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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第六章 森林に眠る宝 -Legacy in the Forest Cave-
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第91話 毒消し薬

 旅館に戻った俺は、ロビーで女将さんを見つけて尋ねた。


「すみません、この辺でキュアポーションを売っている店はありますか?」


「キュアポーション?うーん」


 女将さんは少し考え込んだ後、申し訳なさそうに答えた。


「20年くらい前まで探索者用の売店があったんだけど、もう店じまいしちゃったのよねえ。昔はもっとダンジョンに人が来てたから、そういうお店も成り立ってたんだけど」


 困った。

 わざわざ泊まりでここに来たのに、電車に乗って学園に帰っていたら泊まりにした意味がない。そもそも今日の探索計画は完全に失敗だった。ランク4を作るためにヒュージスライムと戦っていたが、連戦するにはレベルが足りないことが分かった。それでレベルを上げるために第五階層へ行こうとしたところ、第四階層主が強くて倒せない。完全に行き詰まってしまった。

 貴重なゴールデンウィーク初日を無駄にしてしまった。明日以降どうしようか。このまま東京に戻るべきか。

 俺がソファに座ってへこんでいると、女将さんが声をかけてきた。


「キュアポーションは売ってないけど、毒消し薬なら山下さんのところに行けば売ってもらえるかもしれませんよ」


「毒消し薬?」


「ええ、昔はこの辺りでも作ってたの。ダンジョンで採れる毒消し草を加工してね。もう今は作ってないと思うけど、山下さんならまだ在庫を持ってるかもしれない。聞いてみたら?」


 女将さんは山下さんの家の場所を教えてくれた。


「ありがとうございます。明日、行ってみます」


 少しだけ希望が見えた気がした。


        *


 翌朝。朝食を済ませた俺は、女将さんに教えてもらった山下さんの家に向かった。旅館から歩いて15分ほどの場所にある、古い日本家屋だ。

 玄関先に立って呼びかけると、見覚えのある顔が現れた。


「あれ、君は昨日の」


「あ、山下さんですか?」


 山下さんは、昨日ダンジョンまで案内してくれた人だった。偶然の再会に、俺も山下さんも驚いた。


「いやあ、奇遇だね。昨日は順調に探索できたかい?」


「それが、実は第四階層主に毒を受けて逃げ帰ってきてしまいました」


「え、君はもう第四階層まで行ったのかい?若いのに随分と進んでるねえ」


 山下さんは驚いたように目を見開いた。


「学園で少し訓練を受けてきたので。それで、毒消しが欲しくて旅館の女将さんに相談したら、山下さんなら持ってるかもしれないって聞いたんですが」


「ああ、そうか。確かにまだ少し残ってるよ。ちょっと待ってなさい」


 山下さんは家の中に入り、しばらくして小さな瓶を持って戻ってきた。瓶の中には、直径1センチほどの黄色い球が5粒入っている。グミのような質感で、キュアポーションに似ている。


「これは私が作ったやつでね。毒消し草を加工したものなんだ。自我自尊なんだが、キュアポーションと同じくらいの効果があると思ってる。毒にはよく効くよ」


「ありがとうございます。おいくらですか?」


「お金はいらないよ」


「え、でもそれは」


 山下さんは優しく首を振った。


「斎藤さんが取ってきた毒消し草を、私があそこの工場で加工してたんだが」


 山下さんが指差した先には、少し離れた場所にプレハブ小屋が見えた。今は錆びついて使われていない様子だ。


「斎藤さんも亡くなってしまったし、もう毒消し草も取れなくなってしまった。私の毒消し薬作りも終わったんだ。最後に君みたいな若い人の役に立てるなら本望だよ」


 俺は何も言えず、ただ深く頭を下げた。山下さんの言葉には、諦めと寂しさと、それでも誰かの役に立てることへの喜びが混ざっているように感じた。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」


「ああ、気をつけてな」


 その後、山下さんは俺を家に招き入れて、お茶を出してくれた。縁側に座りながら、山下さんは毒消し薬作りの思い出を語ってくれた。


 斎藤さんがどれほど熟練した採集者だったか。ダンジョンの中で毒消し草がどこに生えるかを見極める目は、誰にも真似できなかったこと。二人でどうやって毒消し薬を作っていたか。かつては多くの探索者がこの毒消し薬を買いに来てくれたこと。


 そんな話を聞いているうちに、俺は昨日のことを思い出した。


「そういえば、第四階層に碑文があったんですけど、あれは何なんですか?『この先落とし穴に注意』とか書いてあったんですが」


「ハハハ、あれは斎藤さんが注意書きを書いてくれてあったんだよ。後から来る探索者のためにね。斎藤さんはそういう親切な人だった」


「なるほど、そうだったんですか」


 やはりただの注意書きだったのか。でも、確かにあの碑文には助けられた。


 山下さんは遠い目をして、縁側から庭を眺めた。


「懐かしいなあ。あの頃は毎日のように斎藤さんと一緒に仕事をしてたからなあ」


 俺は山下さんと斎藤さんの深い絆を感じ取った。そして改めて丁寧にお礼を伝えると、山下さんの家を後にした。


 手の中には、5粒の毒消し薬が入った小瓶。これで第四階層主に再挑戦できる。

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