第10番 あなたのために歌う歌
お姉さんがいないことがこんなにも寂しいことをサーシャは知らなかった。強くなりたいからお姉さんに頼らないようにしようっていつも思ってたけど、でも、近くにいてくれるだけでとても安心してた。
お部屋の中で何か書いてるキツネさんと自分の武器を手入れしてるイヌさん。あたしはやることもできることもないからその場でゴロゴロするだけ。
あたしって本当にちっぽけだなってちょっと悲しくなる。神子だからって力を使う練習をしようとしても、マイラスにはもう少ししてからのほうがいいってあまり大したことはさせて貰えない。せいぜい普通の魔法の練習をするくらい。
手のひらを広げて小さな火を出してみながら色を変える。その火を次は水に、次は小さな旋風、旋風を霧に変えて手のひらを閉じて地面に顔をつける。特別な魔法も使えないし神子の力も使えない。サーシャはため息をついた。
『友、どした?友、かなシ?』
頭の中に響くような綺麗な声がする。声とともに胸元の卵がピコンと動いた。
(大丈夫だよ、ちょっと寂しいだけ。)
頭の中で返事をしながら胸元の卵を撫でる。セラシィはあたしの気持ちに敏感だ。何かあるとすぐにこうして話かけてくれる。蜘蛛の森に帰ってきた頃よりも話し方も上手になったし、あたしに慣れてきてくれたみたい。最初は固かった声がとっても優しいものになった。
今だって、友サビシイ、セラシィ居る。ここにいる。と卵をピョコピョコさせながら言ってくれる。それが可愛くてちょっと笑っちゃった。そうだね、セラシィがいるから寂しくないよね。
卵を撫でながらあたしは起き上がる。
(そうだセラシィ、セラシィは神子の力について何か知ってる?)
昨日の夜に会った第二大陸の神子様は夢の世界もはっきりしてたし、毎日国を守るための結界のために歌を歌ってる。あたしとは比べられないほどにちゃんと神子として仕事をしてるんだ。あたしも神子として何かしたい。
そんなあたしの質問に少ししてからセラシィが答えてくれる。
『神子、力…友はおおき。友はおおキいから、もう少シ、もう少シ、クルル。』
最後の鳴き声はまるで笑い声みたいだった。大きい?何が?
セラシィにもう一度聞いてみたけど答えは返ってこなかった。はぁ、セラシィにも分かんないか。
サーシャはまたその場にゴロンと横になって少し目を閉じた。またリュケさんと会ってお話がしたいな。あたしにできることはそのくらいだもん。
夢の中にサーシャが落ちていく瞬間、胸元の卵が少し震えた気がした。
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(さてと…どうやって中に入るか…)
さっきまで俺がいたのは皇江の外の建物。外交官等はここに通されるらしいが、どう考えても一番重要なのは皇江内の神子がいる建物だ
ろ。
だったら答えは簡単、中に入ればいい。この国の者共は日常的に水に濡れることは厭わない。だから水に濡れる前提の服を着ているし、皇江に入るには水の中を泳ぐ以外の道はない。
だが存在希薄の魔法をかけているだけでは水のうねりで俺の存在に気がつかれて、存在希薄も解けてしまうだろう。そうすれば皇江を警備している人魚に取っ捕まって終わりだ。この俺でも慣れない魔力が潤沢な水の中で転移魔法を使うには時間がかかるからな。
さーて、どうするべきか…前にネコがやっていた洗脳を交えた存在希薄を試すのもいいが…一度だけ見様見真似で試したときはかなり疲れたんだよな。
それにあれは人の多い場所でこそ使いやすいものだ。水しかない開けた場所では空気の震えより水の震えの方が人の感覚には強く伝わってしまう。
…そうか、木を隠すなら森の中。気配を隠したいなら、気配を増やせばいい。
俺はさっそく自分の足元に円を描いていく。広くデカく大きく、アレが通り抜けられるように。
何か使えるかも知れないからってあの時何匹か逃しておいて大正解だったな。
最悪何人か死ぬかもしれんが…ま、コイツらの方が俺らよりも扱いに慣れてるだろ。
ある程度の時間をかけて俺は大きな大きな陣を描いた。
「出てこい。」
