隠キャスタイルでバスケって難しいんですよ
「カッコイイのに」
「Tシャツは凄くカッコイイのに」
「凄く残念」
「おまえ、メガネ外したら」
「いや、それより髪型だろ」
周囲を取り囲まれ、俺は青ざめる。なんでこうなるんだ。
体育祭の準備でクラスメイトとの絆が前より深まったのは認識してた。ならなくても良かったが、仲良くもなった。だけど干渉して欲しいとは言ってないぞ。
おそらく汗水流して制作したTシャツの出来栄えにみんな満足してくれたんだろう。Tシャツに合わせて髪型も気合いを入れてるのわかる。そこは自由だ。だけど俺のことは放っておけ。
じりじりとにじり寄るクラスメイトに冷や汗が流れる。やめろ、近寄るな。
「い、いや。俺、これでいいし」
「髪の毛あげたらマシになるぜ」
「いやー、やっぱメガネじゃね?」
「メガネないと見えないから!」
ドンッと黒板まで追い詰められた俺は涙目になる。マジで勘弁してくれ。神様!
「あなた達。なにしてるの? 嫌がってるじゃない。彼はそれでいいのよ。好きにさせてあげなさい」
天の声がかかった。
振り向くと浅見先生が怒ったように腕組みをして入り口に立っている。いつもにこやかな浅見先生がキツく睨みを効かせているから、クラスメイトも空気を読んだらしい。すごすごと席に戻って行った。
「助かりました。先生、ありがとうございます」
「ええ。危なかったわね。大丈夫。あなたのことはわたしが守るわ」
珍しく浅見先生が頼もしい。俺はいつから保護対象になったんだ? この前守ってやったのは俺のはずなんだが。微妙に納得がいかないが助かったのは事実だ。
マジで危なかった。これだから距離感って大事なんだよ。
イベントで浮かれてしまった己を呪うが、明日からまた距離を置こうと心に誓う。
リレーは最後だし二人三脚は午後だ。自分の出番以外は応援に回ることになっているので、俺は体育館を覗いてみることにした。
二階のギャラリーから観戦していると陽平を見つけた。やっぱりバスケか。対戦相手はうちのクラスだが負けてるな。陽平はちょっと格別なんだよな。あいつマジで上手いから。
「やーん! 負けるうっ!」
「男子頑張れーっ!」
「陽平くーん! カッコイイ〜!!」
おうおう。この人気者め。ニヤッと笑ってみているとホイッスルが鳴った。うちのクラスの奴が足を捻ったらしい。ひょこひょこと足を引きずりながら退場していく。あらま。こりゃ完敗だな。
「えーっ、人数足りないじゃん。どーすんのー?」
すぐ隣でクラスメイトが青ざめる。こういうのは運だ。仕方ないだろうな。
再び開始されたゲーム。当然陽平の自由度は増し、微妙な点差が大きく開き始める。うちのクラスも頑張ってはいるが、やっぱり人数が欠けたのは痛い。
前半戦はC組の圧勝で終わり、続いて後半戦に差し掛かろうとした時だ。
「如月、はっけーん」
思わずゾクっとする声が背後からかかった。
振り向くとクラスの男子が三人、肩を組んでニヤニヤとした笑みを俺に向けている。こいつらバスケに参加してる奴らだよな。
「お、お疲れ様〜」
嫌な予感がした俺はそそくさと違う会場に向かおうと……
「捕獲!!」
「ぎゃっ、馬鹿野郎! 離せ!」
ヨイショッと肩に担ぎ上げられた俺は、思わず猫を被るのを忘れて怒鳴る。
なに考えてんだ、こいつら!!
