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第四話

 アリスのスキルレベルが上げ終わったら、次はレナだ。

 同じように呼び寄せるが、ソファに座らずに少し離れた所から睨んでくる。

 ほんの数日なのに、親密度が下がるのが早すぎると思う。しょうがないから親密度を上げるアイテムを使う。手元で香水のような小さな瓶がかき消えると、レナが隣に座って抱き着いてくる。

 革鎧を着ていないレナは華奢という言葉が似合うくらい小さくて、肩に手を回しても腕の長さが余るくらいだ。向こうから抱き着かれると一周回って手の先が自分に届いてしまう。


 レナのスキル上げに必要なアイテムは「境界の秘石(きょうかいのひせき)」。アイテムの説明には「夢と現を繋げる力」となっている。やっぱり意味が分からない。

 このゲームのアイテムの、このふわっとした説明はなんだろうか。不思議なパワーですごいことになっちゃうよという理由になってない説明が多いような気がする。

 もっとも、スキル上げだとか親密度だとか、科学的に説明しろと言われても無理だろうし、しょうがないのだろうけど。


 このアイテムを使って上げるレナのスキルは「繋ぐ者」。レナについてはネットに情報が上がっていないので、スキルを上げてもどんな効果があるのかは不明だ。ただ、俺は手持ちの女性キャラはレベルとスキルだけは最大まで上げることにしている。


 その先の武具の強化は物凄く時間が掛かるので、主力メンバーだけだ。アヴァロンは武具強化で鎧が立派になって盾も大きくなった。盾役として素晴らしい強化だ。

 一方、ヤセのように防具はまったく変わらず振り回している棺が重くなっただけ、というキャラもいる。

 アリアドネに至っては、ネックレスなんかの装飾品が豪華になっただけだった。それは武具なのかと問い詰めたい。そして胸元のネックレスを検分するためには至近距離で調べる必要があるだろう。じっくりと。


 取り出した「境界の秘石(きょうかいのひせき)」が手の中で砕け散り、レナのスキルが一つ一つ上がってゆく。全て使い終えたときには、予定通りスキルレベルは最大まで上がっていた。

 と、レナが急に抱き着くのを止めて体を離す。


「な、なに? なにがどうなってるのよ」


 なんか急に話し出した。

 他のキャラも話しはするが、ガチャの登場シーンとか、戦闘中の指示への反応とか、話すタイミングは割りと決まっている。ただ、全部のキャラが戦闘中に話すわけでもないし、戦闘後のリザルトの場面でも、会話より酒とばかりに瓢箪を煽るヤセみたいなのも居る。


 だからこそ、レナが戦闘後も話さずに睨みつけてくるだけであっても、そういうものだと思っていた。

 それがスキルレベルが最大になったタイミングで言葉を発した。

 俺の覚えている限りでは、スキルレベルを上げたことでセリフがあるキャラはいないはずだった。ネットに情報がないことに加えて、やはりレナはいろいろ変だ。

 そんなことを考えながら、話すレナを眺めていたら、話の向きが変わってきた。


「ああっ、もうっ。なんで私が戦わなきゃいけないのよ。プレイヤーは指示を出すだけでしょう。戦うならあなたが戦いなさいよ。大体なんで女性キャラばっかりなのよ。私のマリスはどこ行ったのよ」


 早口で捲し立てるレナの言葉が不穏だ。

 マリスは数回前のピックアップで出て来た騎士キャラで、細面で背が高く女性プレイヤーに人気があったはずだが、俺は持っていない。男性キャラを引くために課金しようとは思わなかったからだ。

 それは置いておいても、キャラとかプレイヤーとか、メタ発言が出て来るとは思わなかった。キャラがメタ発言するのは世界観を壊しがちなので、あまり好きではないんだが。


「そもそも家具も配置も違うじゃない。あの家具を用意するためにどれだけアイテムを集めたと思っているのよ。何か月掛かったと思ってるのよ。それを勝手に変更して、ちゃんと元の家具は残ってるんでしょうね」


 メタ発言どころか、妄想まで流し始めた。

 確かに家具もアイテムを集めて錬金室で作る必要はある。この部屋にあるソファだって魔獣の革やバネ人形の破片を集めて作ったもので、それなりに時間は掛かっている。しかし、このマイハウスは俺のマイハウスであって、レナの物ではない。そこは間違わないで欲しいものだ。


 レナが延々と妄想を垂れ流している間も、他のキャラ達はにこにことランダム行動を取るばかりで、部屋はかなりシュールな状況になっている。

 なにしろ、レナ一人が騒いで、他は全員が無反応なのだ。リアルなら控え目に言って「空気読め」だし、第三者が見たらイジメにも見えかねない。


 何か、レナの言葉を止める方法はないかと考えて、メニューからアイテムを選択する。

 手元で香水のような小さな瓶がかき消えると、やっとレナが静かになった。


 静かになったレナがソファに座って抱き着いてくる。

 試しにと使ってみたが、親密度を上げるアイテムで静かになるとか、親密度が下がるのが早すぎるというレベルじゃないように思う。スキルレベルを上げると親密度がリセットされるんだろうか、いや、そんな話しは聞いたこともないが。


