第22話 マイ君のお説教怖かったぁ
『…僕はこの国が大好きだからこのままここで生きていくよ。何も変わらなくていいと思っちゃうんだ。人の上に立つ者としてはダメかもしれないけど、でもきっと、この国を守るからさ。君も会いに来てよ。その時はまた、この木の下で一緒に悪戯でも考えよう。』
そう言って笑った少年は誰だっただろうか。自分と同じくらいの歳で背丈でフワフワとした茶色い髪で。
薄暗い場所だったのに陽よりも眩しい紅が周りを舞っていたのを覚えている。こいつは今どこで何をしているのだろう。
俺はこの少年に何と答えたのだろうか。
女の肩にもたれかけながら一瞬の間意識を離していた。こんな状況で仕方ないとはいえ魔力を使いすぎた。サーシャの奴隷印を抑えている分があるので流石に疲れる。
壁の内側にさえ入れば魔獣はほとんどいないし、いたとしても蜘蛛のような強いのはいない。せいぜい野生の獣程度。この女にとっては羽虫を潰すより容易いだろう。
この女に関してはもう考えるのをやめた。謎が多すぎる。
そんなことよりも気になってるのは今から俺たちが向かう国の事だ。〈花の都 カナロム〉最後に行ったのは…40…いや、50年前だったか?色とりどりの花が年中咲き乱れる〈花の都〉の名にふさわしい美しい国。
その国の中央には見上げんばかりの紅の葉を茂らせた大樹がある。
大樹の名前はカナロム。
先が5〜6に分かれた顔のサイズもある大きな葉。風と共にヒラヒラと舞う葉の美しい様子を目当てに来る人も少なくない。
冬はそれなりに寒く、山に囲まれたその国は特別豊かなわけではない。雪の溶けた夏場に国と国との境として観光地になることでそれなりにやっていける程度の国。
それでも国民も王も、見る者全てが暖かい、そんな国だと俺は思った。何度行ってもどれだけ時代が変わっても国の良さは変わらなかった。
眠っていたのかどうか曖昧な微睡の中から目を開ける。感覚からして街中が近いことが分かる。
だが…拭えない違和感が現実であることを薄々感じていた。
カナロムも街中に入る前に、先ほどの壁とは比べ物にならない程度のサイズではあるが街を囲むように壁が建っている。
今はシーズン終わりとはいえ夏のはずだ。各国からの交易場としてかなりの賑わいを見せるこの国。色とりどりの花が咲き乱れてそこらに紅の葉がヒラヒラと舞う。壁外でもポツポツと花が咲いているはずなんだ。
「…マイくん、起きてる?」
上から少し暗い声が落ちてきたので返事をする。この女は勘がいいから気がついたのかもしれないな。
「…この国…なんか…その…」
俺の話とあまりに違いすぎる光景に言っていいことなのか考えあぐねているのだろう。いい、わかっている。
「…静かすぎるとでも言いたいんだろ。」
微かに頷くような動作を感じる。それと共に女の走るスピードがかなりゆっくりになる。
「…あんまり、その…人が…いない気がする…」
こいつも〈探索魔法〉を使えるのだろうか。俺よりも精度が良さそうなやつ。
…なんか腹立つな。
…ふぅ…
「とりあえずこのまま真っ直ぐ向かってくれ。国の中に入れば何か分かるだろ。」
了承の意なのか少しスピードが上がる。本来門にいるはずの兵士の気配どころか、それなりにいるはずの壁外に住む人間も。壁内にいる国民も何も感じない。
そして壁外にも溢れるように咲くはずの花々が見当たらない。
その代わりに、何かの衝撃を受けたかのような地面の凹み、不自然に空いた木々の隙間。なによりも上を見上げたときに言葉が出なかった。
壁外からも見えるはずの紅に染まる大きなカナロムの木が、どこにも、見当たらなかった。
壁まで行くとその悲惨さが顕著に現れていた。門だったらしき場所はポッカリと大きな口を開け、壁部分もヘコみ、崩れ、穴がそこらかしこにある。
瓦礫や苔などの様子からこんな状態になったのは最近じゃないだろう。数年は経っている風態だ。
壁の前で立ち止まる女にどう指示を出すべきか悩む。このまま突き進んでも問題はないだろう。こうなったのは最近ではない。ならば今更進んだところで…
「グギャーーーッ!!!!」
目の前に人の子ほどのサイズがある鳥が牙を剥き出しに襲いかかってきた。それを左手だけで女が殴る。…殴る…?いや、綺麗に頭だけスッパリと取れた。手刀か……何故そうなるんだおい。
「何これ…」
赤く染まった手を振り払いながら女が呟く。どこぞの大陸には魔獣に喰らい付き血肉を啜る獣のような民族がいるとかないとか…
頬についた血を拭いながらぼんやりとどうでもいい現実逃避をする。
「…おそらくスローピーバード…通称眠り鳥…だとは…思うんだが…」
またも解析鑑定にバグが出て名前ですらノイズが走る。
そもそも見た目の時点でかなりおかしい。本来は大人の両手に乗るサイズで、見た目も青緑の羽が長い尾羽の先にかけて白く、ふんわりとした色をしている美しい鳥だ。この国ではスローピーバードがカナロムの葉を咥えているのを見た者は愛しい者と共に生きていけると、そんな伝承がある。
「…幸せ…に…なれ…る???」
手刀で首を落としたような女ですら顰めっ面なことに苦笑しつつ、その疑問は最もなので肯定はしておく。
今の俺と同じくらいのサイズで血走ったギョロ目、牙の覗く口から垂れた赤い舌、青緑らしい羽は泥か血かわからないものでどす黒く汚い。その上綺麗なはずの羽も長い尾羽もところどころ抜け落ちて見窄らしい。どう考えても幸せからはかけ離れた存在だ。
「本来はもっと綺麗な鳥だ。こいつがおかしいんだろ。…ちょっと一回おろせ。」
そのまま鳥に近づき体を風のナイフで切り裂いていく。たしかこの鳥は心臓あたりに…あった…?…なんだ…これ。
「どうしたの?この鳥食べるんじゃ…うわ〜綺麗だね〜。なあに?これ。」
そんな俺を覗き込みながら間伸びした声が通って行く。生き物ならなんでも食う気なのどうにかならないのかこの女。
「…魔石、だが…いや、サイズも色もおかしい…」
俺の手を丸めたくらいのサイズの赤く濁った色の石を手のひらに置く。本来なら青緑の透き通った色でサイズも小指の爪ほどしかないし待っていない個体の方が多い。
「魔石ってなぁに?」
手が出そうになった。前にも言っただろうがボケ!!!!