「ちょっと人が足りなくてな〜、困ってたんだわ〜」
「た、大変だね〜」
「おう。すっげー大変なんだよ。だから如月。手伝え」
「無理!!」
「やればできる。自分を信じろ」
なに言ってんだ、馬鹿野郎!! まるで胴上げでもされるような状態で男三人に担がれた俺はコートの真ん中にストンと下ろされた。
正面にはポカンとした陽平。それを無視してチャキッとズレたメガネを直し、何事もなかったようにコートを離れようとした俺にバスケのユニフォームが被せられる。視界にはずいっと突き出たクラスメイトの顔。
「いいか。やることは三つ。走れ。ボールを取れ。ゴールしろ。それだけだ」
簡単に言うんじゃねーよ、馬鹿野郎。
ピクピクと引き攣る口元が止まらない。
大体このメガネ見えないんだって。真っ直ぐ走るだけの徒競走ならまだしも、ボール取ったりゴール狙ったりとかホント無理だから。
「へえ。ピンチヒッターか? おや? 如月くんじゃなーい」
「や、やあ。陽平くん。奇遇だね。俺、バスケなんてできないんだけど代役で…ははっ」
「ふーん。楽しくなりそうだなぁ?」
挑むような目を向ける陽平に、さらに口元が引き攣る。陽平と俺は小学生の頃からずっとバスケ部で親友でありライバルだった。
高校に上がって競うこともなくなったが、陽平的には待ちに待った機会だろう。メガネしてることなんて忘れて本気でくるぞ。
「手加減とか……」
「するわけねーじゃん?」
「ははっ、ですよね〜」
どないしろっちゅーねん。ピーッとゲーム開始のホイッスルが鳴る。
「如月ーーっ!! 頑張れー!!」
上のギャラリーから女子の声援が聞こえる。
声援は有難いがマジで視界ボヤけるし。だからといってメガネを外す勇気はない。仕方ないので前髪に隠れる程度にメガネを少し下にずらす。これならあんまりバレない。
だけどちょっと動くと鼻までずり落ちてくるので、ドリブルしてはメガネを直し、パスしてはメガネを直し、走ってはメガネを直し。チャキッチャキッとメガネを直す作業が忙しい。
「如月! 打て!」
ゴール下。パスが通った。真っ先にディフェンスについたのは当然陽平だ。ニッと陽平が笑う。
「打てるかな〜?」
「打てるに決まってるだろ、アホ」
「やれるもんなら、やってみ」
むかっ。やってやろうじゃねえの。勝負だ、陽平!
俺はドリブルを開始する。腰を落とした陽平のディフェンスはピッタリと張り付いてなかなか振り切れない。俊敏な動きで左右を塞ぎ、パスすら通させない。くっそ、上手くなってる!
だが――甘い!
俺は一瞬の隙を突いてターンしながら陽平の脇を抜き、ノータイムでジャンプシュートした。
ゆっくりと孤を描いてゴールに向かうボール。観客の視線が一様にボールに向いてる間、ずり落ちたメガネをスチャッとかけ直す。
そして、シュッ! という音を立ててボールはゴールに吸い込まれた。
「うおおおおおおおっ!!」
「如月いいいいい!!」
クラスメイトが喜び勇んで飛びついてくる。頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、またしてもずり落ちたメガネを直していると陽平が笑った。
「やっぱおまえとバスケすんの楽しいわ」
高く掲げられた陽平の右手。俺は小さく笑って掌を打ちつけた。
「カッコイイイイ〜ッ!!」
「うおっ! 浅見先生。来てたんですね」
女子生徒に混じって黄色い悲鳴をあげた浅見の声に振り返った男子が、思わず肩を震わせる。
浅見の手には『LOVE』と書かれた団扇。昨日夜なべして作ったものだ。とはいっても、キラキラのテープで文字を書いただけだが。
本当は「彰くんLOVE」と書きたかったのだが、さすがにマズイと思いLOVEだけに留めた。気持ちが入っていればいいはず。そう考えて。
浅見は今日一日をかけて彰を追いかける予定だった。首には一眼レフ。生徒のアルバム撮影と称していたが専属カメラマンは他にいるので、単なるカモフラージュである。
結果的に前半の点差が響いてB組は惨敗。
汗を拭いながら終了ホイッスルを聞いた俺はクラスメイトに笑顔を向ける。
「マジで助かったわ。ありがとな、如月」
「いや、俺も楽しかったよ」
「そうか。じゃあ、バスケ部に……」
「お疲れ様」
スッと表情を消して俺はその場を後にした。
いつもご覧頂きありがとうございます。
笑えた、面白かった!という方はブクマや↓にある★を染めて応援してね!




