メイドコス・浅見
そして迎えたバレンタイン祭当日。一般客の出入りが可能となる今日は、ところかしこに人が溢れかえり大賑わいを見せていた。
もちろん目玉は売り出されるチョコにあるが、訪れる客の目当てはそれだけじゃない。
気合いの入ったコスチュームで可愛らしさをアピールする女子と、普段よりイケメンに磨きをかけた男子の品定め。
数ある学園行事の中でも最もナンパ率が高いのがこのバレンタイン祭だ。俺からしてみたら恐怖でしかない。なにが恐怖ってナンパじゃなくてだな。
「今日こそは逃がさないから」
「観念しなさい如月」
「ここで華々しくデビューして彼女をゲットするのよ!」
「い、いや……だから俺は別に彼女なんて欲しくな……」
教室の片隅でクシやワックスを手にした女子に取り囲まれ、子ウサギのように怯える俺。
クラスの顔面偏差値が売り上げに影響すると豪語する女子は、ボサボサあたまに瓶底メガネの俺が気に食わないようで毎年こうして襲いかかってくる。
「ちゃんとイケメンに変身させてあげるから!」
「わたし達を信じなさい!」
いやっ、むしろ変身は済んでます!
「メガネないと見えないし!」
「見えなくたっていいわよ!」
よくねえだろ! なにいってんだ、おまえら! そんなにミラーボールが欲しいか!
手にしたクシがナイフに見える。じりじりと壁際に追い込まれながら青ざめる俺は必死に救いの神を探す。誰か、誰かおらぬか! くせ者がおるぞおおっ!
一年の時は浅見先生が。二年の時は菊地がスーパーマンのように登場してくれたが、今年俺の周りに救いの神はいないようだった。
にじり寄る女子が目先に迫り、ずんっと顔を近づける。
「じゃあ、髪型だけ! これが最大限の譲歩よっ」
「譲歩って……はあ。わかったよ。もう好きにして」
その時の女子の笑顔っていったら。誕生日にクリスマス、正月と盆が一気にきたような笑顔だった。そんなに嬉しいか。
「やったあ! ずーっと如月の髪整えたかったのよね!」
「わかる。入学初日からわたしも同じこと考えてた」
「ひとりだけダサいし」
「やっと夢が叶う」
そんなに? 俺のこの髪型は女子に夢を抱かせる程のものだったのか?
かくして。長年の夢を叶えるべく、やる気に満ちあふれた女子に捕縛された俺は椅子に腰を下ろし、何があってもいいようにメガネだけはギッチリと押さえて身を任せることになった。
「あれ? ここ、ピアスの穴空いてる」
「ホントだ。あんたピアスなんて付けるの?」
「いや。陽平にやられただけ」
などと本人の居ぬ間に勝手に悪人に仕立て上げる俺。許せ、陽平。
「丁度いいじゃん。誰かのピアス借りよ」
なんて具合に髪型だけでなくピアスも付けられた俺は完全に瓶底メガネのイケメン。
自分でいうのもなんだが高身長の上にスタイルもいいので、ギャルソン風の洒落た衣装を着こなすとさらに垢抜けて見える。だけどそこにフィルターをかけてくれるのが長年の友、瓶底メガネくんだ。
「やっぱり邪魔」
「うん、邪魔」
「っていうか、邪魔」
うるさい。黙れ。もう十分だろうが。メガネ取ったらバウンドケーキ全部燃やすぞ。そうしたらミラーボールが遠のくんだぞ。いいのかよ。
「キャーッ! 先生、超可愛い!!」
臨戦態勢に入った俺の耳に女子の悲鳴が飛び込んだ。まわりにいた女子も釣られて後ろを振り向く。
「うそっ、やばくない!?」
「あれ、浅見先生? めちゃくちゃ可愛いんだけど!」
「写真。写真撮んなきゃ! スマホどこにやったっけ!?」
キャーキャーと盛り上がるクラスメイトに混ざろうと、わらわらと散っていく女子たち。俺はこっそりとメガネをずらす。
