第631話 思いがけない介入者
「メ、イコ……」
「……守ってくれてありがと。ティア、さん」
奉谷さんに突き刺さる寸前だった矢を手のひらで受け止めたティアさんが、そのまま崩れ落ちる。
ポロポロと涙をこぼしながらも、もう奉谷さんは取り乱したりはしない。主が討たれたというのに守護騎士たるメーラさんもまた、振り返らずに前を向いたままだ。
奉谷さんを守り抜くという大役を果たしたティアさんは、金色の巻髪を揺らしながらゆっくりと倒れ込む。その顔に浮かぶ笑顔は自分の行動に対する確固たる矜持だ。
古韮と海藤が動けなくなり、そこから最後の突撃を仕掛けた『一年一組』はたったの三分で大きく数を減らしていた。
現状、まともに立っているのは滝沢先生と中宮さん、藍城委員長、馬那、疋さん、藤永、上杉さん、奉谷さん、メーラさん、そして俺。
綿原さんと夏樹はしゃがみ込みながらもサメと石を操ってはいるが、敵の攻撃を避けることができるような状態ではない。意識が朦朧としているせいで、得意の魔術だって狙いがあやふやになっている。
草間もまた地に伏せながらも【気配察知】だけは使っているけれど、それだけしかできていない。
『六本の尾』が弓と短剣を主体に使うようになり、ブリャ・ルミヴの指弾も併せ、『一年一組』は次々と削られていった。
後衛を積極的に狙った矢を撃ち込まれ、それを前衛が無理をして守ろうとしたのも大きい。中でも上杉さんと奉谷さんの無事は『一年一組』全体の生命線だったから。
敵に人質にされないように前線で倒れた仲間を内側に引きずる手間も痛かった。
なんとか立ち上がっているとはいえ、委員長と疋さん、馬那、メーラさん、上杉さんはすでに一度毒を食らい、動き自体は本調子ではない。完全に無事といえるのは俺と先生、中宮さん、藤永、奉谷さんくらいのものだ。
上杉さんはもう【聖導術】を使うだけの魔力を持ち合わせていない。後衛で魔力タンクをしてくれていた深山さんと白石さんは敵の攻撃を受けた際に、バッファーの奉谷さんとヒーラーの上杉さんに、全ての魔力を譲渡した。
横たわっているミアが涙を流しながらも歯を食いしばり、石畳を指でひっかいて立ち上がろうとしているが、すぐに崩れ落ちる。
佩丘や野来も、春さんも、もう動けない。
「改めになるが、想像以上であった。貴様らに対する認識を改めざるを得まい。このブリャ・ルミヴは貴様らを勇者の雛として認めるものである」
だが、『尻尾』だって数を減らしている。残る敵はブリャを含めて三人だけだ。
状況自体は明かにこちらが優勢。だが、ブリャは余裕の無表情をまとったまま、白々しく俺たちを褒めたたえる言葉を投げつけてくる。
「ふざけたこと言ってんじゃねえっすよっ!」
ブリャのセリフに、らしくもなくブチ切れ状態の藤永が叫び返す。深山さんが倒れてからこちら、アイツは涙を流しつつも必死に頑張ってくれていた。
魔力タンクとして、そして欠けた盾の一員として、藤永がここまで被弾無しで立ち回れているのが不思議なくらいだ。
野生の勘で動くミアとも違う、俺には理解できない危機察知能力を持っているんだよな、藤永は。
「この状況、見てわかるっすよね? 俺たちの勝ちっすよ」
しゃべり続ける藤永はセリフ自体は強気ではあるが、アイツらしく、どこか不安を感じている節がある。正直なところ、俺もブリャの余裕に不気味さを覚えずにはいられない。
だが魔力が残り少ないとはいえ奉谷さんが健在である以上、先生と中宮さんの『戦女神』はもう少しは継続できる。そのためにみんなは奉谷さんを必死で守り続けてきたのだから。
ならば敵の三人くらい圧倒してみせるのが、ウチの武闘派二人だ。