俺はその陣に思いきり魔力を流し込んだ。
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部屋の中でゴロゴロしながらバタバタ手足を動かす。ずーっとやってるとなんだか飽きて来たので今度は打ち上げられた魚のようにその場でぐでぇと力なく横たわる。
これを何度も繰り返していると人の気配を感じてハッと上をみた。
「嬢ちゃん…さっきから何しとるんじゃ…?」
部屋の隙間からこっちをみているおじさんと目が合った。あはは、と愛想笑いをしておく。声をかけても返事がないから覗いてみたんだって。うん、忘れてください。
「おじさん、どうかしたの?」
忘れようとしてくれているのかおじさんは何事もなかったように会話をしてくれた。ありがたい…
「いやな、昨日の宴会のせいで他の奴らがみんな潰れてしまってなぁ。わしらも自分の飯のために毎日漁にでとるんだがみな使いもんにならん。もし嬢ちゃんが元気になったんなら手伝ってはくれんかと思ってな。」
え!すっごく行きたい!一人で変なことをするくらいには暇だったし!
あー、でも…と立ち上がった勢いが萎むようにその場に座る。
「マイ君にココにいること誰にもバレるなって言われてるんだよね…外に出ると危ないかも…」
私のしょんぼりをみたおじさんはニッコリ…いや、ニヤリって感じで笑った。
「おまいさんのマイくんに事情は聞いとる。わしらの漁が許されとる場所は国民がほとんど立ち入らん場所じゃ。まぁその分危険なんじゃが…おまいさんなら大丈夫じゃろ?」
その話を聞いて私はぱぁぁって笑顔になった。外行きたい!動きたい!!
「そうと決まればほれ、さっさと準備せい。」
昨日の宴会場の入り口ら辺で待っとるぞ。と言いながらおじさんが出て行った。
いぇ〜い!漁だ漁だ!!
早速髪の毛を括って、一番動きやすそうな半ズボンを履いて〜、袖も丈も短めのシャツ持って来てたよね?うんうん、あ、泳ぐなら靴は邪魔かもだから裸足になって…
か ん ぺ き !
早速行こっと〜。鼻歌混じりで扉を開けたところでようやく思い出した。
昨日の部屋の場所…知らない…
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くそっ!あのニンゲンどもめ…同胞を取り返した後はすぐにでも追い返す予定だったのに、仲間が行方不明だと?その上居なくなったのがよりによって神子様のお気に入りだなんて!
ああ…皇帝様になんとお知らせすれば良いのだ!
そもそもだ、いつこの国に着くかの連絡が取れなかったせいで国民にニンゲン共が来ていることがバレてしまっている。
何故か少し前から国民に来訪の噂は立っていたがあくまで噂。なのに何人かの国民の目に入って仕舞えば噂は事実になってしまうではないか。
元々国民からニンゲン共の不信感は高い。我らがそうしたのだから。そんな中で何日も人間をこの大陸に置くことはあまりに良くない。早くなんとかせねば…
この件、まさかとは思うが…タイザイの奴らではないだろうが…万一もある。鬱陶しいが後で見に行かんと…自警団の者共ではないとは思うが、あのバカ共がニンゲンを目をにした瞬間何かをする可能性もある。
いや、待て、もし何かあったとしても全てタイザイの奴らに擦り付けてしまえば良いのではないか。ニンゲンの神子の怒りも犯人が見つかればそちらに向かうであろう。
そもそも皇帝様がタイザイ共を生かしていることもおかしいのだ。これを気に掃除してしまうのも良い。
そんなことを一人、考えていた1人の老人魚の元に慌ただしい足音と騒々しいノックが響く。
「ラルカルト様!!」
まだ若い水衛兵が水を滴らせたまま部屋に入ってくる。こちらの返事も待たずに息を切らせて入ってきた兵の顔は真っ青で、今度は何事だとこちらの声まで怒号になる。
「こ、皇江の、皇江の中に、突然、海獣が…海龍レベルの海獣が、現れました!」
言葉もなく勢いよく立ったことで大きく音を立てて自分の椅子が後ろに倒れる。そんなことを気にする暇もなくラルカルトは兵を押し退けて部屋から飛び出した。
ありえん、ありえんありえんありえん!!
