悪逆非道の女王
「「「殺せ!殺せ!」」」
叫ぶ民の声をききながら、一歩、また一歩進む。
「私の夫を返して!」
声の限り叫ぶ女。
「地獄へおちろ!」
「悪魔!」
憎悪の眼差しで一心に見つめる人々。
その前を横切りながら、ユリアナな思いを馳せた。
なにを、どこで間違えたと言うのだろう。
十六歳という若さで両親と兄を事故で失い、ユリアナは国主となった。
それから五年と少しの間。
ユリアナは懸命に、良い王であろうと務めていた。
それでも、それだからこそ今日という日を招いたのだろう。
第1王女として必要なものは、帝王学ではなく淑女としての立ち振る舞いやダンス、社交術を学ぶことで。
ゆくゆくは降嫁するか、他国へ嫁ぐか。
そのどちらかの選択しかなかったユリアナには、帝王学を学ぶ機会など与えられるはずもなく、行政機関の主要人物と関わる機会すらもなかった。
若くして家族を失い、失意の中で王位を継いだユリアナには父を支えていた宰相に助力を求める他なかった。
『敬愛する王や王妃、そして王太子を亡くして悲しんでいる国民のために繁栄と幸せを。共に国に尽くして参りましょう。』
その言葉を信じ。
『税を上げ、国民の意識を改革しましょう。競い高め合うことで様々な発見が生まれ、技術は発展することでしょう。そして国民1人1人もやる気に満ち溢れるはずです。』
その言葉を実行し。
『疫病が流行っています。しかし王よ。私を含め、国民はあなただけは失いたくないと思っております。この病は歴史を振り返れば、繰り返し起きているものです。秋頃には終息します、時を待ちましょう。』
その言葉に頷いた。
そうして、気づいた時には『悪逆非道の女王・ユリアナ』として国民に憎まれていた。
行いを変えようにも、どうしていいものか分からず。
その日から王宮の書庫にこもり、書物を読みあさった。
調べ、学び、理解する程に、自分の通してきた法案のその重さと罪深さに押しつぶされそうになりながら。
涙する日も、何にともなく恐怖にかられる日も書物を手放すことはなかった。
全てを知ったユリアナは宰相を呼び出し、問い詰めた。
そして、国民の生活を少しでも改善しようと以前通した法案の改定案を自ら提案した。
だがしかし、全ては遅かった。
『知ってしまいましたか。まぁちょうど頃合でした。ずっと傀儡でいてくださっても良かったのですがね。そうでないなら、なおさらに好都合です。』
『あぁ、そうでした。その法案を通すことはありませんよ。』
何日もの間、寝る時間を惜しんで書き上げた。
はじめて自ら提案するからと、これ以上国民に苦を強いるようなことがないようにと何度も熟考した改定案。
それをまとめた紙が目の前でさかれていく。
『どうか、おやめください!女王陛下!』
落ちた紙を呆然と見つめるユリアナは突然大きな声をはりあげた宰相に驚き、顔を上げる。
バン、とドアが開かれる音。
宰相の後ろから『どうなさいました!』と幾人かの兵士が部屋へと入ってくる。
『お別れです。』
兵士を背に、ゆっくりとユリアナに向かって笑う宰相はいつもと変わらず優しく見えて。
ユリアナはひどく混乱した。
『私が提案した改定案を女王陛下に受け入れていただくことはできませんでした。これ以上、悪逆をまかり通すことはなりません。』
振り返った宰相は兵へと告げる。
『女王陛下を、いえ悪逆女王を捕らえなさい。』
終わりまできて、ようやくユリアナは本当の意味で自分が間違えたものを理解した。
理解したと同時に込み上げる笑いをユリアナは押しとどめることができなかった。
『こんなにも国民を傷つけておいて.......この期に及んで笑うなど。』
兵士の1人が怒りに震えながら、口を開く。
『早々に切り捨ててしまえ』
『悪魔め』
『何故賢王からこのような悪魔が産まれてしまったのか。』
『死をもって償え』
すると続くように、ひとりまたひとりと憎々しげに、恨みをこめ言葉を紡いでいく。
後ろ手に拘束される間も、牢へと連行される間もユリアナは何も口にすることも抵抗することもなかった。
抵抗する気はもはや起きなかったのだ。
宰相だけが信頼を寄せられている事実に、そしてユリアナの味方などどこにも存在するはずがないであろうという事実に。
ユリアナの心はとうに打ち砕かれていた。
収監されて数時間後には、まるで予め決められていたかのように翌日の処刑が決まった。
そうして翌日を迎え、今。
はじめて見るたくさんの国民に罵倒され、睨まれながらユリアナは最期の瞬間へと歩みを進めている。
(すべて、間違っていたのだわ。)
もう何もかも失ってしまったというのに、何も楽しくもないというのに、なぜか笑いが込み上げる。
その表情を目にすることの出来る範囲にいた人々には、ユリアナはまるで微笑んでいるようにみえた。
込み上げる怒りや悲しみはより一層増し、罵る声に力がこもる。
そうして次々にと怒りの渦は広がり、もう何を言っているのかも聞き取れないほどに民衆の罵声は大きくなっていった。
階段を登り終え、首に縄がかけられる。
ユリアナはゆっくりと周りを見渡した。
人々の目にはただ負の感情だけがうつっている。
憎い、悲しい、嫌いだとユリアナに告げるその目をゆっくりと見つめていく。
ごめんなさい。
私が無知なばかりに苦しめて。
怠惰で学ぶことをせず、盲目的に家臣を信じ。
口車に乗せられて法案を通してしまった。
家族を失った悲しみに目をふさぎ、自ら現状を把握しようと務める努力を怠った。
信じる人を、間違えてしまった。
そして処刑され、あなた達を救い出すことももう出来ないわ。
これからどうなるのかもわからない。
ごめんなさい。
私はあなた達の王、失格ね。
レバーが下ろされ、足元の板が開き床がその場から消え失せる。
「さようなら。」
ユリアナ・ディセラータは21歳の若さで悪逆女王としてこの世を去った。