救世主浅見
ん?
少し高めの黒いヒールに細い足首。何度もぶつけ合った膝小僧。まあ、それは見ただけで判別できるもんではないが。足もとから辿って顔をあげれば、立派な小玉スイカをドーンと突き出して俺の背後を睨みつける仁王立ちの浅見先生。
「……先生? なにして……」
「早瀬さん!!」
目を釣り上げた先生は大声で叫んだ。ポカンとする俺の横をずかずかと通り過ぎ、大股で早瀬に向って行く。その背後では閉じかけたドアの隙間から菊地や重なり合うクラスメイトの顔が見えた。
みてたのか、おまえら!
顔を顰めた俺に気づいた菊地は焦ったようにみんなを駆り立て、バタバタとその場を後にした。それから少し遅れてゆっくりとドアが閉まり、俺は深々とため息をつく。どこまで話聞かれてたんだろ。もう本当に面倒臭い。
そんな俺の後方では。
「浅見先生!? どうしたんですか?」
「話は聞かせてもらったわ」
聞いてたのかよ。
まるで刑事ドラマのような台詞を言ってのける浅見先生。俺は複雑な顔でガクッと項垂れる。
「スマホを渡しなさい。学校でのスマホの使用は校則で禁止されているはずよ」
「え? だってみんな使ってるじゃないですか」
「でも校則は校則。それを使って生徒を盗撮して脅すなんてあり得ません。渡しなさい」
「なんでわたしだけ没収するの。おかしいじゃないですか」
早瀬はスマホを背中に隠して先生を睨みつけた。
この学園は校則なんてあってないようなものだからな。むしろ何が校則なのか、誰も分かってないんじゃないか。スマホの使用がダメなんて、俺も初めて知った。
「個人情報保護法って知らないのかしら。いくら校則が緩くたって、他人のプライバシーの侵害になるようなことは断じて見逃せません。彰くんは嫌がってたわよね。消して欲しいってあなたに頼んでた。いますぐここで消しなさい。そうすれば没収はしないわ」
浅見先生は一歩も引かなかった。
普段は笑顔の多い浅見先生が、こうして怒っている姿は初めて目にする。先生は本気で怒っているように見えた。ここにいるのは俺たちの知る陽気な彼女ではない。
唇をきつく結び、切れ長の瞳に怒りを乗せる彼女の口調は有無をいわさぬ強さがある。いままで見たこともないような高圧的な態度。早瀬は思わず顔を顰めた。
俺もまた早瀬とは違った驚きに取り憑かれる。浅見先生が校則に関して注意している所は一度も見たことはない。急にどうしたんだと呆気に取られるが、心の隅で安堵しているのも確かだった。
さっきまでどん底だった気持ちが微かに温かみを帯びて浮上しているのがわかる。
俺と早瀬の間に立ち塞がる浅見先生の背中は力強く、頼もしい。いま頼りになるのは先生ただひとり。俺は心の中でエールを送った。
二人のやり取りを黙って見つめる俺に早瀬は悔しそうな顔を向ける。
さあ、どう出る早瀬。
迫られた選択肢は二つ。データ消去か、スマホ没収か。
高校生だぞ。答えなんて考えるまでもない。ほとんどの奴がスマホ依存症だからな。
押しが強く勝ち気な早瀬の性格を考えるに、数分だって手放せないはずだ。俺の考えを肯定するように、早瀬は怒鳴った。
「わかったわよ! 消せばいいんでしょ! 消すわよ!」
「わたしの前でやって頂戴。バックアップの方もちゃんと確認するわよ」
「……もう! 全部消すってば!」
「もし後日、彼の写真が出てきたらあなたを警察に差し出します。いいですね」
「わかったってば!」
ギリギリと歯軋りをする早瀬は浅見先生の監視のもとヤケクソに写真を消していった。浅見先生はアプリやらSNSやら片っ端から念入りにチェックを入れて、最後にホッとした顔を浮かべる。
「大丈夫ね。もう行っていいわよ」
「マジでムカつく! ちょっと胸が大きいからって、なんなのよ!」
なんだよ、その捨て台詞。もしかしてコンプレックスなのか? 最後に面白い台詞を吐き捨てて走り去った早瀬に、浅見先生はポカンとした顔を浮かべる。
「ははっ」
その顔が面白くて、つい笑い声が出た。そんな俺に浅見先生は口を尖らせる。
「なにを笑っているのよ」
「ははっ、いや別に。助かったよ、先生。マジでありがとう」
「勝手に写真撮るなんて酷いことするわよね」
「先生もだいぶ撮ってたと思うんだけど」
「あっ、あれは!」
「別にいいけどさ」
さっきまでドン底だった気分はもう晴れやかだ。慌てて言い訳をする浅見先生の言葉をハイハイと受け流して、俺はまた笑った。
俺ひとりじゃどうにもならなかった。本当に感謝しかないな。瓶底メガネの俺の写真は、そのお礼に目を瞑ってやるよ。
いつもご覧頂きありがとうございます。
初めて?先生らしく彰を守った浅見先生。
傷付いた彰の心は浮上し、笑顔を取り戻すことが出来ました。色んな出来事を乗り越え、少しずつ二人の心の距離が近づきつつあります。
これからも二人を応援してくれる方はブクマや評価をお願いします☆
次回は菊地が動くぞ。