ここは皇江だぞ⁈皇帝国で1番神聖な場所だぞ⁈そんな場所に突然海獣の出現なんぞ前代未聞ではないか!!
皇江内の廊下だというのに地響きのような獣特有の唸り声が響いている。そのせいで否でも応でもそれが事実であると思い知らされてしまう。
そもそもこの陸には神子の音魔法による障壁で海獣が寄り付くことすら稀だ。なのに陸の一番内部にあるこの皇江に、しかも深い沖に生息するはずの海龍レベル。
まさか、今の神子の下手くそな歌のせいか?だから神子とはいえ甘やかすなとあれほど…いや、下手でも神子は神子。あの声自体に魔力が強くある。だからこそ今でもこの陸内に怪獣が来ることはなかった。
ならばこの状況はなんなのだ?誰かの悪意だとしても皇江帝宮までこれほど大きな海獣を気がつかれる事なくどうやって運ぶことができる。
意味の理解を拒むように脳みその思考が停止した頃合いに、ようやくその海獣の姿が直接目に入った。
帝宮を軽く凌駕しそうに見える大きさの海獣が大きなツノの付いた頭を振りかぶり、口から簡単に人が潰されそうな量の水を吐き出す様。ラルカルトですら生きたまま目にすることが少ないサイズの海獣に動きが止まる。
いや、海龍レベルの海獣などではない。これは…こんなもの…海龍そのものではないか。
全身に青鋼の鱗を纏い、細長い頭の両端には漆黒のツノ、尖った嘴から放つ水流は我々の命を簡単に散らすだろう。
現に応戦にきた兵たちの身が水に浮く紙屑の如きだ。今の皇江には海獣戦兵がいない。その団は陸内部ではなく、陸縁や海上隊にしか派遣されていないのだ。そんな武力も数も少ないここでどうしろというのだ!
いっそのこと逃げ出そうかと立ち止まる老人の隣をすり抜けるように何かが通った。
「いけません!神子様!!」
いくつかの女官の声で我に返る。隙間を縫って海龍の元に走るのは神子様、偽ではなく本物の神子様だ。
その事実にようやく焦るように女官に神子様の出現を叱責しようとも意味のないことは己も理解している。それでも頭を埋め尽くす思考を吐き出すには何かに当たるしかなかった。
海龍に向かう兵は手一杯で、神子様の存在に気がつくこともない。女官も自分も海龍の攻撃の激しさに近づくことができない。
ただ神子様だけが何事もないかのようにするりと海龍に近づいていく。神子とはいえ小娘が何をする気なのだ。
海龍に触れるほどの距離まで近づいた神子が両手を海龍に差し出す。その頃にようやく神子の存在に気がついた何人かの兵が慌てて神子の元に駆け寄ろうとしたが、その瞬間に誰1人動けなくなった。
海龍含め先程までの騒音はどこにもなく、静かな波音だけが世界を取りまく。
神子様がたった一言、言葉を口にしただけでこの場にいる生き物は動けない。人魚の神子とはそういう生き物なのだ。この陸で唯一神に等しい存在。
そのことを思い出したラルカルトは、瞬き一つ許されずにその場に立ち尽くすだけだった。