「魔獣の中には、マナを結晶化させたものを持つヤツがいると、前に、言ったよな?」
ピクピクとひきつる顔を無理やり笑顔にしながら女を見る。おいゴラ顔背けんな。
「魔石はマナを貯蔵する。貯蔵されたマナはオドしか持たない人間でも使える魔力になる。…おい、わかってんのか?」
流れる汗を無視して笑顔になるこいつに手を出さなかったことを褒めて欲しい。
「今度、勉強強化合宿決行な。俺のテスト満点取るまで何日でもぶっ通しやる。」
見たことないほど絶望したような真っ青な顔になったので多少溜飲が下がった。教えろっつったのはコイツのくせに勉強はなんやかんやで苦手らしい。贅沢なヤツだ。
「とりあえずさっさと街中に行くぞ。何が起きたの少しでも情報が欲しい。」
手を無言で出せば分かったように抱き上げてくれる。何となく腹が立ったので大して柔らかくもない胸元に顔を埋めておいた。
少しくらい楽しんでも許されるだろ?
軽い速さで街中を突っ切ってもらったが思った以上に街は酷い有様だった。花の都の面影はどこにもなく、そこらに崩れた瓦礫の山、凹んだ大地、枯れた草木だったもの。人がいなくなってそれなりの時の流れを感じる。
「マイくん、このまま走ってて大丈夫?」
とりあえず街の中央、カナロムの木があったはずの場所に向かわせていたがあまりに酷い惨劇に言葉が詰まる。
時折散らばるように落ちている白い棒状の物が何かわからないわけではない。白い棒になる前の腐った肉片もあったからな。
「…カナロムの木の現状だけでも知りたい。とりあえず向かってくれ。」
中央に向かっている道のりでいつまでも大木が見えない時点でこの国がどうなっているのかわかっている。
この国はカナロムの木と共にあった。その木に沿うように建っていた王城もおそらくもう、どこにもないのだろう。
更地に近いほど崩れた街だったもの。目を瞑って女にもたれる。少し、疲れた。
この国に生まれたことは思い出せないほど昔に一度だけだが、この国には何度もお世話になっている。ほんの少しだけ寂しい気がした。
「マイくん、ここ…かな?」
かなり長い時間だった気がする。しばらくして振動が止まったので目を開けると見上げるほど大きい黒い山のような物が目の前にあった。
降ろしてもらいそこに近づく。それが本来は特別な日以外は近づくことも許されなかったものだとわかる。
大きいと言っても記憶の中のものの何十分の一かわからないほど小さい。触れた先からボロボロと炭のように崩れていくこの木だったものに何があったのか、想像したくもなかった。
「…行くぞ。」
空気を察したのか何も言わない女にまた抱えられる。詳しいことはわからないがこの国が死んだことだけは確かだ。
「あそこの山と山の間の方角に向かってくれ。流石に隣の国も滅んでいることはないだろう。」
また目を瞑る。時の流れに置いていかれる度に息ができないような気がするのはいつまでも慣れない。いっそこのまま俺も置いていって欲しかった。
「…マイくん、ごめん、あっち、行きたい。」
動く気配のない女に疑問を持ち始めた頃に声がかけられた。目を開けると俺が指示した方向より東向き、女が何か遠くを見つめている。
「何だいきなり。」
そっちは…リスタールの国境近くか?山裾だし何より無法地帯だ。多様国家リスタール含め色んな国のはみ出し物が集められる掃き溜めのような場所。下層民と呼ばれる人が住んでいるところだな。どこの国にも闇があるもんだ。
「そんなとこ行っても何もねぇぞ。」
何を言っても女の目は何かから離れない。
「お願い…少し…だけ。」
野生の勘ってやつか?もう何でもいい。
「…好きにしろ。」
「ありがと。」
小さく呟いて女は目線の先に足を踏み出す。