どうだ、俺たちはこの状況まで持ち込んだぞ。
ここから俺たちが敗北する要素なんて、それこそ──。
『ぴゅあっ』
その音はブリャの口から発せられた。
ここまで無表情だったブリャが、対面当初のように人間味のある顔で面白くなさそうに口笛を鳴らした意味は……、そうなんだろうな。
ろくでもないことに決まっている。
◇◇◇
「人が、来る。交差点の左右から……、十人、以上」
地面に這いつくばりながらも、メガネ越しにブリャを睨みつけた草間の言葉に背筋が凍った。
「ここで、増援か」
ふらつきながら盾を構える馬那が唸る。
「増援などとは思いたくもないのである。本来ならば呼ぶ必要もないあぶれ者共だ」
「酷いこと言ってくれるじゃねえか、ブリャの旦那よお」
馬那の言葉を聞いたブリャが嫌そうに吐き捨て、左右の路地から現れた連中はそれでもへらへらと笑ってみせた。
新手の面々は標準的な侯国軍の装備を身にまとっている。だがブリャと会話をしているリーダーらしき兵士の様子からして、とてもじゃないけどこちらの味方とは思えない。それぞれの態度や口ぶりからも明らかだ。
こいつらは『六本の尾』に買収されて行方をくらませていた兵士たちなんだろう。さっき大通りで騒ぎを起こしたのとは別口の連中だが、どちらにしろ俺たちの敵対者に他ならない。
そんなヤツらが十一人。せっかくここまでの奮闘でなんとか勝ちが見えてきたというのに、ここでかよ……。
十四人に膨れ上がってしまった敵を相手取れば、いくら先生と中宮さんが健在だからといって全てを打ち倒すなんて不可能だ。
「俺たちは若造を担いで運ぶだけって話だったんだけどなあ」
「褒賞は倍だ。簡単な仕事であろう?」
「まあこんな状況なら、そりゃそうか」
こちらに一瞥をくれた兵士崩れは、軽薄な表情で死屍累々の俺たちを見て嘲笑う。畜生めが。
「最初から──」
馬那に教えてもらった『戦力の逐次投入』という単語を思い出す。
最初っから追加の兵士がいたら、俺はどう対応していただろう。強行突破からの逃げか。いや、今となっては意味の無い思考だ。
「このような有象無象を勇者の雛と戦わせるつもりはなかったのである。不本意この上ない」
「言ってくれるねえ」
そんな俺の考えが間違いであるかのように語るブリャに、不良兵士のリーダーはふてくされることもなく槍を肩に乗せたまま軽口で答えた。
「我ら『勇者の血を持つ者たちが集う地上』を信ずる者たちが対峙し、真価を確かめる必要があったのだ。本来ならば貴様らなど、後始末のための掃除人に過ぎん」
「へいへい。これからお世話になる聖法国の崇高な意思は尊重させてもらいますよ」
金さえもらえれば立場など気にも掛けないという心根を隠しもしない兵士たちは、半数以上が地面に横たわる俺たちを睥睨する。
「だがね。たとえ俺たちが直接手を出していないとしても、侯王様に骨髄まで恨まれたいわけじゃない。侯息女様とお付きの守護騎士は、見逃しちゃくれないか?」
「構わん。どうせは魔族と交易をするような半人だ。塵芥も同然の存在である」
「俺たちもそうなんですがねえ」
ティアさんとメーラさんまで拉致してしまえば、侯国が黙っているはずもない。如何にペルメッダを去ることを決めている不良兵士であっても一生を掛けて狙われ続けるような生活を送る気にはなれなかったのだろう。
だがそれは、俺たち転移者組には何の慰めにもならない。
「命はもちろん、重篤な怪我も許さん。ただ無力化して、そして連れ出せ」
「注文の多い雇い主ですなあ」
「まずはあの者だ。木剣使いも抑え込め。面倒な相手である」
