2-10 そして終わる穏やかな時間
「祝は前部座席へ、私が後部座席に座る」
「了解しました」
それぞれ操縦席へ座る。
心臓が普段よりも強く鼓動している感じがする。
深呼吸して落ち着かせようとしても、芯は熱いままだ。
「中尉、よろしくお願いします」
「よろしく」
静かな中尉の声が、若干堅い……?
中尉も緊張しているんですか?
「ゴーレムに乗るのは、初めてだから」
「誰かと一緒に乗ったことも?」
「ない」
少し、怖い部分もあるんですかね? と思ったら後ろ斜め上から威圧を感じた。
「怖くはない」
「じゃあ、問題ないですね。大丈夫です。俺もすぐ慣れましたから」
「ん」
短い返事だが、素直だった。これ以上は何も突っ込むまい。
さて、それじゃあやるかな。
「よろしくな、相棒」
俺の呼びかけに応じるようにコックピットハッチが閉じると、真っ暗なコックピットをレイラインが走った。
モニターが展開され、よくわからない文字や数字が下から上に流れて行った後、各所のランプや機器の溝を流れるラインが緑色に発光しだした。
「文字通り、オールグリーンですね」
「うん」
操縦桿を握り、立ち上がるようにイメージ。
僅かな振動と共に、モニターに映る景色が変わっていく。
そのまま壁際にある回転扉へ移動し、外へ出る。
昼下がりの青空が出迎える中、俺たちの乗るゴーレムは一歩、二歩と外の世界へ歩を進めた。
演習場へ移動した俺たちは、大佐から言われた通りにゴーレムを動かしてみせた。
特に変わったことはないように思えるが、エレナさんたちのゴーレムに比べると動きが少し鈍いように感じた。
『イワイはそれまでだ。次はデワデュシヂュ中尉が動かして見せろ』
「了解」
中尉が操縦桿やフットレバーを押したり引いたりすると、若干のぎこちなさはあるが、ゴーレムはしっかりと指定された動きを行った。
「操縦できるじゃないですか」
「皆のやり方を真似ているだけ」
門前の小僧、習わぬ経を読む。
エレナさんたちの思考を読んで操縦方法を会得した、ということですね。
「ん、そんなところ」
そうやって、俺と中尉で操縦を交互にしながら、軽い運動テストを行った。
それでわかったことだが、エレナさんの言う通り、こいつは確かに色々な面でこの駐屯地の他のゴーレムに遅れを取っている。
だが、細かな作業が必要になる動作は問題なく、拳銃やナイフの取り扱いはエレナ機などと遜色なかった。それに、重心がしっかりしていて、安定感もある。
これなら、槍衾やファランクスを作っての迎撃や進軍とか、攻城戦の際はスクトゥムを使って亀甲隊形で破城槌で突破とか色々できそうだ。魔法を組み合わせれば、機動要塞さながらの活躍ができる気がする。
「今のゴーレムが主流になる前は、そうやって戦っていたという記録もある。けれど、ファランクスという戦い方は知らない」
「んじゃ、新型の盾を作って試してみたら、こいつにも活躍の場が戻ってきますかね」
まぁ、そんな簡単にいくとは思っていないが、やってみる価値はありそうな気がする。
強固な盾を構え、敵ゴーレムの専用長弓からの攻撃を受け止めてもビクともせず、隊列を崩さず進み続ける旧式ゴーレムの姿を想像する。
「……威圧感が半端ないですね」
「確かに、これは怖い」
大佐に通信で報告ついでに俺たちの意見を伝えると、考えてみると返答があった。
「大佐も肯定するような考え方をしていた」
「じゃあ、エレナさんが喜ぶような光景が見られるかもしれませんね」
「うん」
俺と中尉の意見が一致したところで、今日の実験のメインディッシュとなった。
『よし、じゃあ次はお待ちかねの新武装の追加実験だが……どうだ?』
「何とも。やってみないとわかりませんね」
『結果を期待しているぞ。始めてくれ』
「了解」
通信を切り、ため息をついた。
「祝、やるしかない」
「まぁ、やりますけどね……」
専用機だし、新武器の搭載は夢があるんだが……その先に待っている地獄を考えると、正直なところ、気が滅入ってしまう。
「もし貴方の想像する地獄があるとしたら、私もそこへ一緒に行く」
「は?」
何を言っているんだこの子は……。
「冗談はよしてくださいよ」
思わず空を見上げると、それに合わせてゴーレムの顔も上を向いた。
モニターに映る天は、オレンジ色に染まっていた。
そう言えば、転移初日も、こんな風な夕暮れ時だったよなぁ。
「あのですね、中尉」
中尉は、これ以上、地獄を見なくていいんですよ。というか、ちょっと重たいですよ。
そう言おうとした、その時。
ふとモニターの一画に違和感を覚えて目を向けた。
空の一部が、歪んでいる?
モニターの故障かと思ったが、
「このゴーレムに異常はない」
「中尉、あれは何かの魔法ですか?」
「わからない。あんな魔法は知らない」
「じゃあ、あれは……」
脳裏に浮かぶ、いくつかの可能性。
ファンタジー世界に、誰も知らない空間の歪み……。
モニターに映る夕焼け空が、転移初日の光景をフラッシュバックさせた。
その瞬間、強烈なGが襲い掛かってきた。
「ガァッッッ?!」
「祝っ?!」
体が上に向かって突き上げられている?!
