態となった今、数を減らすという手は悪くない。
木刀女子の突然の襲撃に浮足立つ敵に対し、ご指名を受けたティアさんが横やりを入れる。
「ですわぁ!」
中宮さんの圧により守備的になっていた『尻尾』の一人にティアさんが荒々しく正拳突きを叩き込む。『戦女神』モードだけあって雑さがあるが、ティアさんの役目は牽制だ。ガードをされたとしても、相手に思い通りの動きをさせないだけで十分な意味を持つ。
最後の突撃を決行してからここまでは悪くない展開だ。ミアが万全でないことが惜しいが、やっぱり先生と中宮さんがフル回転を始めるとクラス全体に勢いが出る。
だけどそれはこっちにこれ以上の被害が出ないことと同義ではなかった。
「草間ぁ!」
「痛ぅっ!?」
佩丘の叫びに草間の悲鳴が被った。視界の右端で草間の腕から血が飛び散る。
すかさず疋さんが倒れ込む草間の足にムチを巻き付け自陣内に引きずり込む。だけど草間は起き上がれない。
毒の影響で本来の動きをすることができていない佩丘を盾に、中距離から疋さんがカバーし、草間は牽制。それが右翼側に俺が出した指示だ。
無理やりなのはわかってはいた。前衛とはいえ本来斥候職な草間が身を晒して戦えば、こういう危険を伴うことを。
「田村っ! 上杉さん!」
「おう」
「はい」
ギリギリの安全地帯で横たわる草間の下に上杉さんと田村が駆け寄り、俺も盾役としてその場に立って周囲を窺う。
草間にはまだまだ重要な役割が残されているんだ。ここから敵の増援がやってくる可能性は捨てきれない。ウチの忍者にはいち早くそれを察知してもらう必要がある。敵の奇襲を食らってからでは遅いんだ。
麻痺毒を受けた状態で朦朧としていても【気配察知】は使えるかもしれない。だけど、それをどうやって伝えればいいのか。
「傷は小さい! 解毒は最低限だ。草間が口を利ける状態までっ!」
「八津くん……」
草間を引っ担いだ俺は、中央に駆け戻りながら治療方針を叫ぶ。
田村は黙って、上杉さんは悲し気な声をこぼしつつも運ばれる草間の背中に手を当て『加減をしながら』【解毒】と【聖導術】を使ってくれている。
「田村、見極めを頼む」
「……おう」
とにかく草間には動けなくても喋るくらいにまでは戻ってもらわないと。
古韮と海藤の治療を放棄し、草間には中途半端に、か。我ながら吐き気を覚えるような冷たい判断をしていることは理解している。だけど今はこうするしか……。
「ちくしょうっ」
なんで俺たちがこんな目にという想いを消すことができない。
俺たちを力で屈服させ、リーサリット女王にお仕置きをしようとした近衛騎士総長との戦いとは毛色の違う戦闘。隙あらばこちらの誰かを無力化し、一人でも多くの仲間たちを連れ去ろうとする。そんな勝敗条件を押し付けられた戦いがこれだ。
「雪乃っ!」
そして事態は俺の憤りに遠慮してなどくれない。綿原さんの叫びが響き、深山さんの背中に一本の矢が突き立った。
途中からは見えていた。草間を担いで中央に走る俺の横を通り過ぎた矢は二本。一本は綿原さんのサメが逸らし、奉谷さんに向かったもう一本は……、深山さんが身を挺して庇ったんだ。奉谷さんに覆いかぶさるように、深山さんが崩れ落ちていく。
これもまた右側からの攻撃だった。草間が抜けた穴を、敵は即座に突いてきたんだ。
「深山っちぃ!」
「振り返るな、藤永ぁ! 軽傷だ!」
前衛で野来に【魔力譲渡】を掛けていた藤永が涙を浮かべてこちらを向くが、俺は吼え返すしかない。深山さんの背中に立つ矢は、革鎧の厚みで致命傷になるような刺さり方はしていないんだ。
味方の脱落で動揺が広がれば、それが総崩れの一歩目になってしまう。だから、頼むから、みんな……。
「雪乃、ちゃん?」
「あ、あと、あ」
深山さんに抱きかかえられる形になった奉谷さんがポロポロと涙をこぼす。奉谷さんにもたれかかりながらも、深山さんは無理やり小さく微笑んだ。まさか──。
「……ありがと、雪乃ちゃん。あとは任せて。ボク、頑張るね」
そっと深山さんを石畳に寝かせた奉谷さんが拳で涙を拭う。
「雪乃ちゃんの魔力はボクが全部受け取ったよ! みんなっ、どんどんバフするからねっ!」
深山さんから全力の【魔力譲渡】を受けた奉谷さんが、小さな体で仁王立ちしたままありったけの声を響かせた。
次回の投稿は三日後(2026/03/19)を予定しています。