ブリャの忠告通り槍をくるりと回転させて石突きを晒した兵士たちが、五人掛かりで先生と中宮さんを遠巻きに囲んでいく。
「がっ!」
「馬那っち!」
先生たちを守るために割って入ろうとした馬那の肩に矢が刺さり、アイツは短いうめき声を上げながら膝を突いた。
悲痛な声で叫ぶ藤永にはもう、さっきまでの威勢はどこにも無い。
「多少は時間を掛けても構わん。確実に倒せ」
『尻尾』一党が完全に優位になっているというのに、ブリャは忌々しさを隠しもせずに指示を出す。そんなにペルメッダの兵士に手を出させるのが気に食わないのかよ。
兵士たちは槍で、ブリャを含む『尻尾』の三人は指弾と弓を使い、間合いを計りながらこちらを削ろうとしている。
悔しいけれど、正解の行動だ。
「あの者は確実に確保だ。行け」
「へいへい」
追加で指示を出したブリャの視線は石畳に横たわる笹見さんに向けられていた。
槍を構えた兵士が前衛陣から間合いを取ってゆっくりとこちらに近づいてくる。
マズい。マズすぎる。ここで笹見さんを人質にされたら、本当に詰む。
交差点でブリャ・ルミヴと対峙してからどれくらいだろう。二十分には届いていないと思うが、すでに時間感覚は曖昧になっている。
俺たちだけでここからの逆転は不可能だ。どうしたって手が思い付かない。
あとはもう何かが起きることに期待して、そこまでひたすら粘るしかないのかよ。
「わたしたちは最後まで抗います」
進退窮まった状況にも関わらず、上杉さんは腰の短剣を抜き放って静かに宣言した。
彼女にはもう【鋭刃】を使うだけの魔力も残されていないし、戦力としては無意味に近い。
「わたしがあなたのいう『聖女』だとしたら、こうして他者に刃を突きつけるのでしょうか」
一度毒をもらい本調子には程遠いはずなのに、それでも上杉さんの瞳はしっかりとブリャにだけ向けられている。
「わたしは、わたし自身と仲間の無事、そして自由が第一と考える、そんな俗物です。それをあなたは聖女と呼ぶのですか?」
明らかに虚勢だ。それなのに上杉さんの口調は穏やかで、落ち着き払っているようにすら聞こえてしまう。額や頬を汗まみれにしているのに、それでも。
「良い。実に良い。無力と知りながら、それでもなお対峙せんとする姿勢を認めようではないか」
さっきまでの不機嫌さを消したブリャが、不気味な笑みを浮かべて上杉さんを見据えた。
初対面でのにこやかな雰囲気でもなく、戦闘時に無表情であったのとも違うこの顔こそがブリャの本性なんだと思わせるような薄気味悪さがある。
「ボクだって負けないよっ!」
上杉さんに続いたのは奉谷さんの大声だった。彼女もまた短剣を手にしているが、切っ先は小刻みに揺れている。
あのブリャの笑みを見て、それでも上杉さんと奉谷さんは一歩も退かない。
ええい、俺は何をしているんだ!
「おらぁ!」
手にしたメイスをブリャに向けてぶん投げてやった。練習したこともないから当たるはずもないのだが、それでもこれは俺の意思表示だ。
メイスの飛んでいく先はどうでもいい。石畳の上に落ちていた仲間の誰かのメイスを拾い上げ、今度はバックラーと一緒に構えを取る。この形こそが俺の戦闘スタイルだからだ。
「どこからでも掛かってこい。投降? 冗談じゃない。俺たちは絶対に諦めないぞ!」
「ほう」
俺の叫びを聞いたブリャが目を細めて視線を合わせてくるが、絶対にこちらから逸らしてなんてやるものか。むしろ睨みつけるくらいでちょうどいい。
「あっ」
「え?」
そんな時、草間の小さな声と同時に俺の視界もソレを捉えた。
投げたメイスが転がっていった辺り、交差点の左側にある壁の陰から頭だけをちょこんと伸ばしてこちらを覗き込む……、子供?
