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47.ハナシガチガウ

冷たい眠りから暖かな目覚めへ。人々が毎朝のように感じているその感覚と、蘇る感覚はよく似ている。


暗く、寒い、死の世界から、明るく、温暖な生の世界へ。意識が、肉体が、魂が、熱を取り戻すかのように命を得る。


浮上。


或いはソレは、深海から表層へと浮き上がっていく感覚に近いのかもしれない。

終わることのない暗闇の底から、ただ一点。微かに煌めく光の粒を追い掛けるように、上へ上へ。


段々と、引き寄せられるように加速しながら、一息に上昇して・・・













「ッハ!?」


まるで水面から顔を出したかのような、息苦しさからの解放と、浮遊感の喪失を全身で感じて。


「戻っ・・て来た・・?」


自分の声、心臓の鼓動、呼吸、衣擦れ、風、掌、腿、身体、ソファ、机、揺れる金髪、伸ばされた指、妖艶な瞳、蠱惑する唇、展開される陣。


目覚めたばかりの耳と目が情報を拾う。静寂の世界から喧騒の世界、暗闇の世界から光彩の世界。冥府と現世を行き来した五感に生まれたラグを正さんと、一息に情報を集束した感覚が、それらを脳へ一気に叩き込む。


自然、莫大量の情報を流された脳味噌は、その処理のために一瞬の間を使いーーー


闇魔術ーーー『黒閃』


再度放たれた黒い光が、全く同じ軌跡を描いて壁を穿った。












『死ぬ』というのがどういう感覚なのか、恐らく人類の誰一人として理解できる者は居ないだろう。これでもう三回目の俺ですら、『死ぬ』時に自分がどんな感覚に陥っているのか、完璧には理解できていない。


あえて言語化するならば、開いていた本を急に閉じられるような、開いていた目を突然閉ざされるような、そんな感覚だろうか。


とにかく、何かに唐突に視界が遮られ、そして何も感じなくなるというのが、一番的を射て近いのかもしれない。


死因にもよるだろうから一概には言えないけどな。


「フフッ♪」


・・・またこの声か。


暖かい、耳朶を、春の風が吹き抜けるような感覚で震わせる柔らかな声音。


死んだ時、蘇る度に聞こえてくる謎の声。声の主は誰なのか、何故、どうやって聞こえてくるのか。分からないことまみれで嫌になる。


そう、何もかもが分からない。何故殺されるのか、何故蘇るのか。全くもって、分かることがない。


・・・が、一番分からないのは今、まだ俺の目の前に座っているだろう女の考えだ。


一度殺すのはまだ良い。俺が本当に蘇るのかどうか、確認のために殺したと解釈することができるからな。彼女は俺が蘇る所を直に見たわけでもなければ、俺の言葉を無条件で信用できるほど俺と仲がいい訳でもない(てかほぼ初対面)のだから。


だが、二度殺すのは・・最早、何らかの悪意があると受け取らざるを得ない。ここまで来ると、一度目の殺害すら、確認のためではなく、純粋な殺意故に行った犯行と断ずるしかなくなる。


・・・とりあえず、あの声が聞こえたってことは、目覚めるまでもう時間が無いということになる。


なら、先ず俺が蘇って最初にやるべきはーーー












「・・・死んだ?」


2度目の『黒閃』で脳を貫いてから、既に数分が経過している。エリザの目の前には、今も尚ガックリと項垂れた格好で俯き、顔から液体を垂れ流し続ける死骸が座っている。


当然、思わず口に出していた呟きに返答する声は無く。目の前の対象が本当に死んでいることは誰の目から見ても明らかだろう。


「回数制限・・?」


考えられる可能性はそれだろう。1度目の蘇りと違い、2度目にここまでの時間がかかっているのは、蘇りに回数制限が有り、その上限に達してしまったためにもう死んでしまった。即ち、蘇ることが出来ない状態であると考えるのが自然だ。


普通に考えて、死して蘇るなどという禁忌、そう頻繁に起きていい現象でもなければ、上限無しで行使されていい事象でもない。


そこに上限があり、回数が有限であることなど、誰が考えても分かることだろう。


だが・・・


「偽装・・・」


死の偽装。その可能性も捨てきれない。


こちら側から対象が死んでいるか、生きているのかを判断して動くのがほぼ不可能に近い以上、それをされたら為す術はない。


一度目の死は対象にとっても予期せぬ出来事であったが故に、あぁも分かり易く蘇りの兆候を察することで再びの殺害を行うことができたが、今度は考える時間がーー死んで尚考えることが出来るのかなど、エリザの知ったことでは無いがーーこうして生まれてしまっているのだから。


故に、エリザは油断なく対象を見つめ続ける。項垂れ、俯き、傍から見れば意気消沈し、落ち込んでいるようにも見える姿勢でソファに腰を付ける対象を。その顔から、透明な液体をこぼし続ける骸を・・・