 一旦は静かになったレナだが、俺の肩に顔を埋めたまま、なにやら呟き出す。

 俺に話し掛けているわけではないようで、ぼそぼそとした声は酷く聞き取り難い。断片的に「メニュー」「ログアウト」「どうして」という言葉が聞こえる。


 ツンデレどころかレナが病んで来たような気がするのはどうしてだろう。

 抱き着かれたままで身動きが取れない。なんとなくメニューを開いて、アイテム欄を眺める。眺め初めてから、精神に作用するアイテムがないかと考えるも、目に映るアイテムの中で精神に関わりそうな物は親密度を上げるアイテムくらいだ。


 他のゲームであればバフ系のアイテムで「興奮剤」とか状態異常の回復で「鎮静薬」みないなのもあるが、このゲームにはない。戦闘の最中はキャラのスキル任せで、アイテムが使えないためだ。


 アイテム欄をスクロールしながら見直しても、やはり、精神に関わりそうなアイテムはない。僅かに、スキルアップのためのアイテムで、フレーバーテキストに「夢」とか「心」の文字が使われているくらいだ。

 諦めてメニューを閉じたところで、レナの呟きが耳に入る。さっきまでの呟きよりも少しだけ大きな声は、かすれるようにして問いかける。


「ねえ、私はどうやって、ここに来たの?」


 どうやってと聞かれても反応に困る。

 キャラは俺の指示や行動に反応を返すだけで、質問などしてこないからだ。

 さっきから、メタな発言をしたり、病んでるように呟いたりと、普通とは違うことが多すぎる。何かイベントでも始まったのだろうか。

 気の利いた答えなど思いつかないので、端的に事実だけを答える。


「ガチャで」


 端的にメタ過ぎて通じるのかどうか不安になる。

 ところがレナがその言葉に反応した。

 パッと顔を上げて、ついでに俺の手を引いてソファから立ち上がらせる。


「ガチャよ! そうに違いないわ! 召喚の間はどこよ!」


 突然、元気になったレナに引きずられて居間の扉を出る。

 キャラは配置した部屋から勝手に出たりしないんだが、やっぱり何かイベント中なんだろうか。

 レナに言われるままに召喚の間に案内する。


 マイハウスの地下、階段を降りてすぐの場所に配置してあるのが召喚の間だ。

 地下でももっと奥には倉庫や錬金室がある。地上の部屋は居間や寝室といった生活の場で、ゲーム的な機能を持った部屋は全て地下にまとめて配置してある。やはり工房とか魔法実験的な部屋は地下だろう。


 召喚の間に入ると、虹色に光る渦が展開されていた。

 ガチャでレアキャラが出る時だけ展開されるはずの虹演出。それが誰も居ない召喚の間でゆっくりとうねっている。

 ここでガチャを引けるのは、プレイヤーである俺だけだ。それが召喚の間に入る前からガチャを引いた時のような演出が始まっている。その原因は何か。レナのスキル上げ以外にはないだろう。


 ガチャでレナを引いた後にも、ピックアップ対象であるアリスを引きたくて何度かこの召喚の間でガチャを引いている。

 その時は普通だった。その後はレベル上げとかスキル上げのアイテム集めをしていたからこの部屋には入っていないが、レナの普段とは違う行動から見ても、今起こっているイベントはレナのイベントだ。


 レナが俺の後に続いて召喚の間に入ってくる。

 居間を出た時にはレナが前で俺の腕を掴んでいたが、場所が分からない以上、俺が先に行くしかない。それでもレナは俺の腕を掴んだままだ。


 ゆっくりとうねる虹色の渦に中心には黒い闇が沈んでいる。それは虹色の光に押し潰されているような、それとも、中心にある闇に虹色の光が吸い込まれているのだろうか。真ん中の黒と周囲の虹がぐにゃりと混ざり合って、じっと見ていると酔いそうだ。

 レナは俺の腕を掴んだまま、虹の渦に近寄る。

 ガチャならば、今は闇が漂っている中心部分に、新しいキャラが登場する。今は誰も現れる気配はない。

 レナは俺の腕を掴んだまま、虹の渦に近寄る。


 ガチャならば、虹色の演出はほんの数秒で終わる。今は、虹色がゆっくりと渦を巻いて終わる気配がない。

 引きずられるままに渦に近づく。


 ガチャならば、動かすためにはアイテムを消費する。俺の手元のアイテムはアリスの時で使い切ってしまってない。


 虹の光が目にチラつく。

 頭の中がチカチカする。


 目を覚ますと、召喚の間だった。

 どうということはないが、何か違和感を感じる。

 気付いたら、床に腰を下ろしていた。尻が痛い。床にぶつけたのだろうか。


 目の前がチカチカして目を瞑ったのは覚えている。その時に座り込んでしまったのだろうか、軽く頭を振って見る。もう大丈夫だろうか。


「なんなんだ」


 思わず声が漏れる。

 立ち上がりながら見回すと、レナの姿があった。俺の腕を掴んでいたはずのレナが、少し離れた場所に居る。目を閉じたのは一瞬ではなかったか。


 レナの手に香水のような小さな瓶が現れて、かき消えた。



―――― GAME OVER ――――


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