深めにフードを被ったその子の『黒い瞳』がキョロキョロとこちらの様子を窺っている。マズい。こんな騒動に巻き込むなんて問題外だ。
「なにこれ。揉め事?」
敵に気付かれないように何とか逃がす術を模索する俺を他所に、その子はごく自然に路地に姿を現した。声からすると、もしかして女の子か。
子供だとは思ったが幼児ってこともない。身長は奉谷さんとそうは変わらないし、声の感じからして小学の高学年か中学生くらいか。
そんな推測は彼女が全身をさらけ出したところでどうでもよくなった。
「尻尾……」
思わず声が出る。
その子のまとうフードには背中に切れ込みが入っていた。そこから飛び出しているのはふさふさで、くるりと巻いた太めの尻尾だ。表が黒で裏は白く、生きているかのようにゆらゆらと揺れている。
これじゃあまるで、『犬』じゃないか。
「……『魔族』か」
思わぬ乱入者にブリャが形相を変えて犬尻尾の女の子に向き直る。まるで俺たちの存在を忘れたかのようにだ。
「あーあ、何で出てくかなあ」
「おれは止めたぞ」
続けて登場したのは、こちらもフードを被り犬尻尾を晒した二人組だった。
背丈は最初の一人とほぼ同じで、声の高さも似たようなものだ。違いがあるとすれば片方が茶色、もう片方は真っ白な尻尾ってくらいか。二人もまた黒い瞳をしている。
「だって血の匂いがしたんでしょ?」
「ああ」
「音もしてたね」
黒尻尾が白尻尾に確認し、茶色尻尾が付け加えた。
音はともかく、血の匂いとか、そんなのがわかるのか。『尻尾』の手引きで近くに人はいなかったはずなのに。
「でさ。どうしてこんなことしてるの? 倒れている人がいっぱいだし」
黒尻尾の声がさっきまでよりちょっと低くなる。周囲を見渡しつつも俺たちの様子を確認した時にだけ、彼女の口元がきゅっと険しくなったのが見えた。
「内市街に入ったのは初めてだけど、あっちこっちで騒ぎが起きてるし、ここって高級住宅街だよね。兵士さんもいるってことは、喧嘩じゃなさそうだけど」
「そ、そうだっ、これは正式な取り調べであってだな」
思わぬ展開と真っ当なツッコミを受けて、兵隊のリーダーが言い訳染みた弁解を始める。
対してブリャと『尻尾』の二人は俺たちから視線を外し、乱入してきた三人の魔族に釘付けだ。
仮面の二人はさておき、ブリャの瞳には剣呑な色しか存在していない。今にも襲い掛からんばかりの敵愾心が丸出しだ。
「ねえ君たち。もしかしなくても『一年一組』だよね?」
そんなブリャたちのまとう不穏な空気と判断に迷っておろおろし始めた兵士たちをまるで相手にせず、黒尻尾の子がこちらに話し掛けてくる。
どこか親し気なのが不思議ではあるが、嫌な感じはしない。
俺たちのことを嗅ぎまわっている犬耳魔族がいるって話をさっき聞いたばかりだけど、まさかこの三人が?
仮にそうだったとして、場の雰囲気から察するに、少なくともこの魔族たちが聖法国と結託しているとは思えない。
「ああ。そうだよ」
たとえ彼女たちが謎な存在だとしても、このイレギュラーは活用したかった。だから俺は正直に答える。
直感的にこの子たちは敵ではないと、そう思えてしまったんだ。
「そっか。やっぱりそうなんだ」
その子の返事にはかすかな喜びと、どこか寂し気な響きがあった。
「『魔族』はペルメッダで揉め事は起こさないように気を付けてるんだよね」
敢えて蔑称である『魔族』という単語を自ら使い、黒尻尾の女の子は淡々と語る。
いつだったかウィル様から聞かされた、魔王国とペルメッダのつかず離れずの微妙な関係を思い出す。階位や神授職も定かではない魔族の異質さも、国軍の兵士たちならば知っているのだろう。
交流はしても、争いたくなどはない。魔族と呼ばれる存在を目の当たりにして、不良兵士たちはどう対応すべきか判断に迷っている。とっくにペルメッダを裏切っているというのに、それでもだ。
「誰だって見ればわかるよ。そこの変な恰好と仮面をした人たちが『一年一組』を襲って、兵士さんたちは悪者たちの協力者。でしょ?」
「言い掛かりだっ!」