サラサラの黒髪に白いブリムをつけて、これでもかっと主張する小玉スイカをフリルで飾り。ミニスカに網タイツをはいたメイドコスの浅見先生はメガネを外してコンタクトをつけていた。
口元のホクロが知的な雰囲気を損なわせず、大人の色気が残っているのがまたいい。
照れた笑顔をみんなに向ける彼女は少し少女の面影を取り戻したように見える。美人であることに変わりはないんだが、衣装のせいか可愛らしさが全面に出ている感じだ。
盛り上がる生徒の奇声が引き金となって通行人が振り返り、先生を目にする。あっという間に教室がひとで溢れ返ったのは言うまでもない。
追われるように接客を始めるクラスメイト。それを手伝う先生。女子の衣装に文句をつける気はないが、今回の衣装はスカートの丈が短い。
デザートを運ぶ先生の後ろから、馬鹿な野郎どもがスカートの中に熱い視線を向けているのが嫌でも分かった。若干イラッとした俺は何気ない素振りで先生の背後にまわり、妨害工作に奔走する。
「見えねえ」
「邪魔だよ」
邪魔してんだよ、馬鹿が。
瓶底メガネの奥で舌打ちする野郎どもを睨みつける。
先生が傍にいると気が休まらないな。いつもパンツ守ってる気がするんだけど。
俺の苦労は絶えないが宣伝効果は抜群だったらしい。噂を聞きつけた客がA組の前にずらりと列を作り、順番を待つ程にまでなった。
そうして予想以上の繁盛をみせた我がクラスの喫茶店は午後の部に入って早々に商品が品切れとなって閉店。
残るは店舗販売の方だけとなったが、そちらも問題はないようだ。
なんせあっちにはモテに慣れた陽平がいる。あと、いつも以上に張り切ってデカい声を出している菊地。その二人の努力の成果か、店舗販売の方も間もなくして完売となった。売り上げトップは確実。
余裕のできたクラスメイトは教室を離れ、他のクラスの催しをみて回ることにしたみだいだ。
俺も陽平に誘われたが、先生の妨害工作でどっと疲れていたため丁重にお断りを入れておいた。今頃は菊地と一緒に可愛い女の子でも捜しているだろう。
ひとり取り残された教室で廊下から聞こえる雑踏に耳を傾け、机に突っ伏していると不意に声をかけられた。
「お疲れ様」
落ち着いた艶のある声。顔をあげなくても誰だかすぐにわかる。
「先生もお疲れ様」
頬杖をついて顔をあげれば、メイドコスの浅見先生が網タイツから白い素肌を覗かせた足を組んで前の席に腰を下ろしていた。そうすると、ただでさえ短いスカートの裾が乱れ隙間からパンツがチラ見えする。角度的に俺からは見えないが。
だけど今日、俺がどれだけそのパンツを守るために奔走したと思っているんだ。勝手にやったことだけど若干イラッとしてつい声に出してしまった。
「パンツ見えるから、足組むのやめなよ」
「えっ」
いった直後に激しく後悔した。これじゃ独占欲の強い男みたいじゃないかって。
いままでどれほど女子がパンツを見せようと気にしたことなんてなかったのに、先生が相手だとどうも落ち着かない。だいたい俺にそんなことをいう権利はないだろ。
「ごめん。やっぱり好きにして」
自分の愚かさにあたまを抱えながらガクリとうなだれると、目を丸くしていた先生は慌てて足を直しスカートを撫でつけた。
「教えてくれてありがとう」
「いや。余計なこといった」
「全然余計なことじゃないわ。気にしてくれて嬉しい」
「嬉しい?」
「ええ。嬉しいわ」
それはあの時と同じ笑顔。姉ちゃんの本を大事そうに胸に抱えて、俺を知ることができて嬉しいといったあの時と。
先生は普段から笑っていることが多いけど、こーゆー時の笑顔は別格なんだ。ついつい釣られて俺まで笑ってしまう。じゃあ、いっか。そんな気にさせられてしまうんだ。