「ッ!?」


透明!?まさかーー


闇魔術ーーー『黒閃』×10


「やぁっと気付いたか!!」


「しまーー」


【⬛︎⬛︎魔法ーーー⬛︎⬛︎み】


「キャ・・ッ!!」




一瞬にして室内に閃いた黒い光芒を瞬く間に叩き落としながら、『黒』い触手が華奢な身体を締め上げる。


どうやら、作戦は上手くいったらしい。


蘇って最初に自分の死を偽装して油断を誘い、偽装がバレた時、或いは確実に殺すためでもいい。とにかく、何をするためであろうと、エリザ先輩が俺に向けて魔術を放った時点で、カウンター代わりのヴォイドをお見舞いする。


魔術ごとヴォイドで封じることが出来るのは、こないだの事件で副王様を鎧ごと抑え込めたことや、その後のエイス達と検証したことでわかってたからな。それが見事にハマった形だ。


「くっ・・・硬い・・」


「最上級魔術で造られた鎧ごと、あのユミル様を抑え込めたんだ。いくらアンタが力込めようが、脱けることはできねえよ」


さて・・・とりあえずは捕まえた訳だが・・・。


どうしよう。こういうのって通報かなんかした方が・・・まぁいいよな。そりゃ。うん。通報はしよう。ただ、通報して連行されたら聞きたいこと聞けなくなるんだよなぁ・・多分・・。それは困る。凄く困る。


せめて、何で俺を2回も殺したのかぐらいは聞きたいんだが。


「フンッ・・・」


どう見ても話してくれそうな感じじゃねえよなぁ。脱出できないってわかった瞬間、目逸らして黙りこくってるし。


「あー・・ダメ元で聞くんだが、何でこんなことをしたのかって質問に答えてくれたりは・・・」


「・・・・・」


しねえよなぁ。まぁそうだと思ってたよ。うん。多分俺が同じ状況で捕まっても話したりしないし。


とりま、一旦エイス達呼ぼう。んで、そっから色々話し合ったりとか・・・


「・・ん?」


何か、今、音が聞こえた様な・・・気のせいか?


「・・・?」


何かが空を斬るような・・具体的には、刃物みたいな鋭い何かが高速で振られた時みたいな音がした気がするんだが・・・。


「・・・・」


やっぱり、改めて耳済まして聞いてみてもそんな音しねえし気のせいってことd・・・


ヒィュッ!


「ッ!?」


今度ははっきり聞こえた。


音の大きさからして、距離はそれほど離れていない。なんなら、今も薄ら笛みてえな音が大きくなり続けてるってことは、この場所に音の発生源が接近してきてるってことになるだろう。


なら・・・とりあえず、この状況を何とかしなければなるまい。

傍目からっつーか、誰の目から見ても、美少女の目の前で『黒』い拳を掲げ、同じ色の触手で彼女を思いっきり縛り付けるのは思いっきり犯罪だ。事案どころの騒ぎじゃねえ。


かと言って、拘束を解く訳にも行かない。なぜなら、この触手を収めた瞬間、彼女は魔術で一瞬にして俺を行動不能にさせることができるからだ。

そうしたら、この女はまた俺を殺しにかかるだろう。確証は無いし、根拠も無いが、何故か直感的にそう思える。


故に、鳴り止まぬまま確実に大きくなっていく、大気を切り裂く何か(・・)の音が、無視できぬほどの轟音に変わった頃。


「チッ!」


ここは、一か八かで・・!!


「【解除】!」


瞬間、二つのことが同時に起きた。


1つは、言わずもがな。先輩に絡みつく『黒い』触手が、瞬時に、まるで何事も無かったかのように跡形もなく消えたこと。


恐らく、エリザ先輩は身体にかかっていたあらゆる拘束・負荷が一瞬にして取り払われたことにより、これまでにないほど敏捷な動きが出来る感覚に苛まれていることだろう。それこそ、一瞬で俺の脳天を数十回はブチ抜けると錯覚する程、彼女の脳は今、全能感に満ち溢れているはずだ。


が、実際にはそうなってはいない。俺の身体どころか、部屋中の何処にも黒いレーザーは舞わず、それが貫通した穴は空いていない。


その要因こそが2つ目の事象だ。


『黒い』触手が消えたのと同時に、誰ひとりとして触れていないはずの大窓が開け放たれる。

風によるものか、はたまた特殊な魔術によるものか。何によってそんなことが起きたかは分からないが、重要なのはそこではない。


そこから誰が入ってきたか。それこそが真に重要であった。


「・・ただい・・ま?」


困ったように眉根を寄せ、茶色の犬耳を揺らした女神が降臨する。


小首を傾げ、この場に居る俺という不純物とーーいつも出迎えているのだろうーー先程までの殺意が嘘のように静まった穏やかな表情で、彼女を見上げるエリザ先輩を交互に見やる様は、描く人が描けばオークションで相応の値がつくほどの絵画にでもなりそうな光景であった。


「おかえりー」


未だ滞空し続ける女神を見上げ、穏やかな口調で軽く笑ったエリザ先輩の顔に、一瞬過ぎった不愉快を捉えて。


俺の背筋は、思い出したように粟立った。

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