溢れる気持ち
三年に上がって進路をどうするか悩んだ俺は、短大に進むことを決意した。
本来なら少し厳しかったかもしれないが、朗読部に身を置いて毎朝補習を受けていたお陰だろう。最も苦手だった文系の学力がメキメキと伸びていたのだ。
その結果模試の判定はB。後は他の学科を補えばもう1ランクは上げられずはず。
「高崎先輩は彰くんが希望してる大学で講師をしているの。採用枠に空きがないか聞いてみたら、来年一人取るつもりだって教えてくれて。わたし、どうしても受かりたくて。先輩の力を借りて毎晩勉強してたのよ」
「あいつが、大学の講師?」
「去年入ったばかりなんだけどね。試験内容にも詳しかったし」
「それで毎晩勉強してたってこと?」
なんで気づかなかった。浅見先生の目の下には薄らとクマが出来ていること。夜遅くまで勉強して、学校に行って部活して。その後は妨害工作に乗り出した俺に遅くまで付き合って。
あいつを呼ばなかった分、そのあとまた一人で必死に勉強していたんだろう。
ああ、だから体力を心配してたのか。
俺が進路を決めたのは割とギリギリだった。そこから情報を集めて勉強を始めたんだとしたら、採用試験まではそれほど時間はない。それこそ寝る間を惜しんで勉強しなくちゃ無理だ。
浅見先生はいつもこうだ。俺のためにいつも必死。努力していることなんて絶対に口に出さないで笑顔だけ振りまいて。だからいつも気付くのが遅れてしまう。
俺は浅見先生を抱きしめた。
なんでこう健気なんだろうな。疲れてるならデートも断れば良かったのに。俺のために何かをしてもらうこと。それがずっと嫌いだった。気持ちを返すことが出来ないから。でもいまは素直に嬉しいと思う。
その気持ちを乗せて細い体を折れるほど抱きしめる。伝えたい言葉は沢山ある。嬉しい、ありがとう。無理させてごめん。全部を伝えきることは出来ないけど。まず先に言わなきゃいけないことがある。
「疑ってごめん」
「いいの。誤解を生むような真似をして、わたしこそ悪かったわ」
先生が遠慮がちに背中に腕を回す。誤解を生むような真似。それって先生にだけ言えることだろうか。俺も伝えなきゃいけないことが、あったんじゃないか。
嫉妬が先走って大事なことを忘れている気がする。だけどそれが何か、思い出せずにいた。