だが、機体が動いている様子はなく、俺の体も直接動いている感じはない。その場に止まり続けたまま、原因不明の上向きベクトルが俺を苛み続けている。
「ち、ゅ、中尉っ、こ、れは……っ?!」
「わからない、近くで誰かが魔法を使っている様子はない」
どうやら、中尉やゴーレムには何の影響も出ていないようだ。
「大佐、緊急事態です。祝が何らかの攻撃を受けています!」
『何?! 近くに敵はいな……っなんだ……アレは……!?』
視線を上へ向ける。
ゴーレムの、俺の真上にある歪みが……広がって……輝きだしている?!!
光が強くなるにつれて、俺を突き上げようとする力が強くなっていく。
あの歪みが俺を、引っ張っているのか?!
「まさか……!!」
ある仮説にたどり着いた俺は、腕を動かしてみる。上向けに力はかかっているが、不思議なことにほとんど問題なく、自由に動かせるようだ。固定器具を外して、コックピットハッチを開ける。
途端に外へ吸い出されそうになるが、吸い出される手前で入口の縁に必死に掴まって留まってみせた。
「祝っ!」
「中尉、お別れです……」
こっちの世界にどうして飛ばされたのかはわからないが、俺の役目は終わったようだ。そうとしか考えられない。この世界が俺を異分子として排除しようとしている可能性もあるが。
「簡単に言うと、振り子だ。俺という重りが、こっちの世界に来て、一瞬だけ力の均衡によって停滞して、また元の場所に戻る……ってことですよ」
「祝、ダメ、行っちゃ、だめ……!」
「中尉、すみません……戦争を終わらせるって……アンタの願いを……叶えるのは……こいつに……エレナさんに、託します」
無責任だと笑ってくれ。それでも、このままだと、ほら、見ろ!
今までは俺の体だけが引っ張られていたが、少しずつ、ゴーレムの体が振動を始めた。そして、すぐに機体がぐらつき、空中に浮かびあがろうとしている。
「っ?!」
中尉が踏ん張ろうとするが、間に合わない。俺が意思による操縦介入で、しっかりとゴーレムを踏んばらせる。
「ぐっ……」
中尉が苦悶の声を漏らした。
不味い、ゴーレムだけでなく、中尉にまでも影響が出始めたか!
「やめてください中尉ッ! このままじゃ中尉まで一緒に」
「その先は、地球じゃない!!」
「何?!」
睨むようにして中尉の目を見つめる。
中尉はまっすぐに見つめ返してきた。嘘をついている様子はなかった。
「どの道このままだと、アンタも一緒に転移しちまう!」
「貴方一人でまた見ず知らずの世界に飛ばされてしまう!」
「それくらい何とかなります!」
無責任だと笑ってくれ。最低の男だと罵ってくれ。
それでも、この世界を平和へ導くための可能性を、失わせる訳にはいかない。
俺は目の前の空間に手を伸ばす。手首から先が消え、次に見えた時にはリュックを握っている。
それを見た中尉が驚きの表情を浮かべた。
「それは……!」
「俺が置いていけるのは、エレナさんと貴女のゴーレムです……エレナさんに、よろしくお願いします……デワデュシヂュさんも、お元気で……!」
ハッチから手を離した瞬間、俺の体は一気に空高く吸い上げられた。ゴーレムや駐屯地が小さくなっていき、そして――――
「祝――――!!」
開いたコックピットハッチの向こうから必死な顔で俺へと手を伸ばす中尉を乗せたゴーレムが高速で飛びあがってきて、彼女の意志を現すようにその巨大な手を伸ばしているのが見えた。
「ば……」
吸い込まれる直前、吸い込む力が弱まったのを感じた俺は、ゴーレムの手に掴まり、蹴って、コックピットへと飛び込んだ。
「馬鹿野郎!!」
伸ばされた中尉の小さな手に掴まり、一瞬の停滞の後、自分の操縦席へと滑り込んだ。
「私は言った、どこまでも地獄に付き合うと」
「そう言う意味じゃ……あぁもうちくしょう!!」
通信を開くと、大佐の呼びかける声がコックピット内部に響き渡った。
『――――てるかお前ら! おい!!』
「大佐、すまん、絶対に中尉とゴーレムはアンタたちの下へ帰す!!」
『テメェ、これは一体……!』
「これは祝のせいじゃない。大佐、エレナに後で送信したデータを教えてあげて欲しい。あの子なら理解できる」
『中尉、お前まで何を言っている!』
「いいか大佐。アンタに一つ言っておくことがある」
『何だ!?』
「俺、アンタたちの事、嫌いじゃなかったよ。中佐に謝っておいてくれよ」
『今はそんな話をしている場合じゃない!!』
「大佐、皆、元気でね」
「さようなら、大佐。エレナさんたちに、よろしくと」
『シャデュ、イワイさん!!』
エレナさんの声が通信越しに聞こえてきた。あぁ、ゴーレムに乗って飛び出してきたんだろうな。でも、もうこっちからは姿が見えない。通信が、もう切れようとしている。
「エレナ、大佐に渡したデータをよく見て。そして、私たちが戻ったら、一緒にこの戦争を終わらせる。それまで、皆の事をお願い。元気でね」
『シャデュ、貴女……!』
声が小さくなっていく。
エレナさんが何かを押さえるように、そして、
『シャデュ、生きて帰ってきて』
「うん」
『イワイさん、シャデュを絶対に生きて連れ戻してください!』
「わかりました。お約束します」
『それから、イワイさんも一緒に戻――――』
そこで通信が途絶えた。
そして、俺たちは――――
どこまでも広がる青空と、緑の樹海が地平線の果てまで広がり、山々が連なる光景を目にした。
お読みいただきありがとうございます。
第二章はこれにて終了です。
次回から第三章へ入ります。