先生たちを取り囲んでいた兵士たちは、魔族の小さな女の子の言葉に動揺を隠せていない。
「そう。だったら槍を向ける相手が違うんじゃないかな。冒険者はペルメッダの宝って聞くけど」
心底くだらないものを見た人はこういうため息を吐くのだろうと、お手本のような態度で黒尻尾は肩を竦めた。
「まあいいよ。正しさがどっちにあるのかなんて、偉い人があとで決めることだからね」
幼さを感じる声色なのに、この子はどこか達観したかのような物言いをする。とても不思議な存在感があるんだ。
「これは正義と悪とかじゃなくってね、どっちの味方をするかって話」
そんなことを言う黒尻尾を先頭に、三人の魔族が混沌とした戦場へと歩み寄ってきた。
◇◇◇
「邪魔立てをするつもりであるか」
近づいてくる魔族に対してブリャが憎悪を込めた声を吐き出す。目を血走らせて、完全に敵対する者への表情になっている。
一瞬だけ俺たちの方に視線を送ってきたブリャだが、心の重心が魔族側に傾いているのは明白だ。聖法国にとって魔族っていうのはそれ程の敵ってことなのか。
勇者の拉致に半ば成功した『六本の尾』という名の特殊部隊が、本来の任務を蔑ろにするくらいに……。
「貴様らは勇者の雛を囲んでいろ。こちらに手を出す必要はない」
「わ、わかったよ」
そう言い放ったブリャのセリフにどこか安堵した様子の不良兵士たちが、改めて俺たちに槍を突き付けてくる。本当に魔族とは敵対したくなかったんだろう。
魔族は三人、『尻尾』の残党も三人。数の上では一対一だが、ブリャはウチの先生とタメを張ることができるくらいの強者だ。
あんな小さい子たちで勝負になるのか?
共闘すべきか、それともこの隙に逃げるべきか判断に迷ってしまう。いや、倒れている仲間たちを担いで兵士たちから逃れるのは無理か。
あんまりに想像の外側の出来事が起きたせいで考えが追い付かない。
「戦うつもりはないよ。これからするのはじゃれ合いっこ。いい?」
「何だと?」
完全に戦闘態勢に入った『尻尾』に対し、魔族の少女は嘲りの混じった軽口を叩く。これにはブリャが訝しがるのも仕方がないだろう。
「上杉さん?」
濃密な殺気を帯びた空間を注視しながらも、同時に俺は周囲の様子を見続けていた。そんな中、隣にいた上杉さんがさっきまでの気迫を消していることに気付く。
「いえ、彼女の声が……」
「声?」
どうにもはっきりとしない上杉さんも珍しい。魔族の声がどうしたっていうのだろう。
「やるのか?」
「うん。頼むね。シロゥネ、チャアト」
こちらを置いてきぼりに、白尻尾が黒尻尾に声を掛けている。妙な響きだが、あれが彼女たちの名前なんだろう。
白尻尾がシロゥネで茶色尻尾がチャアトか。わかりやすくていい。
「おう!」
「任せて!」
黒尻尾に名を呼ばれたシロゥネとチャアトが元気に返事をする。
戦いに赴こうとする三人が無邪気に笑い合ったところで、彼女たちの口元から小さな犬歯が覗いていることに俺はそこで初めて気が付いた。ああ、この子たちは本当に魔族なんだな。
「死ぬがいい」
俺たちには絶対に使わなかったセリフと共に、ブリャが魔族たちに指弾を打ち込む。同時に『尻尾』の一人が毒矢を放ち、もう一人は短剣を手に走り出す。
「やだよっ」
飛来する弾と矢に対し、黒尻尾はとても戦う者とは思えないような気軽な声と共に着弾地点から飛び退いた。チャアトとシロゥネも同時に、三方向に弾けるようにだ。
凄いな。見た目は普通のブーツを履いているのに、足音がほとんど聞こえなかったぞ。
あれは先生や中宮さんのような武術を使う人の動きじゃない。むしろミアに近い、野生の獣が持つ距離感だ。しかも絶好調状態のエセエルフにすら届くようなレベルの。
見ながら受ける俺とは違い、彼女たちが見てから避けたのは明らかだ。たぶんだけど、アレは反射なんだろう。
「さあさあ、タァンたちを捕まえられるかな?」
芝生の上を自由自在に駆け回る犬のように、自らをタァンと名乗った黒尻尾が戦場をかき回し始めた。
次回の投稿は明後日(2026/03/21)を予定しています。




