第4話 Dクラス
「修羅場だったね?」
そう声をかけてきたのは、初めて見る顔の男子だった。
「えっと?」
「ああ、僕は水野博、君と同じDクラスだよ」
「そうか。俺は一ノ瀬シロウだ」
「一ノ瀬君よろしく!さっきは喧嘩でも始まっちゃうんじゃないかってハラハラしたよ」
クラス編成が張り出された掲示板の前での出来事のことだ。
本当に入学初日からハラハラした。
「喧嘩なんかしないよ」
俺は苦笑いを浮かべながら答える。
今俺たちは教室へ向かって移動しているところだ。
さっきまで早坂、瀧川と三人で話しながら歩いていたのだが、水野は俺と話したかったのか俺が二人と離れたタイミングを狙って声をかけてきたのだ。
「それにしても生徒会長は噂以上に迫力があったね」
「噂?」
「知らない?公爵家を継ぐ立場だから政治経済のこともよく学んでいて、その上で学業も学年一位だし迷宮探索者としても学園内では誰も敵わないらしいよ。まだ3年生になったばかりだというのに既にレベル15らしいし」
「レベル15?!」
それを聞いて俺は驚愕した。
迷宮探索者には迷宮探索者レベルというものがある。魔物を倒していくと経験値が貯まりレベルが上がる。レベルが上がると、身体能力が一気に上昇する。ちなみにレベルアップ時の能力の上昇率は人によってバラバラだという。
そして俺が聞いているのはこの学園では1学期ごとに1レベル上げるのを目標に1年で3レベル、3年で卒業するまでにレベル10になるような教育プログラムを組んでいるということだ。何をどうしたら2年でレベル15になるのか理解できない。レベル15だなんて、学生のレベルじゃない。
「どうしたらレベル15になんてなれるんだ?3年生は1学期が始まる今だと、だいたいレベル7くらいじゃないのか?」
「そりゃあ貴族だからだよ。貴族はGW、夏休み、冬休みの連休中にプロ探索者を雇って学園外の迷宮を探索してレベリングするんだ。それでも会長の15っていうのは規格外だけどね」
「レベリング……そうか。良いなあレベリング。俺も早く強くなりたい」
「一ノ瀬君はレベリング肯定派なんだね。人によってはズルいとか批判するみたいだけど」
「いいじゃんレベリング!効率良くて。まあそれに付き合う高レベル探索者からしたら退屈だろうけど」
「一ノ瀬君はやっぱり迷宮探索をしたくてこの学園に入学したの?」
「当たり前だろ?他にどんな理由があるんだ?」
「僕はお金が稼げると思って。本当はあんまり危険なことは怖いんだけど」
「お金もいいけど、それよりロマンじゃないか?」
「それは人によってじゃないかな。貴族の中には名誉のためって人もいるだろうし、スキルレベルを伸ばしたいって人もいるだろうし」
「そういうもんなのか」
そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは教室に着き、そして名札が付いている座席へと着席した。
チャイムが鳴ると若い教師が教室に入ってきて、挨拶を始めた。
「皆さん、入学おめでとう。僕はこのDクラスの担任の真島だ。これから一年間よろしく。この後体育館で入学式が行われるわけだが、その前にさっそくだがみんなに今から自己紹介をしてもらおうと思う。氏名と出身、そしてこの学園に入学した志望動機を聞かせてくれ。日本全国から集まったんだ、周りは知らない人ばかりだと思うから、自分がどんな人なのか最初に紹介してもらいたいと思う。なんとなく気づいていると思うが、今の座席は入学試験の成績順になっている。それじゃ入学試験総合主席だった紫村、君から順に行こう」
やはり座席は成績順だったか。俺が一番後ろってことはやはりそういうことだ。
そして教師に指名された紫村が起立し、自己紹介を始めた。
「はい。紫村キョウヤ、東京出身。志望動機は世界一の迷宮探索者になって、今の貴族社会を変え、日本を本当の意味で平等な国にするために入学しました。皆さんよろしく」
紫村のその宣言にクラスがざわつく。貴族社会を変えるという言葉に、本気か?という声もちらほらと聞こえる。
「はいはい!みんな静かに!若いころはどんな夢を持つのも自由だよ」
「先生、僕は本気です」
「そうだね。冗談ではそんなことは言えないね。紫村は夢は大きくて叶えるのは大変だと思うけど、自分に負けないようがんばってくれ。それでは次の生徒」
紫村が着席し、その隣の生徒が起立する。彼は紫村と一緒にいたイケメンメガネ君だ。
「はい。僕は千堂衛、東京出身。キョウヤと同じ中学です。志望動機はキョウヤとほとんど同じで、迷宮探索者として成功してこの日本をより良い国に変えることです。みんなよろしく」
彼ら二人は本気で言っているのだろう。あまりに突拍子もなくて、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。だが本人たちは至ってまじめで、一切照れずに志望動機を告げた。そういうハートの強さに関しては尊敬してしまう。
俺の感想はそんな感じなのだが、クラスは大まじめな二人に対して感動したのか拍手が巻き起こった。
拍手を受けた千堂は笑顔を浮かべ、まんざらでもないといった表情で着席した。
これでいいのかこのクラス?俺はこの先このクラスで上手くやっていけるか不安になってきた。
その後も自己紹介は続いた。
志望動機も様々で、早坂は治癒魔法スキルを持っているため、スキルレベルを上げて治癒士になりたいということだった。治癒士とは病院の代わりに治癒魔法で怪我を癒す職業で、とてもお金を稼げる職業らしい。だがスキルレベルが1のままだとダンジョン以外でスキルが使えないため、迷宮探索をしてスキルレベルを少なくとも2以上に上げる必要がある。
またユニークな志望動機だと思ったのが、百田舞香というちょっとぽっちゃりとした女の子だ。彼女はダイエットのために迷宮探索者を志したのだという。それを聞いたクラスメイト達からは笑い声が起きたが、笑われた彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめてうつむいた。彼女自身は真剣なのだろう。俺から言わせてもらえれば体形なんか摂取カロリーと消費カロリーのバランスだけで、食べる量を減らすか運動量を増やすだけの話だ。それがなんで迷宮探索者を目指す理由なのかわからないが、本人は真剣みたいなので余計な発言は控えた。
水野はやはりお金を稼ぎたいと言っていたが、これが一番多数派の志望動機だった。
なぜか俺と同じように、迷宮探索がおもしろそうだという生徒はいない。
そして俺の一つ前の男子が起立する。
背が高い。180センチくらいありそうだ。
「赤石哲弥。俺は腕力が強いだけが取り柄だ。それを生かすためにこの学園を選んだ」
おお!ちょっとだけシンパシーを感じる。彼とは仲良くなれそうな気がする。
そして俺の出番だ。
「一ノ瀬シロウ。小さいころから地下迷宮に焦がれてきました。魔物と戦って強くなる、宝物を探して探検をする。そんな迷宮探索者に憧れて入学しました。よろしく!」
するとなぜか教室内にクスクスと笑い声が響いた。
「ハイハイ!みんな笑わないように!一ノ瀬、現実のダンジョンは君が想像してるような映画やゲームのような場所じゃないから、実際に潜った時に失望しないようにな!」
ちょっと待て!おかしいのは俺の方か?