神様からの贈り物
そして彰くんが三年となった。クラス担任になれたのは本当に幸運だった。まさに天命。神様が浅見の恋を応援している。そう思えた。
彰くんは一年の頃よりもますますカッコよくなった気がする。進学相談は浅見にとっても緊張のひとときであった。彰くんが何を選択するのか。それで浅見の行動も変わる。
時間制限が解ける卒業を機に、猛アタックすると決めていたのだから。
彰くんが選択したのは短期大学への進学。浅見はメガネを光らせる。
もう学生に戻ることはできないから、取るべき道はひとつだ。その大学の講師になること。確か大学の先輩が去年そこの大学に就職したはず。連絡を取ってみよう。
そこからの浅見の行動は早かった。
先輩に電話をかけて募集の有無を調べて貰い、空きが出ると分かった時はこれまた神様に感謝した。そこからは勉強。
先輩を呼びつけ「彰くんと離れたくないのおおお!!」と泣きつく所から全てが始まり。
まずは彰くんが誰か問われたので五時間かけて話して聞かせた。それでもまだまだ話し足りなかったのだが、話を聞いていただけの高崎先輩はとても疲れたご様子で。
「彰くんのことが好きなことはよく分かったよ」と言ってくれたから、その日は満足して帰してあげた。
だけど問題はその翌日からだった。
高崎先輩が持ち込んでくれた参考書の数が膨大で、外で勉強するわけにもいかなくなり。自宅に招いたのは良かったが、例の喋る彰くんで部屋は一杯。優しい高崎先輩の口元が引き攣っていたのは、絶対気のせいじゃない。
当然ポスターを剥がすつもりなど浅見にはなく、彰くんに囲まれながら勉強を開始。
そこまでは良かったのだが、難題にぶち当たるたびポスターにすり寄り、彰に癒やしを求める浅見の行動は時間の浪費に直結。一度すり付くと、妄想の会話が暴走して高崎では止められなかったのである。
このままではいけない。色んな意味で危惧を抱いた高崎は浅見に選択を迫る。
偽物の彰くんと本物の彰くん。将来きみが手に入れたいのはどちらなのかと。
答えは悩むまでもない。本物の彰くんを手にいれたいのなら、いまは偽物はしまっておくべきだと諭し、浅見は泣く泣くそれに応じたのである。
せっかく作り上げたしあわせの空間が崩壊を迎えたことに、浅見は大いに嘆き悲しんだ。
だがそんな浅見を神様は見捨てなかった。
引退したはずの彰くんが突然部にやってきてこう言ったのだ。
「俺とデートしよう」
と。大分記憶に修正が入っているが、あの時の喜びといったらない。
突然棚からぼた餅。いえ、棚から一攫千金。天から彰くんが降ってきた。
彰くんが部室を後にした直後、しばらく夢でも見ているのではないかと何度もほっぺをつねってみたけど、ひりひりとした痛みは確かにあって。
現実だと理解した直後には部活はこれで終わりにします! と口が勝手に告げていた。
高崎先輩には『今日は彰くんとデートです!!』とだけメールして自宅にとんぼ返り。
やっと身支度が整って駅前に向かってみれば女の子にナンパされている彰くんを発見し。
その後、起きた出来事は人生の宝物となった。
思い出すだけでじんわりと心が温かくなる。
あれはまさに結婚式の練習そのもの。
互いに手を握り締め、決してこの手を離さないと誓い。レッドカーペットを歩む。
フラワーシャワーの舞い散る中、ウェディングドレスと真っ白なタキシードに身を包む自分と彰くんの姿を妄想し。まさに脳内お花畑だった。
ウキウキと返事をしたら、なぜか口を塞がれてしまったのだけど。
レッドカーペットを歩む間は何も喋っちゃいけないというルールでもあったのかしら。
あまりに口を強く塞がれたものだから呼吸が苦しくなったけど、このまま幸せいっぱいの妄想の中で死ぬのも悪くないと思った。でもそんな馬鹿な考えは直後に吹き飛んだ。だって彰くんが言ったのよ。
「純銀のアイテムが必要だな」って。
そのひとことが浅見の心臓を貫いた。
それはまさに脳内妄想に飛び込んだ最高の台詞。プロポーズに他ならなかったのだから。
そうよ。指環がなくちゃ! 死んでなんかいられない。そのために努力したんだから。現実にしなくては。
短大の職員募集に空きが出たこと、最後の年に彰くんと同じクラスになれたこと。デートに誘ってもらえたこと。
神様の所業としか思えないそれらの出来事にお礼を言うつもりで祈りを捧げていたけれど、その時点から彰くんと結婚できますようにという己の欲求に様変わり。
何度も何度も熱心に頼み込んだ。
契約を守るため好きだと伝えることはできなかったけれど、きっと気持ちは伝わったはず。だってキス、したんだから。
想像していたのと少し違っていたけれど、どんなキスだって嬉しいことに変わりはない。契約が解けたら今度こそきちんと気持ちを伝えたいわ。
浅見は朝日に向かって左の手のひらを掲げる。
いまは何もない左の薬指。ここにいつか「銀のアイテム」が嵌まる日を夢見て。




