恐怖の予兆
「でも丁度良かったですよね。全国コンテストまであと数ヶ月です。そろそろ練習時間を増やした方がいいと思っていたので」
部室のカーテンを開けながら朝日に目を細める彼女は三年の優里先輩。部長さんだ。この学園にしてはおとなしめの性格で、綺麗に切り揃えられたボブカットが童顔の顔によく似合う。
「コンテストの概要が先日発表されましたし、早く選んで練習に取りかからないと」
「ええ、そうね。そうだと思って声をかけたのよ」
嘘つけ。キリッとメガネの縁に指を添えた浅見先生に乾いた笑みを洩らす。俺が言わなきゃこうはならなかっただろうが。
ってことはコンテストのこと忘れてたんじゃないのか、このひと。
「コンテストって何をするんですか?」
「如月くんは朗読部は初めてなのよね。コンテストはそれぞれ部門が分かれているんだけど、わたし達が出るのは『朗読部門』ね。大会側が指定した作品を選んで、決められた時間内に読むのよ」
時間指定まであるのか。少し難しそうだな。
ボケた浅見先生がまだコンテストの概要を取り寄せていなかったものだから、去年の資料を優里先輩が参考にと貸してくれた。
教室に戻った俺は頬杖をつきながらページをめくる。
「朗読部門の指定作品は……」
全部で五作品あったが、ほとんど知らないヤツばかりだった。ひとつは古今和歌集に出てくる話で、いま授業に出てきた所だ。あんなん読めるか。聞くだけで眠くなってくるわ。
「如月くん、ぜひきみの足を我が部活に!」
「おまえんところは部員が多いだろ。俺の部の方が少ないんだ。あっちいけよ」
「部員数は関係ないだろうが」
他のやつ、ちょっと検索してみるか。スマホを取り出してタイトルを検索してみると、ウェブで試し読みできるのが何冊かあった。
どれどれ〜
「如月くん、話聞いてる!?」
「バスケ部は陽平くんがいるだろ! ひとり優秀なのが入ってるんだから、それで我慢しろよ!」
「陸上部だって菊地くんがいるじゃないか。それで満足したらどーだよ」
「戦力はいくらあっても多いってことはないんだよ!」
あー。全部文芸系なのか。芥川賞とか受賞した作品ばっかなんだな。読んだことないわ。うーん、出だしからなに言ってるか分からんな。
もうちょい簡単なお題ないの?
周りにいるガヤは完全スルーだ。性懲りも無く休憩時間ごとに教室に乗り込んでくる運動部の先輩方。もう少し静かにしてくれませんかね。
暑ぐるしい筋肉マッチョに取り囲まれる俺を最初クラスメイトは面白おかしそうにみていたが、そのうちそれがデフォとなるとからかうこともしなくなった。
俺も同じだ。最初は丁寧にお断りを入れていたが、何度断ってもやってくるのでスルーすることに決めた。
ただ追い返すことをしなくなったので、延々と周りでギャーギャー騒がれる。それが鬱陶しい。陽キャを隠す必要がなかった頃は、部活はバスケ部って決めてからこんなことはなかったんだけどな。
運動神経がいいのはバレたんだし、もういいんじゃね? って思うだろ。よくねーんだよ。
確かに運動神経が良いのはそれだけでも目をひいてしまうものだが、それだけで女は簡単には言い寄らない。
いまの状況がそれを肯定している。確かに女子とは仲良くなったが、この見た目で惚れる奴はいない。言い寄ってくるのはイカつい運動部の先輩だけ。あと菊地。そんなもん。
だから決してこのメガネを外す訳にはいかない。これは俺の命綱なんだ。運動部に入ったら邪魔でしかないからな。断固お断りだ。
「如月~ちょっと来て~!」
ガヤガヤと煩い先輩方に割って入ったデカい声に振り返ると、教室の入り口に立って手招きしている菊地を見つけた。なんかニヤニヤしてるように見えるんだけど。
「なに?」
「いいから。ちょっと来いって」
いったいなんだよ。
言い合いを始めた先輩方の間を身を屈めて通り抜け、仕方なく菊地の元に赴く。ドアを挟んだ菊地の向かいには見慣れない女の子がひとり俯いて立っていた。茶髪のウェーブをポニーテールにしたミニスカ女子。誰、この子。
「この子、おまえに話があるんだって」
「話?」
「まあ、聞いてやれよ。じゃーな」
菊地はニヤニヤとしながらポンと俺の肩を叩いてその場を後にした。知らない女子と向かい合う俺は微妙に嫌な雰囲気を感じながら口を開く。
「話ってなに」
「わ、わたし! E組の早瀬ミナミっていいます!」
「それはどうも。それで」
「大事なお話があるので、今日の放課後。屋上に来てもらえませんか!」
「……」
これは、まさか。
皆様、おはようございます。
昨日のリクに答え、今日は約束通り7時に更新致しました。
朝に更新したのはこれが初めてです。
(*´ 艸`)貴重。
今日は日曜日なのでお昼の12時にまた更新予定です。ぜひお楽しみに。




