浅見の部屋で見たもの
翌日の朝。
窓に集った小鳥の囀りで目を覚ました俺は寝ぼけた頭でスマホを手にした。
最初に突き放したは俺だから、埋める努力をしなくてはならないだろう。昨日一晩考えて出た答えがそれ。浅見先生は頑なに契約を守ろうとしているからな。契約の穴をついて、俺から仕掛けるしかない。
「おはよう。今日も学校終わったら会える?」
さすがに今日は無理って言われるかな。諦め半分でスマホを投げ出したら、すぐに通知音が鳴った。
「おはよう! ええ。いいわよ。楽しみにしてる!」
「マジか」
それからというもの。俺たちは毎日スマホでやり取りを交わした。全部あいつとの約束を妨害するためだったけど、学校が終わった後はすぐさま変身してデート。
街中を散策したり、買い物に付き合ったり。たまには少し遠出したりもした。もうあの爽やかムッツリの影もなくなって、記憶の隅から抜け落ちかけた頃。
「あのね、明日は……会えないわ」
先生がそう切り出した。
「なにか用事でもあんの?」
「え、ええ……」
「なら、いいけど」
忘れていた不安がまた黒い影を生み出した。翌日の放課後。張り込み用のカフェに身を潜めた俺はまたしても浅見先生の隣に爽やかムッツリを発見し、頭を抱えることになった。
「どーなってんの?」
あいつ、マジで誰だよ。と思う反面。
「なに、あれ」
スタイルから見て浅見先生であることに間違いはないんだが。浅見先生、ひょっとこのお面付けてた。縁日デート? んなわけあるかい。平日の、駅前だわ。
すれ違うひとがクスクスと笑いながら浅見先生を振り返ってる。なんでお面つけて歩いてんだ? お陰で表情が見えな……
「あ」
もしかして。
「俺が他の奴に笑いかけるなって言ったからか?」
嫉妬丸出しのあの台詞。思い出したらまた顔が熱くなった。
顔を真っ赤にして口元を押さえ込み、ひょっとこ浅見を無言で眺める俺は嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちに支配されて慌てて店を飛び出した。
ひょっとこ浅見はアパートに付くまでお面を外さなかった。電車に乗ってもお面を外さずにいたから、奇怪な人間だと思われたんだろうな。動画撮影までされてた。
俺は映りこまないよーに二車両離れてたけど。どうせ行き先は分かってる。浅見先生のアパートだ。
だけど今回は黙って見送るつもりはなかった。
ストーカーだって思われるかもしれないけど、別に構わない。今日こそあの爽やかムッツリの正体を暴いてやる。ないとは思いたいけど、あいつが彼氏だったら俺のキスを受け入れた浅見先生は二股かけたってことになる。
悶々と考えるのはもうやめだ。だいたい性に合わないんだよ。当たって砕けるならそれも良し。俺は意を決してアパートに辿り着いた二人の前に姿を現した。
「玲香」
ひょっとこが顔を上げて立ち止まる。
俺の中じゃ緊迫した雰囲気なのに、ひょっとこに向かって話しかけてるこの現状。ふつふつと笑いが込み上げてくる。一体なんの試練だよ。笑うな、笑うな。真面目に!
「彰くん?」
「そいつ、誰?」
ひょっとこから漏れる可愛らしい声。まるで腹話術みたいだ。グッと笑いを堪える俺をひょっとこの隣に立つ爽やかムッツリが俺こと? みたいな顔をして見てる。
「彼氏……なの?」
「え?」
ひょっとこに向かって訊ねる内容か? むしろひょっとこって男だろ。ひょっとこの彼氏ってBL……アホなことを考えるな。本質を捉えるんだ彰!!
「僕は玲香の彼氏じゃないよ、如月彰くん」
戸惑うひょっとこに変わって口を開いたのは爽やかムッツリだった。俺は軽く睨みを利かす。
「なんで俺の名前知ってんだよ」
「玲香から毎日聞いてるからね」
玲香、ね。こいつが言う玲香は俺が生徒だとバレないように演技してるものと違う。名前で呼ぶ仲かよ。
「彼氏じゃないのに、毎日玲香の部屋に上がって何してんだよ」
笑いを生み出すひょっとこから出来るだけ目を背けて、更に噛み付く。
俺は悶々と抱える疑問を全部解消するつもりでここに来た。
遠慮なんてもうしねえ。嫌なもんは嫌。その後のことがどうなろうと知ったことか。一人で考えてたって分かんねーんだから、聞くしかねーだろ。
世の中ではこれを開き直りと言うらしいが、陽キャの得意技その壱に該当するのが開き直りだ。後は勢いに任せればだいたいなんとかなる。
爽やかムッツリは数度瞬きを繰り返してポリポリと頬を掻き、訴えるような目をひょっとこに向けた。
「参ったな。知っていたのかい? どうする? 玲香。ちゃんと話さないと誤解を生むと思うよ」
「……そうね。そこまでバレてたのなら仕方ないわ。隠すのはもう諦める」
「それがいいね。今日のところは引き揚げることにするよ」
「ええ。ごめんなさい」
二人で会話を進めて、爽やかムッツリは俺に向き直った。
「俺は玲香の大学の先輩だよ。現在彼女募集中であることに変わりはないけど、玲香のことは狙ってない。安心するといいよ。あとは玲香が話すだろう。それじゃあ、またね。如月彰くん」
爽やか笑顔を貼り付けるムッツリは軽く手を振ってその場を後にした。俺はその背中をじっと睨みつける。大学の先輩? 狙ってない? そんなの信じられるか。おまえとは二度と会わねーよ。
「あの……彰くん。ちゃんと説明するわ。だからその……部屋に上がっていかない? 見てもらえばすぐに分かると思うの」
ひょっとこがモジモジしてる。俺は顔を顰めた。
「そのお面外してくれたら行きます」
初めて入る浅見先生の部屋は広めの2LDKだった。玄関は綺麗だったが、中に踏み込んで言葉を失う。
「なんだこりゃ」
玄関から真っ直ぐに進んだリビング。そこにあるのは本、本、本、本。本の山。それこそ足の踏み場もないってくらい本やノートが散乱していた。その1冊を手に取ってみる。
「大学採用試験?」
それは大学採用試験の過去問題集だった。パラパラと開いてみたが、まったく理解できん。たけど、どのページにも隙間なく赤ペンや青ペンが引かれていて、沢山付箋やメモが貼られてあった。違う本を拾ってみても同じ。
まさかここにある本。全部読んだのか?
「わたし……来年は短大で働きたいの」
ポツリと呟いた先生に本を捲る手を止める。
「短大? 急にどうして」
「彰くんが……行く、から」
ドサッ……と手にした本が落ちた。




